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第14話 変わる評価

 ミネルヴァ魔法学校の周囲には、魔物が跋扈する森林地帯が存在する。

 比較的安全な場所には、妖精や人懐っこい魔獣の類が。

 けれども、奥地には灰色の巨人。固有の魔法を持つ魔獣。石化の蛇。果てはドラゴンなどの危険な魔物が存在している。

 従って、基本的に生徒は許可が無ければ森林地帯には踏み入ることはできない。

 安全な場所だけ進めばいい、などと慢心する生徒も居るが、あくまでも『比較的安全な場所』しか森林地帯には無いのだ。気のいい妖精たち相手でも、機嫌を損ねれば森の奥地へと転移させられてしまう事例だって存在する。

 そして現在、千尋を含む一年生たちは、教師引率の下、森林地帯の中でも比較的安全な場所へと足を踏み入れていた。


「魔術師にとって、使い魔とは何か?」


 契約術の教科を担当する若草色の髪の爽やか系イケメン――ヘルメス・アースガルドは生徒たちへと語り掛ける。


「ただの使い走り? 手数を埋めるだけの便利使い? 相手の攻撃を受けるための肉壁? それとも、頼れる戦力?」


 『地球世界』のアイドルと言われても違和感のない美貌で、けれども鋭い視線でヘルメスは生徒たちを見回して、告げる。


「うん、どれも間違いじゃない」


 柔らかく、甘い声で。

 まずは安堵させるような言葉を告げた。


「魔術師の足りない手を埋めるのが使い魔の仕事だ。間違いない。直接戦闘が苦手な魔術師が、戦闘力を補うために従わせる相手だ、間違いではない。自分の身を守るため、使い魔を使い捨てにするのも間違ってはいない。どこまでもシビアに、自分の命を守るために行動することは決して間違いではないからね――――だけど」


 だが、直ぐに鋭い声で生徒たちへの戒めを語る。


「使い魔の扱いが適当な魔術師は、遠からず破滅する。魔術師の間では、こういう警句が語り継がれる程度には、使い魔というのは馬鹿に出来ない」


 未熟な部分が多い一年生が、一人でも多く破滅を避けられるようにと、あえて鋭く冷たい口調で警告をしているのだ。


「やるなら徹底的に、だ。使い魔を道具として扱うのなら、きっちり手入れを欠かさずに。使い捨ての走狗として扱うのなら、万が一にも情なんて抱かないこと。信頼する守護者として雇うのならば、徹底的に信じること。中途半端が一番いけない」


 ヘルメスの警告に、一年生の半数は喉を鳴らして頷いた。

 残りの半数は『そんなことは知っている』とばかりに鼻を鳴らしている。

 どちらの反応が正しいというわけではない。

 この場でどのような反応をしようが、結局は今後の行動次第である。普段、教師の教えに従順な人間であろうとも、妖艶なる魔物の魅力に囚われて、あっさりと使い魔の傀儡となることもあるのだから。


「ただ、最初からスタンスを決めてそれを貫け、というのも酷なことだ。人間、誰しも迷いながら成長するもの。最初から最後まで迷いなく揺らぎない者なんてほとんど居ない。だから、まずは練習だ。ここら辺は気のいい妖精たちや人懐っこい魔獣たちが多い。まだ使い魔を手に入れていない者は、最低でも一体と契約を結ぶこと」


 ヘルメスは説明しながらも、手元にぽんぽんと妖精や魔獣への交渉に使えるだろう、菓子類やペットフードの数々を召喚していく。


「ただし、相手は魔物。どれだけ低位でも魔物であることには変わらない。油断なく、敬意と隔意を持って挑むこと。その際、俺が用意した物を使って交渉してもいい」


 ヘルメスが用意した物の数は、段ボール三つほど。

 一年生たちが交渉に使う分としては、余りあるほどの潤沢な準備である。

 厳しく警告しつつも、教育にかけるコストは惜しまない。

 それが、ヘルメスという教師の教育方針らしい。


「さて、何か質問がある者は挙手を」


 警告が終わり、一年生たちはおずおずと周囲を見回した。

 疑問はある。細かい疑問点はある。けれども、それを挙手して訊ねることなのか? と悩んでいる者たちばかりだ。


「はい」


 そんな中、すっと指先まで綺麗に伸ばした挙手をする者が一人。

 そう、我らが主人公、鈴木千尋である。


「はい、鈴木。質問は?」

「ヘルメス先生は言いましたよね? 使い魔に対して中途半端は良くない、と」

「ああ、その通りだ。一度契約を結んだのならば、その関係は遵守すべきだろう」

「なるほど。だったら――――」


 千尋はヘルメスに視線を向けたまま、死んだ目で質問を投げかける。



「同学年の女の子に嵌められて、その女の子を使い魔にしてしまった場合、アタシはどうすればいいのでしょうか?」



 千尋の隣には、『悪神の首輪』という魔道具を付けたフレイヤの姿があった。

 やたら生き生きとした表情で、『我こそが千尋の使い魔筆頭』というやる気に満ち溢れた姿だった。


「…………あー」


 あまりに特殊過ぎる状況に、ヘルメスはしばしの間、教育者としての経験から最善のアドバイスを探して。


「鈴木、勝利には責任が伴うものだ……覚悟を決めろ」

「いやだぁああああああああっ!!」


 結局のところ、既に魂に食い込むレベルで契約が成立している今、どうにもすることはできないという結論に達したのだった。



●●●



 学内に於ける、千尋の評価は一変した。

 良くも悪くも。


 良い点で言えば、千尋のことを侮る者がほとんど居なくなった。

 特に、同学年では千尋に対して『地球世界』出身ということで、陰口を言うような生徒は激減した。

 それも当然のことだろう。

 一年生の中でも群を抜いた実力者、フレイヤ・カーライルを決闘で下したのだ。

 しかも、盤外戦術や卑劣な手段を用いたのではなく、正々堂々と正面から。

 千尋と同じことが出来る人間が、果たして同学年に――否、学内の生徒でどれだけ居るだろうか?

 少なくとも、戦闘経験のある生徒、それも三年生以上でなければ、千尋に『確実に勝てる』と言えるものは居ないだろう。

 千尋が会得した【韋駄天】という音速移動魔術には、それだけの価値がある。

 その上、千尋は一度『成し遂げた』人間だ。

 圧倒的格上に挑み、ジャイアントキリングを決めた人間だ。

 たとえ、千尋よりも実力が上の魔術師が居たとしても、その事実を知った時、千尋と素直に戦おうとはしないだろう。

 何故ならば、『天球世界』や『地球世界』を問わず、人は成し遂げた者に対して、畏怖と敬意を抱く者なのだから。


 そして、悪い点で言えば、千尋は『物凄い性癖が捻じれた人間』として見られ始めていた。

 無論、全てはフレイヤの策略である。

 フレイヤが言葉巧みに挑発し、その結果、フレイヤ自身が望んで千尋の使い魔となったのだ。

 この事実は変わらないし、千尋のことを知る同学年の半分は、その事実をきちんと認識している。千尋はむしろ被害者なのだと理解している。

 ただ、それはそれとして、目立つのだ。

 明らかに『ワタクシは使い魔ですわ』と胸を張っている美少女が、首輪をつけた天才が、千尋の傍に侍っている姿は。

 更には、千尋は毎回この事情を叫びながら行動しているわけではない。

 そんな精神がすり減る苦行をしているわけではない。

 そうなると当然、『決闘で勝った上に天才美少女を自分の使い魔にしたやばい奴』という噂も広がってしまうのだ。

 この手の噂は、一度広がってしまえばもう、事実などは関係ない。

 いくら少し調べれば事実がわかるものだったとしても、人は事実を調べる手間暇惜しみ、無責任にその噂を楽しむことを選ぶ者が多い。

 従って、今の千尋の評価はこのようになる。


 ――――天才を下した変態少女。


 奇しくも、師匠であるクロウの名誉を守るために戦った千尋は、結果として、とんでもない不名誉な称号を得ることになってしまったのだった。




「ねぇ、フレイヤ」

「何かしら? 千尋」

「…………そろそろ覚悟を決めて腹を割って話さない?」

「ワタクシはいつでも、貴方に対して本気だけれども?」

「んもう!」


 良くも悪くも変わり果てた評価となった千尋は現在、女子寮の自室でフレイヤと向かい合っていた。


「千尋、限界な時はいつでも言ってください! 私は薬物による解決を躊躇いません!」


 そして、向かい合う二人を――正確には千尋を見守るように、ヒカリは毒々しい色の液体が入った瓶を構えていた。

 どうやら、問題が解決不可能だと察した瞬間、力づくでどうにかするつもりらしい。


「ふっ。生憎ね、天原ヒカリ。ワタクシはこれでもカーライルの人間よ? 一般に所持を許可されている類の魔法薬には耐性があるわ」

「フレイヤ・カーライル。あまり私を舐めないでください……戦闘はともかく! 魔法薬の調合なら、私は一年生の誰にも負けません! 貴方にも!」

「へぇ、それは面白いわ」


 一方、千尋の使い魔となったフレイヤであるが、ヒカリとはあまり仲がよろしくなく、こうして睨み合うこともしばしば。


「やめて! アタシのために争わないで! いや、マジで! この台詞を言う機会があると思わなかったけど、いざ当事者になるとそういう言葉しか出てこないから!」


 その度に、千尋が半泣きになりながら必死に仲裁する。

 これが、フレイヤが千尋の使い魔となってから、ほぼ毎日行われるやり取りである。

 ヒカリは千尋の友情に対して報いようとして。

 フレイヤは使い魔として千尋の傍に居続けようとする。

 結果、相容れぬ二人の衝突が何度も繰り返されているのだ。


「ヒカリ! アタシのためにそう言ってくれるのは嬉しいけど、毒殺は駄目!」

「毒殺するつもりはありません。ちょっと魂に影響を及ぼす系のとっておきのポーションを使って、無理やりにでも契約を剥がそうかと」

「副作用が未知数なのも止めて!?」

「ふっ。ワタクシが素直にそんなものをくらうとでも?」

「そして、フレイヤ! フレイヤ・カーライル!」

「何かしら? 鈴木千尋」

「本当に、ガチのマジで! アタシと使い魔契約を解除してくれないの!?」

「…………ふぅむ」


 ほぼ泣きの入った千尋の懇願に、流石のフレイヤも思案の表情を見せる。


「確かに、そろそろ潮時ね」

「えっ?」


 駄目元で言った千尋であるが、思ったよりもフレイヤは素直に頷いていた。


「ワタクシは魔法少女のマスコット系使い魔になりたかった」

「う、うん……よくわからないけど、その熱意はよくわかる。こんな真似するぐらいには本気だったってことはわかる」

「だけど、ここ数日、ワタクシは貴方の使い魔として過ごしていてわかったことがあるの」


 フレイヤの目がすっと細められ、どこか自嘲するように笑みが浮かぶ。


「無理やり契約を交わしたとしても、幼い頃、夢見た魔法少女と使い魔の関係にはなれないんだって」

「そ、それはまぁ、うん」

「アニメで見た時には、最初は文句を言っていたけれど、色々あって友情が深まるから、その内ワタクシも千尋と仲良くなれるつもりでいたわ」

「やめてね? アニメを参考に人間関係を築こうとするのは止めてね?」

「だけど、実際はワタクシの願いが千尋を追い詰めてしまった。数日前までは生き生きとしていたのに、今では目の下に隈が出来るほどに」

「思春期の女の子はね? 学内で変態扱いされて平然と生きていけないの。傷つくの」

「一応、弁解させてもらうと、魔術師が使い魔になることが屈辱とか、変態行為とかは、ここ百年の新しい価値観なのよ? それ以前の価値観だとむしろ、真なる絆とか友情とか、そういう意味合いが強かったの」

「たとえそっちの意味合いで契約したとしても、真なる絆からは程遠い関係だろーが!」

「それはそう」


 千尋の怒りの言葉に、フレイヤは再度、素直に頷いた。


「わかったわ。契約を解除しましょう」

「おおっ! わかってくれたか! やっと!!!」

「でも、前にも言った通り、この『悪神の首輪』は魂に食い込むほどの従属契約を結ぶもの。たとえ、最強の魔術師であっても解除は容易ではないと思うのだけれども?」

「うん! それは………………とりあえず、師匠に話すよ、うん。なんかこう、怒られそうな雰囲気はするけれども! 事情を話せばきっとわかってくれるはず!」

「そう。ワタクシとしても、将来の相棒相手に、これ以上好感度を減らしたくなかったから。解除できるならば、それを受け入れましょう」

「え? まだ諦めてないの!? 魔法少女のマスコット!?」

「当たり前よ。ワタクシの夢なんだから」


 かくして、決闘の後から続く、千尋とフレイヤのディスコミュニケーションは解消されることになった。

 下手に力づくの排除を選ばず、言葉のやり取りを選んだ千尋の善良さと、フレイヤ自身の根底にある善性により、強制的に結んだ使い魔契約は解消する流れとなったのである。




「千尋。私の弟子よ、そこに座りなさい」

「あ、はい」

「これから説教をする。理由は勝者の責任を放棄しようとしたことだ」

「…………はい」


 なお、師匠であるクロウからは『自分が受けた決闘の条件通りの結末になったというのに、それを否定するのは決闘者としても魔術師としても無責任が過ぎる』とガチの説教を受けて、ガチ泣きすることになったのだが。


「とりあえず、『悪神の首輪』は取り外し、他者からは契約関係が分かりづらいようには偽装する。だが、契約関係は破棄しない。本気で破棄したいのならば、自分の力でやりなさい」

「ぐすっ……はぁい」


 千尋はこの時の経験から、学内での決闘は『二度とやるか!』という誓いを強く胸に刻みつけたのだった。

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