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第13話 勝利の責任

 鈴木千尋とフレイヤ・カーライル。

 最強の弟子と、最高の天才。

 二人の決闘の決着に、コロッセオは割れんばかりの喝采と歓声に包まれた。


「見事だね」


 その中、イオスは惜しみない拍手をしつつも、冷静に先ほどの決闘の結果を解析している。


「イオス、それはどっちへの称賛なんだ?」

「もちろん、どっちもさ」


 仲間からの疑問に、待ってましたとばかりにイオスの解説が始まる。


「まず、フレイヤ・カーライルは流石の天才だった。一年生の内に……いいや、学生で【精霊憑依】を会得している者は限りなく少ない。規格外の才能と言ってもいいだろうね」

「まぁ、俺らでもタイマンだと怪しいからな、普通に」

「悲しいことは言わないで欲しいね、最高学年が……ただ、【精霊憑依】は土壇場で会得したのかな? まだまだ練度が甘い。今回の敗因は、その隙を突かれた形だろうね」

「えっ? 最後は【黒】のごり押しで負けたんじゃねーの?」

「違う。僕の見立てだと、今の鈴木千尋は【黒】をまるで扱えていない。多分、使えて一日に一度か二度ぐらい。それも、大雑把な形での発動しかできないはずだ……というより、もっと上手く【黒】を使えていたなら、最初から苦戦せずに勝てていただろうさ」

「ほーん」


 イオスの観察眼は適格だ。

 千尋と直接対面したフレイヤと、ほぼ同等の領域まで見抜いている。


「そもそも、【黒】というのは僕たちが思っているよりも便利で無敵な魔術ではないのかもしれないね? 少なくとも、鈴木千尋の場合、【黒】を発動している間、他の魔術は使えていない。最後の決着だって、魔力強化すら無しの頭突きだもの」

「じゃあ、【黒】は恐るるに足らず?」

「いや、そうでもない。便利で無敵な魔術ではないってだけで、やっぱり魔術師にとっては天敵なのは事実だよ」


 最強の魔術師の切り札の一つである、【黒】の魔術。

 その解析に、イオスは余念が無い。

 まるで、いつか対峙する敵に備えるかのように。


「あの【黒】は魔素を塗り潰し、強制的に魔術を無効化する――――だけじゃない。恐らく、あの【黒】に触れられている間は、体内のオドも塗り潰されて、まともに魔術も使えなくなるんだ」

「…………えっと、それって反則じゃね?」

「そうだね。魔術師殺しと呼んでも差し支えないほどの理不尽さだ。けれども、対策はある。というよりも、フレイヤ・カーライルはそれすらも見越して対策していたよ?」

「ううーん? 対策? いや、あれか? 生身で受けた奴?」

「そう。【黒】は魔素にしか影響を及ぼさない。だから、生身で受ければ、年相応の少女の拳を受ける程度のダメージで済む。更には、【黒】に接触している際、自分が魔術を使えないことを予想しておいて、予めカウンター用の魔術を展開させておいたんだ」

「ええと、カウンター用の魔術を準備。【精霊憑依】を解除して生身で受ける、って流れ?」

「そうそう。多分、あの紅蓮の槍は音声だけで動かせるようにカスタムした魔術だっただろうね。思惑が上手く行けば、【黒】の魔術を使い切った鈴木千尋は、紅蓮の槍に貫かれて敗北していただろう」

「だけど、そうじゃなかった」

「うん。鈴木千尋の小細工の方が一枚上手だった」


 にやり、とイオスは無垢な顔を邪悪に歪める。

 まるで、獲物を見定めた悪党の如く。


「それっぽく黒い炎を纏っての偽装。これだけなら、フレイヤ・カーライルは騙せなかっただろうね。でも、鈴木千尋はそこになけなしのオドを込めて精霊術を発動させた。恐らく、精霊を使役して従わせる類の、初歩の魔術だっただろう。本来、【精霊憑依】中ならば容易く抵抗できる程度の魔術だっただろう。だけど、フレイヤ・カーライルは【黒】を警戒していたが故に騙された」

「あー、無敵の【精霊憑依】に干渉してくる魔術なんて【黒】に違いない! って感じで?」

「恐らくね。視野狭窄に陥っていたんだよ。それだけ、最強の魔術師の弟子という肩書が効果を持っていたとも言えるけれども……ともあれ、フレイヤ・カーライルのカウンターは透かされた。【黒】の影響下にある内に、鈴木千尋が頭突き勝負でまともに魔術を使わせないようにして、後は御覧の通り」


 イオスの顔自体は無垢なる子供のようだというのに、その表情はどこまでも邪悪だ。

 露骨に、わざとらしく、自らを邪悪として周囲に分かり易く喧伝するかのように。

 そして、そんなイオスの表情に、仲間たちは『あー、またかぁ』とどこか呆れたように溜息を吐いていた。


「うん、小細工だ。きっと、次から鈴木千尋はフレイヤ・カーライルに勝てない。たとえ、【黒】の魔術をある程度習熟しても、平然と対応してくるだろう。本来、それぐらいの実力差が両者の間にはある。今回は初見殺しが嵌ったからこその結果だ…………だけど、それでも、鈴木千尋という弱者が、フレイヤ・カーライルという強者を倒したというのは紛れも無い快挙だよ。勝利すべき時に、己が運命を掴み取る。彼女にはそういう力があるのかもしれない」

「イオスってテンション上がっている時に限って、早口で話が長くなるよな……それで」


 そう、仲間たちがそんな態度になるほど、恒例になるほど、イオスには悪癖がある。


「あの二人は勧誘するのか?」

「もちろん! あの二人を『秩序』に渡すのは惜しいからね!」


 それは人材マニアだということ。

 優れた才能、希少な素質、凡才ながらも揺るがぬ意志、そういうイオス自身が好ましいと思う特徴を持った相手を、自らの陣営に招き入れるために手を尽くす。

 徹底的に『手段を選んで』、手を尽くす。

 正々堂々篭絡する。

 そういう悪癖の持ち主なのである。


「とりあえず、決闘終わりに労いにでも行こうかな――――えっ?」


 しかし、そんなイオスの表情は固まることになる。

 邪悪な笑みではなく、驚愕と困惑が混ざった表情で。

 何故ならば、決闘は終わっても、まだ決着は付いていない。

 事の顛末が終わっていない。


「…………えぇ?」


 鈴木千尋とフレイヤ・カーライル。

 両者の決闘の清算が今、観客たちの驚愕と困惑、そしてドン引きと共に始まろうとしていた。



●●●



「そこまで! フレイヤ・カーライルの意識喪失により、鈴木千尋の勝利!!」


 仮面の審判が告げた勝利宣言に、千尋は「だはぁー!」と大きく息を吐いた。


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇっ……あ、あぶ、あっぶなぁ……負けるかと思った。というか、もうほとんど負けていたよ……なにあれ、反則だって、ほとんどの攻撃が無効とか」


 荒い息と共に出るのは、決闘中は押し殺していた弱音。

 足元はガタガタ。

 手はろくに拳も作れないほどに力が抜けている。

 満身創痍。

 その言葉がこれ以上無く相応しいほど、今の千尋は弱り果てていた。


「……多分、次は勝てないわ、これ」


 しかし、この場に於ける勝者は紛れも無く千尋だった。

 付け焼刃と初見殺しを並べ、見事に格上のフレイヤを倒したのである。

 たとえ、決闘の後がどれだけ見苦しいものであったとしても、この勝利が揺らぐことは無いだろう。


「さて、それはどうかしら? 案外、すんなり貴方が勝ててしまうかもしれないわよ?」

「うぇっ!?」


 そう、たとえ、つい先ほど気絶させたばかりの対戦相手が、けろりとした顔で起き上がって来ても。


「……あの、フレイヤ?」

「何かしら?」

「ひ、額は? アタシが思いっきり頭突きして流血させてやった額は?」

「治したけれども? ワタクシ、まだ魔力に余裕はあったのだし」

「…………」


 決闘が終わった後でも、優雅な態度を崩さないフレイヤに、何やら釈然としない顔を隠さない千尋。


「ふっ、勝者がそんな顔をしないものよ? 正直、この結界が解ければ、傷も損傷も全ては巻き戻されて回復する。こんなのはただの虚勢に過ぎないわ……それでも、勝者を称えるには、相応の恰好があるでしょう?」

「へ?」

「前言を撤回するわ、鈴木千尋。貴方は平凡であったとしても、その意志はワタクシよりも強い。最強の魔術師の弟子として相応しいものだわ」

「ほえ?」


 がしゃん、と結界が崩れ去る。

 巻き戻しの魔術が発動する。

 失った魔力も、体に刻まれた傷も、全ては巻き戻される。

 けれども、先ほど告げたフレイヤの言葉は巻き戻らない。


「貴方は凄いわ、鈴木千尋」

「――――っ!」


 自分よりも格上からの、純粋なる賞賛。

 千尋は生まれてから今までの間、これほど優越感を覚える瞬間は無かった。


「ふ、ふふふっ! いやぁ、そこまで言ってもらえるなら? アタシとしても、別にね? 決闘で負けた相手に、別にね? 厳しいこと言うつもりはないというか!」


 だからこそ、油断していたのかもしれない。

 頬を緩ませて、にこにことご機嫌に寛大さを示そうとしていた時、フレイヤの手にある首輪型の魔道具――『悪神の首輪』に大した警戒を割かなかった。

 何故ならば、既に千尋は勝利し、それを使う機械など今後訪れないのだから。


「アタシとしても、認めてもらえるのなら? 別に、それでいいというか、既に前言は撤回してもらったし、這いつくばる必要なんてないから! 互いに恨みっこ無し! これで決闘は終わりでいいんじゃないかな!?」

「あら、知らないの? 決闘契約は正しく遂行されないといけないわ? たとえ、決闘の相手が許しても、ワタクシが這いつくばって前言を撤回しないと、敗北の契約は履行されるのよ?」

「あー、そうなんだ。じゃあ、その? 一瞬、ぱぱっとね? アタシも悪いと思うから、目を逸らしているからさ? その間にやってもらえば……あ、いや? それとも、公衆の面前だとあれかな? 一端、場所を移す?」

「ふふふっ、ありがとう、優しいのね? でも、大丈夫。ここで十分よ――いえ、ここが良い」

「うん?」


 千尋が小首を傾げる。

 一体、何を言っているのだろうと、フレイヤの言葉の意味を考えて。


「よいしょっと」


 がちん、とその間に首輪は装着された。

 フレイヤが自ら、その首に『悪神の首輪』を装着したのである。

 何の躊躇いも無く、優雅な微笑みを湛えたままで。


「…………え、あ? え? な、何してんだぁあああああああああ!!?」


 虚を突かれ、戸惑い、ようやく感情が追い付いた千尋は、フレイヤの蛮行に激昂する。

 そう、千尋は覚えていたのだ。

 この魔道具、『悪神の首輪』は魂に食い込む使い魔契約が為されるのだと。

 一度契約が成立してしまえば、最強の魔術師でも簡単には破棄できないのだと。


「え!? 何!?  は!!? そんなに!? そんなに這いつくばるのが嫌だったの!? あれか!? 名門の誇りって奴なのか!?」

「違うわ。ワタクシは別に、カーライルであることに誇りを持たない。必要とあれば、敗者として這いつくばることも許容出来るわ」

「じゃあ、なんで!?」


 もはや半泣き状態で訊ねる千尋へ、フレイヤは慈愛すら感じさせる微笑みで答えた。


「ねぇ、鈴木千尋――いいえ、千尋。貴方はどんな魔術師になりたいの?」

「え、あ? な、何をいきなり? いや、その、アタシは正直、こっちの世界のことを知ったばかりだから、色々模索中なわけだけど?」

「そうなの。見つかるといいわね、貴方のなりたいもの」

「う、うん、ありがとう……いや、そうじゃなくて――」

「ワタクシにはあるわ、なりたいもの」


 歓喜の色に染まった瞳で、じっと千尋を見つめたまま、フレイヤは告げる。



「ワタクシはね? ずっと主人公っぽい女の子のマスコット系使い魔になりたかったの」

「???」

「あ、人にもなれるタイプのマスコット系使い魔ね?」

「????」



 意味不明だった。

 少なくとも、千尋はフレイヤの感性を何一つ理解できなかった。


「逆境を乗り越えるほどの意志と力を持った女の子。ワタクシはずっと、そんな女の子の使い魔として、絆を深め合う関係になりたかった」

「な、何を……」

「そのためには、『試験』が必要だった。最低限でも、ワタクシに勝利できるほどの相手でなければ、主人公足りえない。欲を言うならば、ワタクシよりも遥かに下の力量だったはずの女の子が、本気のワタクシに勝利する。そういうシチュエーションが欲しいと考えていた。でも、現実は厳しくて、そんなのは都合の良い妄想だと思い始めていたの――――千尋、今、貴方に負けるまでは」

「何を言って…………い、いや、まさか!? 勝とうが負けようが!? いや、むしろ、全力で戦って負けた方が、自分の願望が叶う! これはそういう戦いだったの!?」


 そして、驚愕した。

 この決闘は、千尋が受けてしまった時点で、フレイヤの『勝利』が決まっていたことに。

 普通に決闘に勝利すれば、それはいつも通りの味気ない勝利。

 けれども、千尋が死力を尽くしてジャイアントキリングを成し遂げれば――――それは、決闘に敗北したとしても、フレイヤにとっては人生の『勝利』に違いない。


「ふふふふっ」


 千尋の驚愕と戦慄に、フレイヤはその微笑みを持って答えとした。


「では、改めて。ワタクシ、フレイヤ・カーライルは決闘の敗北により、鈴木千尋の使い魔として契約します」

「いい! いらない!? 使い魔いらないよぉ!?」

「残念。決闘で結んだ契約は遵守されるわ。たとえ、勝者が受け取り拒否しても」

「ひぃ!?」


 更には、怯える千尋の前に跪き、恭しく宣言する。


「今後ともよろしく、マイマスター」

「いやぁああああああああああ!!!?」


 ここに、フレイヤの人生の目標は完遂され、変態行為が大勢の観客席にお届けされた。

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