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第12話 決闘の結末

「そんな馬鹿な! 【精霊憑依】は学生が使える領域を超えた精霊術ですよ!?」


 決闘の最中、観客席で千尋を応援していたヒカリは思わず叫んでしまった。

 理由はもちろん、フレイヤが会得した魔術に対する驚愕である。


「単に精霊を使役するだけじゃない……精霊を自身に憑依させて一体化する。一時的に、憑依した精霊そのもの――ううん、それ以上の存在へと成り上がる、存在変換魔術……まさか、切り札をこの時まで隠していたのですか!?」


 フレイヤの【精霊憑依】に戦慄するヒカリだったが、土壇場で覚醒して会得したと知れば、更に戦慄は増すことになるだろう。

 優れた魔術師が誰もが備えている、魔術に対するセンス。魔力を扱う才能。魔法の理解。その核心とも呼べる何かを、既にフレイヤは我が物としている。

 故に、窮地に陥って脳が普段よりも回転すれば、まるで漫画かアニメの主人公の如く覚醒することが可能なのだ。

 もっとも、それはご都合主義からは程遠い、天才として当然の素質になるわけだが。


「……千尋っ!」


 ヒカリはぎゅっと手を握りしめて、ステージの上に立つ友達へと視線を送る。

 たった一週間で、素人同然だった千尋は格段に強くなった。

 魔術師としてではなく、あくまで戦闘者としての技量の向上だが、それでも見違えるほどに変わっていた。

 けれども、【精霊憑依】をフレイヤが会得した今、一週間の努力も無に帰す。


「駄目ですよ、千尋! 早く降参しないと! だって、【精霊憑依】は――」




「【精霊憑依】は、精霊殺しの概念を帯びた攻撃じゃないと通じない」


 ヒカリから遠く離れた観客席にて、イオスは周りの仲間たちに【精霊憑依】について説明していた。


「精霊とはそもそも、自然の一部みたいな存在だからね。下級の精霊なら、無理やりオドをぶつけて一時的に『散らす』ことは出来るけれども、それはあくまで一時しのぎの力技。しばらく経てば、下級の精霊でも直ぐに復活する。じゃあ、それがフレイヤ・カーライルの使役する中級精霊だったら? 精霊術によるオドの行使でなければ、散らすどころか揺らがせることも出来ないだろうね。下級の精霊が小石や水たまりなら、中級の精霊は山や河川だ」

「あー、中級精霊なー。あいつら自我を中途半端に持っているから使役がめんどいんだよな」

「我儘な幼児みたいな性格だからなぁ、中級精霊って」

「それを従わせるフレイヤ・カーライルのカリスマがすげぇってこと?」

「そう、凄い。精霊術というのは、魂の格に強い影響を受ける魔術だからね。相応のカリスマが無いと下級はともかく中級以上は従わない…………そして、【精霊憑依】は単に精霊を使役するよりも、遥かに凄い」


 口元を邪悪に歪め、決闘から目を離さないまま、喜色を隠さずに語っている。


「【精霊憑依】は自然そのものとの一体化に近いんだよ。肉体が一時的に精霊に変換されているから、ほとんどの攻撃は無効。まともにダメージを与えるなら、山一つを丸ごと消し飛ばすほどの攻撃魔術か、精霊殺しの概念を帯びた攻撃じゃないと不可能。だけど、本当に厄介なところはその無敵性じゃない」

「というと?」

「精霊と同じく、マナを自在に操れる権限を持てるようになったこと、だよ。僕たち魔術師は、オドを混ぜ込まなければマナを扱って魔術を発動させることは出来ない。だけど、今のフレイヤ・カーライルならば、マナをそのまま扱って魔術を発動させるだろうね」

「つまり、今のフレイヤ・カーライルは実質魔力が無制限だと?」

「まぁ、流石に結界で区切られているから、魔力使い放題なのはコロッセオ内のマナに限られているだろうけどね。でも、マナを使えば使うほどフレイヤ・カーライルは有利となる。何故ならば――」

「魔術師よりも精霊の方が、マナを扱う力が高い。つまり、精霊と化した今のフレイヤは、既に場のマナを掌握しており、鈴木千尋はマナを利用できない環境にある、ということですか?」

「うん、大正解」


 イオスと仲間たちが語る内容は、千尋にとっての絶望だ。

 【精霊憑依】したフレイヤには、音速からの打撃が通じない。魔弾も通じない。

 その上、空間のマナを掌握されてしまい、体内のオドを使うことでしか魔術を発動できない状態にあるのだ。

 つまりは、詰みである。

 千尋が一週間の間にどれだけ魔術戦闘の練度を上げようとも、そこには限界がある。

 そして、今のフレイヤはその限界の遥か向こう側に居るのだ。

 ここから勝利するのは不可能だろう。


「そうですか。では、見応えのある決闘でしたが、これで終幕――」

「いいや? まだ手はあると思うよ?」

「……というと?」


 千尋がクロウの弟子でなければ。


「鈴木千尋が、あの人の魔術を――――【黒】を継承していたら、話は変わってくるだろうね」


 魔素すら消し去る、魔術殺しの【黒】を継承していなければ。



●●●



「……【黒】を使わないと負けるな、これ」


 千尋は軽く焼かれた左腕の痛みに顔を顰めながらも、足を止めずに立ち回っていた。


「篝火を食らいて、影は伸びる。幾重にも、杖を持って」


 その間、フレイヤは悠々と呪文を詠唱し、準備整えている。

 【精霊憑依】により、千尋の攻撃が通じなくなった今、堂々と足を止めて魔術を発動させている。

 最初は影を生む魔術。

 次に、影を増やす魔術。

 更には、影からフレイヤの分身を生み出す魔術。


「「「紅蓮の業火よ、地を焼け」」」


 三体に分裂したフレイヤは、杖から濁流の如き勢いで紅蓮の炎を発生させた。

 ステージの地面を全て、覆い尽くすような範囲で。


「……っ!」


 千尋は即座に【韋駄天】を維持したまま飛行。

 炎で満ちた地面から脱出し、更に詠唱を続ける三体のフレイヤの姿を見下ろす。


「絶体絶命のピンチって奴だ」


 見下ろしているというのに、千尋は格上の魔術師を見上げているような気分になった。

 事実、今の千尋の勝率はほぼ皆無に等しい。

 何せ、攻撃が通じない。どれだけ早く動いても攻撃は通じない。

 その上、コロッセオ内のマナは全てフレイヤが掌握しているため、千尋のオドの消費が激しい。このままでは、攻撃が直撃するよりも先に魔力切れが起こるだろう。


「やっぱり、【黒】を使うしかない……でもなぁ」


 状況を打開するには、クロウから継承した【黒】の魔術を使うしかない。

 あらゆる魔素を消し去る【黒】ならば、【精霊憑依】を打ち消し、フレイヤに痛手を与えることも不可能ではないだろう。

 だが、問題が二つ。

 一つは単純に危ないということ。

 この【黒】はコロッセオに敷かれた結界の効果を無効にする可能性がある。

 仮に、千尋の【黒】を用いた攻撃がフレイヤに致命傷を与えてしまえば、そのまま死ぬ危険があるのだ。

 流石に、千尋もフレイヤが死ぬ可能性がある攻撃は出来ないし、したくない。

 そもそも、本当に手段を選ばずに勝ちたいのならば、最初の一撃に【黒】を合わせて叩き込めば勝利出来たのだ。それをしなかったのは偏に、千尋のモラルによるものだった。


 もう一つの問題は、フレイヤが明らかに【黒】の一撃を待ち構えていることである。

 クロウの弟子であるという事前情報からか、フレイヤは常に警戒を怠っていない。少なくとも、千尋はそのように感じていた。

 最初の時から、【精霊憑依】してからもずっと。

 千尋が【黒】の一撃を放てると仮定して戦っている。

 ――――か細い勝機すら潰すように、徹底的に立ち回っているのだ。

 この状態で、生半可な【黒】を使えば、逆に『待っていました』とばかりに逆襲を食らうのがオチだろう。


「――――いや、覚悟を決めろ」


 故に、千尋は罠を張られていることを承知で、フレイヤに【黒】の一撃をぶち込むと決めた。

 罠があるのならば、それすらも乗り越えて勝機を掴む。

 そうしなければ、勝負にもならないのだと。


「アタシは最強の魔術師の弟子だ!」


 吠え猛ると共に、千尋は空を蹴って音速を越える。


「あっづぁああ!」


 そして、左腕を酷使して、三体のフレイヤへと拳をそれぞれ叩き込む。


「ふむ? いや、これは――」

「本物はこいつかぁ!」


 無論、攻撃目的では無い。

 左腕を犠牲にして得たのは、本体の居場所。

 デコイである二つの偽物とは異なり、本体は精霊の肉体。

 故に、左腕で水属性の魔弾を叩き込んだ時の反応が違う。デコイは復活せず、精霊の肉体は水面の月の如く、僅かな揺らめきの後に形を取り戻した。

 狙うべき、その形を。


「我が漆黒よ!」


 千尋の右腕に漆黒が纏う。


「これで、終わりだぁ!」


 揺らめく炎の如き漆黒が、必殺の一撃とばかりにフレイヤの肉体に叩き込まれんとする。


「――――【精霊憑依】解除」


 だが、フレイヤは千尋が懸念した通り、罠を張っていた。

 絶対の防御を捨て去り、あえて生身で千尋の拳を受けるという罠を。


「ごほっ、思った通り……【黒】の発動中は、他の魔術を発動できない」

「――っ!」


 知っている。

 フレイヤは知っているのだ。

 【黒】があらゆる魔術を消し去る魔術なのだと。


「どうかしら? ワタクシ、意外と鍛えているのよ?」


 だからこそ、選んだのはカウンター。

 音速を乗せた一撃ならばまだしも、一度速度を止めてからの拳ならば生身でも対応可能。

 念のため、ブラフの可能性も考慮して【精霊憑依】を解除したのは、精霊の肉体への干渉を感知した直後。ギリギリの見極めを行い、魔素を消し去られる直前を狙って解除したのだ。


「――――っ!!」

「その顔、やはり狙い通りだったようね」


 千尋眼前には今、無数の紅蓮の槍が浮かんでいた。

 まるで、罪人を刺し貫く処刑具のように。


「貴方の【黒】は未完成。多分、使えても一度きりか、インターバルが必要。そうでしょう?」


 ぎちり、と杖を持たぬフレイヤの手が千尋の右腕を掴む。

 身体強化された手が、万力の如き強さで掴み、決して離さない。


「というか、【黒】を使い放題だったら最初からワタクシに勝ち目はない。故に、勝手にそう思って攻撃させてもらうわ――――さぁ、覚悟しなさい」


 落ちる。

 紅蓮の槍が千尋を刺し貫かんと落ちて来る。

 逃げられない。

 今の千尋には、フレイヤの拘束解けるだけの魔力は残っていない。



「ご名答、だけど大外れ」



 だからこそ、千尋は満を持して【黒】の魔術を発動させた。


「アタシは確かに、一日に一度しか【黒】の魔術を発動できない。しかも、結構大雑把にしかできない。例えば、こんな風に」


 塗り潰される。

 千尋を中心として、まるでバケツでペンキでもぶちまけたかのように、【黒】が周囲を塗り潰す。

 紅蓮の槍も。

 フレイヤの身体強化も。

 一瞬で塗りつぶし、一瞬で【黒】は消え去った。


「っだぁっ!!!」

「――――!!?」


 その一瞬だけで千尋にとっては十分だった。

 ごぉん、と鈍い音が一つ。

 ろくに身体強化もしていない頭部で、同じく魔力で保護されていないフレイヤの頭部に頭突きをかましたのだ。


「う、あ、が」


 魔術師は脳を守らなければならない。

 何故ならば、魔術師は脳を用いて魔術を構築するからだ。

 脳を揺らされてしまえば、どれだけ熟練の魔術師だったとしても、ろくな魔術は使えなくなる。そう、たとえ、フレイヤ・カーライルという天才であったとしても。


「だから、アタシは信じた。フレイヤ、お前が対策を立てていることを。アタシの【黒】に対するカウンターを準備していることを。信じたから、残り少ないオドを使ってブラフを仕込むことが出来た」

「ぐ、う……ま、さか」

「黒いだけで熱も無い炎でも、案外騙されるだろ? 普通の状態ならともかく、精霊に限りなく近くなっている状態なら、アタシの精霊術の影響を受けやすいだろうし」


 揺れる視界の中、フレイヤは真実に辿り着いた。

 騙されたのだと。

 嵌められたのだと。

 黒い炎とオドによる精霊への干渉による【黒】の偽装。

 つまりは、自身の得意分野でフレイヤは騙されたのだ。

 【黒】という未知なる魔術への恐れと、【精霊憑依】という覚えたての魔術を――付け焼刃を振るっていたことによる、心身の隙を突かれて。


「以上、答え合わせ終わり。後は――――頭の出来を比べようぜ」

「ぐ、うううっ!」

「もっとも、アタシは御覧の通りの『石頭』だけどなぁ!!」


 ごん。

 ごぉんっ。

 どごぉんっ。

 三度、少女たちの頭がぶつかり合う音が響く。

 互いに、魔力をろくに込めていない、場末の喧嘩の中でも最低ランクの頭比べ。

 【精霊憑依】に【黒】という、高度な魔術の応酬の後にはまるで相応しくない、泥臭い決着方法。


「…………ふぅ」


 けれども、どんな泥臭くとも、額から血を流していようとも。


「どうだ? アタシは最強の魔術師の弟子に相応しいだろ?」


 気絶したフレイヤを見下ろす千尋の姿は、激闘を制した勝者に相応しいものだった。

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