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第11話 決闘の理由

 フレイヤ・カーライルは天才であるが、カーライル家の当主になれるほどの才能は無い。

 正確に言えば、『天球世界』に於いては上澄みに位置するほどの才能を持っているのだが、カーライル家の長男――フレイヤの兄が規格外過ぎるのだ。

 ただ、過ぎた才能には問題が付き物。

 フレイヤの兄はカーライル家の中でも……否、歴代のカーライル家の魔術師の中でも群を抜いた才能の持ち主だが、性格が破天荒過ぎるのだ。

 具体的に言うならば、年中どこかの秘境やダンジョンを探検しているため、滅多に家に帰って来ない。一年の間に、まともに家に居るのは盆や正月の数日程度である。

 従って、カーライル家はこの長男を『放蕩息子』として、その才能をあえて秘匿し、代わりに性格面でも優秀な天才であるフレイヤを『歴代最高の才能』と称した。

 カーライルの家を継がせるつもりは無く、あくまでも、破天荒過ぎる次期当主を隠すための目くらまし、あるいは都合の良いスペアとして。


 この判断はカーライル家にとっては非情なものではなく、むしろ当然のものだった。

 カーライル家が継承し続けているのは、【赤】の魔法。

 使い方によっては、一夜で『地球世界』の大都市が灰燼に還る代物である。

 これを継承できる人間は、カーライル家の人間でもただ一人、当主のみ。

 そして、【赤】の魔法の所持者は、カーライル家の中でも最強でなければならない。

 ――――【赤】の魔法を可能な限り使用しないため、隔絶した強さが必要なのだ。

 故に、長男が次期当主で、フレイヤが都合の良いスペアなのである。


 この扱いに、フレイヤは特に不満は抱いていなかった。

 というよりも、フレイヤは幼少の頃から『自分のやりたいこと』が希薄だった。

 物心ついた時には、既に杖を持っていた。

 言葉を喋るよりも先に、精霊たちと意思疎通が可能だった。

 文字を覚えるよりも、魔術を覚える方が簡単だった。

 天才だった。

 怪物の兄には負けるものの、フレイヤは紛れも無い魔導の天才だったのである。

 しかし、その煌めく才能に反して、フレイヤは自分の欲望というものが希薄だった。

 魔術の修行も、カーライル家としての立ち回りも、ただ『出来るから』やっているだけに過ぎない。

 呼吸や歩行の延長線上にある程度のものでしかない。

 傍から見れば心血を注いで修行に挑んでいるかもしれないが、フレイヤにとってはただの日常動作に過ぎなかった。

 常に平熱。

 世界は灰色。

 何もかもが面白く無く、けれども死ぬほどではない退屈の中に、フレイヤは居た。


「いよぉ、フレイヤ! 久しぶりに見たけど、随分大きくなったなぁ、おい! ほれ、そんなお前にクリスマスプレゼント! 『地球世界』で人気のアニメのブルーレイボックスだ!」


 しかし、ある日のクリスマス、怪物である長男が気まぐれに渡したプレゼントが、フレイヤの目に意思の炎を灯すことになる。


 討魔飛翔キューティムラサメ。

 それは『地球世界』に於いて一世を風靡した魔法少女モノのアニメである。

 外連味溢れるタイトルから、放送が始まる前は誰もが『グロテスクでダークな魔法少女モノ』を予想していたものの、中身は意外や意外、王道を行く魔法少女モノだった。

 剣道に打ち込む主人公の少女がある日、魔法の世界からやって来た妖刀ムラサメを手にしたことがきっかけで、魔法世界からやってくる魔人たちを倒す日々が始まるのだ。

 そして、魔法のステッキの代わりに妖刀を装備する主人公ことキューティムラサメであるが、魔人たちを殺したりはしない。何故ならば、魔人たちは魔法世界で心を病んでしまった悲しい魔法使いたちなのだから。そんな魔人の心の闇の身を切り裂き、浄化するのがキューティムラサメという魔法少女なのである。

 魔法アリ。

 友情アリ。

 熱血アリ。

 王道魔法少女と戦闘シーンになるとやたらとセンス良く動く作画。

 それらが相まって、キューティムラサメは深夜帯のアニメとして始まったのが、二期、三期からは夕方のアニメ枠にまで入り込むほどの大出世を遂げたのである。


「わぁ……」


 フレイヤは視た。

 クリスマスプレゼントとして貰ってから、全十三話、一期を休むことなく視た。

 そして、多くを学んだのである。

 魔術の修行では、到底学びえない、多くの大切なことを。


『いくよ、ムラサメ! 今日こそ魔人ジュウベーちゃんを倒すんだから!』

『ジャジャジャー! 血が滾る! 血が滾るわ!!』


 液晶ディスプレイの中に存在する、魔法少女とマスコットのコンビ。

 あらゆる困難を切り拓いて、未来へと踏み出して行く姿。

 たとえフィクションだとしても、フレイヤはそこに『輝き』を見た。

 だからこそ、フレイヤはこの時、強く自分の願望を抱いたのである。


 ――――ああ、自分も『こうなりたい』と。



●●●



 千尋は理解している。

 自分の勝機は序盤にしか存在せず、短期決戦しか道は無いのだと。


「ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダァ!」


 音速でステージの上を移動しながら、千尋は魔弾をばら撒く。

 魔術の詠唱は、一音による最小単位。

 狙いは定めない。

 肝心なのは、最低限の盾を貫けるほどの威力の魔弾を放っているという事実。


「ふむ」


 そして、フレイヤが防御に徹しなければならないという状況。

 これこそが、千尋が辛うじて敗北していない理由である。


 音速移動魔術【韋駄天】。

 これは師匠であるクロウから、千尋が授かった大きなアドバンテージだ。

 千尋の才能が平凡故、地獄の修行を経ても、通常移動は亜音速が精々。音速を越えるには、それなりの溜めと移動が直線でなければならない、という制限が存在する。

 だが、それでもこの【韋駄天】は、多くの魔術師にとって有利を取れるものだった。

 何せ、基本的に人間はある一定以上の速度で移動することは出来ない。

 無理やりにその速度を越えようとすると、血肉が限界を超えて破裂する。

 それは物理法則ならぬ魔法を用いる魔術師であっても変わらない。

 音速を越えて動こうとすれば反動が大きい。無理やり反動を抑えても、魔力の消費が大きい。そもそも、音速で移動したところで知覚が追い付かない。

 下手に速く動き過ぎても、大抵の魔術師はまともに戦闘できずに自爆するものだ。


「っしぃっ! 二発目ェ!」


 しかし、千尋はこの音速戦闘に適応していた。

 単に動き回るだけではなく、フレイヤの盾を掻い潜り、時に砕き、本体に直接打撃を与えるほどの戦闘行為も可能としている。

 これは偏に、クロウが開発した音速移動魔術が優秀だからだ。

 平凡な少女であっても、過酷な修行を乗り越えられていれば『ある程度の練度』で習得が可能な、非常に分かり易い魔術だからだ。

 仮に、この【韋駄天】が『天球世界』に出回ったのならば、現代の魔術戦闘の環境は一変するだろう。

 超越者の師匠を持つが故に、界隈に出回ってない最新魔術の恩恵を受けられる。

 これは間違いなく、千尋がフレイヤを上回っている点だ。


「げほっ……ふむ、防御の割合を高めても貫いてくるわね。なるほど、音速移動の魔術だけではなく、その身体強化も一年生の中では群を抜いているわ」


 だからこそ、今、序盤は千尋が戦闘の主導権を握っているのだ。

 音速の攻撃を畳みかけ、息つく暇も与えず、状況を打開させるよな強力な魔術も打たせないように先手を打ち続けているのだ。


「なるほど、そういう感じね」


 問題は、既にフレイヤの目が千尋を捕らえ始めているということ。


「…………っ!」


 目が合った。

 音速移動中だというのに、目が合った。

 この事実に、千尋は心底フレイヤが天才であり、格上の魔術師だということを思い知った。

 魔術師が音速戦闘に至るために必須なのは、自身の肉体を物理法則から超越させることである。もっと簡単に言うのであれば、自身の肉体を魔術で『人間ではない何か』に、一時的に変換することだ。

 これにより、千尋は音速移動中でも普段と変わらぬ知覚、思考が可能となっている。

 だが、それはあくまでクロウの功績が大きい。

 クロウが開発した【韋駄天】の魔術だからこそ、安全確実に肉体の変換なんて真似が可能となっているのだ。

 そもそも、この【韋駄天】を習得するために、千尋は地獄の修行の中でも多くの時間を支払っている。それも、クロウから直々に指導を受けながらで、だ。


「三発目ェ!」

「――――生憎、三回目は素直に貰わないわ」


 だというのに、フレイヤは対応していた。

 音速から放たれる蹴りに合わせて、強固な盾を出現させて、きっちりとジャストガードに成功していた。

 決闘が始まってから僅か数分程度だというのに、既にフレイヤは【韋駄天】の原理を読み取り、己の知覚を音速戦闘に適応させていたのである。


「……っ! 天才め!」


 あるいは、そもそも最初の一撃からおかしかった、と千尋はフレイヤを考察する。

 【韋駄天】による奇襲は完璧だった。

 凡才と見切っていた相手からの、音速での攻撃は成功するはずだった。

 一撃で、フレイヤの意識を刈り取るはずだった。

 けれども、反応されたのである。

 千尋の蹴りがフレイヤの頭部を捕らえる前に、無理やり強化した肉体を動かして、腹部でダメージを受けたのだ。

 その時点で、千尋の勝率は半分を切っている。


「ダ・ダ・ダ・ダ・ダ・ダァ!」


 音速移動からのばら撒く魔弾。


「ふむ。変換効率はまだ改善の余地があるわね」


 その魔弾を全て回避、あるいは防御して見せるフレイヤ。

 追いつかれている。

 ガリガリと勝算が削られて行く。

 付け焼刃で誤魔化していた彼我の実力差が、どんどんと浮き彫りになっていく。


「灯火を食らう竜よ。その逆鱗に触れる愚か者に、紅蓮の鉄槌を」


 そしてついに、フレイヤが精霊術で竜を象った炎を召喚するほどの余裕を得て。



「――――バースト」



 次の瞬間、結界の内部が爆発の衝撃で震えた。


「身体強化、最大……っ!」


 仕掛けは簡単。

 これ見よがしにばら撒いていた魔弾――その中に、無色透明で見つかりづらいものをいくつも放っておいたのだ。

 フレイヤに対して当てるのではなく、いざという時、つまりはこういう勝機を狙って爆発させるために。


「こぉおおおおおっ!!」


 轟音が鳴り止まず、爆煙が視界を閉ざす中、予め備えていた千尋は大きく呼吸した。

 煙を吸い込まず、必要な酸素とマナを取り込み、体内で高速循環。

 過去最高の精度で身体強化を成功させ、フレイヤの下へと大きく踏み込む。

 爆発の衝撃で荒れ狂う紅蓮の竜の下を掻い潜り、余裕が隙へと転じたフレイヤの意識を刈り取らんと、付け焼刃の中国拳法の拳が放たれる。


「…………は?」


 千尋の作戦に不足は無かった。

 先手からずっと【韋駄天】による音速戦闘を意識づけて、その間に魔弾を仕込む。

 フレイヤが音速戦闘に適応し、攻撃に転じる余裕を持った瞬間を狙い撃ち。

 四方八方からの爆発でフレイヤの感覚器官を揺らし、その隙に渾身の一撃を叩き込む。

 その作戦は、作戦を全て通してしまう千尋の意志力は、フレイヤに敗北を刻む。

 ――――そのはずだったのである。


「きっかけを掴めば簡単だったわね、【精霊憑依】って」


 魔導の天才であるフレイヤが、自らの窮地で覚醒しなければ。

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