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第10話 決闘開始

 ミネルヴァ魔法学校の地下にはコロッセオがある。

 そう、奴隷戦士たちが命がけで戦ったり、それを観客が見たりする感じの奴だ。

 真ん中に戦うためのステージがあり、それを囲うように観客席がある、円形のものだ。

 何故、魔法学校の地下にコロッセオがあるのか?

 それは偏に、魔法学校の治安の悪さによるものである。

 魔法学校に通う者たちは主に、思春期の子供。

 しかも、その全てが魔術師見習いだ。

 容易く人を破壊できる力を持った、不安定な子供たちだ。

 当然、一年間の間に揉め事は山ほど起こる。それはもう、時には重傷で病院送りになる生徒も現れるレベルでの揉め事が起こる。

 そして、十年、二十年に一度のスパンではあるものの、死者が出る場合もあるのだ。

 魔法学校とは、魔術師見習いたちの学び舎であると同時に、蟲毒の如き地獄が発生する可能性のある場所なのである。


 ならば、と魔法学校の教師たちは考えた。

 下手に抑圧するから、生徒たちの暗闘が発生して、問題が発生してしまうのだと。

 いっそのこと逆に考えればいい――――生徒間の戦いを許可しちゃえばいいのだと。

 だからこそ、ミネルヴァ魔法学校の地下にはコロッセオがある。

 というか、大体の魔法学校には決闘場が存在する。

 そして、決闘を管理するための組織――決闘委員会がある。

 生徒間の決闘を滞りなく進行させ、死者無くその決闘を終わらせるための委員会が。

 生徒間の決闘を、あえて『興行イベント』として設定することにより、問題の深刻化を防ぐための委員会が。

 本来、生死を持って互いの正しさを競う決闘を、死者の出ない見世物まで貶めることにより、周囲への影響力を防ぐ――――これが決闘委員会の理念である。

 ただ、その決闘委員会をしても、今回の決闘はどちらが勝とうとも、周囲に強い影響を与えざるを得ないものだった。


 【赤】の派閥の頂点たる一族、カーライルの天才、フレイヤ・カーライル。

 【黒】の継承者たる最強の魔術師の弟子、鈴木千尋。


 互いに一年生ながらも、その背景の豪華さから、コロッセオには観客が殺到した。

 普段の決闘では観客席が埋まることは滅多に無いというのに、コロッセオの観客席には、学年を問わず、野次馬精神に溢れた生徒たち――そして、今後の一年生の勢力を左右するであろう決闘の顛末を見届けんとする目ざとい生徒たちが集まっている。

 そして、その中には――――ミネルヴァ魔法学校に存在する二大派閥、その片割れの頂点たる生徒の姿があった。


「いやぁー、よかった、よかった。間に合ったよー。僕、絶対に見逃したくなかったからね、このカード! 開始までに間に合って本当によかったー!」


 外見だけを見るのならば、その生徒は背丈が小さく、容姿も幼く見えた。

 『地球世界』の外見年齢だと、十歳前後の少年だ。

 ふわふわの金髪に、空色の瞳――それと、狐の如き獣耳と尻尾が特徴的な生徒だった。


 ――――妖怪。あるいは人ならざる者。


 その生徒は本来、魔性に属する者であり、人類の敵対種である存在だった。


「おっせーよ、イオス!」

「ぎゃははははっ! クソでもしてたのかよ!?」

「ちょっと、イオス様をアンタらみたいなのと一緒にしないでよ!」

「はぁー!? イオスだってクソしますがぁー!?」

「そういう下品な話題を人前で出すのがあり得ないって言ってんの! もう、イオス様も何か言ってやって!」


 しかし、その獣耳の生徒――イオスは慕われていた。

 本来、迫害を受けても仕方がない種族、立場であるにも関わらず、イオスを観客席で待ち受けていたのは、同学年である五年生の旧友たちからの温かい歓迎だ。


「あははは、残念だけどクソじゃないよ。折角だからね、どちらに転んでもいいように、ちょっと仕込みを済ませておいたんだ」


 イオスは馬鹿なことを言う男子の頭を引っぱたきつつ、その隣の席に座る。


「あいてっ! てめっ、イオス! お前は外見に似合わず怪力なんだから、もっと手加減しろよ! 俺の聡明な頭脳が壊れたらどうする!?」

「あははは、大丈夫、大丈夫。構造が単純そうだからすぐに治せるよ…………それより、あの二人はどんな感じ?」

「はい、イオス様。フレイヤ・カーライルの方はこの一週間、良くも悪くもいつも通りという感じでしたが、どうやら、鈴木千尋の方は何やら最強の魔術師が集中的に鍛えたようで」

「へぇ、それは重畳だね。となると、使い捨ての駒というわけでも、単なる実験体と言うわけでもなく、クロウ様は割とガチで鈴木千尋を弟子にしているわけか」


 あはっ、と幼い横顔が、邪悪に笑う。


「いいね、いいね、どちらもいいね。二人とも、この学校で青春を巻き起こすには十分な人材だよ。『秩序』の側に取られちゃうのはもったいない! 早速、この決闘が終わったら、『お友達』になれるように説得に行こうっと!」

「うわ、出たよ、その悪癖」

「普段はまともなのに」

「人材コレクター」


 邪悪に笑うイオスに、周囲の仲間たちは呆れつつも引いてはいない。

 いつもの出来事、と当たり前のように受け入れている。

 その関係は、魅了や洗脳の魔術では到底作り出せない、確かなる絆があるものだった。


「ああ、楽しみだねぇ。いつだって、面白そうな友達が増える予感はたまらない」


 人ならざる者、九尾のイオス。

 人類の敵対種でありながら、人間に非常に有効的な個体。

 そして、ミネルヴァ魔法学校を二分する勢力の一つ、『混沌』の頂点に君臨する、紛れも無く王者の素質を持った存在だ。


 ――――そんな存在すらも注目するのが、今回の決闘なのである。


 もっとも、今回の決闘の主役たる二人にとっては、そんなことはどうでもいい些事に過ぎなかったのだが。



●●●



「見違えたわね。その研鑽、称賛に値するわ」


 千尋がコロッセオの舞台に立った時、フレイヤは開口一番、その研鑽を称賛した。

 まるで、たった一目見ただけで、一週間の間に、千尋がどれだけの修練を積み重ねたのか、理解したかのように。


「ふん。これから戦う相手を褒めてどうすんだよ? というかひょっとして、アタシは敵に値しないっていう遠回しの挑発か?」


 フレイヤの言葉に、地獄の修行を乗り越えた千尋は揺らがない。

 体の隅々にまで魔力を行き渡らせながら、静かにフレイヤと視線を合わせている。


「いいえ、違うわ。ワタクシは貴方の在り方を純粋に称賛しているの」

「はぁ? 在り方ぁ?」

「一週間前の実力差だと、貴方がワタクシに勝つ手段は一つ――――師であるあの方から、上級のアーティファクトを貸し出してもらうことだったわ」

「…………ええと、アーティファクトってあれだよな? 魔道具だよな? 魔法の力が込められていて、魔力を流すだけで予め刻まれた魔術が発動するって奴」

「そうね。そして、貴方の師であるクロウ様は、『素人が使っても一流の魔術師を屠れる』ほどのアーティファクトを持っているわ。ワタクシに勝利するだけならば、貴方はそれをクロウ様から借り受ければよかっただけ」

「いや、でも、それって……卑怯じゃん」

「ワタクシは決闘の条件に、『アーティファクトの持ち込み不可』なんて決めなかったわ」

「それはそうだけど」


 千尋は改めて、自分の装備とフレイヤの装備を見比べる。

 互いに服装は学校の制服。

 千尋はクロウから学んだ戦闘スタイルは無手でこそ真価を発揮するため、余計な武具や杖などは持っていない。

 フレイヤは指揮棒の如き真っ赤な杖を携えているが、それは学校で支給される平均的な品質の杖と何ら変わらないもの。

 つまり、装備の面においては千尋とフレイヤはほとんど互角だった。


「いや、でも、そんな提案すること自体恥というか……意地を通すために戦おうとしているのに、そんなことをする時点で負けたようなものというか……」

「ふふっ、なるほど。貴方は誇り高い人間なのね、鈴木千尋」


 これから戦う相手に褒められて、釈然としない様子で頬を掻く千尋。

 そんな千尋へ、フレイヤは微笑と共に――――敵意を込めた視線を向けた。


「だからこそ、貴方はワタクシの敵に相応しい」

「……っ!」


 見つめる者を焼き尽くすような灼熱の敵意。

 おおよそ、『地球世界』で暮らしていて経験したことのないそれに対して、けれども千尋は揺らがない。

 地獄の修行を経て、千尋の精神性は同世代の魔術師見習いよりも遥かに頑強なものになっていた。


「そして、相応しき敵対者との戦いには、相応の覚悟が必要でしょう?」


 だが、そんな千尋の精神も、フレイヤが空間魔術により虚空から取り出した首輪――使い魔契約に関わるアーティファクトにより、少しばかり動揺した。


「カーライルの倉庫から引っ張り出してきた骨董品よ。この『悪神の首輪』を用いて行われた使い魔契約は、魂にまで食い込む。たとえ、最強の魔術師であろうとも、簡単には解除できないと思いなさい」

「そ、そんなに!? ねぇ、聞いたよ!? 魔術師が相手の魔術師を使い魔にするのって、屈辱以外にも変態行為に当たるって! ねぇ、まさか本当にそうするつもりは無いだろうけど! なんでそんな変態行為を決闘の結果に!?」

「趣味よ」

「そんなわけあるかぁ! 適当なことを!!」


 真顔で告げるフレイヤに、吠えるように突っ込む千尋。

 だが、直ぐにその熱は収まった。

 決闘の敗北には屈辱が伴うが、しかしそれは使い魔契約とイコールではない。

 這いつくばって前言を撤回すれば、使い魔にはならなくて済むのだ。

 そう、それはつまり――――フレイヤに勝利しても、フレイヤを使い魔にしなくてもいいということである。

 なお、千尋は自分が敗北した時の事は考えていない。

 考えるに値しない。

 挑発に乗り、師匠に散々世話をしてもらって、その上で負けるような自分は、考えるに値しないのだ。


「アタシは必ずお前を這いつくばらせてやる」

「いいわ、やってみなさい。できるのならば」


 千尋とフレイヤ、二人の敵意は視線の先でぶつかり合い、目に見えない火花を散らす。


「「審判、決闘の合図を」」


 そして、奇しくも意図せずに声を重ねて、審判――決闘委員会から派遣された仮面姿の上級生へと、戦いの始まりを要求した。


「鈴木千尋、フレイヤ・カーライル、両者の戦意を確認。ここに決闘の開始を宣言する」


 審判が告げる言葉と共に、コロッセオ内に結界が敷かれる。

 この結界の効果は二つ。

 一つ、観客席とステージを区切り、どちらからの干渉も遮るように。

 一つ、ステージ内で起こった決闘者同士の『あらゆる不都合な結果』を巻き戻すこと。

 つまりは、この結界内であれば何一つ憂うことなく決闘が可能となるのだ。

 そう、互いの命を削り合うほどの決闘が。


「勝敗は戦意喪失か意思喪失。あるいは、戦闘続行不可能と審判が判断した場合となる。両者、異議は?」

「「異議なし」」

「では――――始め!!」


 審判の宣言と共に、コロッセオ内の攻撃禁止の制限が解かれる。


「紅蓮の盾を」


 最初に動いたのはフレイヤだった。

 己の周囲に、紅蓮の炎で形成された盾の魔法を形成。

 視界を遮らない程度の大きさの盾を、合計で六枚。

 千尋との間に出現させる。

 その強度は、地獄の修行の際、千尋が体験した『最低限』の倍以上。

 その操作性は、自動的に千尋からの攻撃を阻む半分オートマチック。

 フレイヤはたった一息で、一週間前の千尋ならば絶望するほどの防護を揃えて見せた。


「位置について、よーい」


 そう、一週間前の千尋ならば。


「どんっ!!!」


 その瞬間、コロッセオに居た全ての観客たちは見た。

 千尋の姿が掻き消え、紅蓮の盾が花弁の如く吹き飛ぶ光景を。


「――がっ!?」


 フレイヤが腹部に蹴りを入れられ、ボールのように結界の外枠まで弾き飛ばされた姿を。


「悪いけど、アタシの師匠の教えは、先手必勝なんだ」


 制服のあらゆる場所を焦がしながらも、フレイヤを蹴り抜いた姿のまま、不敵に笑う千尋の姿を。



『『『う、うぉおおおおおおおおおっ!!?』』』



 思わぬ展開に周囲の観客は湧き立ち、歓声を上げる。

 ジャイアントキリング。

 この言葉を思い浮かべない観客は居ないほど、千尋の先手は鮮烈に映ったのだった。




「げほっ……もう一度言わせてもらうわ、見違えたわね、鈴木千尋」

「うわぁ、やっぱり回復魔術で平然と立ち上がって来たぁ!?」


 もっとも、そんな先手ですらこの決闘では小手調べに過ぎず、本番はここから始まるのだが。

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