8
自宅に着いて、ご飯を食べて、シャワーを浴びて。日々のルーティンをこなしたら、夜になった。本でも読もうかとベッドに転がったところで、スマートフォンの通知に気付く。
夏澄からだ。
……この時間まで、彼は女子たちと遊んでいたのだろうか。
なんとなく憂鬱な気持ちになりながら、楪は通知を開く。
『楪! さっきはごめんね!』
なぜ、夏澄は謝っているのだろう。
謝るのは俺のほう。――それは、楪も理解していた。
楽しい雰囲気をぶち壊しにするようにあの場から逃げ出して。夏澄が追いかけてきてくれたのに、彼の気持ちに応えることもなく。彼は何度も手を差し伸べてくれたというのに、一度も彼の手を掴もうとしなかった。
けれども、怖い。
もしも、夏澄と友達になったとして。親友になったとして。いずれ彼が自分のもとを離れてゆく未来が怖い。
失うのが怖いから、はじめから突き放す。
そんな楪の性分は、べったりと心の奥にこびりついていて。今更、変えることなんてできなかった。
『何が?』
ああ……。
なんで、こんな言葉しか返せないのだろう。
どしりと重石がのしかかってくるかのような自己嫌悪。自分自身がどんどん嫌になる。
はやく、夏澄。俺のことなんて嫌ってよ。離れていってよ。
ぐるぐると冷たい霧が心のなかに立ちこめたとき――るるる、とスマートフォンが鳴る。夏澄から電話がかかってきたのだ。
ドクンドクン、と高鳴る胸を押さえて、楪はそっとスマートフォンを手に取る。
「……はい」
『楪ー! 怒ってる? 怒っているよね。ごめんね、楪ー!』
「いや、怒ってなんか……」
『さきに楪と約束していたのに……いやだったよね、楪。あっ、あの子たちは悪くないんだよ、ちゃんと説明できなかった僕が悪いんだ。ごめんね、楪』
本当に、夏澄は素直なやつだ。
こんなにいいやつが、どうして俺なんかと一緒にいるのだろう。
夏澄が好きなればなるほど、苦しくなる。
夏澄にはもっと相応しい人がいるんだろうな、と考えて。
ずっと自分の傍にいてくれるわけがないのだと考えて。
「夏澄。俺のことなんて、放っておいていいよ。俺と遊ぶより、あの子たちと遊んだほうが絶対に楽しい。俺は気が利かないし、話もつまらない。だから――」
『楪! なんでそんなこと言うの? いやだよ、そんなこと言われたら……』
「? 何が?」
『僕は楪がいい。楪と一緒にいたいから、楪と一緒にいる。それに、楪が楪のこと悪く言うのもいや。僕が好きな楪を、否定しないでほしい」
「……」
ああ、眩しいな。
そう思って、ふ、と楪は笑う。
「……電話、きるから。おやすみ、夏澄」
『えっ……、うん。おやすみ!』
ブツ、と通話を切る。
その音と共に、心の中にシャッターがドスンと落ちたような気がした。




