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相も変わらず、楪とすごす時間は静かなものだった。楪は夏澄の言葉にたまに相づちをうつくらいで、ほとんど話してくれない。
それでも、夏澄は満足だった。犬だったころも、隣にいるだけで満足だったのだ。
『マメ。おまえは、今、どんなことを思っているのかなあ』
よく、ご主人さまが言っていた言葉だ。
ご主人さまとマメは種族が違うから言葉を交わせない。
だから、今。会話を交わせるだけでも嬉しいのだ。夏澄が言った言葉を楪は理解してくれている。楪が言う言葉も夏澄が理解できる。それだけで幸せだ。
「ねえねえ、楪は、天使の存在を信じる? 天使はね、みんなが思っているような神聖な存在じゃないんだ。僕が知っている天使はね、粗雑でイジワル。でもたまに優しくて」
「楪! 楪は、どの季節が好き? 僕は冬が好き! 雪がたくさん積もっているところを走りたくなるんだ。この辺って雪は降るの? 僕が住んでいた東京ではね、あまり雪が降らなかったんだ」
「楪はよくパンを食べているよね。パンといえば、なんでパン介はパン介って名前なの? あ、でもなんとなくわかるかも。コーギーのお尻ってパンみたいだよね。ぷぷぷ」
夏澄がぺらぺらと一人で喋っていても、楪は「うん」「そう」「へえ」と一言言ってくれた。それがたまらなく嬉しくなった。
ずっとずっと話をして。少し、空が赤っぽく染まり始める。
日が暮れると、少しセンチメンタルになるのはなぜだろう。空を見上げて、ああ、自分は生きているんだなあとか、年老いてからも同じ赤を見ることはできるのかなあ、とかどうでもいいことを切なくなりながら考えてしまう。
だからだろうか。夏澄も、ちょっぴり寂しくなった。楪に、こっちを向いてほしいな、なんて。
夏澄はそろりそろりと移動して、楪の隣につく。
「ねえ、楪。日が暮れてきたね」
ひとこと、そう言ってみた。
本を読んでいる楪に、夏澄の影がかかる。
楪はちらりと顔をあげて夏澄を見上げた。赤く染まる空の光がちかりと楪の瞳に反射して、ほんのり赤く見える。
どき、とした。
夏澄の頬がふわっと朱に染まったとき。ぬ、と楪が手を伸ばす。そして、ぽむぽむと夏澄の頭を撫でてくれた。
――また撫でてくれた……!
夏澄は飛び上がるほど嬉しくなった。けれどもここでリアクションを返せば、なでなでを辞めてしまうかもしれない。だから、ぐっと堪えた。楪が撫でやすいように少し頭を下げて、目を閉じて、なでなでを満喫する。
「やっぱり、夏澄は犬みたい」
ふ、と微笑んで言う楪。
彼の表情を見た瞬間に、ふわっと何かが弾けたような心地がした。
犬みたい、なんて。そりゃあ犬ですけれども、ということなのだが。そうではなくて、彼の表情からはたまらないほどの慈愛を感じて。それがあまりにも温かくて。
やっぱり、楪のことが好き。そんなことを思う。
「ひひっ」
「なんで笑うんだよ」
「僕、犬っぽい?」
「うん」
「そっか」
楪がどんな気持ちで言っているのかはわからないけれども。
自分と彼が同じ気持ちでいてくれたらいいな、と思う。
そばにいられて幸せだな、と。




