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楪の家を出たのは、空が暗くなり始めたころ。
結局、夏澄がぺらぺらと喋り続けて、楪が「うん」「へえ」と言う、そんな会話スタイルは変わらなかった。
しかし、夏澄のなかで一等輝く思い出。楪になでなでしてもらったという思い出!
人間として生を受けて17年。切望していた、大好きなご主人様からのなでなでだ。嬉しくて嬉しくて、昇天してしまいそうだった。この思い出を胸に、これからずっと生きていけるくらい。
自宅につくと、夏澄の母が「おかえり」と出迎えてくれる。
夏澄の家族は四人家族だ。父、母、妹。もちろん、みんな夏澄が元・犬だなんて知らない。別にそれを悪いことだなんて思わない。もしかしたら、父の前世が猫かもしれないし、母の前世が鳥かもしれない。妹の前世が別の人間かもしれない。その前世のことを実は覚えていて、黙っているのかもしれない。そう考えるときりがない。
「もうすぐご飯だからね」と言われて、「はあい」と返事をする。夏澄はまっすぐに自分の部屋に向かった。
部屋につくと、シンクがいた。シンクは夏澄以外には見えない。母がこの部屋を掃除するときも、シンクは堂々とベッドの上であぐらをかいている。しかし母には見えない。
「よう。どうだった? 転校初日は」
「きいて~! シンク! 楪に、頭なでなでしてもらえた!」
「……ちょっと意味がわからないな」
シンクが苦笑いをする。
シンクは、「普通の人間は初対面の人間の頭を撫でない」とか、「前世のことを抜きにしても、いきなり距離を詰めすぎじゃないか」とかグチグチ言ってきた。ごもっともなので、夏澄は正座をしながら聞くしかなかったのだが。




