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楪の部屋には、あまりものがなかった。ベッドと学習机と本棚があるくらいだ。
「ベッド座っていいよ」と言われたので、「失礼します」と言いながら夏澄はベッドに腰掛ける。
「今日の今日で押しかけちゃってごめんね」
「べつに」
楪はしゅるっとネクタイをほどいて、ハンガーにかけた。
夏澄はチラッと机に置いてある写真立てに視線を遣る。そこには、にこやかに笑っている家族があった。中学生くらいの楪と、夫婦。
「えっと。楪って部活やってないけど……家に帰って何しているの?」
「何って。勉強だけど」
「すごいね! 僕、勉強が苦手で」
「ふうん。俺も勉強は苦手」
「苦手なのにやるんだ! 僕とは全然違うね」
「勉強しかやることないし。それか、本読む」
楪は椅子に腰かけて、本棚に視線を移す。
本棚には、ずらりと本が並んでいた。背表紙を見る限り、ほとんどが小説である。
「本が好きなの?」
「べつに。本を読むくらいしかやることないし」
「……友達と遊んだりとか……」
「友達いないし」
そんなばかな、と夏澄は思った。
教室にいた彼を思い出す。ちらほらと彼に話しかける女子生徒、男子生徒。彼らは楪に興味を持っていたように思う。女子生徒は「ねえ、ここ教えて」と誰に聞いてもよさそうな質問をわざわざ楪のところまできてしていたし、男子生徒は「今日の放課後、カラオケ行くけどこねえ?」と誘われていた。みんな、楪と仲良くなりたそうだった。
楪は、友達をつくろうと思えばいくらでも作れるだろう――夏澄はそう思ったのである。
「高校生になってから、うちにクラスメイトが来たのは、初めてだよ」
「ふうん……」
楪はくるくると椅子を回している。ふわ、とあくびをして立ち上がり、本棚へ。本をとるとまた椅子に座った。
そのまま本を読み始めた楪。夏澄が家まできたところで、教室とやることは同じだった。
……なんだろう。彼から感じる、さみしさのようなものは。
「ゆずり――」
たまらないものを覚えて、夏澄は彼の名を呼ぼうとした。そのときだ。
チャカチャカチャカチャカと聞き覚えのある「あの音」がした。
夏澄はぶわっと全身の毛が逆立つような心地を覚える。
楪は「あいつがきた」と言って立ち上がる。扉をあければシュバッとパン介が部屋のなかに入ってきた。
「わ、なんだよ。だから舐めるなって」
パン介がまたべろべろべろべろと楪を舐める。なんだか先ほどよりも激しい。
「――!!」
夏澄はぷち、と頭のなかの何かが切れる心地を覚えた。
パン介がちらりと夏澄をほうを見たような気がした。「楪はおれさまのものだと」とでも言いたげに!
「ゆっ、楪!」
カッとなって夏澄は叫ぶ。
驚いた楪のもとに、四つんばいでたしたしと近づいていき、そして、
「僕も撫でて!」
と言った。
「はあ?」
「はあ」と言われるのは当然。
同級生の男が犬のように「撫でろ」要求をしてきたのだから。
しかし夏澄はめげない。ぐいっと頭を差し出して楪を強請る。パン介はうーっと激しく唸っていた。
楪は困惑しながら、夏澄の頭にぽんと手を乗せる。そして、恐る恐るといった様子で頭を撫でた。
途端に、夏澄はぱあっと顔を輝かせた。
嬉しい!
そんな気持ちが見て取れるほどに。
そんな夏澄の表情に、楪もとうとうほだされたのか。ふっと笑って、「おまえバカなの?」と言う。
「おまえ、ほんと犬みたい」
「犬です!」
「いや犬じゃないだろ」
頭を撫でられた快感で、何もかもがどうでもよくなる。つい口がすべって「犬です」と言ってしまったが、楪は冗談だと思ったが追求はしてこない。
もっと、頭を撫でて欲しい。
夏澄が楪にぐりぐりと頭をこすりつければ、さすがにうっとうしいと思われたのか、ペン!と頭を叩かれてしまった。




