【第二十話『校内散策』】②
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦闘スタイルは、①しなる剣、②複数の種類の孔雀目ビット、③鋭利な大量の羽根
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
今は、自分の目指すべき「誠」という人格態度を磨いている。
親友:現在スランプ中
名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
戦闘スタイルは、①軽弓、②双剣、③分身
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
仲間:名前はサダル。太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。
戦闘スタイルは、①氷の双銃②魔方陣型迫撃砲③自律型bot④ガジェットの作成
リゲルとハクのアバター戦の3人目ののチームメイト。
万能支援をやってくれる。現在はやや二人より実力は上。
最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。
あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。
一度リゲルの誘いを拒絶した。
――校内散策前半
白を基調とした廊下を、三人の影がゆっくりと伸びていく。
先ほどまでの作戦会議の余韻が、どこか遠くなりはじめていた。
「……ほとんど、使ったことのない部屋ばっかりだな」
壁沿いのパネルを眺めながら、ハクがぽつりと呟いた。
確かに――目に映る施設の数々は、普段アバター使いが通るエリアとはまるで違っていた。
左手には、銀の封印扉に護られた【魔力干渉環境試験室】。
中からはかすかに高周波音のようなものが漏れており、足元には〈注意:開扉時、干渉圧により靴底が剥離する可能性あり〉と赤字で記されている。
「え、ここ……何やってんの?」
リゲルが首を傾げると、サダルが端末で説明板をスキャンする。
「……魔力領域内での非線形干渉の長期観測……らしい」
「日本語でお願いします」
「いや、俺も意味わかんない」
すれ違った生徒は、全身を銀のフィルムスーツで覆い、顔には焦げ跡が残るフェイスガードを装着していた。
彼の手には、炭化した何かの欠片のような物体が無造作に載っている。
次の部屋の前に来たとき、ハクが足を止める。
【構造生物進化実験室】
光を通す乳白色のガラス越しに、中の様子がぼんやりと見えた。
水槽がいくつも並んでいる。
いずれも人間の背丈ほどの縦型タンクで、内部では、さまざまな“生物”が培養されていた。
扉をすり抜けるようにして、わずかに鼻をつく匂いが漂ってくる。
生乾きの金属と、薬液のツンとした匂いが混ざり合い、どこか腐敗の始まった水槽のような微かな酸臭があった。
それは完全に不快というほどではないが、無意識に呼吸を浅くさせるような、空間に染みついた“生”の匂いだった。
一つの水槽の中には、人のような形をした何かが浮かんでいた。
皮膚はまだ未形成で、内臓や骨格が透けて見える。まるで“生まれる前”の人間のようだった。
その存在の周囲では、白衣姿の生徒たちが静かに計測を続けている。
記録端末の画面には、〈自己修復率:14%〉〈構造安定性:低〉といったログが並び、細心の注意を払っている様子が伝わってくる。
だが――部屋の端に並ぶ小型タンクの列には、別の“扱い”があった。
そこでは、数十体ものスライムが、同時並行で簡易な検体として使われていた。
それぞれに異なる薬液が注入され、形状が泡のように崩れたり、異常反応で爆ぜたりしている。
ひとつひとつに名前やIDはなく、代わりに【反応対象01-B】【強化対象C-17】などの雑な番号だけが貼られていた。
「……スライムばっかりだな」
ハクがぼそっと漏らす。
その声には、わずかに苦いものが混ざっていた。
「コストが安いし、再生力も高いから、初期試験は全部こいつらで済ませるんだと」
サダルが無感情に答える。
「使い捨てってことか……」
リゲルが、奥の人型水槽に目をやった。
そちらは遮音加工が施され、内壁には静電結界が張られている。
担当者の手つきも、スライムへの対応とはまるで違っていた。
「……命の重さって、こういうとこに出るんだな」
リゲルがつぶやいた。
スライムのひとつが、薬液に触れてぷしゅりと泡を立てて崩れた。
そのとき、微かに焦げたような臭気が立ちこめ、だが周囲の生徒たちはそれに一瞥もくれず、すでに次の薬液を準備していた。
――無音の処理。無関心な連続。
その光景には、どこか現実のラボに似た冷たさがあった。
そんな中、部屋の中央――封鎖エリアのガラス向こうに、ひときわ目を引く小型のドームがあった。
薄青く光る特殊な球形ケースの内部には、
一匹の蝶が、宙をゆるやかに舞っていた。
その翅は、見る角度によって色を変え、虹のような干渉光を放っている。
翅脈のひとつひとつに微細な符号構造が刻まれており、それが時折、魔力波のように周囲の空間をわずかに震わせていた。
〈標本名:アルビオン蝶(研究固体No.α)〉
〈魔力共鳴周波:変動型〉
〈魔法干渉注意:振動波による構造影響あり〉
その前で作業していた数名の生徒に、初老の教員が手を止めさせる。
「――おいおい、もう少し丁寧に扱ってくれよ」
笑ってはいたが、その声には張り詰めた緊張があった。
「こいつ、一匹で僕の月給より高いからね。うっかり羽根を曲げただけでも……始末書か書かなきゃいけないんだよ」
生徒たちがこわばった顔でうなずく。
アルビオン蝶は、まるでその言葉を聞いているかのように、ひとつひらりと旋回した。
リゲルは無意識のうちに息を呑んでいた。
“神秘”としか形容できない存在が、そこにはいた。
「……この部屋、色んな意味で怖いな」
彼は小さく呟いた。
――次に足を止めたのは、【感情制御演習室】。
中では、椅子に座った生徒の目の前に、さまざまな映像や音が投影されている。
平常心を測るのだろうか、彼らの前にはバイタルモニタと発汗センサー、そして“安定度スコア”と呼ばれる数値が表示されていた。
扉越しに、ふわりと香りが漏れてくる。
甘く、清涼感のある香気――ミントと青リンゴの中間のような芳香だった。
だが、どこか“作られた落ち着き”のような違和感がある。
嗅いだ瞬間こそ心が緩むが、その緩みが逆に緊張を際立たせる、そんな妙な香りだった。
室内では、突如スピーカーから大音量で赤ん坊の泣き声が響き渡る。
続けて、スクリーンには炎上する廃墟と泣き叫ぶ家族のVR映像。
刺すような絶叫と焦げた瓦礫の描写が、容赦なく被験者の精神に襲いかかっていた。
「うわっ……メンタルえぐってくるやつか」
「いやこれ、ほんとに制御できんの?」
「訓練じゃなくてトラウマ植えてない?」
映像の過激さと、空間に満ちる甘やかな香りとの落差が、むしろ不気味さを増していた。
まるで香りのほうが“この光景に違和感を持たせないための演出”であるかのようだった。
「……サダルは、どのへん興味ある?」
リゲルが尋ねると、サダルは迷いなく答える。
「技術系かな。端末系の設計とか、結構好きだし」
「そっか。ハクは?」
「新素材系かな。強度だけじゃなく、圧縮耐性とかエネルギー変換率とか、
いろんな“条件の限界”を突破する研究。……それって結局、“自分の限界”を拡げることにもなるんだよね」
「いや、それ普通に重要だよ」
リゲルは、ふと右手の区画に視線を向けた。
【古典魔法詠唱演習室】
その隣に、小さく〈ソルフェージュ課程:音韻共鳴型呪文の再現〉と添えられている。
扉は半開きで、ほんのわずかに、音が漏れていた。
──しずやしず しずのおだまき くりかへし……
それは、呪文というより“歌”だった。
ひとつひとつの言葉が、きらめく織物のように紡がれ、空気を柔らかく震わせている。
古語とも現代語ともつかない抑揚が、まるで和歌を詠むように整った韻律で響き渡っていた。
扉の隙間から、ふと香りがこぼれてきた。
どこか懐かしい、紙とインク、それから香木のような落ち着いた匂い。
それに混ざるように、ほのかに甘い薬草系の香り――ミルラか、あるいは古い図書室に似た空気の層が漂っている。
「……これ、詠唱の授業?」
ハクが小声で尋ねる。
リゲルは無言で頷いたまま、扉の向こうを見つめていた。
教室の奥では、数人の生徒が静かに立ち、譜面のような呪文帳を開いている。
音階ごとに異なる魔法式が添えられ、声に出すたびに、呪文の粒子が空中に淡く滲んでいた。
音の高さ、息継ぎの間合い、言葉の余韻――
そのすべてが、“魔法”を成立させる要素として組み込まれているようだった。
空間全体が、静かな緊張と美しさを帯びていた。
響きすぎず、消えすぎず、ほんのわずかに心に触れては、霧のように消える旋律。
そして、その余韻を包むように、香りが呼吸の奥へと入り込んでくる。
それは、言葉そのものが空気になり、体の奥で共鳴するような感覚だった。
「……懐かしいな」
リゲルがぽつりとつぶやく。
「やってたよな、小さいころ」
ハクが隣で笑った。
「詠唱ばっかりしててさ。たまに普通にしゃべってるのか呪文唱えてるのかわかんなかった」
「うん。好きだった。……でも、音感あんまりよくなかったんだ」
リゲルは小さく笑った。
「だから、だんだん人前でやるの、やめちゃった。自分では気にしてなかったんだけど、なんか……ズレてるってよく言われて」
けれど、その視線はまっすぐだった。
教室の中で、美しく発声された呪文が空間に重なり、霧のような粒子がまたひとつ、形を結ぶ。
「……それでも、本当は今でも、好きなんだ。
こういう“言葉で魔法が立ち上がってくる感じ”、綺麗だと思う」
サダルがちらりとリゲルを見て、にやりと口元を歪めた。
「じゃあ、試してみれば? 久しぶりに詠唱」
「……うーん、練習しないとな。音痴って言われたくないし」
リゲルはそう言いながらも、目元にわずかに笑みを浮かべていた。
【魔法薬・対症処理研究棟】と書かれた入り口の向こう――そこからは、少しだけ揮発性の強い刺激臭が漂っていた。
芳香剤に失敗したような、あるいは舌の奥にピリつくような、そんな複雑な匂い。
鼻孔をくすぐる鋭さと、どこか薬草っぽい苦味が入り混じっている。
「ここ、ちょっと気になるな……」
つぶやくように言ったリゲルの目に、わずかな光の揺らぎが映っていた。
隣では、何かが高圧で噴射されたらしき白煙が室内から漏れ、職員と思しき女性が慌ててフェイスマスクを装着している。
「……やっぱ、何してんのか全然わかんないな」
ハクの呟きに、三人は自然と苦笑した。
そのときだった。
廊下の一番奥、角にある個人用の研究室と思しき部屋のドアが、わずかに開いていた。
中は無人のようだが、薄暗い照明の下、白い光が壁面の何かを反射している。
「……誰かの研究室、かな」
サダルがひとこと呟く。
リゲルが好奇心に駆られて、一歩だけ近づいた。
もちろん、中に入るようなことはしない。
扉の隙間から、部屋の内装がちらりと見える。
その瞬間――ふわりと、空気の層が違うことに気づく。
外の薬品臭とは異なる、微かに甘く、どこかひんやりとした香り。
湿った布と香料のような混ざりあった匂いが、空間に溶けている。
例えるなら、“女の子の部屋”のような――けれど、ただ可愛いだけではない。
水と光に包まれた、閉じられた水槽のような静けさを纏っていた。
――それは、まるで“クラゲの聖域”だった。
壁一面に、何十枚ものクラゲの写真が貼られている。
青白く透き通るもの、触手が異常に長いもの、目に見えないほど小さなもの、毒性警告付きの極彩色の個体……
どれも、魔法薬の材料どころか、“見るだけで体調を崩しそうな”種類ばかりだ。
なぜか天井にも数枚貼ってあり、足元には小型の水槽がいくつか置かれている。
棚には標本瓶。中には、触手だけが保存されたものもあった。
そのうちのひとつ――奥の水槽のガラスに、**小さな名札が貼られているのが目に入った**。
他のラベルは番号や型式ばかりなのに、それだけはなぜか手書きだった。
《くらにゃん》と、柔らかい字で記されている。名前なのか、愛称なのか、それとも……。
そして部屋の隅――
やけに目立つ場所に、やたらと大きなクラゲのぬいぐるみが、ぽすんと座っていた。
淡い水色。丸くふくらんだ傘。
きらきらした糸のような足がぴょこんと伸びていて――どこか、愛嬌がある。
よく見ると、そのぬいぐるみの頭には**小さなブローチが付けられていた**。
月の形をした、淡い銀色の装飾品。玩具にしては妙に凝った細工で、誰かのこだわりを感じさせた。
「……あれ」
リゲルが不意に声を漏らす。
視線が、ぬいぐるみに吸い寄せられていた。
なぜか、印象に残った。
怖いでも、可愛いでもない。けれど、“記憶に貼りつく感じ”があった。
ぬいぐるみの丸い黒い目を見つめていると、**その奥に、何かが反射している気がした**。
決して何かが写っていたわけではないのに――
それが“こちらを見ている”ような錯覚が、一瞬だけ走る。
「変わった趣味の人もいるんだな……」
ハクが小声で言う。
サダルはすでにドアから離れながら、ぼそっと付け加えた。
「まあ、魔法薬の世界ってそういうとこでしょ」
扉の奥、光の中でクラゲの傘がぼんやりと揺れていた。




