【第十九話「摩天楼の罠」】②
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦闘スタイルは、①しなる剣、②複数の種類の孔雀目ビット、③鋭利な大量の羽根
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
今は、自分の目指すべき「誠」という人格態度を磨いている。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
戦闘スタイルは、①軽弓、②双剣、③分身
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
仲間:名前はサダル。太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。
戦闘スタイルは、①氷の双銃②魔方陣型迫撃砲③自律型bot④ガジェットの作成
リゲルとハクのアバター戦の3人目ののチームメイト。
万能支援をやってくれる。現在はやや二人より実力は上。
最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。
あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。
一度リゲルの誘いを拒絶した。
◆リミッター解放
光の軌跡が、視界の奥で編まれていく。
自律型ビットがまるで羽の延長線のように展開され、風を切り、重力を読んで滑空する。
“考えなくても動く”という、それだけの事実が、まるで信じられなかった。
「……こんなに、楽なんだ……?」
ぽつりと、リゲルが呟く。
その声は震えていた。安堵でも、喜びでもない。
――解放だった。
サダルの視線が、一瞬だけリゲルを見つめる。
そして、唇をわずかに開いた。
「……おかしいと思ってたんだ。
君の攻撃、ずっと“貧弱”だった。数も威力も、どう見ても平均以下。
でも、読みの鋭さ、展開の速さ、反応の正確さ――それだけは、尋常じゃなかった」
リゲルは何も言わなかった。
ただ、背後で羽がふわりと広がり、21機のビットがまるで星座のように空間を走る。
「さっき、正式にログを見た。羽とビット、全部手動制御で――
しかも、イメージじゃなく数式で動かしてたって、ほんとに頭おかしいよ君」
サダルの言葉は呆れに近いものだったが、その瞳には確かな敬意が宿っていた。
「補正角度・反応予測・遅延対策。1基ごとにリアルタイムで挙動を演算……
リゲル、君――マナの8割、全部そこに使ってたんだろ?」
「……たぶん。それで“構造を壊す”攻撃ができるなら、って思って……ずっと、そうしてた」
サダルが静かに息を呑む。
リゲルの総マナ値は、過去ログの全戦闘から逆算しても、常人の三倍近くある。
それだけの出力を持ちながら、その8割を、ただ羽とビットの操作に使っていた。
――普通なら、即戦力外。
だが、リゲルはそれで戦果を挙げていた。仲間を支え、時に勝利すら掴んでいた。
「意味がわからない……」
サダルの声は、ほとんど呟きだった。
「そんな非効率、普通なら絶対ムリだよ。……でも君、それでここまで来たんだよね」
リゲルは、ゆっくりと頷いた。
「怖かったんだ、誰かに任せるのが。自分で全部“見て”いれば、間違わないと思ってた」
だが今、羽が空を駆け、ビットが獣のように獲物を狙い、
風を読み、重力を予測し、敵の動線を切り裂いていく。
まるで、リゲル自身が“空間そのもの”になったかのように。
「……やっと、自由になれた気がするよ」
その声に、サダルは小さく笑った。
「よかったね。羽は、本来、縛るためにあるんじゃない。飛ぶためにあるんだ」
風が吹く。
21機のビットが、羽の旋律に合わせて回転を始める。
照準はすでに整い、敵の座標は完全に捕捉されていた。
これまでのリゲルとは、もう違う。
思考ではなく、構造そのものを使って攻めることができる――
その真のリミッターが、今外れた。
風が、止んだ。
それは静寂ではなかった。
予兆そのものが消えたのだ。
リゲルの周囲で、21機のビットがぴたりと静止する。
羽の配置は、まるで“瞳”を持った孔雀の尾羽のように、空間の一点を凝視していた。
――第二塔、下層。
霧と罠の巣窟。通信も索敵も届かない、戦場の空白地帯。
だが今、そこに向けて“見る者たち”が牙を剥こうとしている。
滑空準備――完了。
空気がざわめく。だが、それは風ではない。
最初は、ただの風切り音だった。
だが、すぐにそれは形を変えた。
連続する軋み。金属の震え。羽が空気を引き裂く、あの嫌な音。
どこかで聞いたことがあるようで――けれど、確かに聞いたことのない音。
いや、本能が覚えていた。
統一されない周波。わざと濁されたような軋み。
脳が警告する。「これは聞いてはいけない」と。
無意識が後ずさる。理由はわからない。だが、逃げたくなる。
重低音が、静かに、だが確実に近づいてくる。
高周波でもなく、轟音でもない。
ただ、空間の奥から“何か”が進行しているのが分かる。
生き物なら、たとえば――
スズメバチの群れが獲物に降下する直前の“あの羽音”。
けれどこれは、羽の音ではない。
羽を模した武器が、人間ではない法則で動いている。
だからこそ、怖い。
自然界の恐怖ではない。“自然の模倣を超えたもの”による恐怖。
サダルが、思わず呟いた。
「……これ、やばいやつだ……」
音が近づいてくる。
頭の上からではない。斜めから、四方から、足元から――
空間の“どこにも隠れられない”と、音だけで理解させてくる密度。
「なにこれ……まるで、生き物じゃん……」
サダルの声に、リゲルは静かに返す。
「生きてるよ。今は、俺より先に“見てる”。」
21機のビットが、隊列を変えながら空を滑空していく。
円弧と螺旋、跳躍と急降下――
その軌道のすべてが、幾何学的意図に支配されている。
孔雀の瞳が、霧の下層を射抜くように配置される。
美しくも、冷酷な幾何学。
それは攻撃ではなかった。
空間を“領域”へと塗り替える行為だった。
「構造再構築完了」
サダルの端末が静かに鳴る。
「全ビット、下層座標補正に対応済み。……これ、完全に“見えてる”よ。霧の中でも、逃げ場はない」
サダルはかすかに顔を上げた。
知識としてではない――**脳が、太古から恐れてきた“旋律”**に似ていた。
高速飛行ではない。
滑空――けれど、空間を“抉る”ようにして迫る、殺意の構造体。
霧の下層へと沈んでいく孔雀の眼たちは、完全に獲物を補足していた。
まるで意思を持った群れ。
その螺旋軌道は、逃げ道を封じるために生まれた獣の咆哮。
「――あれが……リゲルのビット……?」
それはもう支援装置ではなかった。
空を見下ろす、支配者の眼だった。
羽と光が、空間に“警告”を刻む。
「見えている」「逃げられない」「今度は、間に合う」
音だけが、それをすべて伝えていた。
リゲルの唇が、わずかに動いた。
「……これが、俺の“見る”ってことだよ」
そして――
21の眼は、照準を揃える。
敵は、まだ気づいていない。
だが、そのすべての動線は、すでに“見られて”いた。
そして、もう逃げ場はなかった。
◆時すでに遅し
『……っ!』
痛みと共に、もうひとりの“自分”が消えた。
視界の一角が霧散する。次いで、もう一体。
重ねた分身が、次々と剥がされていく。
水面のような魔力幕は、いまやその輝きを失っていた。
反射も、誤誘導も、攪乱も――何もかもがもう通じない。
ハクは歯を食いしばった。
膝をつきながらも、視線だけは上を睨む。
視界の隅で、三体の敵が円を描くように包囲していた。
(まずい……“本体”がバレてる)
最初の一撃は、肩に。
次の一閃が脚をかすめ、三つ目の突きが腹を抉った。
避けられない。
もう、分身は残っていない。
ビットに命じる魔力も、限界を超えていた。
自分で自分の身体を立たせていること自体が、もはや奇跡に近い。
――けど。
「……まだ、時間は、稼げる……!」
歯を食いしばる。
いまここで倒れたら、全部無駄になる。
せめて。
せめてリゲルが、反撃の射線を取れるまで。
――その瞬間。
上空から、光の矢が降ってきた。
ビットだ。
構造計算を済ませ、空間の“目”が一点に集中する。
リゲルの視線を借りたビットたちが、座標ごとに収束し――
撃ち込んだ。
雷鳴にも似た炸裂音。
一体、また一体と敵に命中し、敵の装甲の継ぎ目から閃光が走る。
が、ハクはその場に崩れ落ちた。
全身が、緩む。
支えていた力が、糸を切ったように抜け落ちる。
視界の端で、敵影が退いていくのが見えた。
――退いたのではない。
ビットによって“押し返された”のだ。
(あいつ……ちゃんと見ててくれた……)
最後の分身が、足元で砕けた。
足元の床が波打ち、空間が揺れる。
魔力の制御がもう効かない。
――限界だ。
「っぐ……あ、ああ……」
視界の外縁から、白が滲んでくる。
身体のどこかが、もう自分のものじゃない。
魔力漏れによる自己崩壊。
転送処理が走る。
これはもう、“戦線離脱”を意味していた。
けれど、不思議と悔しさはなかった。
届いた。
時間は、ちゃんと稼げた。
「……でも、2対3になっちゃった。僕のせいで負けるかもしれないなあ。リゲル、サダル、後は……頼んだ……」
言葉が霧の中に消えていく。
次の瞬間、視界が真っ白に染まった。
そして、ハクの姿は、第二塔・下層から消えた――
◆控室。
転送直後の椅子に深く腰を沈めたハクが、顔を上げる。
「ねえ、勝った?」
リゲルが、小さく頷く。
「……うん。……ちゃんと、勝ったよ」
ハクの肩が、ほんの少しだけ震えた。
その様子に気づきながら、リゲルが声をかける。
「……気にしてる?」
ハクは少しだけ笑って、首を横に振った。
「全然。……わかってたよ。三人になってから、自分だけ浮いてたって。
今回の戦闘で、しみじみわかった。俺だけ、足引っ張ってた」
言葉は軽かったが、滲んだ悔しさは本物だった。
それでもリゲルは、そっと息をついた。
ハクが、掲示板のことには一言も触れないでいてくれたことに、ほっとする自分がいた。
「……てか」
サダルが何気ない口調で会話に割って入る。
「ハクって、近接向きなのでは? 分身とか双剣とか、今日の動き見てて思ったけど」
唐突な現実的コメントに、ハクが顔をしかめる。
「いまそれ言う? 俺、落ちたばっかなんだけど……」
「いや、そういう意味じゃなくて。戦術的な資質の話。たぶん、火力支援型ってより、“時間を支配する側”のタイプだよ。
いくら俺に才能があってもそれを構築する時間を稼いでくれなきゃ絵に描いた餅さ」
「うわ、水瓶座っぽ……」
そんな軽口を挟んだ直後だった。
「でもさ、ハクの言う通りだよ。ほんとに今日は助かった」
リゲルが不意にそう言って、視線を落とした。
「……あのビット、すごかったね。あれ、毎回使ったら、リゲルだけで勝てるんじゃない?」
ハクが冗談混じりに言った瞬間――リゲルが、苦笑した。
「……それ、実は……そうでもないんだ」
ハクとサダルが視線を向ける。
「今回みたいな“攻撃全振り”は、めったにできない。あれは構造と状況が、たまたま全部噛み合ってただけなんだ」
リゲルは、指先を軽く組みながら、静かに続ける。
「まず、ビットを一度出すと、そのマナはもう戦闘中に他の用途に回せないんだ。
直接触って回収しない限り、ただの“使い捨て”になる。
つまり、あれは自分のマナを羽にして“ばら撒いてる”だけ。
使い切ったら……終わり」
「しかも、ビットの耐久自体はそんなに高くない。今日の敵が鈍重だったから壊れなかっただけで、
スピード型に絡まれたら、普通に落とされる」
サダルが淡々と補足する。
「今回の勝利条件は、敵が下層に固まってたこと。
それに加えて、ハクが“時間を稼いでくれた”からこそ成立した構図だった」
「……俺が?」
「うん。君が孤立しなかったら、敵はもっと分散してたはず。
あの状況は、ある意味でハクの“囮”が成り立ってたからこそだよ」
ハクが、目を伏せる。
リゲルが、小さく笑った。
「だから、あれは“奇跡の構造”。毎回できたらチートだけど、たぶん今回が最初で最後だと思う」
「……それって、結構ギリギリだったってこと?」
「うん。でも、ギリギリで勝てたのは――ちゃんと、三人だったからだよ」
短い静けさが流れたあと、サダルが立ち上がった。
「じゃ、ハクの改造は――また明日でいいよな。今日のとるべき単位は全部取ったし、俺は帰る」
まるで出席カードでも切ったかのような口ぶりに、リゲルが呆れたように言う。
「……お前さあ、ほんとにサボり魔だよな」
だが、サダルは肩をすくめて返す。
「単位取得効率がいいって言ってくれよ。評価A+で時間短縮。省エネは美徳だろ」
軽く指先を上げて一礼のような仕草をすると、彼は扉の方へと歩いていった。
その背中が見えなくなるまで、ハクは何も言わなかった。
静かになった控室の中。
サダルが扉の向こうに消えると、ハクがぽつりと呟いた。
「ああいうとこ、才能感じるよね」
リゲルが少しだけ笑う。
「……水瓶座って感じ?」
「うん……俺が落ちたことも、俺が気にしてないフリしてるのも、最初から分かってたみたいだった」
ハクの声には、悔しさと安堵の両方が滲んでいた。
リゲルはその横顔を見ながら、静かに言葉を重ねる。
「でもさ。今日、三人だったから勝てたんだと思う」
ハクがちらりとこちらを見る。
その視線を受け止めながら、リゲルはゆっくりと笑った。
「……このチーム――もっと強くなれる気がするよ」
ハクは、目を細めて、照れくさそうに笑った。
その笑みに、迷いはなかった。
本当に、ハクは挫折が似合わない男だ。
たぶん、本人がどう思っていようと。
そして――
この部屋にいる全員が、それをもう知っている。
しばしの沈黙。
控室には、エアコンの音だけが微かに響いていた。




