【第十五話『挫折と結成』】②
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦闘スタイルは、①しなる剣、②複数の種類の孔雀目ビット、③鋭利な大量の羽根
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
今は、自分の目指すべき「誠」という人格態度を磨いている。
現在3人目のチームメンバーを探している。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
戦闘スタイルは、①軽弓、②双剣、③分身
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
◆どん底
ノランの照準が閃いた。
霧の奥から放たれた魔力の一撃が、リゲルの側面を撃ち抜く。
羽も、ビットも、剣の反応も、すべてが一瞬だけ遅れた。
そのまま、リゲルの体はふっと揺れ、淡い青色のマナへと変わり、フィールドから転送されていく。
制服姿のまま、光の粒子が巻き上がるように消えていった。
――退場。
フィールドから、リゲルの姿は完全に消えた。
「……リゲル、落ちた!」
ハクの叫びが、霧の中に吸い込まれていった。
だが、もはや戦況は動かなかった。
残されたハクも、すでにフル稼働の限界が近かった。
分身の数を絞り、双剣を構える。
その姿に迷いはない。
けれど、敵の構造も、もう揺らがない。
セファスの盾が迫る。
ノランの照準が整う。
ミーアが先回りして足場に罠を設置する。
まるで、“これまでと同じ展開”が、もう一度繰り返されているかのようだった。
双剣を振る。
右の剣で物理の鋭突、左の剣で魔力の裂撃。
だが、霧が角度を吸い込み、枝が反射をずらす。
防ぎ、防ぎ、防いだ先で――
ハクの分身が、ひとつずつ、解けていく。
「……っ、まだ――」
言いかけたときには、盾が喉元まで迫っていた。
青い光が、ハクの体を包んだ。
次の瞬間には、彼もまた、マナとなって消えていた。
観戦席の最後列。
少年は、モニターを見たまま、ゆっくりと息を吐いた。
画面には、淡く光る転送エフェクトが映っていた。
リゲル、ハク――両者の退場が確定している。
もう、勝負は終わっていた。
彼は、ただ目を細めていた。
(ここまでか……)
そう思った瞬間、自分でも気づかないうちに、身体が動いていた。
立ち上がり、誰にも目を向けず、そのまま通路へ――ほとんど走るような勢いで、姿を消した。
後ろから何かを呼ぶ声があった気もした。
だが、それを聞く余裕はもうなかった。
転送室。
光が収まり、リゲルの身体が姿を取り戻す。
制服姿のまま、アバター装置の中央に立っていた。
「……」
誰もいない室内。
リゲルはゆっくりと頭を下げ、自分の両手を見る。
羽はもうない。
ビットも、剣も、今はない。
だが、それ以前の問題だった。
(何が――足りなかった?)
「俺は、まだ……“これ”しかできないのか?」
その言葉に答える者はいない。
静かすぎる装置の音が、余計に重く響いた。
控室のモニターには、Cチームの勝利が映っていた。
三人は整列を終え、簡潔に挨拶を交わす。
そこに、特別な勝者の感情も、敗者への敬意もない。
まるで、勝つべくして勝った者たちの、当然の動きだった。
それを、別の控室の片隅で見ていたリゲルは――
画面を見つめたまま、口を引き結んだ。
隣では、ハクが椅子にもたれかかっていた。
腕を組み、目を閉じている。
しばらくの沈黙の後、リゲルが小さく言った。
「……また、負けたな」
ハクは何も言わなかった。
ただ、その言葉を否定も肯定もせず、静かに目を閉じていた。
敗北は、静かに、
だが確実に――二人の中に残っていた。
◆陽転
転送室。
蛍光灯の明かりが静かに灯る、無機質な空間。
今しがたまで霧の中で戦っていた体が、ようやく現実に戻ってきたことを、リゲルは感覚の奥で理解していた。
制服のまま、アバター装置の中央に立ち尽くす。
剣も、羽も、ビットも、すでに展開は解除されている。
(……また、負けた)
握った拳に、何の力も入らなかった。
(諦めた方がいいのかな)
初めて、そんな言葉が内側から浮かんだ。
自分なりに戦った。手を抜いたわけじゃない。
だが、それでも“届かなかった”。
フィールドにいたあの三人には、まるで“構造そのもの”を崩されていた。
羽の制限も、ビットの補正も、剣の一撃すらも、すべて“見切られた”うえで無力化された。
何を直せばいいのかすら、わからない。
(……俺には、まだ何がある?)
そのときだった。
――ガチャ。
転送室のドアが、勢いよく開く音がした。
驚いて顔を上げたリゲルの視界に、制服姿のままの少年が飛び込んできた。
髪は乱れ、息も荒い。
教員も生徒も立ち入らないこの空間に、誰の許可もなく入り込んできた。
「……お前、なんで――」
言いかけたリゲルに返答はなく、少年は一歩、足音を響かせて中に入った。
そして、手に持っていたタブレット端末を無造作に投げる。
乾いた音がして、それはリゲルの足元に転がった。
「それ、お前の武器の制御系。
ざっと見たけど、補正演算の分岐が甘すぎて、羽が止まると全部狂う構造になってる。
要するに、羽に依存しすぎて、ビットが逆に死んでる。
それじゃ“守るための武器”が、むしろ“自分を潰す装置”になってるんだよ」
「……なんでお前がそこまで」
リゲルは反射的に言った。
だが、その声に怒気はなかった。
少年は、息をひとつだけ整えて、ドアの方へ背を向ける。
リゲルが、戸惑いと静かな苛立ちを混ぜて、問いかけた。
「……何しに来たんだよ、こんなとこまで」
しばしの沈黙。
その背中が、わずかに止まる。
そして、振り返ることなく、声が返ってきた。
「俺より才能あるやつを見捨てたくなかった。……それだけ」
その一言は、どこまでも素直で、どこまでも勝手で――
だが、リゲルにとって、それ以上に**“救いだった”。**
再びドアが閉まる音が、静かな空気を引き裂いた。
リゲルは足元の端末を拾い、画面を点ける。
そこには、羽とビットの挙動図が並び、いくつもの赤線がエラーとしてマークされていた。
(こんなに、見えてたのか……)
画面を見つめたまま、ゆっくりと座り込む。
“諦めた方がいいのかな”
さっきまで心の中で繰り返していたその言葉が、
今は、妙に遠く感じられた。
◆負け犬の足音
誰にも見られたくなかった。
転送室から出たリゲルは、無言のまま廊下を抜け、階段を上った。
目的地は――屋上。
校舎の最上階。風と空しかない場所。
敗北の直後、教室に戻る勇気はなかった。
誰かと視線を交わすのも嫌だった。
シャワー室に行く気力すらないまま、制服姿でその場所へと逃げ込んだ。
鍵は、開いていた。
それだけが、わずかな救いのように思えた。
夕陽がすでに沈みかけていた。
空は薄墨色。風は生ぬるく、リゲルの髪をそっと撫でる。
金属の柵にもたれかかり、彼は座り込んだ。
誰もいない空間で、ただ負けの余韻だけが体に染み込んでいく。
(……また、届かなかった)
指が、膝の上でわずかに震えていた。
「はーい、発見」
屋上のドアが開く音とともに、少年の声が届いた。
振り返ると、制服のままの少年が、タブレットを脇に抱えて立っていた。
「隠れてるつもりだったんでしょ? めちゃくちゃ足音してたけど」
「……なんで来たんだよ」
「ハクが“たぶん屋上だな”って。あいつって意外と気配り型なんだね」
少年は勝手に歩いてきて、隣に腰を下ろした。
リゲルの方を見もせず、空だけを見ている。
「……さっきの試合、見てたんだろ?」
「うん。全部ね。めちゃくちゃだったけど、まあ、見応えはあったよ」
「……じゃあ、あのビットと羽の補正ズレも気づいてた?」
「当然でしょ。ていうか、途中から“使わせて潰されてる”の気づいてなかったの、お前だけだから」
「……そっか」
リゲルは小さく笑って、端末を取り出した。
画面には、試合ログが表示されている。
「……これ、見てくれないか。あれ以降、ずっと考えてて……まだ、解決できてない」
「ま、いっか。暇つぶしにはなるし」
軽口を叩きながら、リゲルの端末を覗き込む。
表示されたのは、羽の挙動ログとビットの補正計算。
補正角度、速度予測、ラグ耐性処理、リアルタイム挙動フィードバック。
それらが、手動で書き込まれていた。
「……え?」
少年の眉がピクリと動いた。
「これ……全部自分の意識的思考で? マジで? 補正処理、ぜんぶ?」
「……うん。自動化すると、タイムラグでずれるから。
それなら、直に思考で合わせた方が早い……って思って、最近は全部自分でやってる」
「バカじゃないの?」
思わず、というように少年が言った。
「いや、ていうか、やばいってこれ。普通、反応速度に脳が追いつかないよ?
こんな細かい補正、試合中にやってたの? 誰かと会話しながら?」
「……うん。まあ、途中からはあんまり会話してなかったけど」
「いやいやいや、無理でしょ!? 普通人間は死ぬよこれ」
「……死にはしないと思う」
「そっちじゃない! ていうか、これ脳の演算処理が人間の域超えてるから!
なんかの訓練してんの? え、前世AI?」
「……俺、アファンタジアなんだ」
少年の言葉が止まった。
「は?」
「……イメージができない。頭の中で絵が浮かばない。
だから、動きを“思い描く”っていうのが、できないんだ」
「え、それで操作してんの? どうやって?」
「……ゲームのコントローラーみたいなもんだよ。
ボタンがちょっと増えただけで、慣れれば感覚でできる」
「“感覚でできる”って、それ、感覚じゃなくて演算じゃん。
ボタンで全関節制御してんの、やばすぎでしょ」
少年はリゲルの端末をもう一度見返し、顔をしかめる。
「はー、なるほどね……それで“見えない”から全部数式で動かしてんのか……」
「……自分では普通のつもりだったけど、言われてみたら変かもな」
「変どころじゃないわ! ていうか、ほんと何それ……」
そこで少年の目が、ふっと変わった。
驚愕ではない。畏怖でもない。
共振――そう呼ぶべきものだった。
まるで、自分がずっと探していたものを、ふいに他人の中に見つけたような。
その目が、きらきらと輝いていた。
(この人、変だけど、正しい)
そんな水瓶座的な感覚――
**“共通の違和感を共有できる他者”**との出会い。
それが、彼の胸に火を灯していた。
少年は立ち上がる。
「とりあえず、調整は俺がやる。しばらくビットの方だけ貸して。
羽の補正ルートも見直した方がいいけど、まず基礎の演算から整える」
「……それって……次の試合、出てくれるってこと?」
少年の手が止まる。
「まだ。まずは調整から」
「……じゃあ、その次は?」
少年は笑った。
「気が向いたら、ね」
その笑顔は、いつもの小生意気な表情に戻っていた。
それだけを言い残し、彼は軽い足取りで階段へ向かっていく。
風が吹き抜ける音。
金属扉の軋む音。
でも、閉まる直前――
「……ありがとな」
リゲルの声が、風に流れた。
扉の向こうから返事はなかった。
だが、少年の最後の一歩だけ、わずかに弾むような音がした。
それが、すべてだった。




