【第十一話 『麻雀』】③
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
今は、自分の目指すべき「誠」という人格態度を磨いている。
現在3人目のチームメンバーを探している。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
少年:太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。
最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。
あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。
一度リゲルの誘いを拒絶した。
◆東三局 一本場
配牌を終えた四人の間に、いつもとは異なる静けさが落ちていた。
第一ツモ――全員が山から引いたイーソーを、何の迷いもなく卓に置いた。
イーソー連打。
「……え?」
(字牌じゃなくて全員索子の下の方がないってことか……)
(これ、かなり偏ってるな)
リゲルは、手からではなく山から引いたその牌――イーソー――を迷いなく切ったあとで、卓を見渡した。
ハクも、少年も、そして親の青年も、同じ牌を、同じ巡目に、同じように処理していた。
偶然にしては、あまりにも出来すぎている。
他方で、リゲルの牌はドラも一枚もなく、かなりばらばらである。
(これは……危ない)
言葉にしなくても、指先が警鐘を鳴らしていた。
空気が重く、張りつめている。
リゲルはすぐに切り替えた。ここは、攻める場面ではない。
中盤――七巡目。
まず、親の青年が迷わずリーチ棒を置く。無駄のない動作だった。
数巡後、少年も追うように静かに宣言する。
「リーチ」
ふたりの捨て牌に共通しているのは、危険な香りだけだった。
河の並びは無駄自摸を窺わせず、逆にそれが“高そうな何か”を思わせた。
リゲルは完全に手を止めた。
(これは通せない……どれも、通せない)
手を崩し、安全牌だけを抱えて、卓から距離を取るように捌く。
一方、ハクだけが動いていた。
「ポン」
白を一鳴き。
捨て牌の流れを断ち切るように、柔らかい声が卓の音を変える。
そこからの数巡、ハクは捨て牌を止めなかった。
索子の外側を慎重に落とし、萬子の端を早めに処理し、形を整えていく。
そして――終盤。
山が残り数枚になったところで、ハクがツモ牌を横に倒す。
「……ツモ」
白チャンタ。
派手さも裏もなく、ただ構成と巡目の正確さだけで成り立った30符2翻。
【2000点ツモ】
1本場:+300点
リーチ棒:2本 × 1000点=2000点
→ 合計 4300点
親の青年は1300点、リゲルと少年は各700点を支払い、リーチ棒はハクの前に集まった。
少年は無言で点棒を渡し、青年も何か言いたげな目をしたが、すぐに視線を落とした。
現物が一つもなくなっていたリゲルだけが、わずかに息をついた。
(……助かった)
イーソーが、全員から切られたあの違和感――
それは、この局全体が「咬みつくもの」として始まっていた証だった。
だが、白い牌が、唯一の逃げ道だった。
◆東四局
【東四局・親はリゲル】
開局直後、リゲルの指先が牌をはじく音が、ほんの少しだけ鋭く響いた。
配牌に、東が二枚。もうその時点で、動くことは決めていた。
東一局で跳満をツモって以降、徐々に流れは他家に傾いていた。
けれどこの東四局、親が自分に回ってきたこの瞬間だけは――奪い返すべき領域だった。
第一巡。リゲルの前で、対面の少年が東を河に滑らせる。
「ポン」
声は小さかったが、音の輪郭は明確だった。
目の前の点数、山に残る巡目、場の空気――全部ひっくるめて、「行く」という選択。
手の中はまだ遠かった。
けれど、親であるという一点が、すべての不安を肯定に変えていた。
その後、ハクの手からドラの五筒が離れる。
わずかに早い巡目、リゲルはその牌を見逃さなかった。
「チー」
思考が切り替わる。
形は粗い。安全もない。けれど、ここで止まれば、次に回ってくる保証などない。
雀頭を抱え、索子と筒子の端を捌き、どうにか形を整えていく。
あと一歩――そう思った、その巡目だった。
「……リーチ」
右隣。ハクの声が落ちた。
切られたのは四萬。リーチ棒がまっすぐ前に出される。
リゲルの背筋がわずかに強張った。
音に力はない。けれど、正確に決断を置いていくその所作に、揺るぎがなかった。
(……まさか、ここで)
前局で味方になってくれたハク。
それが、よりにもよって、この局の自分の親に向けて動いてきた。
視界の端で、ハクの河に白が並ぶ。
手牌からも一通の匂いがする。
“安くない”――それが直感的にわかってしまう構えだった。
すぐ後、対面の少年がその牌を鳴く。
「チー」
一発を消すための判断。
誰よりも読みの速い彼が動いたことは、リゲルにとっても十分な警告だった。
――このリーチは、通してはいけない。
だが、牌は巡る。
そして、予感のままに――
ハクが、ツモ牌をそっと横に滑らせる。
「……ツモ」
声に誇りも高揚もなかった。
けれど、それは正確に“結果”だった。
開かれた手牌に、白がひと組。
一通が並び、裏もなかった。
ツモったのは――高めのイーソー。
【リーチ・ツモ・白・一通】
満貫。8000点。
点数表示が光る。
リゲル −4000点(親かぶり)
少年 −2000点
青年 −2000点
静かなやり取りの中、点棒が受け渡されていく。
誰も言葉を発しない。
リゲルは、顔を上げなかった。
あのイーソー――東一局で自分がツモり、他家を削りきった、あの牌とまったく同じ。
まるで何かの因果が、きっちりと帳尻を合わせにきたかのようだった。
(返された……)
喉の奥に残ったその言葉は、舌にのぼることもなく、ただ苦味だけを残した。
前局で助けられた。その意識があった。
それは幻想だったと、頭ではわかっていた。
でも――感情のほうが、わかっていなかった。
「味方だと思ってた」
そう呟いてしまえば、すべてが幼稚になる。
だから、言わなかった。
ただ、噛みしめた。
自分がいま、ツモられた側の親であるという事実だけを。
卓が動く。
電子音が、静かに次の局を告げた。
◆南一局
【南一局・親はハク】
配牌の牌姿を眺めながら、リゲルは短く息を吸った。
萬子の6・7・8がぴたりと並び、手の中には索子が多めに揃っている。
そして、自風の北が二枚。
(悪くない……いや、これは……)
一瞬、ホンイツが頭をよぎった。
萬子をすべて払って、索子に寄せる構成もある。
けれど、それを選ぶには“相手”が悪かった。
四巡目――少年が發をポン。
その瞬間、卓の空気が一段引き締まる。
リゲルはわずかに目を伏せた。
(まだ止めないか……)
五巡目――今度は中も鳴かれる。
対子からの鳴き。
そして、彼の手から捨てられる牌は、筒子と索子ばかり。
(ホンイツだ。……しかも、早い。最悪大三元も覚悟するしかない)
リゲルの中に、ひとつの判断が浮かぶ。
萬子の6・7・8。
この形のいずれかを少年に反応されれば、致命傷になる。
――なら、今。
ちょうどそのとき、青年が北を切った。
その牌を、リゲルの指が止める。
「ポン」
声が落ちる。
手牌の索子に、北を打ち込んで構えが完成する。
4・7索の両面。
構えは固い。役は自風。
守りのポン――そう言われるだろう。
だが、少年の手に喰われる前に、先に決めるしかなかった。
巡目が一つ巡る。
リゲルの手に吸い込まれるように、7索が来る。
「……ツモ、ペードラ1」
2000点。
大きくはない。けれど、この場では十分だった。
ハク−1000点、少年−500点、青年−500点。
その静かなやり取りの中、対面の少年は小さく口角を動かした。
視線を落としながら、わずかに目元を細める。
――萬子の6–9待ち。發と中は、すでに鳴いていた。
遠目から少年の崩した手配のホンイツは、満貫のテンパイに達していた。
だが、そこまでだった。
リゲルは、自分の6・7・8を捨てなかった。
それが、すべてを分けた。
(……欲を抑えたのが、正解だった)
リゲルは何も言わず、静かに手を戻した。
◆南二局
【南二局・親は少年】
配牌を開いたとき、リゲルの心にほんのわずかな重みが走った。
中張牌が多めに整っている中に、6索の暗刻。
しかもドラは、その6索だった。
(これは……攻める手だ)
これを上がれば、少年の親を飛ばし大きく差を付けることができる。
静かな確信があった。
喉の奥に、ゆっくりと熱が灯っていく感覚。
雀頭候補も安定し、索子の内側は素直に伸びていた。
数巡進んだ頃には、萬子の5・6が浮かび上がる。
他家はまだ誰も仕掛けていない。
リズムも、流れも、自分に向いていた。
九巡目。
リゲルの手が止まる。
萬子の5・6のシャボ待ちでテンパイ――
ドラ3にタンヤオが乗り、黙っていれば満貫。
だが、迷った。
(ここから4萬か7萬を引ければ、3-6,5-8筋で両面にできる)
構えとしては美しい。
5-6萬という塔子でのシャボは、両方とも「動きたくなる」牌だ。
でも、萬子の場況は重い。
5と6は既に2枚ずつ出ていて、感触も鈍い。
しかも、5萬と6萬の両方を1枚ずつ既に河に流されていた。
(……変化を待って、空振るくらいなら、この形でいい)
牌を伏せることなく、リゲルはそのまま静かに様子を見た。
頭の中では、テンパイの輪郭がじわりと冷えていくのを感じながら。
そのときだった。
「ポン」
少年の声が卓に落ちた。
切られた白を迷いなく拾い上げ、場に晒す。
リゲルの指先がほんのわずか震えた。
(……早い)
その構えに、過剰な装飾はなかった。
けれど、“手順の完了”だけがそこにあった。
次巡――1筒をリゲルの上家の青年が切る。
「ロン」
わずかな声だった。
開かれた少年の手牌には、白の対子と、緩やかな筒子と索子の順子の並び。
白のみ。1500点。
小さなアガリ。だが、それは誰よりも大きな結果をもたらしていた。
親の少年は連荘。
リゲルの満貫テンパイは、何の意味もないまま流れ去った。
誰も見てはいなかった。
だが、リゲルは自分の中でだけ、その手を悼んだ。
(削られた)
ツモられたのではない。振り込んだわけでもない。
けれど、勝てる形だったはずの一局が、“無かったこと”になった。
それは、数字以上に堪えた。
打ち手の価値が試されるのは、勝った時ではない。
上がれるのに、上がれなかった時。
――そのとき、自分の心の中に残る静かな痛みこそが、本当の意味で心を削るのだ。
◆南二局 一本場
【南二局 一本場・親は少年】
ようやくつかんだ連荘だった。
東四局からの浮き沈みを経て、少年が再び親番に座ったとき、卓には見えない緊張がうっすらと張り詰めていた。
しかし、場は静かだった。
仕掛けは少なく、打牌も控えめ。
まるで、誰もがこの局の意味を過小評価しているかのような、鈍い空気。
そんな中、八巡目。
「リーチ」
青年が牌を倒した。
その捨て牌の最後にあったのは、ドラの九索。
(ドラを切ってくる……でも、これは“速さ”だけ)
リゲルは目を細めた。
構えは綺麗だった。捨て牌も整っていた。
だが、それは「高くない」という確信と紙一重だった。
実際、点差は余裕があった。
少年との点差は9200点。
このまま終われば、十分に守りきれる範囲。
(踏み込む必要はない。静観していれば……)
意識のどこかで、そういう考えが浮かぶ。
“勝てそう”――明確に、そう思ってしまった。
対面の少年が、そのタイミングでわずかに表情を動かした。
眉が少しだけひそめられ、牌を切る手が一瞬、止まったように見えた。
(……悔しがってる)
その感情の理由も、リゲルにはすぐにわかった。
せっかく連荘させた親を、誰かに流されそうになっている。
それが、少年にとっては堪えがたい。
だが――その悔しさを、リゲルは「自分の優位」を裏付けるものとして受け取ってしまった。
十五巡目。
青年が、山からそっと牌を引き、倒す。
「……ツモ」
開かれた手牌に、端整な筒子の列。
三・六・九の三面待ち。
表情も、音も、何も大きくない。だが、確実だった。
【リーチ・ツモ・タンヤオ・一本場】
支払点:
- 親の少年:−1100点
- リゲル:−1100点
- ハク:−1100点
- 青年:+3300点(2100+1100+1100)
表示が灯り、音もなく点棒が移動する。
9200点差が10200点差に増えた。
少年は無言で親を失い、手元に残った点棒を見つめる。
リゲルは、その姿を一瞬だけ見た。
(あと二局……このまま振り込まずにいけば……)
その思考には、確実に慢心が入り始めていた。
卓はまだ冷えていない。
それでも、リゲルの心のどこかで、“決着済み”というラベルが貼られつつあった。
◆南三局
配牌を整えた瞬間、リゲルは心の中でひそかに肩を落とした。
字牌はばらつき、中張牌は繋がらず、索子も筒子もどこか浮いている。
(……悪い)
あからさまな敗勢ではない。だが、明確な勝機もない。
戦う理由がない局面では、守る判断の方がずっと簡単だった。
点差は、まだ残っていた。
少年との点差は、10200点。
このまま何も起きなければ、それで勝てる。
勝負を「捨てた」とまでは言わない。
けれど、どこかで「やり過ごせばいい」と思っていた。
現物が多い。
河は平穏。周囲の動きも激しくはない。
それを“ラッキー”だと感じた時点で、すでに油断は始まっていたのかもしれない。
「誰かが上がってくれればいい」
そんなふうに、リゲルは静かに中張牌から処理していった。
親ではないハクが和了って場が進むことすら、好都合に思えていた。
そして――十二巡目。
「リーチ」
その声に、卓の空気が一変する。
少年の声だった。
声に余計な力はなかったが、構えが正確すぎて逆に異質だった。
リゲルの視線が、即座に少年の河をなぞる。
白、發、東、中、一萬、九筒。
――さらに、ペンチャン・カンチャン落としの痕跡が明確にある。
(……これは、ピンフだ)
十中八九、両面待ち。
テンパイは深く、河は端整。
作り込まれすぎていて、むしろ怖い。
(こっちにはドラが1枚もない)
(なら、ドラ2はあっちにある)
(リーチ、ピンフ、ドラ2……高めで三色がついてたら――)
跳満。
その言葉が脳裏に過ぎった瞬間、リゲルの指は止まった。
もう、この局面で選べることは何もなかった。
手の中に残っていたのは、これまで「無為に集めていただけ」の安全牌たちだった。
それらを、ただ一つずつ、音を立てないように切っていく。
それ以外に、自分が生き残る道はなかった。
張り詰めた時間が、ただ静かに進んでいく。
やがて、電子卓が沈黙を破る。
流局。
牌が伏せられる。
少年が手を開いたその瞬間、リゲルの背筋が一瞬、粟立った。
四・七萬待ち。
メンピン、ドラドラ――高めで四五六の三色。跳満テンパイ。
点棒の精算が始まる。
テンパイ者は、少年・ハク・青年。
リゲルだけがノーテン。
−1000点ずつを3人に支払う。
ただの1000点ではなかった。
それは、「勝負から逃げた者」への請求書だった。
リゲルは、深く息を吐いた。
命拾いした。――心底、そう思った。
でもそれは、自分の選択が正しかったからではない。
ただ、運がまだ“自分を見逃した”というだけの話だった。




