表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/60

【第八話 『男は細菌、女は藻』】①

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    戦術家だが感情に流されやすい。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いが進路に志望。

    現在3人目のチームメンバーを探している。

 親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。

    知らない物の値段を当てる特技がある。

    裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。

占い師:謎の老婆。占星術50年のプロ。

    AIと同じ内容と本人は言っている。

    占星術の立場は月星座を最重要視し、その月の反対側の星座を本質と捉える。

【第八話 男は細菌、女は藻】


◆ハクと占い

光の輪が、ゆっくりと浮かび上がる。


ハクが椅子に腰を下ろしたのを見て、老婆はふと目を伏せた。

そして、独り言のようにぽつりとつぶやく。


「あの子、風みたいな子だったね……」


ハクは視線を向けたまま、返事をしない。


「風の子は、軽いようでいて、内側に火を孕んでる。

でも、あの子のは――まだ、灯されてない火だったよ。

自分が何を燃やせるのか、きっとまだ知らない……」


ハクが、少しだけ口角を上げた。


「……ああ見えて、たぶん昔から、どこか“背負わされてる”感じがあったんだよ。

子供のころからさ。別に頼まれてないのに、世界の一部を持たされてるような――そんな空気をまとってた」


老婆はゆっくりと頷いた。


「危うい。けれど、ああいう子はね、時々、世界を変えるよ。

誰かにとってじゃない――“世界そのもの”にとってね……」


老婆はそこで一拍置き、静かに付け加える。


「根拠があるとすればね……あたしがこれまで、ああいう“火の種”をいくつも見てきたってことさ」


ハクは目を細め、少しだけ椅子にもたれた。

空気が、わずかに静まり返る。


「見届けるのは得意だけど、見られるのは苦手でさ」


老婆は何も言わなかった。ただ、薄く笑ってみせる。


「だから今日は、その練習ってことにしておくよ」


「まずは、大雑把なところから始めようか……」


老婆は、淡い光の輪を見つめながら、静かに口を開いた。


「ふむ。ずいぶん整った顔立ちをしてると思ったけど――それ、間違いなく“星から貰った”ものだね……」


ハクは苦笑する。


「見た目の話から入るとは思わなかったな」


「アセンダントに金星と木星。これはね、

“人から好かれやすい人”じゃなくて、“好かれることに努力しなくていい人”なんだよ。

美しさも、信頼も、最初からそこにある。

あなたの魅力は、隠さなくても“滲む”の……」


「だからって、それを使ってるつもりはないけど」


「ええ。そこが金星12ハウスのいいところ。

“武器にはしないけど、整っていたい”――それがあなた……」


老婆は、指先で輪を一度払うように動かす。


「火星はね、即断即決じゃなくて、むしろ“調和の中で動こうとする”タイプ。

真正面から突っ込むより、状況を見てから動く。

慎重で、でも決して臆病ではない火星だよ」


「なるほど。たしかに、勢いだけで動くのは苦手かもね」


「それ以上に、あなたの木星が全体の“空気”を整えてる。

周囲がピリついてても、あなたがそこにいるだけで場が少し和らぐ。

これは努力じゃなくて、“在ること”そのものに備わった力。

他の誰かの声より強く響くんじゃない――空気ごと、落ち着かせる力だよ」


ハクは目を伏せたまま、静かに聞いていた。

老婆は、ひとつ頷いたあと、語りを続ける。


「それと、あなたの太陽、水星、火星――全部が“2ハウス”、つまり“価値”の部屋に並んでる。

そして、それが天秤座となると……

あなたにとっては、“整っていること”そのものが、生きる理由みたいなものだろうね……」


ハクは目を細めた。


「整ってる、ね……言い換えれば“偏ってない”ってことかもな」


「ええ。偏りが嫌いで、崩れも許さない。

対称であること、洗練されていること。

それが、あなたの価値観のど真ん中にある。

だからこそ、“言葉”にも“ふるまい”にも、無意識にバランスを求めてしまう……」


老婆はそこでふっと目を細めた。


「……けれど、完璧な対称は、ときに“動かない”ということでもある。

整えようとするほど、動きにくくなる。

あなたの火星が、少しだけ慎重に見えるのは、きっとそのせいだね」


老婆の声が、少しだけ低くなる。


「けれど、その外側の安定と、内側の揺れは、まったく別の話。

5ハウスに土星、天王星、海王星。

楽しむこと、創ること、好きになること――全部に、どこかためらいがある……」


「はあ。図星」


ハクは軽く息を吐いた。冗談のように笑いながらも、その笑いがどこか脆いのは、自分でも気づいていた。


「笑って話すこともできるけど、本当は知ってるでしょう。

“遊びきれない”“夢見きれない”“自由になりきれない”自分のこと……」


老婆は、光の輪を一度閉じるように手をかざす。


「外側は静か。内側は複雑。

……まあ、“よく整ったバランサー”に見える人ほど、揺れの振幅は大きいものだよ……」


老婆はゆっくりと姿勢を正し、語調を少し変えた。


「そして、貴方の星は、下の方にぎゅっと詰まっておるのねぇ……。

それはね、内側の世界――つまり、心とか、感情とか、頭の中の考えごと、そういう“自分だけの場所”に重きを置いて生きる、そういう星の並びなのよ……。

表に立って大きなことをするよりも、

身の回りの大事な人や、落ち着ける場所の中で本領を発揮する……

ま、いわば“根っこを深く張るタイプ”じゃな……。


人の評価より、自分なりの納得を大事にする子。

それでいいの。

誰かと競い合うために生まれたんじゃなく、自分を耕すために生まれてきたんだもの……」


老婆は、少し間をおいた。

まるで、そこから先の言葉を選びあぐねているように。


「ただね……こういう子は、いきなり社会に放り出されると、自分の土台がぐらぐらになっちまう。

まずは、自分の“居場所”をちゃんと作ること。

心が落ち着く関係、人を信じられる時間――そういうのを、ちゃんと積み重ねていくことが先なのさ……。

そうしてからでないと、ほんとうの力は出せないものなのよ……」


その語りは、どこか“見送る者”のようだった。

光の輪がゆっくりと静まり、

ふたりの間に、再び柔らかな沈黙が落ちた。







◆リゲルと図書館


雨はまだ、霧のように降り続いていた。

アーケードの天井を叩く粒の音が、少しだけ鋭さを増している。

リゲルは静かにその下を歩いていた。


占いの余韻がまだ身体の内側に残っていて、それをどこかに仕舞うように、指先で制服の袖をきゅっと引き直す。


――“足りないもの”と“余っているもの”。


それは、誰かとの関係を測るための話であると同時に、

自分自身という存在の輪郭を確認するための問いでもあった。


不思議と、拒否感はなかった。

占いで語られた言葉たちは、

まるでもう知っていたことを、少しだけ別の光で照らして見せてもらったような、

そんな静かな感覚に近かった。


“占い”――


その響きだけで斜に構える人も多いし、かつての自分も、きっとそうだった。

だけど今は、少し違う。


未来を当てるかどうかじゃない。

運命を決めるとか、決められるとか、そういう話でもない。


言葉として輪郭を与えられること――


それは、人の曖昧な不安に名前をつけることだ。

だから、力になる。


占いも、心理学も、統計も、生理学も。

脳科学だって、記憶理論だって、

全てが――「人間を理解するための別々のレンズ」でしかない。


リゲルは、そんなことを思いながら、図書館の自動扉の前で足を止めた。

明かりはまだ灯っていた。


時間ぎりぎり。


けれど、今この場所に来たのは、

何かを調べるためというよりも――

自分の中に起きたことを、ことばで確かめたかったからだ。


それが、双子座である自分にとっての“いつものやり方”だった。


目に見えないものを、否定もしない。

ただ、それを自分の使える言葉に変える努力をする――


それが、自分のやり方なのだ。


静かに扉が開き、涼やかな空気が足元から入り込んでくる。

リゲルは、少しだけ息を整え、歩き出した。


図書館は、ほとんど無人だった。

カウンターに人影はなく、奥の閲覧席にも誰もいない。

蛍光灯の明かりだけが、均一に静寂を照らしていた。


リゲルは、端末でいくつかの検索語を打ち込む。

「関係性」「相性」「与えること」「チーム」


画面にはいくつかの心理学系の書籍が並ぶ。

構造主義、交流分析、発達心理。


けれど、どれも“知っていること”ばかりだった。

言葉は整っているし、理屈も通っている。


でも――


「今の自分の手応え」には、どこか触れてこなかった。


(……まあ、そう簡単に見つかるもんでもないか)


苦笑して立ち上がる。

何冊かを抱えて閲覧席に向かう途中、ふと、書架の影に差しかかった。


その瞬間――

目が止まった。


棚の中ほど、やや色あせた背表紙。

金色の文字で、こう書かれていた。


『男は細菌、女は藻――10億年前の共生進化とますらおぶり・たおやめぶりとの構造的類似性』


(……何これ)


半ば反射的にその本を引き抜いた。

表紙には、緑のもやのような藻類と、棒球状の細菌が描かれていた。


おそらく生物学、あるいは進化論の棚だろう。

けれど、タイトルのインパクトが強すぎて、分類も曖昧に感じる。


ぱらぱらとページをめくる。


――すべての宇宙は、ただひとつの原初世界からほころび、

世界最初の愛は、ひとつの細菌と、ひとつの藍藻によって結ばれた。

名は、イザナギ。名は、イザナミ。

それは、微生の恋であり、万象の胎動だった。


★すべての世界の元はじまりとなった1個の原初世界で生まれた★。

★すべての生物の元となった最初の生物は、イザナギと呼ばれるたった1個の細菌と★、

★イザナミと呼ばれるたった1個の藍藻との異種恋愛から生まれた★。


10億年前、シアノバクテリアの中に異種のバクテリアが入り込んだ。

それがミトコンドリアになり、

細胞分裂の“抑制と持続”のバランスが取れたとき――

多細胞生物が生まれた。


最初は寄生だった。

けれど、宿主が養分を提供し、

細菌がエネルギーを作り出し続けるうちに、

それは「共生」に変わった。


(……共生、か)


リゲルはそのままページをめくる手を止め、じっと一点を見つめた。


そこには、はっきりとこう書かれてあった。


細菌は速すぎ、藻類は遅すぎた。

けれど、二つが重なったとき――“ちょうどよい速度”が生まれた。

そうして“続けられる関係”だけが、進化の扉を開いた。


……続けられる関係。


貸しと借り。速さと遅さ。


(なんでこんな本に、今、一番必要なことが書いてあるんだよ……)


思わず口元が緩む。

答えはなかった。


でも――“ヒントのような何か”が、

遠い時代の藻と細菌のなかに、確かに眠っていた。


リゲルは静かにその本を閉じ、

借りることもせず、ただそっと棚に戻した。


明確な言葉にはならない。

けれど、胸のどこかが少しだけ、軽くなっていた。


ページの奥に眠っていた言葉が、

まるで遠い声のように、胸の奥で反響している。


イザナミが黄泉の国で1日1000人の青人草を殺すと宣言したことに対し、イザナギは1日1500人の産屋を立てると言い返しました。


藻は、増殖しようとする細菌を持続可能にするために異物として排除しようとした。

細菌は、それに負けず排除よりも少しだけ多く増殖しました。

結果、持続可能な増殖、つまり、細胞分裂の速度が奇跡的に適切になったのだ。


「速すぎた細菌」と、「遅すぎた藻」。

どちらも、一人では“完成”しなかった。

――だけど、交わったとき、生物は進化した。


自分は、どちらだろう?


感情が先走り、考えがまとまる前に動いてしまうこと。

空回りする衝動と、言葉にならない焦り。


自分の中にずっとあったそれらは、

もしかすると、増殖しすぎる細菌のような性質だったのかもしれない。


(……それでも、きっと、僕は“いざなぎ”の側なんだ)


そう思った瞬間、胸のどこかに灯がともるような感覚があった。


いざなぎ――

神話のなかでは、海をかき混ぜ、大地を作り、

愛する者を迎えに黄泉へ向かった、愚かで、強くて、そして優しい男。


増やすことしかできなかった。

壊れるときは、すべてが手のひらからこぼれ落ちてしまった。

それでも、彼は――自分の力の使い方を、諦めなかった。


リゲルは思う。


“男らしさ”とは、力強さでもなければ、正解を言い当てる速さでもない。

誰かよりも前に出ることでも、

勝ち続けることでもない。


それは、きっと――

自分の「速さ」に、相手の「遅さ」を合わせさせようとするのではなく、

自分の速度を「誰かと噛み合う形」にまで研ぎ澄ませること。


つまり、自分の拡張性を制御し、

暴走ではなく「接続」のために使うということ。


細菌は、藻に入り込んだ。

侵入であり、寄生であり、破壊行動だったかもしれない。


だが、藻がそれを受け止め、

そして条件を付けて折り合ったとき――

世界はそれまでにない“かたち”を得た。


もしかしたら、それは関係性の原型だったのかもしれない。


拒絶ではなく、共存。


自分の力を使って誰かを支配するのではなく、

誰かと“続けられる関係”を作るためにこそ使うこと。


(それが、“いざなぎ”の理論なんだ)


そして、その先にあるのが――

“増殖”ではなく、“共生”という男らしさ。


広げるだけではだめだ。

繋がるために広げる。

理解されるために言葉を持つ。

折り合うために、譲歩もする。

それでも、前に進む。


リゲルは、静かに椅子を引いて立ち上がった。

さっきまでより、身体が少しだけ重力をまとっているような、

そんな芯のある感覚があった。


“いざなぎ”という名を持つ、増殖と共生の原理。

それに由来する男らしさを、

自分の速度で、今の自分が抱えきれる分だけ――探してみよう。


誰かに押し付けるためじゃなく。

ただ、自分の中に育てるために。

それが、今の自分にできる“進化”だから。


けれど――

(……じゃあ、“僕のますらおぶり”って、何だろう)


それはまだ、かたちになっていない。

誰かを圧倒する力でも、

言葉巧みに導く知恵でもない。


むしろ、何度も失敗しながら、

それでも関わり続けようとする、

そんな“粘り”のような資質なのかもしれない。


進もうとすること。

誰かと噛み合おうと、手を伸ばすこと。


もしその中に、“増やす”という本質があるのだとすれば――

それが、僕にとっての「ますらおぶり」なのかもしれない。


でも、まだ答えはない。

ただ、その問いだけは、確かにここにある。


図書館の扉が静かに開いた。

外では、霧雨が少しだけ弱くなっていた。

街灯の下、水たまりがわずかに揺れていた。

問いに似た波紋が、内側から光を浮かべているように見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ