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【第七話『曇天と神秘の土曜日』】②

主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。

    戦術家だが感情に流されやすい。

    この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。

    現在3人目のチームメンバーを探している。

 親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。

    知らない物の値段を当てる特技がある。

 少年:太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。

    最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。

    あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。

◆大雨と占い師


地下の重さがまだ体に残っている気がした。


雨はじっとりと全身を湿らせ、空気は重たく澱んでいた。


アーケードの明かりだけが、かろうじて日常を保っていた。


本来なら――この時間、ハクとどこかの定食屋に寄っていたはずだった。


週に一度の“ちょっといいごはん”。


サイコロステーキ定食にジュースかミニデザートをつけて、だいたい2100SEN。


学生にしては少し贅沢だけれど、それでも二人にとっては、週末だけの小さな儀式のようなものだった。


だが、今日は違った。


メンバー探しの疲れと、拒絶の余韻が、腹の奥に沈んでいる気がした。


「食べてく?」


ハクが何気なく言った。けれど、それ以上は続かなかった。


リゲルは首を横に振った。食べても、きっと、何も変わらない。


そのときだった。


アーケードの柱の陰――人通りの少ないその場所に、古びたワゴンがぽつんと置かれていた。


白く濁ったビニール傘、色褪せたクロス、椅子に座るひとりの老婆。


リゲルの足が、ふと止まった。理由はなかった。ただ、引っかかった。


傍らの札には、こう書かれていた。


『星占い 一回2200SEN』


手書きの文字は、少しにじんでいて、派手な装飾も説明もない。


それでも、そこだけ空気の密度が違って見えた。


「占い……?」


リゲルが呟くと、老婆がゆっくりと顔を上げた。


感情を貼りつけていないような、それでいて不思議にあたたかい目線が返ってくる。


「最近のネットにある、精度の高いAI占いと同じ内容は、だいたい一緒だよ」


その声は、まるで何かの定型を読み上げているようだった。


抑揚も演出もない。ただ、情報としての“正確さ”だけがそこにあった。


けれど――それは逆に、リゲルの思考を刺激した。


(AI占いと同じ? なのに、この場所で?)


今どき、占いの内容なんてスマートフォンひとつでいくらでも手に入る。


占星術、統計モデル、アルゴリズム。数値で処理される時代において、“精度”だけならAIでもいい。


それでもこの人は、何の装飾も演出もなく、こんな場所で。たった一枚の札を掲げるだけで――


「……何年くらい、やってるんですか?」


リゲルがそう聞くと、老婆はわずかに微笑んだ。


「五十年」


その一言が、妙に重たく響いた。


(五十年……AIと同じ内容で?)


ネットで誰でも触れられる情報を、なぜ人が?


それで生き残ってこられたということは――


(“当たる”ってことだ)


演出でも奇抜さでもなく、基本に忠実で、精度が高くて、何より――繰り返し来る人がいる。


それが、“本物”の証明になる。


「……じゃあ、聞いてもいいですか?」


自分でも、なぜそう言ったのかはわからなかった。


でも、その手はすでに制服のポケットに伸びていた。


財布を開く。2100SEN。


本来なら、サイコロステーキに変わるはずだった額。


今日は、違う“答え”に変わることを願って――


リゲルは、そのコインを静かに差し出した。


「今日は大雨で他に客もいないしサービスだよ。二人分占ってあげるよ」


老婆の声は、雨音よりも静かだった。


それでも確かに、リゲルの中に落ちてきた。


◆占星術の神髄


老婆は、二人を見つめたまま、ゆっくりと口を開いた。


「誕生日と、出生時間を教えておくれ……」


その言葉に、リゲルは少しだけ戸惑いながらも答える。


「……えっと、僕はX年の6月6日です」


隣で、ハクもさらりと応じた。


「僕は、X年10月10日。……時間は、2時22分」


リゲルがちらりと横を見る。


「……よく覚えてるね」


ハクは肩をすくめた。


「うち、母が占い好きだったから。記録が全部残ってる」


リゲルは、それに比べて言葉を濁す。


「……僕は、わかりません。たぶん、母子手帳を見れば書いてあると思うけど、今は……」


老婆は、それを聞いて、うなずくでも首を振るでもなく、ただ淡々と告げた。


「君のことは、憶測でしか語れないよ。出生時間がわからなければ、正確なホロスコープは出せない……」


リゲルは、ほんのわずかに表情を曇らせた。


老婆は視線をハクに移し、静かに言った。


「君のことは、全部わかるよ……」


ハクが、軽く笑って肩をすくめた。


「……それで、出生時間がわからなくても僕たちに相性のいいアバター戦のチームメンバーのヒントってわかりますか?」


老婆は、わずかに目を伏せた。


「十分さ。君たちの太陽と月はよくわかったからね……」


「まあ、その前に、人が悩んでいるときってのは、既に外側には最適な道ができてるもんさ……

 因と縁がつながっていないだけで……」


そう言うと、手元の端末に静かに触れた。光の輪が浮かび上がる。


しばらくの沈黙。


老婆の目が、その淡い光をじっと見つめたまま動かない。


やがて、小さく口を開いた。


「君たちのそばに、ひとり、まだ立っていない者がいる……」


リゲルが眉をひそめる。


「……立っていない?」


「自分の場所を決めていない者。けれど、その子が“動いたとき”、すべてが決まる……」


ハクが静かに息をつく。


「それって、もう出会ってるってことですか?」


老婆は、頷きも否定もせず、ただ言った。


「縁というのは、出会いよりも、“気づくかどうか”の方が難しいんだよ……」


再び、アーケードの外で雨の音が強くなる。


老婆は最後に一言だけ付け加えた。


「君たちは、“足りないもの”を探してる。でも、あの子は“余らせている”……」


その言葉の意味を咀嚼するように、二人はしばらく黙っていた。


「……たとえば、自分の“役割”とか、“居場所”とか……

 それが余っている子ってのは、実は一番、立つのが難しいのさ」


「じゃあ本題に入ろうか……」


「アバター戦をやってるってことは、ふたご座とてんびん座の説明はしなくていいね……?」


老婆は光の輪をそっと払い、静かに告げた。


「……双子座は、交換と思考。柔軟な対応と、コミュニケーションを得意とする」


リゲルが、そっと視線を落としながら口を開いた。


「……たしかに。状況を読みながら、言葉や動きを変えていく感じ……

 変化させること自体が、僕にとっては自然なんだ」


老婆は、何も言わずにうなずく。


すると、隣でハクが静かに言った。


「天秤座は、公平と調和。積極的に動いて、バランスを取ろうとする……

 誰かが偏ったら、その分だけ俺が動いて、全体を整える。そういうの、よくやってる気がする」


リゲルが、やや驚いたようにハクを見る。


「……自覚あったんだ」


「あるよ。だから俺、無茶してるやつ見ると、どうにも気になって仕方ないんだよな」


老婆は、二人のやりとりを聞きながら、ただ一言だけ落とした。


「どちらも風星座なのは同じだが、柔軟宮と活動宮で違うね……

 太陽についての3人目は不動宮が鉄板だろう……

 そして、二人の風星座と相性がいいのは、獅子座か水瓶座かね……」


「とはいえ、百人の占い師がいたら九十九人は、風の“グランドトライン”を作りたがるだろう……」


言いながら、老婆はどこか遠いものを見るような目をしていた。


その響きだけが妙に耳に残り、ハクが小さく首をかしげる。


ハクがちらりと目を向ける。


「……でも、たぶんあれ……“僕たちに必要だから”ってだけだったのかもしれない。

 素晴らしいチームになるっていうのも……全部、自分の側からしか考えてなかった」


リゲルの声は、どこか遠くを見るように静かだった。


「……“相手のため”みたいな顔をして――実際は、“自分のために必要だっただけ”だったんだ」


しばらくの沈黙が流れる。


◆課題

その隣で、ハクもまた口を開いた。


「僕も、同じだよ」


リゲルが、ゆっくりと顔を上げる。


「“チームが完成する”とか、“戦える相手だ”とか――そう思った時点で、

 もう、俺のなかでは“その子がどう思ってるか”なんて、後回しになってた」


ハクの声は淡々としていたが、その言葉の奥には、はっきりとした悔いがにじんでいた。


「止めようと思えば、止められたんだ。……でも、止めなかった。

 リゲルが誘おうとしてた時、ああ、たぶんこういうふうに動くなって、分かってたのに」


小さく笑う。けれど、それはどこか苦さを含んだものだった。


「俺、“整える”って自分で言ったくせに――一番大事なところ、調整しなかった」


リゲルは言葉を返さなかった。ただ、静かに隣に立ち続けていた。


老婆は何も言わなかったが、微かに目を細めて二人を見つめていた。


まるで、“その一歩こそが必要だった”と言っているかのように。


「……俺の課題がはっきりした。人に与えられる何かを見つけること。そして、その相手を見つけることだ」


「……おばあさん、ありがとう。満足したよ。たぶん、今までで一番“ちゃんと”占ってもらった気がする」


リゲルがそう言って、軽く頭を下げる。


老婆は、ゆっくりと瞬きをしただけだったが、その沈黙には、柔らかな余韻があった。


「まだ、貰った分の占いをしてないよ……?」


そう言って、老婆は手元の端末に目を落とす。


その声音には、かすかに遊び心が滲んでいた。


リゲルは目を丸くし、少し照れくさそうに笑った。


「……自分は、今必要なことだけ聞けたのでそれで十分です。

 ……それじゃあ、折角だから、ハクが占ってもらいなよ。出生時間がわかってるんだし」


老婆は、ふと目を細めた。


そして、ごくわずかに口元を緩めると、ぽつりと呟いた。


「……欲のない子だねぇ」


その声には、どこか静かな敬意がにじんでいた。


雨の音よりも静かなその一言が、空間に染み込むように広がる。


リゲルは一瞬だけ息を止め、それから小さく笑った。


「……それ、褒め言葉として受け取っておきます」


老婆は、それ以上何も言わなかった。


けれど、その視線には、明確な肯定と“認定”の気配が宿っていた。


ハクは、そのやりとりの意味を正確に理解していたわけではなかった。


けれど――何か、見えない場所で大切な運命が動いた、そんな気配だけは感じ取っていた。


だからこそ、軽く息を吐くと、いつもの調子で肩をすくめてみせる。


「……なるほどね。じゃあ今度は、俺の番ってわけだ」


ハクは苦笑しながら、片手を軽く上げた。


「これは、リゲルに“貸し”だね。

 それじゃあ、引き続きよろしくお願いします、おばあさん」


老婆は端末を指先で軽くなぞり、淡い光の輪をふたたび浮かび上がらせた。


リゲルはその様子を一瞬だけ見つめ、そっと背を向ける。


「……ハク、じゃあまた明日」


「じゃあね」


アーケードの外では、雨がまだ静かに降っていた。


粒にはならず、空気の中に溶け込むような霧の雨――朝と同じ光景が、なぜか少し違って見えた。


制服の裾を軽く払って、リゲルは歩き出す。ゆっくりと、しかし確かな足取りで。


――まだ、チームは完成していない。


けれど、自分が何を持ち、何を渡せるのか――その答えを探しに行く場所は、もう見えていた。


「……行こう。まずは、学校へ」


そう小さく呟いた声は、雨音にすぐ溶けて消えた。


けれどその背中は、確かに何かを受け取った者のものだった。


老婆は何も言わなかった。ただ、残された光の輪を見つめながら、わずかに目を細めていた。


リゲルが歩き去ったあと、アーケードの奥に残された空間には、ふたたび静けさが戻っていた。


背を向けながら、リゲルは一度だけ振り返る。


そこには、まだ微かに揺れている光の輪と、それを見つめる老婆の横顔。


そして、その前に静かに腰を下ろしたハクの姿があった。


遠くて声は聞こえない。


けれど、言葉よりも深く届く“対話”のようなものが、確かにそこにはあった。


(……ハクも、何かを掴めるはずだ)


そう思ったのは、根拠というより、ただの実感だった。


リゲルはそれ以上見ようとはせず、足元の水たまりを避けるようにして、ふたたび歩き出した。


その背後で――もう一つの“読み”が、静かに始まろうとしていた。



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