【第七話『曇天と神秘の土曜日』】①
主人公:名前はリゲル。太陽双子座、月魚座。孔雀のような雰囲気を持つ少年。
戦術家だが感情に流されやすい。
この世界の外側の異形と関わり合う職業のアバター使いを進路に志望している。
現在3人目のチームメンバーを探している。
親友:名前はハクラビ愛称はハク。太陽天秤座、月蠍座。すごく顔がいい。
知らない物の値段を当てる特技がある。
裏表のない性格、深刻な場面でも軽口を叩く。育ちが良くて挫折知らず。
少年:太陽水瓶座、月蟹座。早生まれで少し体が小さい同じ学校同級生。
最低限の単位だけ取ってゲームセンターに入り浸っている。
あまり仲のいい人がいないが、すごい才能をもっている。
精霊:名前はぴーちゃん。孔雀の精霊。曜日ごとに性格や見た目が変わる。
土曜日のぴーちゃんは、寡黙でしっかり者。
イメージカラーは水色。
時間に厳格で、やるべきことをやってないと嘴でつついてくる。
『第七話 曇天と神秘の土曜日』
――今日は、世界の音が、すべて後ろに引いていくように思えた。
◆ 土曜日の朝/登校直前
何かが近くにいる。けれど、それが誰かすらわからない。
夢と現のあわいで、リゲルの意識はまだ深く沈んでいた。
コツン。
額に、なにかが軽く触れる。
けれど、それすら風のいたずらのように思える――そんな浅い眠りだった。
コツン。
コツン。
少しずつ強まっていく。やがて、リズムのような規則性が生まれる。
コツ、コツ、コツッ。
「……ん、」
寝返りを打ったリゲルの額に、今度は明確な“つつき”が加わる。
コツッ。
「……いてて、なに……」
ようやくまぶたを開けたその視界に、碧色の羽根をまとった小さな姿が浮かんでいた。
ぴーちゃん――土曜日のぴーちゃんだ。
その声は、ごく小さく。けれど、不思議と抗えない。
囁きと吐息のあわいをすり抜けてくるような音。感情も抑揚も持たないのに、意味だけが真っすぐに届く。
「……朝」
その一語に導かれるように、リゲルは目をこすって体を起こした。
ぴーちゃんの羽根は、まるで光を吸い込むような鈍い湿り気を帯びている。その色は――窓の外に滲む雨と、よく似ていた。
ぴーちゃんが、口を開く。
「……あっち」
指さすでもなく、説明するでもなく。ただ、声だけで世界の方向を告げてくる。
けれどその一語は、今日が“外へ出るべき日”だということを、これ以上ないほどにはっきり伝えていた。
その瞬間――ようやく目覚ましが鳴った。
いつもの電子音が、今朝は少しだけ遠く感じられる。
リゲルは、そっとカーテンを開けた。
窓の向こうには、色のない空。
雨は粒にならず、空気のなかに沈む薄い霧のように漂っていた。
(……金曜や火曜のぴーちゃんとは、全然違う)
――華やかで、舞台照明のようだった金曜日。
――短気で、天真爛漫だった火曜日。
でも、土曜日のぴーちゃんは――ただ静かだった。
何も照らさず、何も語らず。ただその場にいて、ただそこにある。
(……今日、だったね)
リゲルのつぶやきに、ぴーちゃんは少しだけ目を伏せて応えた。
「……仲間探し」
それは、命令でも励ましでもなかった。責任だけが、音に姿を変えたような声だった。
「……うん。わかってるよ」
リゲルがそう答えると、ぴーちゃんは何も言わなかった。ただ、そっと羽根を揺らすと、再び沈黙に溶けていった。
制服に袖を通す。視界の悪い朝。
誰が、どこにいるのかもわからない――けれど、探しに行かなければならない。
今日は、午前だけの登校日。
――静かな雨のなか、足音だけが響いていた。
◆午前中の学校
午前中の休み時間すべてを使って、リゲルは仲間を探して歩き回った。
最初はまだ希望があった。誰か一人、まだチームに入っていない人がいれば。
あるいは、事情があって仮編成になっている人がいれば。
でも、現実は違った。
「ごめん、もう組んでるから」
「興味ないよ」
「え、あんたたち、2人だけでやってたの?」
断りの言葉は、いちいち丁寧なわけでもなく、まるで“こちらの非常識”を諭すようだった。それが余計に胸に刺さる。
階段の踊り場。渡り廊下の端。体育館裏。
リゲルとハクは、教室からはずれた場所を中心に、一人でいる生徒に順番に声をかけていった。
だが、最初から「空き」はなかった。それが現実だった。
そして次第に、「声をかけている自分たち」への視線が気になってくる。
ヒソヒソと交わされる小声。遠巻きに、くすっと笑う誰か。
悪意とは限らない。ただ、その視線に耐えられなくなっていく。
ハクが何度か言った。「休憩しようぜ」と。
でもリゲルは首を振った。
――どこかに、いるかもしれない。
その一縷の可能性に縋って、リゲルは歩き続けた。けれど。
「アバター戦? ああ……ごめん、あたし、ちょっとそういうの苦手で」
「連携か……俺、そういうの向いてないって言われてさ」
「別に、アバター戦に行かなくても進路はあるし。あんたら、何でそんな必死なの?」
言葉は優しいのに、返ってくるのは冷たさだった。
“あたしたちはもう決まってる”という、無言の線引き。
その向こうに、リゲルたちは届かない。
やがて、三回目のチャイムが鳴った。
次の授業の準備のため、生徒たちが徐々に教室へと戻っていく。
リゲルはようやく立ち止まり、肩を落とした。
見上げた廊下の天窓の向こうでは、まだ霧のような雨が降り続いていた。
「……もう、いないのかもな」
思わず零したつぶやきに、ハクは何も返さなかった。
ぴーちゃんの姿は、すでに見えなくなっていた。
碧の羽根が一枚、肩に留まっていた。まるで、未練のように。
リゲルはそれをそっと指先で摘み、ポケットにしまった。
そして、授業のチャイムが鳴るより一歩だけ早く、足を動かした。
――歩いても、歩いても。誰にも届かない午前だった。
◆校外へ
午前の授業は、ほとんど記憶に残らなかった。
教室の空気は湿っていた。
窓の外では、相変わらず霧のような雨が、街の輪郭を曖昧にしている。
黒板に数式が並び、教師の声が板書と同じ調子で流れていく。
リゲルはそれを追ってはいたが、思考の芯には何も残らなかった。
昼休み。
食欲はなかったが、ハクが買ってきたパンを無言で分けてくれた。
それを口に入れながら、リゲルはぼんやりと考えていた。
(……このまま、後半戦を迎えても、勝てる気がしない)
二人だけの戦いで、もう限界が見え始めている。
勝つためには、もう一人が必要だった。
でも、誰も――いなかった。
「午後、どうする?」
ハクが問いかける。けれど、重たさはなかった。
「……どっか、行こうか。リフレッシュ、だっけ」
リゲルもまた、力なく笑って応じた。
半日しかない土曜日授業が終わり、午後の空気が学校の外へと解き放たれた。
教室を出る生徒たちは、三々五々に別れていく。
二人は、並んで歩き出した。
雨はまだ降っていたが、傘が要らないほどに霧のように軽い。
風もない。けれど、なぜか街の色が、午前より少しだけ柔らかくなっているように感じられた。
人気のないアーケード。
通りを外れて、小さな階段を下った先にある地下のゲームセンター。
その存在を知っていたのは、ハクの知識によるものだった。
「このへん、学生にあんまり知られてない。空いてるし、結構レベル高いよ」
地下へと続く階段は、音が吸い込まれるように静かだった。
冷房の音と、わずかに響く機械音。
空間は暗く、けれどネオンのような光がぼんやりと光を投げている。
最奥の一角。
リゲルはふと、目を止めた。
そこだけ、空気が違っていた。
筐体の前に、一人の少年がいた。
制服は着崩しており、襟元の校章はほとんど隠れている。
髪もやや伸びていて、整っているとは言い難かった。
が、ちらりと覗いた紋章に、かすかな既視感があった。
(……あれ、うちの学校?)
それだけで、なぜか言葉をかける気持ちが芽生えていた。
でも、それ以上に目を引いたのは――その背中から感じる、妙な“完成”だった。
動きが、異様に静かだった。
無駄がなく、正確で、何かを測るように配置されている。
まるで、誰にも干渉されないように、すべてが制御されているようだった。
「……あれ、もしかして」
ハクが小声で言った。
「上位ランカーだよ。このゲーム、ユニカム帯(上位1%以内)にいるやつ。たぶん」
画面では、いくつものbotが無人のように展開され、敵を瞬時に排除していた。
まるで意思があるようなアルゴリズム――しかし、それを操作しているのは、彼の指先ひとつだった。
リゲルは、思わず見入っていた。
光と音の渦のなかで、少年だけが、不自然なほど静かだった。
その刹那、少年がこちらを振り向いた。
視線が合う。
その目には、何の感情も映っていない。
ただ、光の反射と、ほんのわずかな興味の揺らぎだけがあった。
◆邂逅
「……君たち、さっきから見てるけど」
声は低くはないが、妙に空間を断ち切るような音だった。
「何か、用?」
その瞬間、リゲルは、この出会いが偶然ではないことを、なぜか直感していた。
「ほんとに、すごかった。botの動き、戦術展開、全部、隙がなかった」
リゲルが素直にそう伝えると、少年は軽くまばたきしただけで、静かに答えた。
「botは全部、自作。動作優先順位、交戦範囲、攻撃条件まで事前にコード組んである。ズレないように、そうしてある」
言葉に抑揚はなかった。まるで機械が構成要素を答えるかのような、純粋な“仕組みの説明”。
だがその完璧さが、逆にリゲルの興味を強く引きつけた。
「……もしよかったら、一戦だけお願いしてもいい?
僕とハク、二人だけだけど、bot3機で補完すれば、ルール上は問題ないよね?」
少年は数秒だけ沈黙し、目線だけを軽く動かした。
「……いいよ。ただし、“人間2人”で僕に勝てるとは思わないこと」
それは脅しでも見下しでもなかった。ただ、事実の通知だった。
『V-SIM CAGE』。
本来はプレイヤー5人 vs 5人で構成される、多人数戦術機バトルフィールド。
今回の編成は――
リゲル&ハク+既製bot3体 vs 少年ひとり+自作bot4体。
変則的だが、ルール上の成立はしている。
試合開始。
開幕1分、リゲルは違和感を覚えた。
こちらのbotが中央制圧ラインに到達する前に、少年側がすでに陣地を取っていた。
「速すぎる……」
botの移動ではない。行動予測と位置取りの先回り。
あらかじめ「このルートを通る」と想定され、それを迎え撃つ前提で構築されていた。
ハクが分身攻撃に入るが、分身と本体の区別を即座に解析した対空砲台botに撃墜される。
その砲台も、自作。位置も完璧。
反応が“処理されていた”としか言いようがなかった。
「こっちの選択肢が……全部、既に読まれてる……!」
リゲルの防御展開に対しては、正面からの集中砲火ではなく、
左右からの切り崩しbotが時間差で到達する。
その精密さは、対人戦というより、解法済みのパズルだった。
数分後。リゲルの機体が撃破。
ハクも撤退中に挟撃され、試合は終了。
完敗だった。
戦場が霧散する。
試合が終わった瞬間、リゲルは深く息を吐いた。
まるで空気が少しだけ重くなったような錯覚。
少年は無言で席を立ち、ヘッドセットを外している。
「……すごかった」
リゲルがぽつりと言った。
「今の、ほんとに……すごかった」
◆勧誘と拒絶
「今の、ほんとに……すごかった。botの動き、戦術展開、全部、隙がなかった」
少年は、軽くこちらを見る。
「当然だよ。そう設計したから」
リゲルは、真剣な顔で前を向いた。
「だからこそ、お願いがある。君、うちの学校の人なんだよね?
だったら、アバター戦の校内選抜――出てみない?」
その一言に、少年の表情は変わらなかった。
けれど、その沈黙が、空気の密度を一段濃くした。
「……出て、どうするの?」
「一緒に戦って、選抜されて――外に出る。その先に、本戦がある。
君なら、絶対に通用するって思う」
「そうか」
言葉が一度切られた。
そして、次の瞬間、声の温度がほんのわずかに変わった。
「君たちは、足りない。だから僕に声をかけた」
リゲルの口が、かすかに開く。
「でも――その理由だけで、人を誘うのは、滑稽だと思うよ」
「滑稽……?」
「チーム、連携、協力。そういうの、何度も聞いてきた。
でも結局、“使えるから誘う”“数字が足りないから補充する”。
そうやって人を扱うのが、“当たり前”になってるだけでしょ」
「そんなつもりで――」
「じゃあ、僕に何を求めた? 才能? 戦力? 勝率?」
問われて、リゲルは一瞬言葉を失った。
けれど、それでも口を開いた。
「……たしかに、僕たちには足りないものがある。
でも、それだけじゃなくて――君の動きは、“人間じゃないのに、完璧すぎて怖い”くらいだった。
あんな戦術、見たことないよ」
「君と並んで戦えたら、きっと僕たちの“戦いそのもの”が変わる。
だから、戦ってほしいと思った。
チームとして、“君と”戦いたい――それだけなんだ」
「君、アバター適性、あるよね?
この操作……感覚だけじゃできない。だから……アバター戦に、出てくれないか?」
少年の瞳が、わずかに揺れる。
だが、それでも、言葉は変わらなかった。
「それは、君たちが決めることじゃない。
僕が“戦いたい”と思う相手じゃなければ、意味がない」
リゲルは、視線を落とした。
そのまま、少年は踵を返す。
「名前は?」
リゲルの問いに、少年は振り返らなかった。
けれど、最後に一言だけ置いていく。
「君たちが、それを覚えておく意味は――今のところ、ない」
そして、光の少ない通路の奥に、静かに消えていった。
外に出ると、朝よりも明らかに雨が強くなっていた。
霧のようだった雨は粒になり、アーケードの屋根を叩いていた。
足元に打ちつける音が、街の雑音をすべて塗りつぶしていく。
雨音だけが、世界を満たしていた。
ハクが、小さく呟く。
「やっぱり、彼、間違いなかった。
時々登校して教室の後ろの方――いつもひとりで、誰とも話さないでいた」
「……そうなんだ」
リゲルはそれだけを言った。
そして、しばらくの間、何も言わずに雨の中を歩いた。
彼のポケットには、朝のぴーちゃんが落としていった羽根が一枚だけ――
しっとりと濡れて、音も立てずに沈んでいた。




