第十七話 帰って終わりだとは限らない
俺とアリスはあの洞窟から帰路についていた。
まだ日は登っていなかった。しかし、少しずつ明るくなっては来ているので早く帰りたい。
いいや、帰らないと死んでしまう。文字どうり。
「それにしても大変でしたねぇ」
「そうだな、なんかもう疲れたので、早く帰りましょう」
「そうですね、それに早く帰らないと爺やに怒られてしまいます」
などと軽口を交わしながら急いで帰っていた。
大変は大変だったが、どこか楽しい洞窟探索だった。
なのでなるべく穏便に済ませたかったのだが、そこで事件は起きた。
屋敷に入ろうとした刹那、背後からあの骸骨の比にならないほどの寒気が訪れる。
何事かと振り向くとそこに立っていたのは般若のような顔をしたテッドだった。
「ぁ……じ、じいや。ごきげんうるわし……」
「言い訳は後で聞きます。今は取り敢えず屋敷の中へ」
「「は、はい」」
テッドに見つかった時はどうにか切り抜けられないかと思案したものだ。
が、鬼のような形相のテッドを見てそんな甘い考えは打ち捨てられた。
その後、テッドと後に続く形で屋敷の中に入っていく。
その間、俺、アリス、テッドには一切会話は無かった。
アリスの方を一瞥すると過去一沈んだ顔で何かをブツブツと言っていた。
何を言っていたのかは聞き取れはしなかったが、それがテッドへの恨み辛みでは無く自責の念であることは分かった。
幾らか進んだ所で一つの部屋に入ると、そこはどこか質素で少し気味の悪い所だった。
その部屋に入るなり、アリスの顔から血の気が引いていっていた。
そのアリスを眺めている事は面白かったがそれどころではないようだ。
「お嬢様、先程まで何処に行かれていたのですか?」
テッドの問いにアリスは言葉に詰まった。
そして、数回口をパクパクと動かした後に何かを思いついたのか目つきが変わったように見えた。
「実はじいやに贈り物を送ろうと、街の外にしか生えていない薬草を採りに行こうと……」
「違いますね」
「へぅっ」
テッドはアリスの言葉を遮る形で否定した。
その声にはどこか力がこもっていて、アリスはそれに驚いたようだった。
「薬草を採取しに行くならば、その薬草は何処へ保存するつもりなのですか?」
確かに、アリスの所持品は片手剣一本だけだった。
それならば怪しまれるのもやむを得ないだろう。
「それは……ほら、袋に入れるとぐしゃぐしゃになってしまうじゃない? だから、手で持っていこうと、」
「ならばその薬草は一体どこに?」
「採取ができなかったのよ! 暗かったし、それに、それに……」
テッドにすごい剣幕で詰められてアリスは言葉に詰まってしまう。
それに、泣き出しそうにしていた。
「テッドさん、そんなに詰める事ないんじゃ……」
「あなたは少し黙っていてください」
「はい……」
アリスの様子を見て居ても立っても居られなかったので、フォローしようとした所テッドに一蹴されてしまった。
「はぁ、わかりました。でも、お嬢様が外に出ていた事には変わり無いので、ここで少し反省しているように」
そうして、テッドが部屋から去ろうとした所で俺に目配せで外に出ることを促してきたので仕方なく従った。
そのときに気づいたのだが、この部屋には外側にしか鍵穴が無かった。
これでは中から解錠することができない。
恐らくこの部屋は拷問部屋か、お仕置き部屋的な立ち位置なのだろう。
どうりでアリスが嫌がる訳だ。
テッドはその部屋に鍵をかけ、溜息を一つこぼして何処かへ歩き出した。
俺は、なんとなくその後について行く事にした。
「今回、お嬢様の外出を許したのは貴方ですね」
と、淡々と訊いてきたのでもうバレているのだろうと腹を括る。
「はい……すみませんでした」
「護衛の対象を危険なところへ飛び込ませるなど、護衛失格という烙印をつけられかねない行為です。以後ないように」
「わかりました」
やれやれ、結局説教か説教というのは嫌なものである。慣れることなどないと断言できるだろう。
そんなことを考えているとテッドの顔が険しく、空気が変わった事に気がついた。
「それと、もう一つ。お嬢様とは護衛として、一線を引いていただけないですか?」
お願い、テッドから初めてされたお願いだった。
それはアリスとは距離をおけというものだった。
「一線? 距離をおけって事ですか?」
「はい。そうなります」
「それは……なんででしょう」
その問いにテッドは少し言葉に詰まったが、少しの思考の後答えた。
「私は護衛として当然のことを言ってると思いますが。加えて、貴方にもやらなければならないことがあるでしょう。それを成し遂げる為に貴方はここから出て行く。お嬢様の前から居なくなるのです。人懐っこく、親しみ易いお嬢様の性格は、重々承知のうえです。それに……もう、お嬢様に親しい人を失う痛みを感じてほしくはありません。どうか、私の意を汲んで頂けないでしょうか」
そう言ってテッドはこちらに会釈をしてきた。
「わ、わかりました。ひとまずは呑みましょう」
その勢いに負けてテッドの願いを承諾する形になった。
それに、何やら重い過去がありそうだったから……。
「それともう一つ、気になっていたことがあるのですが」
「もう一つ?」
テッドはこちらのに問いかけながら腰辺りを指差した。
不思議に思い、自分の腰を見やるとそこには洞窟で入手した黒剣が刺さっていた。
「あぁ、これは……さっき洞窟で……あっ、」
「洞窟? なるほど、そういうことでしたか」
言ってはいけない事を言ってしまった。
すまん、アリス。謹慎は長引きそうだ。
「それはさておき、その剣少し貸してみてください」
「あぁ、はい。どうぞ」
「見た事のない剣ですね……!?」
テッドが剣を鞘から引き抜こうとしたのか、引こうと力を込めたとき何故か苦悶の表情を浮かべた。
息を一つ吐いて剣と俺のことを見やると剣をこちらに返した。
「どうしたんですか?」
「……この剣はこのまま貴方が持っている方がいいでしょう。いいや、貴方しかこの剣を扱えない」
「あ、ありがとうございます」
何故返されたのか、何故俺しか扱うことができないのか色々と訊きたい事があったがもう少し整理をしてからの方がいいだろう。
そう思い、その場は訊くことは無かった。
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