第十八話 日常が壊れる音
テッドとの会話の後言うとうりにアリスとは距離を置く事にした。
別に俺がテッドの言いなりになったって訳ではない。
ただ、テッドが言っていたように俺はここから居なくなる身だった。あまり親密になり過ぎるとあのお嬢様の性格じゃ悲しまれるだろうから。
悲しい顔を見たくない。それだけだった。だが、俺はそれが大切な事だと思う。
そう、思っていたからこそ思っていたからこその選択だったんだ。
まさか、この選択がこんな結果を生む事になるだなんて夢にも思わなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ、」
俺は走って走って走った。
焦げ臭い匂いが風で漂ってきて、近づけば近づくほど空気が焼けてくるのがわかった。
しかし、そんな事など気にも留めなかった。留めている暇などなかった。
走って向かっている先、その先には先程までとは変わってしまった、あの街があったのだから。
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幾らか遡った頃、俺はアリスと買い出しに来ていた。
事の発端はそろそろ街を発つと言った俺の発言からだった。
街を発つと聞いた途端ネズミを見つけた猫のようにすぐさま反応した。
「ハヤト様、街を発つんですか!? でしたら、宴を開くのは当然のこと。さぁ、ハヤト様の好物を買いに行きましょう!!」
と言い、日が落ちた頃に俺はアリスと街へと買い出しに向かう事になった。
好物を買うと言ってもこの世界に来てからあまり時間が経たないうちに吸血鬼になったのでどんなものがあるか分からなかった。
元の世界ではあまり見なかった不思議な食べ物をなんとなく眺めていると、声がかかった。
「ハヤト様、これとかどうですか?」
「アリス様? どうされ……」
俺はアリスが持っている謎のとぐろを巻いて紫色の斑点のようなものがある細長い肉? の様なものを見て絶句してしまう。
その肉はかなり長い蛇の様に見えたからだ。
因みに、俺は蛇が嫌いだ。あのニョロニョロとした見た目といい、毒を持っているところといい気持ち悪い。
「あ、あまり好きではないですかね。その肉は」
「そうですか……美味しいのですがね」
本当かよ、あの見た目で美味しいとかどうなっているんだ。
そもそもあんなものを食べようとする神経がわからない。
「アリス様、次から何かを持ってくるときは見た目も美味しそうな食べ物を持ってきてください」
じゃないと俺の心臓が持たないかもしれない。
吸血鬼の死因がショック死とか情なくて泣けてきてしまう。
「はぁい……ていうか、最近様付けで私のこと呼んで……前みたいにアリスでいいですよぅ」
「ああ、わかった……」
やっぱりアリスには不思議と引き込まれてしまう。
このままだと本当にテッドの言ったように悲しませてしまうかもしれない……。
「ん?」
そんな事を考えていると、ふと目に入った桃色の実があった。
「これは……」
異世界に来てから1ヶ月が経った頃、ふと紬が俺の部屋を訪ねたことがあった。
そのときに持ってきたのがこの実だった。
確か、桃に見た目が似ているから食べてみようと言ってきたのだ。
得体の知れない実を食べるのは正直気が引けたが、紬の持ってくるものならば安全だろうと考えて2人で食べた。
しかし、その味は予想を超えるものでまだ熟していなかったのかわからないが、とにかく酸っぱかった。
例えるならレモン2個を一気に食べる程だった。
あまりの酸っぱさにお互いに顰めっ面を寄せ合ったのをよく覚えている。
もう、そんなふうに笑い合えることは無いのだろう。
「ヒポプテスの実ですか……酸っぱすぎて食べる人が少ないのですが……」
「ヒポプテスの実、か、そんな名前だったんだな。この実」
「……、よし! ヒポプテスの実を中心にしてみましょう」
「え……」
アリスがそんな事を言うだなんて正直驚きだった。
もしかして俺、悲しそうな顔でもしてたのか? いかんいかん、ポーカーフェイスを心がけているつもりが……。
そんな俺を気にかけるほど優しいんだ、アリスは。
そんなアリスだからこそ……。
その後、アリス、テッドと一緒にパーティーの為の料理を作った。
ヒポプテスの実のパイやサラダ等を作って卓に並べる。
そうして三人で席に着くと、アリスが咳払いを一つした。
「コホン、え〜それではハヤト様の送別会にお集まりいただきありがとうございます。長い卓に三人だけと凄く寂しいような気もしますが、最高に盛り上がりましょう!」
というアリスの口上と共に始まった送別会であったが1番料理を食べたのもアリスだった。
アリスが美味しそうに食べている姿を見るのは悪くはなかった。
テッドはアリスの食べている様子を無表情で眺めていたが、そういう趣味でもあるのだろうか?
俺はというと吐くか吐かないかのギリギリを攻めてなんとか胃袋に料理を詰め込んだ。
「このパイ美味しいですか? 自信作なんですよ」
「ん? どれどれ……ん、美味しいですね!」
アリスのパイは残念ながら味を感じることができなかったが、食感や温度からアリスの優しさというものが垣間見えた気がする。
そんなこんなで様々な楽しい思い出を抱えて終わった送別会だった。
アリスは優しく、テッドは静かに見守るだけだったがそれも今となっては日常になっていた。
だけど……、
その日の夜、アリスもテッドも寝静まったであろう頃俺はそっと窓から屋敷を出た。
そうして歩き慣れた庭の土を踏み締めて門から出ようとすると、見慣れた人影が一つ立っていた。
「出ていくおつもりですか?」
それはテッドだった。そのときのテッドはどこか悲しそうな顔をしていた気がする。
「はい……予定よりは早いですが少し、急がなければならない用事が……それに、このままいてもアリスとの関係が進んで余計悲しませてしまう気がしますし」
そう言うとテッドはどこか難しそうな顔をした。
「そうですか……それが貴方の選択だと言うのならば私は何も言いません。お気をつけて」
「……ありがとう」
今思うとこの屋敷の人は全員優しい人だった。
先程のデッドだってきっと何か言いたいことがあったのだろう。
なのに、俺の意思を尊重してくれた。
アリスはいつもそれとなく周りを気にかけて明るくするようなそんないい子だった。
そんなアリスだから、明るいアリスだから俺は悲しんだ顔を見たくは無いし、してほしくはなかった。
だから、俺は屋敷を出ていく事を決めた。
屋敷を出て2時間ほど経った頃、もう既に先程まで居た街は見えなくなっていた。
「なぁ、リチャード。あれで良かったんだよな?」
「それは私にはわかる? わかりません。ただ、主様は主様の気の向くままに進んでいれば良いと思いますよ」
「そういうもんかぁ?」
「そういうものです」
どこか納得がいかないが、取り敢えずそういう事にしておく。
頭を掻いてふと空を見上げると赤い線が一本通っていた。
「流れ星……か、」
3回願えば願いが叶うことで有名なので、願えば叶うだろうか?
まぁ、叶えたい願いなど無いけれども。
「……ん?」
違和感に気が付いたのはその時だった。
普通、流れ星というのはすぐ燃え尽きて消えてしまう。
だが、目の前のこれはなかなか消えなかった。
そして、スッと進んで行き半ばのところで地面に落ちる。
途端、耳をつんざく轟音と地面が割れんばかりの強い揺れを感じた。
「!? なん、だ? 隕石?」
流れ星が落ちた方角を見て、ふと思う。
あそこはアリスがいた街がある方角なのではなかろうか。
やばい、
やばいやばいやばいやばいやばい。
何かはわからないがやばい。何かがやばい、まずいしくじった。
脳内がやばいとまずいとしくじったで埋め尽くされる。
埋まってゆき、いつの間にか身体が動いていた。
「ハァ、ハァ、ハァ」
鼓動が心臓が痛くなるほど強く鳴り続け、身体は疲れていないのに息が絶え絶えになってしまう。
走って走って走っていくごとにどこからか焦げ臭い匂いが漂ってくる。
そのたびに、臭いが強くなるたびにやばいとまずいとしくじったが増えていく。
増えて増えて、街が一望できるほど小高い丘の上に立ち街を見下ろしてその感情の真意に気がつく。
絶えず香る焦げ臭い匂い。遠くからでも感じる肌を焼くような熱さ。
「ぁ、」
あの街が、アリスがテッドが居た街が、真っ赤にただ真っ赤に染まって燃え盛っていた。
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