第十四話 無邪気で身勝手
まさか、アリスが王女だとは思いもしなかった。
まぁ今までの羽振りの良さや常識から外れているような言動から考えてみると確かに頷けるものだった。
なんやかんやあってアリスの護衛として勤めるようになった次の朝テッドが朝食の準備があるからと食堂に呼び出した。
食堂に入るとイメージ通り長い卓に料理が置かれていた。
扉から入った先、卓の奥の方にアリスは頬を膨らませて待っていた。
「もう、じいやもハヤト様も遅いですよ。料理が冷めちゃうじゃない」
いや、多分アリスが早いだけな気がする。
それだけ好きなのだろう食べる事が。
怒るアリスを宥めてからアリスの横といっても斜め前くらいに座る。
俺の真向かいにテッドが座ったが、3人しか居ないというのに長い卓だと思った。
アリスは王女だから、客が来たりするのだろう。
そんなことを思いながら卓につくと色鮮やかな美味しそうな料理が並べられていた。
それをすぐさま食べてしまいたい気持ちに駆られたが未だアリスでさえ手をつけていないので気が咎めた。
「ハヤト様もじいやも早く食べなさいよ」
アリスはそう言うが律儀に待っているこちらの気持ちなど知らないだろう。
アリスからしても部下が食べ始めないと食べられるものも食べられないのだろう。
それを察したのかテッドは料理を一つ二つと口に運んだ。
その姿を見やり俺も料理を口に放り込む。
「ゲホッ、ゴホッ、」
口に入れた途端、俺の細胞の一つ一つ頭の先から爪先に至るまで。
全ての細胞が全力で拒否反応を示していた。
「マジかよ……」
その言葉を口から出さず、口の中でつぶやいた。
俺はそばにあった水の入ったコップを掴み一息に水を飲む。
そして、安堵したように溜息をひとつ吐いた。
「大丈夫ですか……?」
何処か心配する様な眼差しを向けてきたアリスにやらせない気持ちになる。
そして、笑みを作りながら答える。
「大丈夫です。今まで保存食のパッサパサの肉しか食べてなくて、久しぶりにこんなに美味しい料理を食べれて嬉しさで食べ過ぎてしまいました」
頭の後ろをかきながらそう言うと、アリスは胸を撫で下ろした。
「それなら良かった。それで……あの、これ、食べてくれませんか?」
アリスが差し出したそれは他の豪華な料理とは違い質素なものだった。
言われるがまま料理を受け取る。
「自信作なんです。お口にあえば良いんですけど……」
自信作? それなら食べない選択肢はないな。
俺は料理を口に運び何回か咀嚼し一息に飲み込む。
飲み込んだ途端胃からもやっとした物が込み上げてきて口から出そうだったがなんとか持ち堪える。
「うん、うん、美味しい。料理上手ですね!」
「良かったぁ、口にあって。じゃあ、じゃんじゃん食べちゃってください」
「お、ありがとう!」
そうして、どんどん出てくる料理を平らげていった。
そんな俺をテッドが訝しんでいたことに気づかぬまま。
その後、俺は部屋へと戻らずトイレに駆け込んだ。
「うっ、」
何処か緊張の糸が切れたのか、一息に口からドロドロに溶かされた食べ物と黄色い液体が流れ出た。
ひっきりなしに流れ込むものを全てだし、酸っぱい匂いと味が広がっている口を袖で拭う。
「はぁ、はぁ、」
息ができなかった所為で吸えなかった空気を吸い込む。
吸って吐いて落ち着いてきた頃に気づく。
気づくのが遅すぎた、本当に遅かった。もう少し早く気づいていれば。
どうにかなっただろうか? いいや、変わらないだろうこの結果は。
『リチャード、もしかして吸血鬼は血肉しか食べれ無いのか?』
『はい。吸血鬼が人の食べ物を口にするとそれを全て戻してしまうのです』
やっぱりそうなのか。安堵なのか落胆かはわからないが俺は床に尻餅をつく。
人ならざる者の運命というべきか。本当にどう頑張ってもあいつらと肩を並べなくなってしまった。
だけど、それを憂いている場合じゃ無い。
決めたんだろ、俺がクラスメイトをみんなを助けるって。
そう再び奮起してトイレを出る。
すると外から鋼の打ち合う音が聞こえた。
何事かと窓ながら覗いてみるとアリスがテッドと剣の稽古をしているようだった。
テッドはアリスの剣撃を防いでるだけに見えるが、それでも急所に打ち込める場所や隙をつこうと足を運んでいる。
恐らくこれが稽古でなかったらアリスはこの数分の間に10回は死んでいるだろう。
別にアリスが弱いわけでは無い。騎士団長を基準に考えるならば全然強い方だろう。
それを圧倒するほどのテッドの力量を再確認する。
そして俺はその稽古の光景に目を惹かれた。
何を思っていたかは自分でもよくわからないがじっと、じっと見続ける。
その間も自分を灼き続ける太陽に俺は歯痒さを覚えた。
その日の晩、急にアリスが俺の元を訪れた。
「あの、お願いがあるのですが」
お願い? 一体どうしたのだろうこんな夜に。
「どうしたんですか?」
首筋を掻きながら尋ねる。
「その、実はずっとじいやと稽古をしているんですけど、ずっと勝てなくてそれで……」
「俺に手伝ってくれって事ですか。良いですよ」
すると、先程まで暗かったアリスの顔がパッと明るくなる。
「本当ですか!? ありがとうございます。実はじいやに頼んでも取り合ってくれなくて、」
テッドも意固地なとこがあるんだな。
アリスの頼みなのに叶える事ができないなんて。
テッドらしく無いな。
「では、私は準備をしてきます。そうですね、準備ができたら東の洞窟前に集合ですよ!」
「了解しました」
洞窟か、洞窟洞窟……洞窟?
「洞窟!? アリス! ちょっとまっ!」
気づいた頃には時すでに遅かった。
アリスは既に自室へと戻った後でもう見えなくなっていた。
「なんてこった……リチャード、」
『お呼びでしょうか我が主』
『アリスが無茶しない様に見張っててくれ。バレない様に何かあったら助けてやってくれないか?』
『承知致しました。では』
リチャードはそう言うと俺の服の中からするりと出てきて飛び去った。
何かあったら念話でアリスの状況はわかる。これが最善策だろう。
それにしても、なんの考えもなしに誰であろうと相手の願いを受け入れるべきじゃないな。
この一件は確実に俺の眉間に皺を増やす要因となった。
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