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 アノーマリー02:レッド・ウォーリアー


 “大災厄”発生直後、帝都に出現したオリジナル・アノーマリー。

 大剣、長弓、鎧という原始的な武装を用い、帝都を蹂躙しつつあった01を多数撃破した。

 また同時に、人命救助を行っていたことが複数の証言から明らかになっている。

 当時、外見的特徴の一致する人物が帝國-都市シティ間の“環”を通過した映像記録が残っており、都市シティ所属の異界人であると推察されている。

 しかしながら都市シティ行政府は今日まで、『当該人物は都市に所属していない』との解答を繰り返している。

 


 最後のゴミ出しを終えて店内に戻ると、十吉郎とおきちろうはぐるりと周囲を見回した。

 きれいさっぱり片付けたもので、ゴミ類はまったく残っていない。すぐにでも業者に引き渡しができそうだ。

 残っていた私物も、今はカウンター席の下に置かれたトランクの中に収まっている。衣類はもちろん、書籍だとかゲーム機だとかモニターだとか。明らかに容積が足りないが、そこは“彼女”の得意な魔法でなんとかしているのだろう。

 まっすぐにカウンター席に向かうと、その1つに腰かける。


「終わったぜ」


 声をかけると、キッチンスペースの方で少女が顔を上げた。

 とんがり帽子にサイズの合っていないワンピースといういつもの出で立ち。この魔法屋の店主だ。


「本当に行っちまうのかい?」

「ええ。もうこっちでやることはないからね」

 

 今朝突然連絡を受けたところでは、もうまもなく彼女は異界いかいに帰るとのことだった。で、十吉郎は後始末の手伝いのために呼ばれたというわけである。

 急な話だったが、特に驚くようなことでもなかった。もともと彼女は異界の人間なのだし、こちらに来たのはほとんど事故のようなものだったのだから。


「ちょいと無責任じゃぁないかね」

「何がよ」


 手元から目を放さず、店主が言った。

 なんと彼女はいま、紅茶の用意をしてくれているようだった。あの店主が、手ずからにだ。

 なんのつもりかは知らないが、明日は猛吹雪になるに違いない。


「まだ相当数のデーモンどもが隠れてるはずだ。そいつらの始末はどう付けてくれるんだい」

「知識も技術も充分に与えたわ。あとは機関の人らがどうにかするでしょ」

「それだけじゃねぇ。あんたのおかげで人生を狂わされた人間はどうなる。あの西住にしずみって娘も。あんたの命令でデーモンに近づきすぎちまって……」

「その件については、きちんと処置したわ」


 沸騰した薬缶がゴトゴトと揺れる。

 店主は無表情のまま火を消すと、静かに薬缶を持ち上げた。丁寧な手つきでカップにお湯を注ぐ。


「身体は時間を遡って綺麗な状態に戻した。記憶も改ざんしたから、精神的にも異常はない。警察関係はアンタが手を回してくれたし。何の問題もないでしょ」

「全部無かったことにしたから万事解決ってか? そんな簡単な話かよ」


 たしかに店主の恐るべき魔法のおかげで、被害者である少女を無垢な状態に戻すことができた。前科もなくなった。まったく綺麗な状態で、本人も異常に気付くことはない。

 だがそれならば。

 少女が自らの手で殺めた赤子はどうなるのだ?

 非常にデリケートで複雑な問題だ。

 望んだことではなかったとはいえ、一度は生まれ落ちてしまった命。それを無かったことにしていいのか? ましてやそれを奪ったという事実を。罪まで消し去るなど。あまりに冒涜的ではないのか?


「アタシはできる限りのことをしたわ。それ以上は知らない」

「あんたな……」

「あの娘を含め、大勢の人間を利用してきたこと。正当化するつもりなんてさらさらないわ。でも、こっちの方がまだマシな結果でしょ?」

「……デーモンを相手に、この程度の被害で済んだなら儲けもんだってのは分かってるさ」


 十吉郎自身があの大災厄を経験しているのでよく理解している。

 今回のように、デーモンの潜伏先の“汚染度”が極めて低い状態であったのは、店主が大勢の手駒を使って網を張り巡らせていたからだ。この結果は、彼女がベストを尽くしてようやく得られたものだ。

 だが、それでもこの店主ならば。

 十吉郎にかけられた呪いを解き、十吉郎という人間の本質を取り返してくれた彼女ならば、もっと上手くやれたのではないか、と。

 十吉郎には、そう思えてならなかった。


「アタシは全知全能の神様じゃぁないのよ。何でもかんでも思い通りなんてワケがあるもんですか」


 店主が十吉郎の前に湯気の立つカップを置いた。

 透き通った紅色。銘柄なんて知らないし、どちらかというとコーヒーの方が好きなのだが、なかなかどうしてこっちの香りもいいものだ。

 軽く一口含んでみる。

 うん、悪くない。今度練習して、ボスに淹れてやってもいいかな。 

 

「邪神の呪いを解くなんてできるなら、それこそ神様みたいなもんだぜ」

「アンタの呪いは、解いたんじゃぁないわ。肩代わりしてやっただけよ」

「俺にとっちゃ同じことさ。おかげで俺は俺を取り戻せた。神様のおかげってな」

「買い被りもいいとこよ。アタシ、そんな大層なもんじゃぁないから」


 ぶっきらぼうに言いつつ、店主がキッチンスペースからカウンターの方へ回り込んでくる。もう行っちまうつもりのようだ。

 十吉郎は慌てて上着のポケットから封筒を取り出すと、それを店主に差し出した。


「なによ?」

「報告書。選別みたいなもんさ。つい昨日用意できてな、タイミングがよかったよ」


 店主はいぶかしむような表情をしながら封筒を受け取ると、中身をあらためた。折りたたまれていた書類の最初の1枚目を見た瞬間に、目を見開く。

 

「これは……!」

「もうすぐ始まる、都市シティとの新しい交流事業。そこに、あんたがご執心の“彼”と一緒に参加する子どもたちの情報だよ」


 店主がパラパラと書類をめくる。そのたびに表情がどんどん険しくなっていくのが分かった。

 

「米国にソ連、中国、それに英国……。いろんなとこから派遣されて来るのね、“このたち”」

都市シティ側と組んで、各国が帝國政府に圧力かけたらしくてな。本来は“彼”だけだったところに、ねじ込まれる形になったようだ。ライバルが増えたな?」

「……うっさいわね」


 ほんの一瞬、店主の瞳が金色に輝く。たぶん“占術”というやつで、部分的に未来を見通したのだろう。

 店主はちょいとふくれっ面になりながら、報告書の束をそそくさとトランクにしまい込んだ。


「ウチのボスが寂しがるよ。遊び相手がいなくなるってな」

「その気になれば会えるでしょ。なんなら遊びに来ればいいわ。歓迎するわよ」

「気軽に言ってくれるぜ。“環”を越えるのにどれだけ面倒な手続きが必要だと思ってんだ?」


 地球こちら異界あちらを繋ぐアノーマリー現象である“環”は、帝國と都市シティの両政府によって厳重に管理されている。

 最近になってようやく一般への開放に向けて政府間の交渉が進み始めたが、それでもパスポートだけで行き来できるようになるにはまだ時間がかかるだろう。

 店主は立てかけてあった杖とトランクを持ち上げて、言った。


「それじゃ、そろそろ行くわ。いろいろ準備を急がなきゃならないみたいだし」

「なんの準備だよ?」

「いろいろよ。彼を迎えるための、ね」

「そうかい」


 十吉郎は椅子から降りると、店主の方へ向き直った。


「世話になったな、イリーナさん。願わくは、あんたの行く末に幸多からんことを!」

「ハイハイ。そーいうの、間に合ってるから」


 店主はテキトーに手を振ると、さっさと店を出て行ってしまった。

 十吉郎としてはそれなりの情緒を込めたつもりだったが、彼女の方は別れを惜しむような気分はまったくなかったようだ。本当に、すぐに再会できると考えているのだろう。

 まったく長生きな連中ってのは、そろいもそろって時間の感覚がおかしくなっちまっていやがる

 1人残された十吉郎は、大きくため息をついた。

 来年度から始まるという、都市シティへの留学事業。店主が異界あちらへ帰還するのは、そこに一枚噛むためだ。

 

「どうやら一波乱どころじゃぁない、大騒ぎになりそうだなぁ」


 きっと“彼”は、大いに苦労するだろう。

 そんなことを考えながら、十吉郎はしばらく紅茶を味わった。


 最後までお読みいただき、まことにありがとうございます。

 今作は評価が芳しくありませんでしたが、それなりに満足のいくストーリーが書けました。

 次回作も楽しく頑張って執筆していきますので、ぜひお読みください。

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