最終話
127、127-Aー29386間の通話記録より抜粋
『というわけで話はお終い。ああ、それから。アタシそろそろ向こうへ帰るから』
「帰るって……」
『街によ。ちょっと用事ができてね』
「でも、それじゃぁ“力”関係の事件はどうするんですか!?」
『こっちの人たちでも充分に対応できるわ。もう私は必要ない』
「そんな、急に……」
『心配しなくても、会おうと思えばまた会えるわ。それよりもアンタは、彼との今後について考えておきなさい』
朝。
覚醒と同時に枕元のスマホに手を伸ばす。
時刻は7時ちょっと前。自分でも驚くくらいの早起きだ。
アラームを解除してベッドから飛び降りると、パジャマのまま洗面所へ。
顔を洗い髪を整えてから、鏡の中の自分をマジマジと見つめる。
日焼けした肌は血色がよく、目はぱっちり。ついでに頭もスッキリだ。うん、イイかんじ。
そのまま速足でダイニングルームへ入ると、ちょうど母さんが朝食の準備を終えたところだった。
「あら、おはようアンジー。今日は早いわね」
「そうかな、別にフツーでしょ。……父さんは?」
「大事な会議があるからって、もう食べて行っちゃったわ」
「そっか」
ちょっと聞きたい話があったが、まぁ急ぐこともないだろう。自分の席に着く。
今朝は白米に梅干し。焼き魚におひたしにお味噌汁だ。純度100パーセントの和食。美味しそう!
「いただきます!」
手を合わせてから勢いよくご飯をかきこむ。梅干しをひと齧りしてから焼き魚をちぎって口の中に放り込み、お味噌汁で流し込む。
「落ち着いて食べなさいよ、アンジー」
母さんが隣の席に座りながら、あきれたように言った。
「もうすっかり元通りみたいね」
「へ? なんのこと?」
「だってあなた、ここのところ変だったでしょ」
ぎくりとして、思わず食事の手を止める。やっぱりね、と母さんが微笑んだ。
「ちょっと前から思いつめた顔して、ときどきブツブツ独り言いって。何かあったんじゃぁないかって、お父さんも心配していたのよ」
「ウソ……わたし、そんなヘンだったの?」
「ええ。きっと失恋したんだって。そう思ってたんだけど」
「そんなワケっ……」
……も、あるっていえばあるかな。
杏樹を悩ませていた主な原因は、魔法屋さんがらみの仕事や事件だ。
そして、その魔法屋さんに関わる原因となったのが3年生の谷崎というどーしよーもない男からの告白だったワケで。
んで、付き合い始めた初日にこっぴどい別れ方をしたワケで。
だからまぁ、元をたどれば失恋が原因っていえばそうなのかも知れないけれども。
「昨日は遅くに帰ってきたわよね? そのときからよ、なんだか憑き物が取れたみたいになっちゃって」
母さんが、いたずらっぽく目を輝かせた。
「新しい恋が始まって立ち直ったのね? そうでしょ。きっと素敵なひとから告白されて、ずっと2人っきりで」
「なんでそうなるのよっ」
「だってアンジー、自分から相手に好きって言えるタイプじゃぁないでしょ」
「そうじゃなくて。なんで色恋沙汰の話になるのってこと」
我が親ながら、下世話な話にもっていくのは感心しないぞまったく。……まあ、ほとんど正解ではあるんだけれども。
さすがは母さん。オトナの女ってスルドイ。
「それに、今朝はとっても気合が入ってるわ。今日、返事をするつもりなのね」
「う……」
「ああやっぱり。思い出すわねぇ、母さんのときもそうだったわ。つらいときにお父さんに支えてもらって。それがきっかけでお付き合いするようになって、結婚までしたのよ」
と、母さんが頬を赤らめながらうっとりとした表情になった。
また始まったよ。母さんは父さんと、それはそれはソーゼツな恋愛結婚をしたとのことで、ことあるごとに娘である杏樹にそれを聞かせようとするのだ。
普段はご馳走様ってなカンジで遠慮するのだが、今朝ちょうど父さんに聞きたかったのがその件だったのだ。
この際だから、母さんに聞いてしまおう。
「母さんたちが付き合い始めたのってさ。“大災厄”の後だったよね?」
「そうよ。あの酷い事件のときに、父さんが必死に私を護ってくれてね。それでもうメロメロになっちゃって」
「メロメロって……」
「逃げるときに手を握ってくれて。怖がる私を励ましてくれてね。もう、胸がドキドキしたわ」
「あー。それはいわゆる吊り橋効果ってヤツですね」
「詳しいわね、アンジー」
そりゃぁもう。身に覚えがありすぎる。
つまりこのままだと杏樹も母さんのように、将来は“あいつ”の勇姿について子どもに力説するようになってしまうかもしれないワケだ。
「お父さんの口説き文句、聞きたい? 物凄く情熱的だったわよ『君が好きだ!』なんて……」
「あー、いや。もう結構っス。またの機会に」
杏樹はうんざりしながら手をひらひらと振った。これ以上両親のノロケ話を聞いていたら、朝から確実に胃がもたれてしまう。
そうやって会話をしつつ食事を続けていると、ようやく目を覚ました飼い犬のチョロがのそのそと入ってきた。口にエサの受け皿をくわえている。
「おはよう、チョロ」
母さんが声をかけるが、チョロは軽く鼻を鳴らしただけで返事もしない。杏樹の足元までやってきて皿を置くと、上目づかいでこちらを見つめてくる。
「まったく、いい気なもんよね。飼い主より遅く起きてくる上に、愛想も悪いなんて」
嫌味を投げかけるが、やはりチョロはすまし顔のままだ。催促するように鼻先でエサの受け皿を突く。
「分かってるわよ。ちょっと待ってなさいって」
大急ぎで朝食を平らげると、また洗面所に行って歯を磨く。制服に着替えてパジャマを洗濯機に放り込む。それからようやくチョロのエサだ。
ドッグフードが入った袋を持っていくと、チョロは待ちかねたとばかりに尻尾をぶんぶんと振りだした。カップで適量をはかりとり皿に移してやると、勢いよく顔を突っ込み食べ始める。
と、そこで玄関のチャイムが鳴った。壁の時計をみると、時刻は7時半ぴったりだ。ホント、几帳面なヤツだな。
「新太くん、来たみたいよ」
「……分かってる」
さあ、いよいよだ。
神妙な思いでドッグフードの袋を片付け、鞄を手に取る。するとチョロが顔を上げ、「わふっ」と一声鳴いた。
「なによ。ひょっとして勇気づけてくれてるの?」
するとチョロは、肯定するようにもう一度鳴いた。杏樹は軽く頭をなでてやってから玄関へ向かった。
靴をつっかけ、「行ってきます」と告げてから外へ出る。
「おはよう」
扉の前では新太が直立不動の姿勢で待っていた。
今日はズイブンと珍しいことに、髪をしっかりととかしてきている。心なしか、学生服まで皺が伸びて綺麗になっているように見えた。
「ん……おはよ」
「ああ。それじゃぁ、行こうか」
そう言って新太は、いつものようにスタスタと速足で歩きだした。杏樹も慌てて後を追う。
「ちょっと」
「なに」
「なんでそんな、離れて歩くのよ」
「だって、アンジーが一緒に歩きたくないって」
「今日はいいのよ。スピード落として」
「……うん」
新太が杏樹の隣に並ぶ。そうやって2人は、しばし沈黙したまま歩いた。
「あのさ」
「ん」
呼びかけると、新太は緊張した面持ちで反応した。
いきなり本題に入るつもりはないってのに。そんなガチガチになられたら、こっちだって意識してしてまうではないか。
「いやその。亜子先輩……あの化け物のことなんだけど」
「なんだ、そっちのことか」
新太は大げさなため息をついた。
「あれは正確には、デーモンというらしい。大災厄のときに異界からやってきたやつらの、生き残りだ」
「うん。昨日、魔法屋さんから教えてもらった」
帰宅して、母さんと父さんからしこたま怒られて。
で、お風呂入って寝ようってときに、魔法屋さんから電話がかかってきたのだ。『いろいろ気になってることあるでしょ』って。そこで、まぁイロイロとお話をお聞きすることができたのだ。
「私、ちょっと信じられないんだけど。亜子先輩って、そもそもこの世界に存在していなかったんですって?」
「そう、その通り。あのデーモンというやつの恐ろしいところは、人間にほぼ完璧に化けられるってところだ。さらに魔法屋さんみたいに、いくつかの魔法を使うこともできる。神田亜子副会長という人間を、第一中の人間すべての記憶に刻みつけたんだ」
「それで私たち、違和感なく話してたのね」
あのデーモンが第一中にやってきたのは、半年ほど前のことであろうとの話だった。
半年前。ちょど生徒会選挙があった時期だ。
そのとき副会長として当選した神田亜子という女生徒は、そのデーモンとやらが人に擬態した存在だった。
そして半年前というのは、“力”に関係する事件が頻発するようになった時期とも一致する。その原因については、言うまでもないだろう。
いま思い返してみると、心底恐ろしい。気軽に話していた相手が、災厄を撒き散らす化け物だったなんて。
「なんで第一中に潜伏してたのかしら」
「魔法屋さんの話だと、デーモンたちは人を苦しませたり破滅させたりすることが好きなんだそうだ。だから、“それ”をしやすい環境を選んだんじゃぁないのかな」
「学校がそういう場所ってこと?」
「思い当たるふしはあるだろ」
ちょっと前までの杏樹ならば、とても同意できなかっただろう。だが、誰もかれもが杏樹のように学校生活を楽しんでいるわけではない。魔法屋さんの仕事を通して、少しだがそれが分かってきた。
学業成績に人間関係。
未成熟な子どもたちによって構成された社会が生み出す種々の“歪み”。
あのデーモンは、そこをちょっと突いたのだ。
そそのかし。
力を与え。
暴走させた。
誰かが破滅する様を。あるいは誰かが誰かを破滅させる様を鑑賞するために。
「それで、これからどうなるの。神田亜子はいなくなっちゃったけど」
「魔法屋さんが、第一中の人間の記憶を書き換えるそうだよ。デーモンがやったようにね」
「サラッとおっかないことを言うわね」
でもまぁ、魔法屋さんのおかげで第一中に平穏が戻るのならばいいことだ。
ならば彼女の言う通りに、こちらもケリをつけるとしよう。
「あのさ」
「なに」
「言っておきたいことがあるんだけど」
「ん……ちょっと、待ってくれ」
新太は足を止め、深呼吸をし始めた。杏樹もその隣に立って、彼の準備が完了するのをじっと待つ。
やがて新太は目をキッと見開き、杏樹の方へと向き直った。
「どうぞ」
「うん。その……ごめん」
途端に新太の表情がくしゃくしゃになった。だいぶ昔に、彼が大切にしていたプラレールを杏樹が壊しちゃったときのと同じ顔だ。
「やっぱり、駄目なのか……」
がくりとその場にくずおれる新太に対し、杏樹は慌てて言った。
「あ、いやさ。チョロのことなんだけど」
「え?」
「魔法屋さんから聞いたの。あんた、チョロが行方不明になる度に、探してくれてたんでしょ? ずっと昔から」
昨晩の電話の最中に、聞きもしないのに“なぜか”魔法屋さんが丁寧に説明してくださったのだ。
新太がなぜ、なんのために魔法屋さんのところで仕事をしていたのかを。
「最初に魔法を買ったのは……もう10年以上も前になるかな。チョロが逃げたって、アンジーがすごく泣いていて。それで、どうにかしたくて」
「それで魔法屋さんに占ってもらいに行ったの?」
「いいや、初めは探偵に頼もうとしたんだ。覚えてる? 十吉郎さん」
「あー。あの弁護士の」
「チラシで見て、依頼しに行ってさ。電車に乗って歌舞伎町まで行って。でも子どもの小遣いじゃぁ全然足りなくて。困っていたら、魔法屋さんを紹介されたんだ。それ以来、チョロを探してもらう代わりに仕事をすることになった」
なるほど。それで知り合いだったワケか。
驚きなのは、コイツはその頃からずっと、魔法屋さんの命令を聞いて働いてきたってことだ。“力”のもち主や、昨日のデーモンのような恐ろしい相手と戦って。
それも全部……
「ごめん。わたし、そんなことも知らないで。あんたに酷いことばっか言ってた」
「それは違うよ、アンジー」
新太が立ち上がり、杏樹の肩に手を置いた。
「僕がチョロを探すのも、魔法屋さんの下で働くのも。すべては目的があってのことだ。打算的行動だよ」
「目的って……」
「魔法屋さんに聞いたんだろう? いったい誰のために、僕がこんなことをしているのかを」
新太の両手に力がこもる。
昨日の夜のように。彼の手から熱が伝わってくる。
「僕はもう、覚悟を決めた。君の答えを聞かせてほしい」
「ん……」
新太のまっすぐな視線を受け、杏樹は思わず後じさりしそうになり、そして踏みとどまった。
中林新太。この幼馴染のことはよく知っている。家が近いからって、子どものころからずっと。もう、ずーっとずーっと一緒に過ごしてきたもんだから、家族の次くらいにはよく知っている。
でも、今の彼の瞳。
決意と熱意にあふれた輝き。
こんなの初めて見た気がする。
でも、そうだ。きっと気づいていなかっただけで、今までもこういう目をしていたんだろうな。
魔法屋さんの仕事でピンチになったときとか。私のことを助けようとしてくれたときとか……・
杏樹は目をつむったまま天を仰ぎ、何度かうなずいた。
そして再び新太の方へ向き直ると、必死に言葉を選びながら語りかける。
「わたし、さ。付き合う、とか。そーいうの。よく分かってなかったんだよね。谷崎先輩のときとかも」
「うん」
「だからさ。ショージキ言って、あんたと付き合うってのも想像つかないの。上手くいくかどうかも予想できない」
「……うん」
「あ、でもね。告白してくれたことは嬉しかったわよ。これはホント」
「うん!」
「で、さ。その。あんたとカレシカノジョになるかどうかは、もうちょっと考えさせてもらっても、いいかな?」
「それは……」
新太は喜ぶべきか悲しむべきかとっさに判断できなかったようで、微妙な顔になりながら手を放した。
「つまり、保留ということかい」
「うんまぁ。……だいぶ肯定よりの、というか」
「えっ」
「あー、勘違いしないでね。あくまでもまだ答えは出してないから。まぁ気長に待っててちょうだい」
昨晩はワケが分からなかったもんだから、スパっと返答できなかった。でも今になって、こんなありきたりな日常の中で返答するだなんて、そんなの新太に対して失礼だ。
必死に頭をひねって作戦を考えて。あんな大舞台まで用意して。……危ない目に遭わせたのは、ちょっと頭に来るけど。
でも、そこまで好意を表してくれるんだったら、杏樹としても誠心誠意応えるべきだ。
そのためには、まずもってタイミングってもんが重要!
「なんというか、それは。胃が痛くなりそうな消耗戦だな」
「ヘンなこと言わないでよ。私だってモヤモヤしてんだから」
「まぁいいよ。振られるよりはずっといい」
そうして2人は、また並んで歩き出した。
文化祭まであとわずか。今日も授業は午前中で終わりだ。
体育館のペンキあとも屋上の扉も、魔法屋さんが魔法で直してくれたって言うし。これで無事に、文化祭当日を迎えられるだろう。
……その頃には、もう答えてやってもいいのかな? あんまり焦らすとかわいそうだし。
なにせあれだけドラマティックに告白してくれたのだ。こちらもそれ相応に、いい雰囲気のときにお返ししてやらねばなるまい。その点で言えば、このイベントはもってこいだ。
ムードたっぷりなところでどっかの空き教室に連れ出してやって、壁ドンでもしてやれば。
コイツ、きっと泣いて喜んでくれるんじゃぁなかろうか。
「ところでさー、ヘンな噂聞いたんだけど」
「こんどはなに」
「来年から、異界の街との交流事業。なんか新しいのが始まるってハナシ」
「ああ、僕も聞いたことがある。たしかうちの学校から留学生が出るんだとか」
後日、少し補足説明を投稿します。




