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第43話

アノーマリー01について補足


 異界のシティ行政府より提供された資料は、01の根源、すなわちデーモン・プリンスの存在を示唆している。


「アンジー! 僕は、君が好きだ!!」


 新太あらたのその絶叫は、そりゃぁもう帝都中に響き渡るんじゃぁないかってモンだった。

 好き? ダレがダレをスキって? そもそもスキってナニよ。

 杏樹は幼馴染が発した言葉の意味をとっさには理解できずにいた。

 ホント、ワケ分かんなかった。ナニ言ってんだろコイツ、って思った。

 頭の中が完全に真っ白になり、目をぱちぱちさせながら新太あらたを見つめ返す。夜景に照らし出された新太の顔は、タコみたいに真っ赤になっていた。


「ど、どうなんだ、アンジー!?」

「どうって……」

「君の答えだ!」


 肩をしたたかに揺すられ、その衝撃で少しずつ脳みそが回転を始める。だがそれでも出力は通常モードの百分の一以下だ。


「そんなこと、言われたって」

「イエスなのか? ノーなのか? どっちだ!?」

「きゅ、急にそんな。わ……からないわよぅ」

「……そうか。それなら表現を変えよう」


 新太が赤いままの顔をぐっと近づけてきた。杏樹の肩をつかむ両手にさらに力がこもる。なぜだか杏樹まで顔が熱くなってくるのが分かった。

 新太が、今度はささやくように言った。


「アンジー。僕は君を心から愛している。10年以上も前からずっとだ」

「や、ちょ。ちょっと、待って」

「君を僕だけのものにしたい。力いっぱい抱きしめたい」

「待って。今そんなこと、言われたって……」

「君と恋仲になりたい。結婚して夫婦になりたい。子どもは最低でも2人は欲しい」

「待ってよ。こころの準備が」

「なんなら今からでもセ……」

「待てっつってんでしょぉーが!!」


 振り上げた拳に渾身の力を込め、新太の頭を一撃。いつだってこのバカを黙らせるにはこの手に限る。

 効果てきめん。新太はたまらずに杏樹から離れるとわめいた。


「痛い! よせよ、アンジー! どうして君は、いつもいつも僕を叩くんだ!?」


 涙をいっぱいに浮かべつつ非難がましい視線を送ってくる新太。杏樹は頭の中が沸騰しそうになりながらも、なんとか言い返す。


「うっさいのよ! こ、こ、こ、こんなときにっ! なんてことをっ」

「今がベストなタイミングだからだ! 強い恐怖心を感じる状況で告白することで恋愛感情への発展を……」

「あんたそりゃ、吊り橋効果でしょうが! 自分でバカにしてたじゃぁないの!」

「僕のはきちんと計画的にリスク・マネジメントしているから問題ないんだ。……それより、どうなんだアンジー?」

「そ……んなこと言われたって……」


 再び新太に詰め寄られ、思わずたじろぐ杏樹。胸元をおさえた手に伝わってくる激しい鼓動。

 人生で二度目の告白!

 それも相手が新太!

 私って、そんなにオンナとして魅力的だったの!?

 っつーかコイツがあんな情熱的に口説いてくるなんて!

 ……ってかいま、かなり差し迫った状況じゃぁなかったっけ!?

 頭の中がぐるぐると回る。だが今度は過稼働だ。思考があっちこっちに飛び回って取り留めることができない。

 どうしよう。今のドキドキが恐怖によるものか、はたまた告白されてコーフンしているからなのか。自分でもまったく判別がつかない。

 これが吊り橋効果ってヤツなのか。いやぁ、まさか自分がそれを体験するような状況になるだなんて。


「答えてくれっ、アンジー!」


 新太がしびれを切らしたように言う。

 

「そ、そ、そんなの。分かんないわよっ!」

「分からないって……」

「だって! 今までずっと幼馴染だったじゃぁないの! そんな急に好きだなんて言われたって、自分でも……分かんないわよ!」


 実際のところ、杏樹は新太を恋愛対象として見たことは一度としてなかった。

 何せコイツとはずっと昔から家族ぐるみでの付き合いだし、ほとんど姉弟みたいな関係だったし。それを今になって突然、オンナとオトコのそれとして考えろったって。

 そんなの、その。

 困るではないか。


「……拒否されなかっただけましなのか?」


 新太が腕組みをして考え込むような仕草をした。何故だかちょっと嬉しそうに見える。たしかに拒否してはいないが、かといってOKしたワケでもないのだが。

 と、そこで屋上の扉がミシミシという音を立て始めた。

 そして思い出す。いまはこんな、甘酸っぱいことをしている場合ではないということを。

 急激に全身の熱っぽさが引いていき、脳の働きが適正状態へと移行する。


「ちょ、ちょ、ちょ! それよりもホラホラホラ! 逃げないと!」

「逃げるって、何処へ?」

「はぁ!?」

「ここは屋上だ。ここより先へは進めないよ」

「いまさらそんなことをっ……」


 ばきんっ、と扉が蹴破られた。

 現れたのは、亜子あこ先輩……“だったモノ”。その姿を目視し、杏樹は戦慄する。

 ……ニュースやユーチューブの映像で見たことがある。学校の授業でも教わった。

 爬虫類を思わせる大きな顎。

 ヤギのように捻じれた角。

 はちきれんばかりの胸板。

 丸太のように太い手足。

 全身を覆う真っ黒な鱗と体毛。

 そして背中に生えた、蝙蝠を思わせる翼。

 女性として憧れていた姿はもう微塵も残っていない。

 化け物だ。

 20年以上も前に帝都に飛来した化け物。

 多くの人々を殺戮し、街並みを破壊し、悪行の限りを尽くした地球外の生物。

 “帝都大災厄”の元凶が、いま目の前に立っている……!


『カワイイカワイイ杏樹ちゃぁん』


 化け物が、猫なで声で言った。聞いているだけで魂を汚されてしまいそうな、悍ましい声だった。


『逃げちゃぁ駄目よぉ。貴女にはこれから孕んでもらわないとぉ。私の眷属をぉ、たくさんたくさんたぁぁくさぁぁんねぇぇぇ?』

「ひ、ひぇぇぇ……」


 思わず情けない悲鳴が口からもれる。すると新太が、盾になるように一歩前に進み出た。素早く上着の内側に手を伸ばす。


『無駄よぉ』


 ぱんっ、と軽い破裂音がした。新太の短い叫びとともに、彼の手から何かが滑り落ちる。

 スマホだ。魔法屋さんの魔法陣が描かれているやつ。バッテリーが損傷したらしく、画面が割れ、フレームが酷くひしゃげている。

 まさかいま、あの化け物がなにかしたのか。手も触れずに。魔法屋さんみたいに。


『その程度の術式で私は止まらないわぁ。次はどうするぅ? ポケットの中の催涙スプレーとか爆薬とかぁ、試してみるぅ?』

「……いや、やめておきます」

『あらそぉ。貴方、私に傷をつけたからぁ、簡単には殺さないわぁ。そうねぇ、しばらくは杏樹ちゃんの栄養になってもらおうかしらぁ。杏樹ちゃん、これからいっぱい産まなきゃならないからぁ』

「いいや、それは不可能だ。貴女の負けです」


 新太が、化け物を指さして言った。実に堂々とした宣言だった。

 新太だって、あの化け物の恐ろしさはよく知っているはずだった。日本人なら。いや、世界中の誰もが知っているだろう。

 なのに、それなのに。新太はこの化け物を少しも恐れていないように見えた。

 そっと顔を覗き込むと。少しだけ、自信ありげな笑みを浮かべていた。


『なぁにぃ?』


 化け物が不快そうに唸る。犬の唸り声なんて比較にもならない。お腹の底まで響きそうな重たい音。

 その気になればすぐにでも杏樹たちをすぐにでも八つ裂きにできる。それぐらいの力の差があることが、本能的に理解できる。

 だが新太は、まったく臆した様子もなく言った。


「正体が露見した時点で、貴女はすぐ逃げるべきだったんだ。でもできなかった。獲物を見過ごすことができなかったから。その下等な動物的行動原理が貴女の敗因です」

『なにを言うかと思えばぁっ!』


 ばさり、と化け物が翼を広げた。たったそれだけで屋上に風が吹き荒れる。恐ろしい力だ。


『どうせ“あの女”をあてにしているんでしょぉ? でも無駄よぉ! すでにこの学校全体に“欺瞞”をかけたわぁ。外部からの探査を防ぐ術! ここで何が起ころうとぉ、あの女は気づかないってことぉ!』

「欺瞞魔法? 馬鹿馬鹿しい。貴女程度が、その分野で“あのひと”に敵うはずがない」

『残念ながら違うわねぇ。だってあの女、さっきからまったく干渉してきていないじゃぁなぁい。それが証拠よぉ』

「あのひとが今まで手を出さなかった理由はただ1つ。『この第一中の校舎を可能な限り壊したくなかったから』ですよ。貴女の力量が上回っていたわけでは、決してありません」

『負け惜しみも、いい加減ニっ……!?!?!?」


 不意に化け物が動きを止めた。というより、意思とは無関係に身体が硬直しているかのようだった。

 化け物の表情なんて分からないが、きっと、間違いない。あれは『信じられない』とか、『そんなはずは』って顔だ。

 化け物の身体が、ふわりと宙に浮かぶ。そのままゆっくりと、帝都の夜空へのぼっていく。

 それを目で追いながら、新太が言った。


「僕の仕事は、貴女をこの屋上におびき寄せること。それだけです。これで完了だ」

『お、お、おのれぇぇぇぇぇっ!!』


 化け物が恐ろしい声でわめいた。天に向けて大きな口をがぱっと開く。するとそこから、炎が噴き出した。まるでゴジラだ。だが炎はほんの数秒ほど空を焦がしただけで、すぐにかき消えてしまう。

 続いて化け物は、天を指さした。すると今度は稲妻が放たれる。しかしやはりそれも、見えない何かに阻まれ即座に消え去った。

 どうやら化け物は、上空にいる“何か”を狙って攻撃をしているようだった。効果は皆無のようだが。


『不死人のなり損ないガァァァァァっ!!』


 空中で化け物が膝を曲げた。肘を曲げ、背筋を丸めて、翼を折りたたむ。目に見えない巨大な手で握り締められているかのように、無理やりにだ。

 化け物は必死になってもがくが、逃れられない。丸められる紙切れのように、無慈悲に、くしゃくしゃに圧縮されていく。


『ぐぴぅぁっ』

  

 悲鳴とも湿っぽい破裂音ともつかない断末魔を上げ、化け物は小さな小さなボール状の大きさになってしまった。さらに縮小していき、最終的には完全に消え去ってしまう。

 新太が無言で空を指し示した。

 浮かび上がる小さな影。

 見覚えのあるとんがり帽子に木の杖を携えた少女が、金色に輝く目でこちらを見つめていた。










 2人の少年少女を見つめながら、魔法屋の店主は内心で驚いていた。


「運命が……変わった?」


 金色に輝く目をしばたたかせ、今一度、“占術”を行う。

 中林少年を取り巻く可能性の枝葉に、新しい芽がついたのがはっきりと見てとれた。それは彼の願いとほぼ近似している。いままでまったく存在していなかった道だ。


「なるほど。あのデーモンのせいね」


 デーモンとは魔法の根源にもっとも近い存在だ。そして魔法とは事象を歪める力。

 デーモンとの戦いの最中、その強烈な歪みの力にあてられた中林少年の未来が影響を受けたのだ。良い方向に。

 なんとも皮肉な話だ。多くの人たちの人生を散々に歪めてきたあのデーモンのおかげで、1人の少年の小さな願いに光がさすとは。

 ……いや。きっとこれは、少年自身の力だろう。 

 店主は1人うなずく。

 この日、この時、この場所で。少年は少女に想いを告げ、そして玉砕することになっていた。本来ならばそうなる運命だったのだ。少なくとも、直前までの占術ではそうだった。

 だが、実際は違う。あのとき、店主に向かって『やり遂げて見せる』と宣言した通りに。少年は見事にやり遂げた。砂漠の中から一粒の砂金を掘り当てたのである。

 まだ、彼の恋が成就すると決まったわけではない。五分五分の状態になっただけだ。最終的には、やはり振られる可能性もあるだろう。

 だがそれでも、最初に占ってやったときよりも、ずっとずっと希望に満ち溢れている。

 

「とんでもない意志力だわ。頭が固くて融通の利かない男だけど……そこは認めてあげなくっちゃぁね」


 遠い遠い、はるか昔のことを思い出す。

 まだ店主が無垢な少女だった頃。想い人の心をつかむために涙ぐましい努力をして……いや、今もそれを続けている。 

 前回は仕損じた。

 だがきっと、次は上手くいく。 

 あの少年だってできたのだ。ならば、ずっと大人の店主だってできるだろう。

 

「あの子のおかげで勇気づけられちゃったわ」


 店主はそっと笑った。

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