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第1話


 アノーマリー127より通告(要約)


 帝都大学附属第一中学校で発生するあらゆる事例に対し、機関による監視と介入を禁ずる。

 これが破られた場合、機関への技術提供を即刻停止する。


 「ウィンウィンって言うんだっけ? アンタらがアタシの言った通りにしてくれてれば、このままいい関係性を維持できるわ」


 店主は暗闇の中で身じろぎをした。

 幼くも艶っぽいうめき声を上げながら、まだアルコールの匂いが混じる息をはく。

 不愉快な覚醒だった。1日の始まりを魂なき人工物によって告げられるというのは、精神衛生上たいへんよろしくない。

 特にこの、“機関”の職員が押し付けてきたスマホ。こいつがひり出す無機質な電子音はその最たる例だ。二日酔いの頭に釘を打ち付けるようにガンガン響いてくる。

 毛布にくるまったまま腕だけを動かし、その辺を手探り。

 これは昨晩あけた日本酒の瓶。

 これはコンビニ弁当のゴミ。

 これは食べかけのポテチの袋か。

 ……ああ、あったあった。ようやくおさまりの良い大きさと形の金属板をつかみとり、画面を起動する。

 着信だ。相手の名は『中林なかばやし新太あらた』とある。ついでに時刻を確認すると、午後4時だった。

 そろそろ店を開ける時刻なのだが、頭も身体も酷くだるい。昨晩はたしか、しこたま酒を飲んで悪友とオンラインでFPSをしていたんだったか。 


「ナカバヤシ、ナカバヤシ……えーと」


 重たい頭を振りながら記憶の底をまさぐる。そうだ、たしか手駒の1人の。“犬”の中林だったか。

 寝返りを1つうってから通話を開始。


「なによぅ、こんな時間に」

『……お願いが、あります』


 ちょっと間を置いた返答。切羽詰まった感じのする少年の声。


「また幼馴染の犬が逃げたんでしょ? チョロだっけ。探せばいいのね」


 この少年が店主を頼るときは毎回同じ理由からだった。だから今回もそうだろう。報われることはないのに、毎度毎度ご苦労なことだ。

 そう思っていたのだが、以外にも少年は『いいえ違います』と否定した。


「じゃぁなによ」

『これから彼女がそちらに行きます。客として』

「あらそう。それじゃ、せいぜいお迎えしないとね」


 ふぁ、と大あくびをしながら身体を起こし、スマホを持ったまま伸びをする。

 魔法屋として経営している店にくるのだから、もちろん魔法を求めてのことだ。聞くところによれば、件の幼馴染はあまり学業面が芳しくないらしい。ならばテスト出題題範囲でも知りたいのだろう。

 まあ占術をひとつくれてやれば終わりだ。


「幼馴染だからサービスしてやって欲しいの? いいわよ、アンタいつも頑張ってくれてるから。100円まけてあげる」

『いいえ、そういうのも違うんです』

「なに? どーして欲しいのよ」

『……3年生の先輩と一緒に行くんです。今日、告白されたとかで。それで彼女は、その人と相性占いをしてほしいようです』

「はーん。なるほどね」


 ようやく店主は納得した。


「2人の間を引き裂いてやりゃあいいのね。その先輩に呪いをかけるなりして。でもそれだと高く……」

『そっちも違います! ただ、その先輩のことを洗いざらいアンジーに教えてやって欲しいんです! 細大漏らさずに!』

「……話が見えないんだけど?」

『アンジーは知らないけれど、その先輩の女癖の悪さは一部で有名なんです。だから本性を教えてやって欲しい。そうすれば、いくら彼女でも状況を理解するでしょう』

 

 自分の言葉は届かないだろう、と確信しているかのようなものの言い方。あわれなことね、と店主は胸中でそっと呟いた。

 彼がどれだけ幼馴染のことを想っても報われることはない。それは店主の占術によって明示されているのだ。

 占術による未来予知。

 すなわち、到達しうる可能性を提示する技術。

 それは端的に言えば、放り投げたリンゴがどこに落ちるかを予想することと近しい。そして予想ができれば、リンゴが地面に叩きつけられる前に受け止めてやることができる。占術の利用とはおおむねそんなものだ。

 ただしごくまれに、横からふいてきた風で落下地点がわずかにズレるかもしれない。なんなら飛んできた鳥がリンゴをかっさらうことだってある。

 凡庸な人間には、そこまで予想することができない。だが店主はできる。

 店主は不確定要素まで含めた上で予知をした。5年前、中林少年が小学生の頃に請われ、完璧に限りなく近い確度の占術をくれてやった。

 そこで得られたのが、『中林新太の初恋が成就する可能性は万に一つもありえない』という結果だ。

 これは何があっても覆ることはない。

 今回のように、幼馴染に近づく悪い虫をいくら払いのけても、彼女が中林少年になびくことは絶対にありえない。

 無駄なのだ。

 

「ま、いいわよ」

 

 だが店主は了承した。

 説得はもう何度となくしてきた。そして少年は聞き入れなかった。これ以上、思いとどまるようにどんなに言葉を尽くしても。

 それこそ無駄なことだ。少年の思うままに、せいぜい最後まで好きにさせてやればいい。結果は変わらない。


「で、お代はどうするのかしら。また特別労働にする? ヤバい仕事がいくつかあるけど」

『いいえ。今回は彼女に払ってもらいます』

「は?」

『駒にしてください。あのときの僕と同じように、アンジーのことも』

 

 思考にわずかばかりの冷たさが戻る。

 駒とはつまり、店主がこの世界の人間に対して行っている、“契約”魔法による精神的な主従関係の構築だ。

 店主が魔法や知識・技術を提供する代価として、駒たちは“少々危険な”肉体労働を行う、というもの。まともに迫っても受け入れてもらえる内容ではない。

 だから店主は、初見の客には不完全な商品を売るようにしている。

 占術の結果はぼかすし、魔法技術の資料は歯抜けにする。

 顧客の欲求を刺激するためだ。彼らがどうしても欲しいと。対価として金銭よりも価値あるものを差し出してもよいと、心から願わせる。

 そこでお互い合意のもと、契約を行うわけだ。魂にまで誓約魔法を刻み込み、絶対服従を顧客に誓わせる。便利な手駒の完成だ。

 最近は“ちょっとした”理由から、第一中学校の生徒たちを中心に契約をしていた。そのため手駒たちが、『魔法屋では1度に1つしか魔法を買ってはならない』なんて警句を学校中に言いふらしてしまい、契約相手が減ってきて困っていたのだ。

 だから中林少年の提案は、店主としてはありがたいのだが。


「大事な杏樹あんじゅちゃんを、アタシに売るの?」

『それはっ』

「なーんだ。結局あきらめちゃうのね」


 軽く挑発するように言う。

 5年前。店主の駒になることを了承したときからずっと、この少年の願いは変わっていない。

 すなわち、幼馴染である天原あまはら杏樹あんじゅと結ばれたい。ただそれだけを願い続けている。

 店主がどれだけ『無駄だ』と、『あきらめろ』と忠告しても聞き入れなかった。絶対にやりとげてみせる、と啖呵をきってみせたのだ。

 彼のそのひたむきさには多少なりとも共感するところがあったので、今日まで目をかけてきてやった。

 今になってその決意をひるがえすのであれば、期待外れと言う他にないが。


『いいえ、彼女をあきらめるつもりは毛頭ありません』


 中林少年はきっぱりと言った。店主の忠告をはねのけるときとまったく同じ調子で。


『計画を成功させるために必要だからそうするんです』

「それなら、どーしてこんなことすんのよ」

『それは計画のために……』

「アタシの手駒にするってことは、アンタみたいに働いてもらうってこと。つまり、普段あんたがやってるような危険な仕事をしてもらうってことよ。大事な大事な杏樹ちゃんを危険にさらしていいの?」

『誰が好き好んで、こんな……!』


 通話口の向こうで中林少年が激高した。


『貴女が! 教えてくれなかったから! まさかアンジーが貴女の店に行くだなんて! 貴女なら分かっていたはずでしょう!? 』

「あーもう。大きな声出さないでよ。頭痛いんだから……」

谷崎たにざき先輩のこともそうだ! どうして教えてくれなかったんです!? あらかじめ知っていれば、こんな破れかぶれなことを』

「あのねぇ。アタシは全知全能の神様じゃぁないのよ。なんでもかんでもお見通しなんてワケがあるもんですか」


 仮に予知していたとしても、教えてやる義理もないし。


「それで。その杏樹ちゃんを駒にするってことでいいのね?」

『はい。ただし、常に僕と一緒に仕事をさせて欲しい』

「というと?」

『恋愛において、経験の共有は重要なファクターです。2人で危機的状況を乗り越えれば、より親密な関係に至ることができるでしょう』


 吊り橋効果というんだったか。たしかに少年の言うとおりに破れかぶれな方法だ。

 大切な幼馴染が店主にいいようにそそのかされることを怖れたか。

 あるいは彼女が他の男からも異性の対象として見られていることを理解して慌てたか。


「毒食らわば皿までってヤツ? アンタってけっこう熱血なとこあるわよね」

『僕は。僕は、冷静ですよ。目的を達成するために、あらゆる手段を取るだけです。貴女と同じように』

「へえぇぇ。言うじゃぁないの」


 彼の言う通り。

 店主もまた、目的のためには手段を選ばない。

 今もこの世界のあちこちに隠れ潜んでいる、悍ましき悪鬼デーモンどもを見つけ出し、滅ぼし尽くすために。どうしても店主の意のままに動いてくれる手足が必要なのだ。

 そのためには彼のような子どもだって使う。無垢な恋心だって利用する。

 所詮、店主は地獄行きを決定づけられた運命だ。

 今さら講じる手段を綺麗だの汚いだのと選り好みはしない。

  

「いいわ。同じ手段を選ばない者同士。最後まで協力してあげる」

 

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