エイプリルフールなのでネタ回
アノーマリー12についての調査結果
アノーマリー12(以下、12)とそれ関連する人物らには、なんらの異常性も認められないと結論付けられました。
現時点をもって、12は登録を抹消されます。
それに伴い、機関は12とそれに関連する人物らに対して調査を含む一切の接触行動を禁止します。抵触した職員は、■■を含めた厳罰に処されます。
機関はあまねく人類社会の平穏のため、今後もアノーマリーの調査、確保、収容を行います。
“こちら”では『虫の知らせ』とか言うらしい。
少し前から、なんとなく予感はしていた。
だから店主は昨日、悪友からのゲームの誘いを断り早めに就寝することにした。
今朝は8時には起床して―彼女にとっては早朝だ―軽く朝食をとったら自分で店内を掃除した。その後は一張羅の洗濯だ。それと湯浴みも。いずれも魔法を使って念入りに、丁寧に。
魔法を使うと言うと、“こちら”の人々はしばしば驚く。『神の御業』とか『奇跡』だとか。
だが断じてそのようなことはない。
魔法技術の極地に立つ彼女からすれば、むしろ魔法は信仰よりも科学の方にこそ近しい。
その原動力が魔力か電気か、媒介にするのが己の身体が機械かというわずかな差があるだけで、掃除機や洗濯機などを使うのと本質的には同じこと。むしろ神とか奇跡だとかとはもっとも対極にあるものだと言える。
それに、そもそも彼女の故郷には、本当に『奇跡』を起こす聖職者が何万人と存在するのだし。
「……っと。そろそろね」
身体も部屋もさっぱりしたところで、壁にかけたデジタル時計を見ると10時になろうというところだった。
大急ぎで乾燥させた衣服を着こみ、キッチンに向かう。水を入れたガラス製の薬缶を火にかけ、ティーセットを用意。カップと皿は2人分だ。
お湯が沸くまでしばし間が空く。カウンター席の方へ回ると、平積みしてあった書籍を1冊手に取った。
ミヒャエル・エンデの『モモ』だ。人の時間を盗んで貯蔵する『時間どろぼう』というのがなんとなく気になって購入した。児童文学だが社会風刺もきいていて面白い。
時間つぶしにとしばらく読み進み、10ページほどめくったところでドアベルが鳴った。
本を閉じ、視線を上げて入口を見やる。そこには初老の男が立っていた。
すらりとした長身に仕立てのよいスーツ。白髪と白髭はいずれも丁寧に刈り揃えられている。目じりや口元に幾重ものしわが見えるのに若々しく感じられるのは、こちらに向けられた両の目にこもる熱気のせいだろうか。
「お久しぶりですわね」
店主はそう言って、本をカウンターの上にそっと置いた。
奇妙なことにその男は、手に一振りの杖を携えていた。
その杖というのがいかにも派手で、カラフルかつ大きな宝石がゴテゴテといくつもついており、入口から差し込む光を受けて七色に輝いている。落ち着いたグレーのスーツにはまったく不釣り合いな印象だった。
一見して怪しいが……しかし彼女が暖かい笑みを浮かべると、その男も笑みを返してきた。若干ぎこちなく、頬を赤らめながら。
男は、ある種の思春期の少年めいた雰囲気をまといながら言った。
「ええ。もう二度と、お会いできないものと思っておりました」
男は扉を閉め、店主のもとへ歩み寄ると、当然とばかりに隣の席に腰かけた。杖をカウンターの上へ置き足を組むと、遠慮のない視線を彼女へ投じる。
店主が微笑みながら小首をかしげると、男は「失礼」と前置きして言った。
「以前とは随分と変わられたようですので、少々驚いておりました。私のように“器”を変えられたのですかな」
「いいえ。少し術を……誤ってしまいまして。肉体年齢がかなり若返ってしまいましたの」
「なるほど。貴女の専門分野は、時間と空間の把握と制御でしたな。実験の事故か何かで?」
「ええ。まったく情けない限りですわ。こんな子どもの姿になってしまって」
軽く肩をすくめておどけて見せると、とたんに男は慌てだした。
「い、いえ。そのようなことはありません。貴女は変わらずにお美しい」
足をきちんとそろえて座りなおすと、膝の上に手を置きながら若干前のめりの姿勢になる。
年恰好に似合わない余裕を欠いた態度。しかしこれは、彼なりの誠実さの表現だ。
無意識か、計算ずくの演技なのか。いずれにしても身の内の女の部分をくすぐられる。まったく。相変わらずの“たらし”だ。
そのおり、キッチンで薬缶がグラグラと揺れ始める。
「少々お待ちになって。お茶を淹れますわ」
「ああ。いえ、ここは私が」
店主が椅子から跳び下りたの見て、男がすかさず腰を浮かす。だが彼女はやんわりとそれを制した。
「結構ですわ。お客様をもてなすのは、店主として当然ですもの」
「しかしですな……」
「『子どもにはまかせておけない』ですか?」
「失礼ながら、その通りです。貴女の身を案じてのことだ。ご理解いただきたい」
そうのたまう男の表情に、今度はいささかの揺らぎもなかった。
無垢な少年のように動じたかと思えば、一転して凛々しい態度。こうも上手く使い分けられては、免疫のない女はすぐに転がされてしまうだろう。
まったく手慣れている。いままでに何人の女を食ってきたのだろうか?
「私は、大丈夫ですわ。どうかお座りになってください」
ぴしゃりと言い放つと、男はおとなしく椅子に座りなおした。
店主は満足げにうなずくと、キッチンの方に回った。踏み台に乗っかり、薬缶を手に取る。ちらと見れば、男がカウンターの向こう側からなんとも落ち着かない表情でこちらを見つめていた。
どうやら心配してくれているのは本心からであったらしい。まあ、こんなナリでは仕方がないか。
「せめて魔法をお使いになられてはいかがか」
なおも口をはさんでくる男に、店主は苦笑を返す。
「それでは味気がないでしょう」
杖を振って“念動”の魔法でも使えば、椅子に座ったまま安全に作業ができる。しかし紅茶というのは、淹れるまでの過程も含めて楽しむものだ。もっぱら淹れてもらってばかりだったが、店主はその待つ時間も好きだった。
ポットとカップにお湯を注ぎ、ちょっと待ってから中身を捨てる。温まったポットの中に茶葉を振り、お湯を注いで蒸らす。充分に時間が経ったら……ポットを軽く一振りしてカップへ注ぐ。
カップの中に真紅の輝きが。そして部屋中に香りが満ちていく。
「さあ、どうぞ」
2人分のカップと皿を持ってカウンター席に戻る。まず男の方へ1つ置いてから、自分の席へもう1つ。
店主が椅子に飛び乗ったのを見計らい、男はカップを手に取った。まずじっくりと香りを確認してから一口をふくむ。なんだか見せつけるようでわざとらしく思えるが、これも誠実さの表現だろう。
「すみませんわね、ただの水道水でして。お口に合いませんでしょう」
「いいえ! 何の問題も……いや、大変美味であります」
「ふふ。ありがとう」
世辞であると分かっていても悪い気はしない。微笑みで応じると、男はまたも顔を赤くした。
“向こう”で会っていたときもそうだったが、この男は店主の前ではとても純粋に、まっすぐに気持ちを表現してくる。たぶん、誰にでもこうするわけではないのだろう。
店主が見つめていると、男は気まずそうに咳ばらいをした。
「その……自惚れてもよいのですかな」
若干前のめりになって問うてくる。
「以前は貴女に袖にされました。それで私は、きっぱりとあきらめようかと思った。それが今になって、貴女はまた現れた。つまり……」
「本当は、想っていたと? いや、今も想っていると? 貴方を」
「違うのですかな」
男がカップをカウンターの上に置き、姿勢を正す。店主のどのような答えも、真っ向から受け止めてみせようというらしい。
本当に、相変わらずこの男は魅力的だ。と、店主は思った。
計算高く理知的なのに、変にロマンチストで気障ったらしく振る舞う。
自信家で人並み以上のプライドをもち、それを裏打ちするだけの経験と実力も兼ね備えている。
単純に異性として見れば完璧だ。彼になびけば、少なくとも女として不幸になることは絶対にないだろう。
だが、違う。違うのだ。
なぜなら彼女が求めているのは、完璧などではないのだから。
「貴方に私は必要ないわ」
男が悲痛に顔をゆがめかけ、どうにか耐える。
「な……そのようなことは断じて……!」
「ありがとう。やっぱり貴方は、以前と変わらずにとてもいい男よ。でも貴方って、完璧すぎるのよね」
「それが問題だと?」
「ええ、そうよ」
彼女はきっぱりと言ってやることにした。
「だって貴方、私がいなくても幸せになれるでしょ?」
そうだ、違う。違うのだ。この男ではない。
彼女が愛しているのは。
心から幸福にしてやりたいと思うひとは、この宇宙でただ1人だけ。
心優しいけれども泣き虫で。弱いくせに他人のことを放っておけなくて。そんな情けないひと。
「今日はとても楽しかったわ。懐かしい顔が見れて良かった」
「そ……」
「またおいでになって下さい。お待ちしておりますわ」
自分の紅茶を飲み干すと、まだ残っている男の分のカップも持って、またキッチンへ向かう。
男はそんな店主を呆然と眺め、ややあってから深くうなずいた。
「ええ、はい。また参ります」
男は椅子から立ち上がり、宣言した。来た時とよりも背筋を伸ばし、堂々と。
「私はあきらめません。私は欲しいものは全て手に入れてきた。その主義を、今後も変えるつもりはない」
「情熱的なのも変わらずですわね」
「ええ。どれほど時間がかかったとしても、必ずや貴女の心を手に入れます」
男は口の端に少しだけ笑みを浮かべると、入口へ足を向けた。
「うわ!?」
タイミングの悪いことに、杏樹と新太が魔法屋さんに入ると、そこには別のお客さんがいた。
初老のオジサン。いや、真っ白な髪や髭を見るに、もうほとんどおじいさんかな。背筋がピンとしているから見た目より若く見えるけど。
奇妙なことにそのおじいさんは、見たことのないヘンな杖を持っていた。ゴテゴテと色鮮やかな宝石が付いた杖だ。スーツはとても似合ってるのに、なんとも悪趣味だな。
そう思っていると、おじいさんは「ふむ」と呟いた。顎に手をやりながら、杏樹の顔をじっと見つめてくる。
「もしや、天原のところのご息女かな」
「え? え?」
なんで知ってるの? どっかで会ったっけ?
混乱していると、おじいさんはいかにも残念そうに首を振った。
「5年前にご両親から紹介していただいたのだが、覚えておられないか。……そちらのボーイ・フレンドは?」
「はい。中林新太と申します。父と母がお世話になっております」
ボーイ・フレンドのあたりを否定する間もなく、隣の新太が答える。すると、おじいさんは軽くうなずいた。
「なるほど。こんなところで会うとは数奇なことだが……お互いに、このことは内密に。な」
顔の前で人差し指を立て、いたずらっぽく笑うと、おじいさんは扉の向こうに消えて行った。肩で風を切るように、颯爽と。
「誰だっけ? 今の」
扉が閉まってから、新太に問いかける。すると新太は、呆れたように言った。
「帝重の会長さんだよ。藤宮孫六さん。まさか知らなかったの?」
「あー。そういや会ったことあるかも」
たぶん、帝重(帝國重工の略称だ)のパーティーかなんかに連れて行ってもらったときのことだ。父さんと母さんに連れられて大勢の大人たちに挨拶をさせられたっけ。
当時の杏樹には社交というものがよく分かっていなかったので、ひたすら退屈だった記憶しかない。
「アンジーのお父さんの、直接の上司みたいなものなのに……」
「うっさいなぁ。初めて会ったときなんて小学生だったのよ? 料理食べるのに忙しかったのよ。っつか、あんたこそなんで知ってんのよ。あのときパーティーにいなかったでしょ」
「僕はただ、社会的な一般常識として知っているだけだ。ニュースにもときどき出る人だよ」
「あーもう。そうやってバカにして!」
「別にそんなつもりは……」
「ちょっとアンタたち、うるさいわよ!」
ギャーギャーわめいていると、魔法屋さんに怒鳴られた。
「仕事の件で来たんでしょ? とっとと済ませてちょうだい」
なんとも珍しいことに、魔法屋さんはキッチンの方で洗い物をしていた。今のおじいさんにお茶でも出してたのかな? なんかいい香りがするけど。
「アンジー、とにかく急ごう。休み時間が終わる前に戻らないと」
「ん、ああ。そうね」
帝重の会長さんが、なぜ魔法屋さんに来ていたのか。なんでおもてなしを受けていたのか。魔法屋さんとはどのような関係なのか。
ヒジョ―に気になるところだが、詮索しない方がいいだろう。それこそお互い様だ。
過去作品をお読みいただけますと、より楽しめます。




