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第41話


 アノーマリー01:■■■■

 種別:黒

 ※中級以下の職員に開示可能な情報。

 

 アノーマリー01(以下、01)は、大日本帝國首都、帝都にて勃発した大災厄の元凶である。

 01は無数のアノーマリー能力を使用する。

 01は人類社会にとっての天敵である。

 01の最も恐るべき能力は、人類種への擬態能力と、人類種との交配能力である。

 


 夜の体育館。

 その広い広い床面の上で、ワイシャツ姿の新太が一心不乱に魔法陣を描画している。

 ただの魔法陣ではない。今まで目にしてきたのとはサイズが段違いに大きい。直径で20mくらいはありそうだ。


「ねー。ホントにこんなことしていいの?」


 ハケを振るう新太を眺めながら、杏樹は何度目かの確認をした。

 こんな大きさの図形を描こうとしたらペンなんかじゃぁ足りない。だから新太は、わざわざ美術室から白色のペンキをくすねてきたのだ。

 この体育館だって、文化祭のステージ発表で使うっていうのに。こんなに派手に汚しちゃって。


「緊急事態だ。……この第一中を護るためだよ」


 新太が、こちらを見ようともせずに言った。

 そろそろ8時になるから、1時間近くこんな調子で描き続けているワケだ。とんでもない集中力だな。

 当然、夜中にこんな大がかりな作業をしているのだから、明かりはしっかりつけている。しかしエントランスやキャットウォーク側の窓に分厚いカーテンをかけているので、外に光が漏れることはない。

 それに先生方もずっと前に退勤しているから、少なくとも現行犯としてバレることはないだろう。 


「あ、そう。んで今回のコレ、どーいうご利益があるの?」

対悪たいあく魔法陣だよ。僕のスマホのカバーにも描いてあってね。悪意ある力から守ってくれるんだ」

「悪意ある力……」

「そう。この中にいれば、“力”による攻撃を防げるってことさ」


 “力”。

 何度も目にしてきた、この世ならざる超常的な現象。

 その源である歪みの元凶が、この第一中に潜んでいるらしい。そして新太は、これからそいつと戦おうとしている。この魔法陣はそのための準備だ。

 どうやって戦うのか。

 勝算はどのくらいあるのか。

 確認したいことはいくつもあったが、分けても。


「私って、何のためにここにいるの?」


 新太は杏樹に『手伝ってくれ』と言った。つまりこれから始まる戦いにおいて、杏樹には何らかの役割がふられることになる。

 だが杏樹には、“力”とか魔法とかの知識がほとんどない。新太がこーしてせっせと準備している間も、ボケェッと突っ立っているだけだ。

 ホント、私って何のためにこんな遅くまで待たされてんの?


「まさかあんた、私のこと囮にしようってんじゃぁないでしょうね」

「そんなわけないだろう!」


 新太が手を止め、こちらを睨みつけた。物凄くコワイ顔だった。


「アンジー、それ本気で言ってるの?」

「な、なによっ。そこまで怒んなくても」

「そんな誤解をされたら、怒るにきまっているだろう。君がここにいるのは、君が必要だからだ。他に理由なんてない!」


 新太がハケとペンキの缶を持って立ち上がった。

 ちょうど魔法陣が完成したらしい。壁際まで行って道具を置きビニール手袋を外すと、制服の上着を羽織る。

 ちなみに杏樹も、すでに制服に着替えている。あんな破れたメイド服なんて、いつまでも着てられないからね。

 

「アンジー、こっちへ」


 新太が魔法陣の中に踏み入り、手招きした。


「速乾性だから大丈夫だとは思うけど、一応文字は踏まないようにね」

「あ、うん」


 恐る恐る、杏樹も魔法陣の中へと入っていく。

 改めて眺めてみると、やはり圧巻だ。それに、ミョーな安心感が芽生えてくる。たぶん錯覚だと思うけど。


「これで大丈夫だ。敵からの攻撃に、ある程度耐えられる」

「“力”を無力化できるってことよね? なら学校中にこの魔法陣を描けばいいじゃない。それこそロッカーとかにたくさん隠しておけば、あの幽霊騒ぎとかも防げたんじゃぁないの」

「隠しておけるサイズだと、大した効果がないからさ。ほら」


 新太がスマホを取り出し、ケースを見せてきた。そこにも魔法陣が描かれている。細かくてよく分からんが、どうも床に描いたヤツとまったく同じ図形であるらしい。


「この大きさだと、範囲はせいぜい僕1人。防御効果も最低限だ。だから今回、これだけの大きさのを描くことにした」

「ふーん。……それで」


 ペンキが付いてない部分を探して腰を下ろしながら、今ひとつ確認。


「あとは? どーすんの」

「待つ」

 

 新太は間髪入れずに答えた。

 彼の目はまんじりともせず、体育館の出入口の扉を見つめている。 


「待つって、どれくらい?」

「正確なことは言えない。でも、たぶんすぐだよ」

「……何を根拠に言ってんだか」


 若干あやふやであるが、新太の物言いは断定的だった。彼が言うには、敵はもうすぐ杏樹たちの目の前に現れるというのだ。

 どうしてそんな予測が成り立つのか分からないが、新太はもう絶対に止まらないってカンジだった。今までにないくらいの、決意に満ちた表情ってやつ。

 だから今回は、気のすむまで付き合ってやることにした。

 何度か助けてもらっていることだしね。……敵がホントに来るとは思えないけど。

 杏樹は手に持っていたレジ袋からコンビニのおにぎりを取り出した。長期戦になりそうだったので、魔法屋さんに行ったとき、ついでに買ってきておいたのだ。

 あ、そーいえば家に連絡してなかったなぁ。今はスマホの電源切ってるからメールとか確認してないけど、後でメチャクチャ怒られそう。


「ねー。あんたも食べれば」


 ツナマヨおにぎりを頬張りながら、テキトーに1個おにぎりをつかんで差し出す。しかし新太は首を横に振った。


「いや、僕はいい。緊張してて食べれそうにない」


 見れば新太は、また靴のかかとを踏んづけながら貧乏ゆすりをしていた。ドスドスと、振動がこちらにも伝わってくる。


「またそれ! やめなさいよ」

「我慢できないんだ。自分でも直したいとは思っているんだけど、こうしてないと落ち着かなくて」

「ったく。いいから食べときなさいよ、あと何時間ここにいる気か知らないけど」

「いいや、大丈夫だ。すぐだよ、たぶん。いや間違いなく」

「なんでそんなこと言えるのよ。そもそも敵が本当に来るのかなんて、どーして分かるのよ」

「分かるさ。敵は我慢ができない。僕と同じでね」


 新太は、ミョーに自信ありげに言った。


「僕も我慢ができないんだ。だから分かる。本棚は整理されてないと気持ち悪いし、鉛筆の長さは全部そろっていないと嫌だ。シャツがはみ出ていたらすぐ直して欲しいし、靴下が裏返ってるなんて信じられない。それに……」


 新太が横目でこちらを見る。

 突然、なんのセイヘキ暴露をしてんだコイツは。お前のヘンクツなところを解説されたって困るぞ。

 つーか、それよりも。なんか、こう。当てつけっぽく聞こえるなぁ。

 小学生の頃にウチに遊びにきたとき、いつも勝手に部屋の整理してたもんな、コイツ。


「なんのハナシよ」

「つまり……敵も同じだと言いたいんだ。きっと本能とか脳構造とか、そういうレベルの問題なんだよ。脆弱な獲物が目の前にいたら、跳びかからずにはいられないんだ」


 まるで敵が人間ではないかのようなニュアンスだった。

 もちろん“力”をバラまく元凶なんて、とても普通の人間とは言えないのだろうが。きっと新太が言ってるのって、そういうのとはチガウよね。

 

「魔法屋さんという強大な相手が自分を探しているのに、わざわざこの第一中で“力”をバラまくなんて目立つことをして。まともな神経じゃぁない」

「それは、敵が魔法屋さんより強いからじゃぁないの」

「だったら直接魔法屋さんを狙うだろう」


 たしかにその通りだ。

 そもそも魔法屋さんは、胡散臭いとは言え堂々と店なんて構えているのだ。第一中の誰でも噂で知ってるし、それなら敵だって知ってるだろう。

 なのに魔法屋さんの方を狙わないとすれば、それは敵が、自分では魔法屋さんに勝てないということを理解しているからだ。


「なにより敵は。“彼女”は、何かが起こるときにはよく接触してきただろう」

「そ……」

「魔法屋さんに正体が露見する危険性があっても、我慢ができないんだ。だからこんな、いかにも罠っぽい状況だとしても、必ず来る」

「そこまで言うからにはあんた、敵の正体が分かってるのよね?」

 

 新太はさっき魔法屋さんに、『目星がついた』と言っていた。では敵とは誰なのか?

 何人もの子どもに“力”を与え、この第一中の平穏を脅かしてきた者とは、いったい。

 

「アンジーこそ、どうなんだ?」


 新太は逆に聞き返してきた。その視線は再び体育館の扉へと注がれている。


「アンジーも薄々勘づいているんだろう? 敵の正体に」

「それは……」

「じゃぁ、確認しよう。占い屋を相手にしたときだ。あいつの『人を従わせる声』を聞いたとき、影響を受けなかった人物がいた。魔法陣で守られている僕以外にもだ。誰だった?」


 そのとき、扉がゆっくりと開かれた。

 体育館中に、重い引き戸が動くゴロゴロという音が響き渡る。


「それから、アンジーが虚数空間に迷い込んだときのことだ。その直前に、誰かと会ったと言っていたね。誰だった?」


 扉の向こうから現れた人物に、新太が目が細める。予想通り、と言ったカンジだ。

 そして杏樹も……何故だか、あまり驚くことはなかった。いつもだったら、信じられない、そんなはずないって、わめくところなのに。

 どうしてだか、当然のこととして受け入れてしまっている。


「歌舞伎町で、大切な資料を運んでいたときのことだ。偶然、ばったり出会ってしまった人たちがいたね。黒金生徒会長と、あと1人。それは誰だった?」


 その人物は、ゆっくりとこちらに近づいてきた。

 一歩一歩、まるで獲物ににじり寄る捕食者のような足取りだ。

 そして魔法陣に触れるか触れないかという位置で、ぴたりと立ち止まる。


「そして、僕らが魔法陣の修復作業をしているときだ。偶然、その様子がPCで録画されていた。そのPCを設置するのを思いついたのは、誰だった?」


 新太が、正面に立つその人物を指さす。

 すると“彼女”は。

 生徒会副会長、神田亜子先輩は。

 にっこりと微笑んだ。

 いつもの見慣れた、とても可愛らしい魅力的な笑顔のはずなのに。

 いまの杏樹には、それが恐ろしくて仕方がなかった。


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