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第40話


 アノーマリー11:ストレンジア

 種別:赤


 アノーマリー11(以下、11)の外見は、人間の男性に酷似している。

 11は世界各地にて存在が確認されており、主に人口密集地にて、人間との会話や食事など交流活動をしている。

 11は過去数十年間にわたり、世界各国の防犯カメラ等の記録映像に捉えられており、その中で一切加齢していないことが確認されている。

 11はまさに神出鬼没であり、兆候なくあらゆる国家、地域に出現する。また、人類に対して精神操作を行うことがある。これらはいずれも高いアノーマリー能力によるものと考えられている。

 しかしながら11には一切の危険性はなく、人類社会に対して敵対的な行動をとらない。むしろ友好的に接してくる。

 そのため機関は、11を監視対象におく以外には、なんらの接触活動をとらない。



 夕刻の歌舞伎町。

 その一画にあるドコモショップから、1人の男が現れた。鼻歌を歌いながら足取り軽く歩き出す。

 すらりとした長身の青年だ。アフリカ系を思わせる黒い肌と目鼻立ち。エドウィンのジーンズとジャケットに身を包んでいる。

 彼の名はグレン。

 この歌舞伎町には、公務を兼ねた私用でやってきた。

 生まれも育ちもはるかかなたの遠い地であり、それは帝國どころか地球上のいずれの国家や地域でもない。あるいは極めて近い地と言えなくもないのだが、まあ、とにかくここでは異邦人なのだ。


「ようやく手に入ったなぁ、これ!」


 グレンは上機嫌だった。

 その手に握られているのは、先ほど購入したばかりのアイフォンのニューモデル。いま話題の、立体投影機能が搭載されたやつだ。

 もちろんそれ以外にも、通話とメールとデジカメとネットとプレーヤーとゲームと、他にもなんやらかんやらの機能がこれでもかと詰め込まれている。

 ほんの半世紀前まで、それらは別個の、しかもより大型の装置によって機能していたというのに。それがこんな、手のひらサイズのコンパクトな金属の板に凝縮されているだなんて。

 ちょいと“爪”に力を入れるだけで、たちまちに壊れてしまうという点を除けば、まさに芸術品だ。


「これだけのものを作れるだなんて、本当に人間ってのは大したもんですねー!」


 はしゃぎつつ歩きスマホを始めるグレン。言葉通りに、彼は人間という生物に対して敬意をもっていた。

 グレンは人間が好きだ。

 人間というのは、自身よりも優れた存在を生み出すことができる。それはグレンはおろか、全知全能の神ですらできない素晴らしい本質だ。

 短い生を力いっぱいに生き抜き、文明と歴史を紡いでいくその姿は実に愛おしい。

 だから、こう。

 ときどき、ちょっかいを出さずにはいられなくなってしまう。


「あ! ちょっとそこのおふたりさ~ん!」


 グレンは視界に若い男女を捉え、馴れ馴れしく声をかけた。

 いずれも金髪。派手な化粧や胸元を大きく開いたスーツといった出で立ち。歌舞伎町では珍しくもない組み合わせだ。

 グレンは2人に、ずずいっ! と詰め寄りつつスマホを突き付けた。 


「コレで僕をスキャンしてもらえません? 立体投影っての、試してみたくて!」


 明らかに日本人ではないグレンの流暢な日本語に、若者らは驚いた表情になった。しかし外国人そのものは、帝都では珍しくもなんともない。まず男の方が不機嫌そうに顔を歪めた。


「外人さんさぁ、見て分かんない? オレらデート中なんだけど。ジャマしないでくれる?」

「まーまー、いいじゃん。アイフォンでしょ? ウチがやってあげるって」


 女の方がすぐに取りなすように言った。なにかグレンに対して惹かれるものがあったのか、乗り気な様子でアイフォンを受け取る。男の顔が一層険しくなった。


「おい! こんな外人なんか相手にすんなよ!」

「すぐすむじゃん。なにそんなムキになってんの」

「うるせぇな、大体お前はいつも……」

「まーまーまー!」


 そこでグレンが、両者の間に割って入った。激高寸前の男の肩に手を回し、がっちりホールドする。


「おい! ベタベタすんなよぉ!」

「そう言わず! せっかくですし、一緒に撮りましょうよ!」

「はぁ!? なんでお前なんかと」

「硬いこと言わないで! ね? ね?」

 

 一瞬、グレンが両目を大きく見開く。すると男の眉間に寄っていた皺が消えた。グレンに促されるままに肩を組み、そのまま女にアイフォンでスキャンをしてもらう。


「おおっ、映ってる映ってる! どもども、ありがとー!」


 女からアイフォンを受け取ると、グレンは彼女の手を握り大げさに謝意を示した。もちろん男の方にもだ。そしてハイテンションのままにその場を後にする。


「ねー。なんであんたが赤くなってんの?」

「いやぁ……なんでだろ?」


 女に嫉妬めいた非難をされる男だったが、彼の方も訳が分からないといった様子だった。

 またしばらく歩いていると、今度は目前に珍しいものが現れた。

 ガソリン自動車だ。アイドリングしているので、排気ガスの臭いが漂ってくるからはっきり分かる。ロゴマークはマツダ。車には詳しくないが、けっこう古いデザインに見える。

 少し前に遊びに来たときには、すでに燃料電池や水素燃料エンジン型の自動車が路上を席巻しつつあったというのに。


「おおお、これはすごい! まさかまだ現存しているものがあったとは!」


 無遠慮に近づき、じろじろと観察する。するとすぐそばで煙草をふかしていた中年の髭面男が、すごい剣幕で迫ってきた。


「オイ、外人! 汚ねぇ手で触るんじゃぁねぇ! この黒人野郎が!」


 人生の半分以上を暴力や脅しでもって乗り切ってきたであろうと確信させる、知能指数の低そうな顔と態度。そこそこ高級そうなスーツなのにセンスの悪い着崩し方。おまけに、脇の下に物騒ななにかを隠し持っている雰囲気。

 一般人ならば視線すら合わせられないような相手だ。

 だがグレンは怖れを抱くどころか、逆に笑みを浮かべながらその男に詰め寄っていった。


「いやいや申し訳ない! こんないい車、滅多にお目にかかれないもんで、つい!」

「な、なんだぁお前!?」

 

 グレンの日本語の流暢さに、さきほどの若者らのごとく男が一瞬驚き鼻白む。すかさずグレンは畳みかけた。


「これ、ガソリン式の内燃機関でしょ?このご時世じゃぁ整備だって大変なはずなのに、こんなにいい音出しちゃって! いやもう感激ですよぉ!」

「お、おう。まあな」

「ぜひ写真撮らせてもらえません? 記念に!」

「いや、それはちょっとな」

「SNSに上げたりなんてしませんって! ね? お願いしますよ!」

「しょうがねぇなぁ……」


 男の怒りはいつの間にやらなりを潜め、そのへんのさえない中年オヤジのようにしぼんでしまった。

 撮影はなんの問題もなく許可され、しかも最後の1枚に至ってはグレンが車の前でダブルピースをするさまを男が直々に撮ってくれることとなった。

 別れ際、男は自分がなぜあんなに馴れ馴れしくされるのを許したのか、納得がいかないようにしきりに首をひねっていた。

 さて、いよいよ目的地が近づいてきた。

 コンビニと、小さな雑居ビルの間に挟まれた空き店舗。もとはバーであったその店の扉に、段ボール製の看板が見える。

 あれだ、間違いない。気を引き締めるグレン。


「と、その前に。土産でも買っていきますかね」


 くいっと方向を変え、コンビニへ入る。緊張をほぐすのと、ついでに“実弾”の用意だ。

 カゴを取り、ワインとウィスキーとチューハイと日本酒と、あとスナック菓子をテキトーに詰め込んでレジへ。


「あ! あんまんも2個下さい!」


 レジ打ちがすみ、金額が提示される。ちょっと買い過ぎてしまった。財布から万札を取り出す。


「え、このお札使えないんです? あちゃー……しばらく来てないうちにまた新札出たんだ。じゃ、電子決済で!」


 さっきスマホを買ったばかりなので、残高がかなりギリギリになってしまった。こっちだと“鱗”を使うことができないので、こういうとき不便だ。

 買い込んだ酒や菓子類を袋に詰め込んでもらい、コンビニを後にする。

 そしてすぐ隣にある目的地、魔法屋へ。


「しっつれいしまーす!」


 『魔法売ります』と書かれた看板(段ボール製)が貼られたドアを派手に揺らしながら入店。

 激しいドアベルの音が店内に響き渡った。

 

「こんばんわー! 店主さん、いらっしゃいますかー?」


 聞くまでもなく、グレンの超常的な感覚はすでに彼女の存在をとらえていた。

 暗がりの中、カウンターの向こう側の席でうずくまっていた小さい影がむくりと起き上がる。

 少女だ。

 とんがり帽子に黒いドレスのようなワンピース。彼女こそが、この魔法屋の店主。グレンがこの地へ来訪した目的だ。

 店主は目をこすり、気だるげに言った。


「あら。生意気な“小トカゲ”じゃぁないの。珍しいわね」

「ええ。ごぶさたしております、“おばあ様”」


 グレンが恭しく首を垂れると、店主は舌打ちをした。


「……次に年寄り扱いしやがったら、鱗を全部引っぺがすからね」

「それはなにとぞご容赦を。ま、ま、とりあえずはコレ! お納めください」


 芝居がかった口調で言いながら向かいの席に座り、レジ袋をどさりとカウンターの上に置く。さっそく店主が袋に手を突っ込み、中を物色し始めた。


「なぁに、安酒ばっかりじゃぁないの」


 言葉と裏腹に、明らかに態度が軟化していた。実弾の効果が多少はあったようだ。少なくない身銭を切ってよかった。


「すみませんね。そこのコンビニで買ったもんで」

「ま、いいわ。このあと相手にするヤツのこと考えたら、景気づけなんて意味ないし」


 ワインを1本手に取り、チョイチョイと指を振る。すぽん、と蓋が外れた。彼女のような使い手になれば、この程度の魔法的現象を起こすのにはもはや言葉も杖も必要ない。

 グラスにあけるとかはせず、ワインをそのまま一気にあおり始める。実に豪快なラッパ飲みだ。子どもの姿でなければ音頭でもとってやるところだが。

 見ていると、わずか十数秒でボトルが空になってしまった。


「んで?」


 ボトルを床に投げ捨て、今度は日本酒を手に取りながら、魔法屋が問うてきた。


「わざわざ帝都くんだりまで何しに来たわけ?」

「公的な理由と個人的な理由からです」

「公的ってーと、シティ関係かしら」

「ええ。領主様からの伝言です。『直ちに帰還していただきたい』とのことで」


 グレンは正式にはシティの公務に携わるような者ではないが、ちょっとした縁から、こういった地球チキュウがらみの仕事を手伝うことがある。

 シティの人間が正式な手続きを踏んでこの地に足を踏み入れようとすれば、どれだけの手間がかかるか分かったものではないのだ。

 ましてこの魔法屋の店主と面会しようなどと馬鹿正直に申し出ては、間違いなく帝國政府か、例のなんとかいう機関から拒絶される。


「まだ駄目よ」


 店主はきっぱりと言い放った。

 すでに口をつけた日本酒が、半分ほどになっている。グレンも酒はそこそこにたしなむが、これはドン引きするレベルの飲み方だ。……“彼”を思い起こさせる程に。


「何故です?」

「環境維持のためよ。こっちの魔法技術の水準ったらてんでダメダメ! だから、ちょいと知恵をかしてやってんのよ。また大災厄みたいなことが起きたら目も当てられないわ」

「あー、その。そっちの方も領主様は憂いておられましてね」


 たしかにあの大災厄レベルの被害が出るのは防ぐべきだが、魔法技術による帝國の軍事力強化も脅威だ。

 街と帝國の間には、科学技術と、工業的生産力に裏打ちされた物量という点で大きな差がある。街の行政府からすれば、唯一リードしている魔法技術をこの魔法屋が無節操にバラまいているのは、許しがたい反逆行為なのだ。

 そしてこの店主は、そんなこと一切気に留めていない。困ったもんである。


「んで。もう1つの、私的な方は?」

「貴女の。というか、“彼”のことです」

「……アイツが、なんだっての?」


 だらけきっていた店主の表情が引き締まるのが分かった。グレンはためらいつつ口を開く。


「彼に、構わないでやって欲しい。そう。彼を、放っておいて、欲しいんです」 


 どうにかそこまで言い切ってから、グレンは大きく息をついた。全身から汗が噴き出す。動機が激しくなるのが分かる。

 見れば店主の両目が、激しい金色の光を放ちだしているではないか。

 ごくり、とグレンはつばを飲み込んだ。

 心臓を氷の爪で鷲掴みされたような感覚。本能が告げる生命の危機。

 眼前の少女が、自分を容易に消し飛ばしてしまえるような存在であると、再認識する。

 だが、とグレンは内心で首を振った。


「彼は、ずっと永い間、つらい思いをしてきたんです」


 決死の覚悟で訴える。


「こちらで平穏に余生を過ごしてもらう……ってのは駄目なんですかね? そうすれば彼、幸せに死ねると思うんですけど」


 店主の瞳から金色の輝きが失せる。

 沈黙。

 長い沈黙。

 ややあって、店主が控えめに言った。

 

「でも……」


 店主の頬に朱がさした。酒精によるものでないことは明白だった。

 それは“10万年以上を生きる不死者”の表情ではなく、まったく外見に相応しい少女としての恥じらい。


「それじゃぁ、アタシがアイツを幸せにしてやれないじゃぁないの」


 グレンはしばし絶句し、やがて控えめな微笑みを浮かべて言った。


「そうでしたね。貴女はそういう人でした」

「なによう」

「いえいえ! これ以上はもう、申しません!」

 

 口をとがらせる店主にサッと手を振ると、席を立って出口へ向かう。


「もう行くの?」

「ええ。貴女にお任せすることにしました」


 彼女はあくまで自分本位の人間だ。

 つまり彼女は、自分の幸福のために彼を幸福にしようと言うのだ。そして自分にしかそれができないと確信している。

 とんでもない自意識の高さだ。だがたしかに、彼女にはそれだけの力がある。

 ならばもう、これ以上茶々を入れるべきではない。


「上手くいくことを願っていますよ。貴女も、彼も。みんなが幸福であることを!」


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