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第37話


 アノーマリー302:マン・オヴ・スティール


 アノーマリー302(以下、302)は333にカテゴライズされる、人間を含む多数の生物に発生する身体機能の異常な強化現象である。

 302の影響を受けた生物は筋力および循環器系、呼吸器系の機能が著しく上昇し、骨格が硬質化する。しかし外見および質量にはなんらの変化も見られず、当人がその異常性に気付かないうちに事件性にまで発展してしまう例がある。

 また、当302は333による犯罪者の中でもかなりの割合を占めており、その異常性から確保、収容が困難である。



 杏樹は体育館わきの更衣室にいた。

 制服を脱ぎ、メイド服に着替える。あのあと校舎を回って出店の宣伝用ポスターを貼り終えたので、後は教室に戻って実技練習をするのだ。こう、ニカーってね。

 

「それにしても意外だったなー」


 メイド服の袖に腕を通しつつ呟く。すると扉越しに「何が?」というくぐもった声が聞こえた。新太だ。先に戻ってろと言ったのに、律儀に待っているらしい。

 杏樹は、ちょっと大きめの声で言った。


「亜子センパイのこと! まさかあんな手を考えるなんてさ!」


 学習用のノートPCを用いた隠し撮り。あれで黒金会長をイジメ加害者に仕立て上げようとした石山のねらいは封じられた。おまけにヤツが被害者としてのポジションを維持するためのやり口も露呈した。

 けっこう過激なやり方だ。あの温和で優しい副会長が提案しただなんて、信じられなかった。


「でもま、これで一件落着よ。石山も懲りて、二宮さんにちょっかいだすのはやめるでしょ」

「そう……かも知れないね」

「……ナニよ?」


 新太の煮え切らない態度を不審がりつつ、着替え終わったので外に出る。扉を開けると、すぐ横で新太が腕組みして立っていた。またかかとをパタパタやって貧乏ゆすりしている。


「なによぉ、またウンウン唸って」

「魔法陣の方はまったくカタが付いていないからさ」

「そんなの……もう、偶然だったってことでいいじゃぁないの」

「そうはいかないよ」


 新太が苛立たし気に言った。


「あの教室の魔法陣が消えた。それは偶然かもしれない。でも会長が仕掛けたノートPC。あれはどうだろう」

「なにがよ。アレ、石山を隠し撮りするためのもんでしょ」

「表向きはそうだ。でもあれは、僕らの姿も撮っていた。今日、あの教室で、魔法陣の修復をしようとした僕らをだ。これも偶然だろうか」


 会長があの空き教室に石山を呼び出したのも、新太があの教室の魔法陣を修復しようとしたのも。まったく同じタイミングだった。

 たしかにそれは、ナニかの意図を感じさせるが……


「そ……じゃぁナニ? まさか会長が、私たちのことを調べてたっての? さっきは私の推理、全否定してたじゃぁないの!」

 

 杏樹は会長こそが“力”をバラまく元凶ではないかと考えたが、新太は動機が不十分と評価したのだ。今になってどーゆーことだ。

 新太は迷うようなそぶりを見せた。少し考え、そして意を決して口を開く。


「アンジー、覚えているかい。藤宮ふじのみやさんに会いに歌舞伎町に行った時のこと」

「突然ナニよ? ……まぁ、覚えてるけど」


 藤宮十吉郎さん。探偵だか弁護士だかよくわからんけど、むしろインテリヤクザっぽい人。あの人の調査資料を魔法屋さんに届けるために、わざわざ日曜の午後に歌舞伎町まで行ったのだ。


「あのとき僕らは、重要な資料を持っていた。主に第一中の、“力”に関係した人間についての調査資料だ。それを、人に見られたよね。誰だった?」

「それは……会長……だったわね」

「そうだ。魔法屋さんに向かう途中、アンジーがぶつかったせいで資料を見られた。偶然ね」

「な、ナニが言いたいのよ」

「僕はずっと考えてたんだ。わざわざ僕らに資料を運ばせた意味を。あれ、ひょっとして囮だったんじゃぁないのかな?」

「……」

「“力”をバラまく存在にとって、僕らや魔法屋さんみたいなのは邪魔者のはずだ。“力”を与えた人間を次々倒されているわけだからね。となれば、どうする?」

 

 そりゃぁ考えるまでもない。邪魔者はなんとしても排除しようとするだろう。

 そのためには素性を探る必要がある。自分を邪魔したり嗅ぎまわったりする者はどれだけいるのか、どのようなネットワークをもっているのか。そして、自分についてどれだけ知っているのか。

 どうにかして、その情報を手に入れようとするに違いない。


「でも、それじゃぁその元凶は。私たちがあの日に歌舞伎町や、今日空き教室に行くことをどうやって……」


 そのとき、アラームが鳴った。

 新太のスマホだ。







 午後4時半過ぎ。

 生徒たちは文化祭の準備を切り上げ、帰宅を始める頃合いだ。

 しかしここ3年A組には、まだ多数の生徒たちが残っていた。ほとんどの者が教室の真ん中に集まり、ノートPCをのぞき込んでいる。

 その中心にいるのが、クラスのムードメーカーである堀田だった。


「見ろよ、こいつ! すっげぇ顔だろ!」


 堀田がPCの画面を指さす。先ほどの空き教室での一幕を録画した映像だ。石山が醜い顔でわめく様子を何度もリピート再生しては笑い転げている。

 まわりを囲むクラスメイト達もおおむね同じような反応で、「ザマァねぇな」とか「傑作だわ」などと感想を述べていた。

 誰もが、あの石山のことを腹に据えかねていたのだ。


「黒金、お前も見ろよ。おもしれーぞ」

「俺はもういいよ」


 悪友からの呼びかけにそっけなく応じ、そそくさと帰り支度をする黒金。

 うんざりだった。もうこれ以上、あいつの顔を見たくなかった。

 たしかに初めのうちはすっきりした。あいつの態度にはずっと我慢してきたし、なにより二宮のこともあった。だがあいつをやりこめたときの高揚感は、今ではもう消え去っていた。

 石山。馬鹿な奴だ。あれだけ情けない姿をさらしては、もう二度と学校には来れまい。きっと明日からは登校拒否だ。


「……俺のせいで」


 誰にも聞こえない声でそっと呟く。

 いま黒金の胸中を支配するのは罪悪感だった。

 石山だって、努力して苦労して、この附属第一中学校に入学しただろうに。それが今回のことで、あいつの人生は台無しだ。親御さんだってきっと悲しむだろう。 

 やり過ぎたのではないか。もっと、すべてが丸く納まるような上手い方法があったのではないか。そう思えてならない。

 いいや、仕方がないことだ! 必死に自分に言い聞かせる。

 あのまま石山の好き放題にさせていたら、先に二宮の方が登校拒否になっていたに違いない。原因は石山の方にある。自業自得というやつだ。

 だから、石山。悪く思うな……。


「さてと。待たせたな、二宮」


 通学鞄を抱えて立ち上がる。すると、すぐ隣で待ってくれていた二宮がうなずいた。


「……はい」


 微笑を浮かべ、足元の鞄を持ち上げる二宮。心なしか、いつもより晴れやかな表情に見える。不安材料が消えたからだろう。

 この笑顔を守れたと思えば、報われるというものだ。


「おう、おめでとー!」


 途端に浴びせかけられる、割れんばかりの拍手と冷やかしの言葉。

 

「よかったわねっ。これでもう邪魔されないわよ!」

「もう結婚しちまえよっ! お前ら!」

「お幸せになー!」

「う、うるさい! やめろ!」


 怒鳴りつけるが、当然効果はない。

 クラスの厄介者を追放した黒金に対しての、賞賛の意もあったのだろう。正直なところ、そんなものまったく嬉しくなかったが。

 堀田が両手を口に添えてメガホンのようにしながら叫ぶ。


「しっかり送ってやれよ~、黒金……っ!?」


 突然、真顔になる堀田。一拍遅れてクラスメイト達も押し黙る。皆、一様に目を見開いて黒金の背後を凝視していた。

 ゆっくりと振り向くと。


「石山っ!?」


 いつの間にか、出入り口のところに石山が立っていた。額にでっかい絆創膏が貼ってある。


「ウソだろ……お前、よく顔出せるな……」


 堀田が呆然としながらと呟く。

 嫌味でもなんでもない。純粋な驚き。それは間違いなく、黒金を含めた3年A組全員の感情だった。その面の皮の厚さには驚くほかない。

 いったいどんな神経をしていたら、いま、この状況でノコノコとやって来れるのだ?


「お前さ。二宮さんや黒金に言うことあるんじゃねーか? 俺らにもさ」


 堀田の言葉に対し、石山は何も答えようとしなかった。ただ笑みを浮かべている。捏造した証拠で誰かを嵌めたときの、あの嫌らしい笑みだ。

 石山の異様な雰囲気を感じ取り、押し黙る黒金たち。


「ヒーーッ!!」


 突然、石山が右手を振り上げた。そしてそばの机に向かって振り下ろす。

 ばぎゃんっ! 

 すさまじい音がした。 

 ありえないことに、天板が真っ二つに割れていた。引き出し部分もへし折れ、歪んでいる。

 素手で、机を、叩き割ったのだ。

 あっけにとられる一同。それをよそに、笑みを深める石山。


「ヒッ……ヒッ……ヒィィィ……」


 ぐちゃぐちゃになった机を持ち上げ、左右に引っ張る。耳障りな音を立てて引きちぎられる金属フレーム。

 ありえない。人間の力でそんなことできるはずが。

 今度こそ悲鳴が上がった。パニックを起こした女子の1人が、逃げようと走り出す。

 石山はその女子に対し、机の残骸を投げつけた。

 背中に命中し、鈍い音がする。 

 その女子はくぐもったうめき声を上げ、ごろりと床に転がった。

 ぐったりして動かない。まさか、死んで……


「ヒ、ヒィーー!!」


 石山が奇声を上げ、黒金の方に突進してきた。

 反射的に両腕で上半身をかばうが、その上から殴りつけられる。

 信じられない衝撃だった。

 吹っ飛ばされ、窓際の壁に激突。

 背中を激しく打ち付けられ、肺から空気が押し出されて一時的に呼吸困難に陥る。

 頭がぐわぐわんする。

 腕の骨が折れたんじゃないかと思うくらいに痛む。

 

「ぐ……ぁ……」


 床に倒れ伏しながらも、どうにか顔だけを上げる。

 石山の凶行は続いていた。

 手当たり次第に机や椅子をつかんでは投げつけて。

 あるいは抵抗してくる者を直接殴りつけて。

 1人、また1人と打倒され、とうとう残真るは二宮だけとなった。


「フヒーーッ! ぼっぼっボクの真の実力がぁぁっ! わっわかっかったぁかぁぁ!? でっでもをぉ……いまさら気づいてもぉっぉっぉっ、もう遅いいぃぃんだぁぁぁっ!!」


 石山が雄たけびを上げた。まるで何かに憑りつかれたかのように両腕を振り上げる。

 何がどうなってるんだ。石山のやつに、こんな力があったなんて……


「にっにっ……二宮さぁん……」


 石山が二宮の方へ向き直った。二宮は恐怖のあまりに床に崩れ落ち、そのまま動けないでいる。

 石山の手が二宮へと伸びる。


「や……やめろっ石山っ」


 黒金は苦痛に耐えつつ立ち上がった。ふらふらとおぼつかない足取りのまま、背後から覆いかぶさるようにして石山につかみかかる。

 石山が不快感も露わにわめいた。

 

「しっしっしつっこいぞぉぉっお前っえっ!」

「駄目だ。二宮には、指一本触れさせん」

「ヒィィィィッ!!」

 

 石山が狂ったように両腕を振り回す。全力でしがみつくが、すぐに引きはがされ床に投げ出された。

 それでも黒金は、再び立ち上がろうともがく。

 

「な、なんなんだよぉぉぉっ! おまえはっ!」

「お前なんかに……二宮を渡せるか……っ」

「なにぃぃぃぃっ!?」

「さっきも言っただろう? 二宮は、お前と付き合いたくないんだ。お前なんか……二宮に相応しくない!」

「じ、自分は、ふ、ふ、相応しいって、言うの、の、の、かぁ!?」


 石山が怒りで顔を赤くする。


「よ、よ、よぉぉぉーーーしっ……いっいっ、今からぁ……テストをぉしてやるっるっるっ!」

「……テストだと?」

「お、お、お前がぁぁぁ、にっにっにっ二宮さんにぃ、相応しっしぃかぁ、てってっテストするんだぁぁぁ」


 石山が黒金のもとに歩み寄ってきた。

 肩を蹴飛ばされ、ごろりと仰向けになる。


「何をっ」

「おっおっお前がぁ、二宮さんのっのっことぉぉぉをぉっ、あっあっあっ愛しっしってるならぁぁ。指をぉ引きちぎられっれっれってもぉ、平気っきっだろぉぉぉっ!?」

「やめろ……わけのわからんことを言いやがって」

「い、い、嫌ならぁやめてもっもっいい、いいんだぞぉぉぉ? かっかっかわりにぃぃっ、二宮さんわっわっ! ボクのぉぉものだぁっ!!」


 石山が、またもやあの陰湿な笑みを浮かべた。両手で、黒金の手の甲と人差し指をがっちりと押さえつける。

 こいつ、最悪だ! 本当に性根が腐っていやがる! どうやったらここまで人間性が歪むんだ!?


「い、い、いくぞぉぉぉお!」


 石山の手に力が込められていく。


「嫌っ! やめてっ!!」


 二宮が悲痛な叫びを上げる。

 しかし石山は止まらない。やはり凄まじい力だ。とても抵抗などできない。このままでは、本当に指を……っ!


「やめなさいっ!」


 また、教室に入ってくる者がいた。女子生徒だ。

 あれはさっきも会った、中林の彼女の。


「会長を、放しなさい!」


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