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第38話

 アノーマリー302について補足:敵対的な302能力者の確保および収容手順について


 302能力による身体機能の強化はあくまで一時的なものであり、時間経過や連続使用により能力者が消耗することは、他の333たちの解析により明らかである。

 よって以下のような302の確保、収容手順が設定された。


 1.重火器を用いた飽和攻撃による302能力の消耗(この時点での処分も認める)

 2.302能力の無力化を確認したのち、その場で四肢を切断(この時点での処分も認める)

 3.127より提供された魔法陣を刻印した鋼鉄製容器にて302本体と切断済の四肢を確保

 4.機関の研究施設にて収容


 例外:機関の理念を理解し、賛同する302に対しては、特別階級職員としての待遇を与える。


 新太のスマホの通知。

 件の魔法陣からの“力”の反応を察知して跳び込んだ3年A組は、凄まじい惨状だった。

 そこかしこで何人もの生徒たちが力なく横たわり、机や椅子の残骸と思しきものが散乱している。まるでガス爆発でも起きたか、動物園から逃げてきたゴリラが暴れまわったかのようだ。

 まだ無事らしいのは、窓際で縮こまって震えている二宮さんと、ひっくり返っている黒金会長だけ。そしてその会長の上に馬乗りになっているのは……原因と思しきぽっちゃり眼鏡。石山。


「会長を、放しなさい!」


 こちらをぽかんと見つめる石山に対し、杏樹はやや強い口調で言った。

 石山がこの状況を引き起こすのに“力”を用いたのは明白だった。だが、その正体は分からない。さらに悪いことに、杏樹には“力”に対抗できるだけの知識も手段もない。

 カンジンの新太のバカは、例によって走っている途中で体力が尽きてしまったので置いてきた。あいつが到着するまでにあとどれくらいかかるか分からないが、とにかくもたせる必要がある。

 相手を興奮させてはいけない。努めて冷静に。諭すように……


「き、き、君は」


 石山は会長の手を放して立ち上がると、何度か深呼吸を繰り返した。あの『ヒー』という甲高い鼻息が漏れる。


「たしか……天原あまはら杏樹あんじゅちゃんだ。そうだろ?」

「え。なんで知って」

「“あの人”に聞いたんだ。ボクのこと、かばってくれたろ」

「……ああ、あのときのこと」


 先日、3年生の女子たちに取り囲まれていたところに割って入ったときのことを言っているのだろう。

 あのときは事情も何も理解せず、衝動的に跳び込んでしまった。我ながら考えなしなところは悪い癖なのだが、どーにも我慢ができなかったのだ。

 石山は小さくうつむき謝意を述べた。


「助けてくれて、ありがとう。う、うれしかった」

「あ、いや。どういたしまして」


 拍子抜けしてしまいそうになる、なんとも素直な反応だった。今度は自分を邪魔しに突入してきた杏樹に対して、お礼だなんて。

 ……コレ、上手くいけば説得してこの場を納められるんじゃぁなかろうか?


「あの。とりあえず、会長から離れて下さい。二宮さんも、ほら。すっごく怖がってるし」


 口調を改め、優しく諭してみる。しかし石山は激しく首を横に振った。


「だ、駄目だ。こいつらを許してはおけない、から」

「そんな!」

「ぼ、ぼ、ボクをいじめたんだっ! こ、これは、と、当然のっむ、報いっいっなんだぁ!」


 石山が会長の腕を踏みつけた。会長がうめき声を上げる。


「む、昔のことを! いつまでも、いつま、ま、でも! ね、ね、根に持ちやがって! ぼ、ボクをイジメてっ!」

「ふざけるなよ、何が昔のことだ……!」


 会長が苦悶の表情で石山の足をつかみ、言い返す。


「お前に侮辱された方はたまったもんじゃぁないんだぞ。授業中の受け答えでもテストでも。ちょっとミスするだけで小馬鹿にしやがって。お前、1年のときはずっとそうだったじゃぁないか」

「だ、だ、だって! ほ、ほ、本当のこと、と、じゃないか! それ、れ、れ、に! ちゃんと、と、と、あや、あや、謝った、だろぉぉっ!?」

「小学生じゃないんだぞ。大人から強要された『ごめんね』、『いいよ』なんかで水に流せるか。あの1年間で、俺たちの中のお前の評価は確定したんだよ」


 絶望的な表情になる石山。さらに追い打ちをかけるように、会長は続けた。


「だが感謝もしてるんだ。みんなお前に馬鹿にされたくないって、必死で勉強を頑張るようになったからな。その結果は……お前自身がよく分かってるだろ?」

「ブヒッ!?」


 石山の顔が青から赤へと急激に変化していくのが分かった。これ以上はマズイ。止めなければ。

 しかし杏樹が口をはさむより前に、会長が怒声めいた悲鳴を上げた。石山に腕を踏み折られたのだ。


「やめてっ!」


 とうとう二宮さんが叫んだ。涙を流しながら石山の足にすがりつく。


「いい加減にしてっ! こんな逆恨みっ!」

「わっわっ悪いのはっ! こっこっこっこいつらっなんだぁっ! さっさっさっさっさっきも! ボクおおおぉ嵌めやがって、て、て、てぇえぇぇぇ! ろっろっろっ録画ぁなんてぇしてぇぇぇ!」 

「貴方だって今までさんざん同じことをしてたじゃぁない!? 彼を放してよっ!」

「こいっつっつらがぁ、ボクをぉイジメっめっめるからぁだよぉぉぉっ! な、なんでぇぇぇ分かってぇぇくれないんだっあっあっあっあああ!?」

 

 二宮さんの涙にあてられたのか、石山まで泣き出した。

 なんかもうムチャクチャな状況だ。いや、ムチャクチャなのは石山の思考回路の方か。


「……バッカじゃぁないの?」


 杏樹は思わずそう口走った。

 石山が「ブヒッ!?」と顔を引きつらせたのが分かった。

 相手を刺激しないようにとか冷静に諭すだとか、もうそんなものは頭から消え去っていた。目の前の石山が、とにかく醜悪に感じられて仕方がなかった。

 被害者が苦痛を感じたならば、それはイジメに該当する。ならば石山はイジメ被害者と言えるかもしれない。

 だがそれならば、石山の言動によって苦痛を感じてきた3年A組の先輩たちはどうなるのだ?


「私、イジメはキライだけど。あなたみたいな被害者気取りの勘違いヤローもキライ」

「そ、そ、そ、そんな」

「自分が他人を攻撃するのはいいけど、他人が自分を攻撃するのは許せないって? なによそのダブスタ」


 この男の中では、自分イコール被害者イコール絶対正義、なんて式が出来上がっているのだ。ここまで歪んだ人間が“力”をもったのならば、これだけの惨状も引き起こすだろう。


「もう一度言うわ。2人から離れなさい。そして、あんたにその“力”をよこしたヤツのこと、教えなさい」

「……」

「“あの人”ってのがそうなんじゃぁないの? とっとと白状……」


 そこまで言ったところで、ハッと気づく。

 石山の目が座っている。ヤバい。ついカッとなってやっちまった。ホント、悪い癖だよなぁ。


「ぶ、ぶ……ぶひぃぃぃぃぃっ!!」


 足元の会長と二宮さんを弾き飛ばし、石山が突進してきた。杏樹より一回りも二回りも大きいやつだ。その勢いに身体がすくんでしまう。

 たちまち肉薄され、襟首を両手でつかみ上げられた。身体が宙に浮き、両脚がブラブラと揺れる。首がしまって息が苦しくなる。


「ぐ……ぁっ……」

「お、お、お前もかぁぁぁぁっ! やややっぱりぃぃ、お、お前もっ! ボクをおおぉぉぉお!?」


 いくら杏樹が小柄だといっても、人間をこうも易々と持ち上げられるはずがない。そうか、この男の“力”はこれか。この怪力でもって、3年A組の先輩たちを。


「アンジー!」


 そこでようやく新太が到着した。

 遅いぞコノヤロー、とっとと助けろ! などと思っていると、新太は倒れ込むようにして石山の足にタックルをかました。

 ナニやってんだコイツは!? “力”のもち主に正面から太刀打ちできるわけないのに!

 案の定、石山はぐらりともしなかった。うっとおし気に軽く足を払う。

 たったそれだけで、新太は教室の壁まで吹き飛ばされた。その際、杏樹のメイド服がビリリと裂ける。


「いたっ……」


 石山の足元に落下し、お尻をしたたかに打ち付ける。涙目になりながら見上げると。


「……ヒィィィっ」


 石山が、杏樹を凝視していた。

 いやチガウ。杏樹の胸元だ。今しがた引き裂かれたメイド服。ちょうど胸の部分の生地が失せて、下着があらわになっている。

 ……コイツ!?

 反射的に身体を抱きすくめる。全身を虫が這いまわっているかのようなイヤ~な感覚を覚え、ぶるりと震える。

 石山のこの目つき! 舌なめずりでもしそうな表情!

 キモイ! キモイ! キモイ!

 もう完全に、生理的にムリ! ムリ! ムリ!

 たぶんコイツ、普段からクラスの女子に対しても似たような視線を送っていたのだろう。そりゃぁ嫌われるに決まっているわ!


「ヒッヒッヒィィィィ……!」


 石山が口の両端を吊り上げ、手を伸ばしてくる。しかしその指先が触れる直前、石山が硬直した。

 バチチチチチチチッ!

 断続的な破裂音が聞こえた。何かが焦げるような臭いもする。

 何だ、ナニが起こって……?


「アンジー! こいつに触るな!」


 そう叫んだのは新太だった。上半身だけ起こして、右腕を石山の方に向けている。

 その手に握られているのは何だろうか、銃? しかし映画などで見たのとはズイブン形が違う。先端部分から2本のワイヤーが伸びていて、それが石山の身体に繋がっている。


「ヒィィィィィッィッィッ!!!!」


 初めは耐えるように歯を食いしばっていた石山だったが、すぐに床の上に倒れると、激しく痙攣しながらのたうち始めた。やがて破裂音が聞こえなくなると、ピクリとも動かなくなる。

 新太は手の中の銃? を投げ捨てて立ち上がった。そして足を引きずるようにして石山のもとへ来ると、なんとその脇腹を力いっぱいに蹴飛ばしたではないか。


「こいつっ! こいつめ、よくもっ!!」

「ちょ、新太!?」

「何やってる、中林! おいっ!」 


 普段の新太の様子とかけ離れた行為に、杏樹だけでなく会長までもが非難めいた声を上げる。しかし新太は、それがまったく聞こえていないかのように、何度も何度も執拗に石山を蹴り回した。

 意識のない石山は悲鳴すら上げない。

 

「いい加減にしなさいよっバカ!」


 後ろから羽交い絞めにしてやることで、ようやく新太は止まった。

 ここに来るまでに全力疾走してきて、さらには壁に叩きつけられて。その上でこんなことをしたもんだから、完全に息が上がっていた。


「ぼ、僕は、冷静だ。大丈夫。すぐ、クールダウンするから……」


 ほとんど杏樹に身体を支えられるようにしながら息を整える新太。重いんで、とりあえず床に座らせてやる。


「これ、何なの?」


 新太が投げ捨てた銃のようなものを拾い上げる。まじまじと見つめてみると、それはモデルガンとかエアガンとかにすら劣るような出来のおもちゃの銃だった。

 プラスチックの部品を接着剤やネジで無理やり拳銃っぽい形に接合したようなシロモノ。こんなもんで、どうやって石山を昏倒させたのだろうか。 

 すると新太は、こともなげに言った。


「スタンガンだよ。十吉郎さんに教わって、自作したんだ」

「スタンガン!? しかも自作って……。あ、あんたはなんてものを」


 スタンガンなら聞いたことくらいはある。電気ショックを使うやつで、護身用に売られているものだ。それを自作だなんて。

 つーか、あの探偵さんも。中学生にナニを教えてんだ。


「大丈夫だよ。威力は通常の約2倍程度だ」

「余計に悪いわ! 死んじゃったらどうすんのよ!?」

「“力”のもち主を相手にするには、一撃で昏倒させるくらいじゃぁないと駄目だからね」

「そりゃぁそうかも知れないけど……」


 気が付くと、教室の外に人が集まり始めていた。

 すでに下校時刻とは言え、まだかなりの生徒たちが残っていたようだ。騒ぎを聞きつけてきたのだろう。

 廊下からこちらを覗き込む人だかりの中に、見知った顔があった。

 

「え……レイナ?」

「アンジー? あんた、ここでなにしてんの?」


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