第36話
アノーマリー01による被害報告
20××年7月13日:オーストラリア、ブリスベンの家屋にて1体の01を確認。機関支部の実働部隊により完全に処理された。その際、精神汚染を受けた地域住民12名からの抵抗を受け、やむなくこれらを射殺した。
20××年10月2日:アメリカ、ミズーリ州■■■■にて2体の01がコロニーを形成。地域住民の3割が不可逆的精神汚染を受け、1000体を越える1301が確認された。
当コロニーの規模から、機関による解放は不可能と判断。アメリカ政府のミサイル攻撃により処理された。
20××年4月30日:台湾、台北■■■にて1体の01を確認。機関の実働部隊が処理を試みるも逃亡。その最中、突如現れた127のアノーマリー能力によって撃滅される。その後、機関は地域住民への記憶処置を行った。
所見:大災厄から20年が経過したが、依然として01による被害が絶えることはない。期間は引き続き、人類社会の継続のため、その全力をもって01の発見と殲滅を行う。確保、収容、保管は、01に対しては適用されない。
「ぶ、ヒィーーーっ!」
甲高い悲鳴が教室中に響き渡った。
尻もちをつく、ぽっちゃり眼鏡こと石山。
のっしのっしと、まるで地面を揺らすようにして詰め寄る黒金会長。
こりゃぁマズイ。と杏樹は直感した。
会長の目。明らかに怒りに燃えている。きっと昨日の二宮さんの件で頭にきてて、今度は直接手を出しに来たんだ!
「止めなきゃ……!」
しかし机の下からはい出そうとしたところで、隣で縮こまってた新太に腕をつかまれた。そちらを見ると、無言で首を横にふっている。
まさか、黙って見ていろというのか?
「悪かったな。二宮の名前で呼び出して」
会長は静かに言った。
「どうしてもお前に言わなきゃならんことがあったからな」
「ヒィッ! だっだっ騙したぁっ!?」
たちまち石山の顔が恐怖に歪む。
また無様に逃亡を図るのか……と思いきや、意外にも彼はその場に立ち上がった。毅然とはほど遠く、腰が引けた情けない姿勢ではあったが、それでも会長と向き合ったのだ。
ほんの数秒、制服の上着をまさぐるような仕草をしてから、あの独特の口調で言う。
「まっ! まっ! まぁたボクをぉ、イジメるつもりなのかぁっ!?」
「イジメ? 俺たちはお前をイジメたりなんかしない。今までだって、一度もそんなことはしてない」
会長は石山から少し離れた位置で立ち止まると、開いた両手を軽く上げて見せた。
危害を加えるつもりはない、と言いたいのだろう。だがその表情からは、平和的な解決を望む意思は微塵も読み取れなかった。
会長が言った。
「二宮からの伝言だ。『貴方からの好意は受けかねる』と」
「ブヒィッ!?」
「それと、これがもっとも重要なんだが。『金輪際、二度と、絶対に関わらないで欲しい』そうだ」
「ウッウッウッウソっだっあっあっ!」
「いいや、本当だ。二宮は、お前と、付き合いたくないって言ってるんだ。何なら、“お前の好きな”証拠を見るか? 動画を撮ってきてあるぞ。ほら」
会長が上着のポケットからスマホを取り出して見せる。
……なんか妙だな? と杏樹は思った。
会長と石山はイジメの加害者と被害者のカンケーであるからして、展開もそーいうカンジになるだろうと予想していたのだ。
しかし、どうも様子がおかしい。
というか会長のハナシでは、まるで二宮さんが会長側のようではないか。
「ヒッヒッヒッ……ブヒィィーーーー!!」
石山が耳をつんざくような奇声を上げた。
身を固くする会長。
だが石山は会長へ突っかかるでもなく、逃げるのでもなく。くるりと後ろへ振り返った。杏樹たちが隠れている、机や椅子が積んである方だ。そしてすぐそばの机につかみかかると、何を思ったのか頭を激しく打ち付け始めたではないか。
ガツン、ガツンと、何度も鈍い音が響く。
激しい振動がこちらにも伝わってきた。
「ああああっ! 痛いぃっ! やっやめろぉっ黒金っ!」
ワケのわからないことをわめく石山。「なんでこんなひどいことを」とか、「僕を殴ったって二宮さんは喜ばないぞ」とか。なんの一人芝居だ?
そのうちにとうとう額が割れ、血が噴き出した。無茶苦茶だ。気でも違ったのか。
「えぇ……いったいナニよ?」
「静かに」
「で、でも」
「いいから。すぐにわかるさ」
石山の奇行に冷めた視線を注ぐ新太。それは会長も同様だった。いや、彼の場合はいっそ、岩みたいな顔に侮蔑の色すら浮かんでいる。
「ハァ……ハァ……こ、こ、これで終わりだぁ、黒金ぇ」
ズイブン長く感じたが、たぶん30秒も経っていなかっただろう。
意味不明な苦行を終えた石山が、ゼイゼイと荒い息をつきながら再び会長の方へと向き直った。血にまみれた顔に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。まるでホラー映画のワンシーン。
というか、いったい何が終わりだというのか。さっぱり分からない。
「今度っこそお……この学校からぁ、おいっおいっ追い出してぇ、やるっるっるっ!」
「ふむ」
やっと終わったか、とばかりにため息をつき、会長は教室の隅へと歩き出した。そして清掃用ロッカーの前で立ち止まる。杏樹たちが調べてたやつだ。
ロッカーの上に手を伸ばし、何かを手に取る。
あれは……学習教材用のノートPCではないか。第一中に入学すると同時に支給されるヤツだ。しかもすでに起動していたらしい。良く見えないが画面がチラチラと動いている。
石山の顔が一気に青くなった。おそらく、出血のせいではないだろう。
「お、お前っ。まっまっまさっか。それっ、はいっはいっ配信っ」
配信。ネット配信のことか? 今? そのPCで?
驚いていると、会長が静かに言った。
「心配するな、Meetだよ。見てるのは3年A組のやつらだけだ。……二宮も見てるぞ」
Meetとは、Googleのビデオ通話アプリのことだ。杏樹も小学校の頃から授業で使ってきたので知っている。グループ内の人間で画面越しに会話ができるし、それを録画することもできる。
……つまり、今までの一部始終を3年A組の先輩方が見ていたということになるのだが。
「お前が俺を憎んでいることは分かってた。チャンスがあれば、俺を嵌めようとするだろうってこともな。だから今回は、“お前のやり方をマネさせてもらった”」
「ヒッ」
「この証拠は先生方に提出する。これで今までにお前が捏造してきた証拠は無効になるだろうな。あきらめろ、石山」
「ヒッヒッ……ヒィーーー!!」
石山が再び尻もちをついた。が、それもほんのわずかな間だった。すぐに転がってうつ伏せのポーズになると、四つん這いで遁走を開始する。もちろん、例の“カサカサ”でだ。
石山が教室から出て行ったのを確認すると、会長はノートPCを閉じた。
そして、杏樹たちの方を向く。
「出て来いよ中林。それに、杏樹だったか」
……ま、そりゃぁそうだろうな。と、杏樹は思った。
会長が仕掛けたであろうノートPCは、杏樹たちがここに来る前から設置されていた。となれば、杏樹たちが隠れていることも筒抜けのはずだ。
観念した杏樹たちは潔く、しかしノロノロと机の下からはい出した。
「こんなところで何してたんだ? まさか文化祭の準備をサボってデートか」
会長が、さきほどの攻撃的な雰囲気などまったく感じさせない口調で問うてくる。
さて、何と言って切り抜けようか。まさかバカ正直に『魔法陣を描いていました』なんて言えるワケもないし。
そこで新太が口を開いた。
「はい、そうです。デートをしていました」
「……だから、違うっての!」
即座に新太の後頭部を一撃。続いてヘッドロックを決めつつ教室の隅へと引っ張っていく。
「痛い! よせよ、アンジー」
「あんたこそ! 性懲りもなくそんなイイワケを!」
「だってこれが一番自然で……」
「あんたに都合がいいだけでしょうが!」
杏樹は新太を捨て置くと、会長へと向き直った。
「私たちのことよりも、会長。今のって、どういうことなんですか?」
「どう、とは?」
「石山さんとのことです。私、てっきり彼がイジメられてると思ってて」
「ああ、そうか。昨日、石山のことをかばったんだってな。うちのクラスの女子たちから話は聞いてるよ」
そう言って会長が、ちらりと新太の方を見た。すると新太が軽くうなずく。
ナニ? なんなの、このアイコンタクト。
「そうだな。お前にも説明しておいた方がよさそうだ。いらない誤解をして、あいつの味方になんてなったら大変だからな」
会長は適当な椅子を2つ持ってくると、杏樹たちの前に置いた。そしてもう1つ、自分用のを少し離れた位置に置き、腰を下ろす。
「まあ座れよ。少し長くなるから」
「はぁ……」
杏樹と新太がそろって座ると、会長はゆっくりと口を開いた。
「あいつ、石山さ。学年中でとんでもなく嫌われてるんだ」
「それは……会長個人が嫌っているんじゃぁないんですか?」
「そう思われてしまったんなら、俺の行動にも問題があったってことだろうな」
混ぜっ返す杏樹に対し、会長は苦笑しながら「まあ聞いてくれ」と続ける。
「1年の頃からそうだったんだが。あいつ、人がちょっとでもミスすると、『やれやれそんなこともできないのか』ってさ。口癖みたいに言うんだ。たぶんあいつは軽い気持ちで言ってたんだろうけど、言われる方としてはな」
「はぁ……」
急に何のハナシだ。イジメのイイワケか。
……まあ、それが本当ならハラが立つだろう。というか、もしも杏樹と同じクラスだったら、間違いなくハリ倒している。
「たぶん小学生の頃からそうだったんだろうな。でもあいつ、ここじゃぁ下から数えた方が早いくらいの成績なんだ」
「うわ。そりゃぁダサいですね」
「だろ? そのくせ人のことをバカにしたり見下したりするもんだから、どんどん孤立していってな」
それならまあ、嫌われても仕方がないだろう。イジメていい理由にはならないが。
……いやしかし。本当にイジメなのか?
不意に杏樹の中に疑問が芽生える。
昨日の先輩女子たちの言葉。今しがたの会長と石山のやりとり。
なんだか、イジメっていうよりも……
「ほとんどの人間があいつを腫物扱いしてさけるようになった。でも、それでも変わらず、普通にあいつと接する人間がいたんだ。挨拶したり、きちんと対話をしたり」
「それは、誰なんです?」
「同じクラスの女子でな。二宮って言うんだが……」
「あっ……! もしかして、それで石山さんは二宮さんのことを!?」
「察しがいいな。その通り、あいつは二宮に惚れた。彼女の方にはそんなつもりなんてなかったのにな」
あーなるほどな。と杏樹は納得した。
ツラいときに優しくされて、コロッといっちゃったんだろうなぁ。きっと、『この子は自分に気があるんだ』って勘違いしたに違いない。男なんて、単純な生き物だもんね。
「えーと。それでその、二宮さんは……断ったんですよね?」
「まあ、最初の方はやんわりとな。彼女、優しいし気が弱いから。はっきりと言えなかったんだ。それで何を勘違いしたのか、だんだんと石山のアプローチ手段がエスカレートしていってな。知ってるか? 壁ドンってやつ。何十年も昔に流行ったんだが、最近の石山はそれで告白してる」
「あー……まあ、知ってます」
というか、昨日見た。
なんかだんだん、かばいだてする気が失せてきたぞ。どこまで自意識過剰なんだろうな、あのぽっちゃりさん。
「そのうちに見かねて、女子たちが止めに入るようになった。俺や他の男子もだ。ただ二宮を守ろうとしてな。そうしたら、どうなったと思う?」
「どうって……」
「石山のやつ、先生に訴えたんだ。『クラスのみんなからイジメられています』って」
「……はぁ? どうしてそうなるんです?」
「さあな? どういう思考なのかは分からんが、とにかく石山はそう訴えたんだ」
会長が、ちょっとからかうように眉を上げた。
うぐ、と口ごもる杏樹。そういえばさっきまでは、『石山イジメ被害者』派だった。
「そのとき石山は証拠を持ち出してきた。録音データだ。石山に対する誹謗中傷ととれる部分だけを、前後関係を無視して、意図的に切り貼りしたものだけどな」
「そんなもの、証拠になんてならないでしょう」
完全に改ざんだ。というか、ほぼ捏造ではないか。
「まあな。イジメの証拠にはならなかった。だが、石山に対して“よくない言葉”を使ったという事実は認められちまったんだ」
「そんなのって……」
「それで石山は味を占めた。ことあるごとに“証拠を作って”は、気に入らない人間を貶めようとしたんだ。わざと挑発して手を出させて、それを録画するってこともしていたな。俺も何度か標的になった」
ようやく、新太が言っていた『問題があるとすれば石山』という言葉の意味が理解できた。昨日の先輩女子たちの言い分もだ。
そんなことしていたら、嫌われるのは当然だ。
「だから会長は、こんなことをしたんですね」
新太が言った。
「石山さんのやり方を逆手にとって。言い逃れできない、本当の意味での証拠を手に入れた。上手くやりましたね」
「ああ、スカッとしたよ。見たか? あいつのあの顔……いや」
「会長?」
「スマン。今のは、忘れてくれ」
会長がうつむいた。岩みたいな顔が少し赤くなっている。
恥じているんだな、と杏樹は直感した。生徒会長としてか、それともただ1人の人間としてか。個人的な感情はどうあれ、クラスメイトを陥れたことに愉悦を感じている自分が情けないのだ。
なんとも生真面目な人だな。
「あいつはとにかく、被害者のポジションにいようとするから厄介でな。さっきだって、スマホで録音か録画かしていたはずだ。あの演技も、編集して攻撃材料にするつもりだったんだろう」
「ああ、だから自分で机にガンガンやってたんですね」
気が狂ったのかと思って、怖くなったが。
「それにしてもリスキーですね。わざわざ会長が自分で動くだなんて。失敗して、彼を利する結果になっていたかもしれないのに」
と、新太が言った。
「まあな。だが恋人を守れないようじゃぁ、生徒会長以前に1人の男としてダメだって、友人にハッパをかけられてな」
「え、恋人? 会長と二宮さんって、付き合ってるんですか?」
杏樹が口をはさむと、会長は今度は照れたように頬をそめた。
「ああ……まぁ、隠すほどのことじゃぁないがな。1年の頃から、ずっと付き合ってる。だからだろうな、石山は俺のことをいつも目の敵にしてた」
「え、でも昨日の二宮さんの態度は……」
会長が差し伸べた手を握ろうとせず、逃げるように立ち去るあの姿。あれは明らかに会長を拒絶していた。それなのに、付き合っているだなんて。
「昨日? 二宮に会ったのか?」
会長が変な顔をした。
「あ、いや。実は私たち昨日の放課後、玄関で会長たちのやりとりを……」
「なんだ、あれも見られてたのか。あれはどうも、二宮なりの抗議らしいんだ」
「抗議って、会長に対してのですか?」
「ああ、友人が言うにはな。『どうしてもっとしっかりしてくれないの』とか。『生徒会長なんだから何とかしてよ』とか。そういうことらしい」
「なるほど……」
「だから今日、俺はこんなことをした。二宮の名前を使って石山を呼び出して。挑発して、嵌めたんだ。これじゃぁあいつと変わらん。最低だよ」
がっくりと肩を落とす会長。
やはり、恥じている。嫌悪する相手に立ち向かうために、そいつと同じような手段を取ってしまった自分を責めているのだ。
つくづく生真面目な人だな。
でもそれなら、ここまでの行動に打って出るほどの心境の変化があったはずだ。たとえ大事な恋人を守るためだとしてもだ。ひょっとすると、その友人とやらの影響か。
「会長」
杏樹は問うた。
「その、ハッパをかけてきた友人というのは、誰なんです?」
すると会長は答えた。
「ああ、副会長だよ。いろいろと相談にのってくれてな。今回の計画も、ほとんど彼女の立案だ」
少年は苦痛と恥辱にのたうちまわっていた。
少年にとって現状は到底許容できないものだった。
何もかもがまったく思い通りにならない。望む結果を得られない。
まるで世界中のすべてが少年に対して有形無形の攻撃を仕掛けてきているかのように、少年には感じられていた。
だが実際は違う。
少年の周囲の人間はなべて少年より才覚があり、そして努力を怠らず研鑽を続けていただけだ。
それがゆえに少年の上を行く皆に対し、妬み、嫉み、憎しみの泥をぶちまけ。そしてそれがゆえに少年が孤立していただけだ。
周囲の人間が少年ほどに歪んでいなかっただけなのだ。
だが少年はその事実に気づかない。あるいは知らぬふりをし続けている。
他者は自分を理解しない。正当に評価してくれない。そう呪いの言葉を垂れ流し続けている。
幼児がそうであるように、彼もまた、自分こそが世界の中心であると信じて疑わなかった。
不意に少年の背に影がさす。
人の形をしていながら、人ならざる者の影が。
「あああっ! 助けてよぉっ! ボクをっ! ボクを助けてぇっぇっぇっ!」
影は言う。お前は虐げられている、と。
「そそそっ、そうなんだぁっ。みんなして、ボクをイジメるんだぁっ」
影は鷹揚にうなずく。そうだ、誰もお前の真の価値に気付いていない、と。
「みみみっ、みんな馬鹿なんだっ! どどどっど、どいつもこいつもっ! ボクを認めようとっ、しないぃっ!」
影は微笑む。見せてやれ、と。
「え?」
影は鼓舞する。お前の価値を知らしめろ、と。そうすればすべてが望むままだ、と。あの女もお前のものだ、と。




