第35話
アノーマリー127-T-P
種別:赤
アノーマリー127-T-P(以下、127-T-P)は、127より提供された魔法陣である。
127-T-Pは、それが描画された物品を所有する者に対して、アノーマリーへの耐性を付与する。すなわち魔法陣を所有する者は、アノーマリー現象からの影響を受けにくくなる。
魔法陣は紙、金属にかぎらず、タトゥーなど皮膚に直接描画することによっても効果を得ることができる。
機関の職員は、127-T-Pが描画されたいずれかの物品を必携する。
127の証言
『精神操作、汚染にも効果アリなんでおすすめよ。あ、でも過信しないでね。■■■■相手だと気休めにもならないから』
「う~ん……」
「う~ん……」
昼休みの教室。2人の少年少女が並んで席についている。
机上の弁当やおにぎりには、ほとんど手が付けられていない。2人して両腕を組んで首をひねるという、同じようなポーズで唸っていた。
その様子を遠巻きに眺めながら、クラスメイトたちがヒソヒソとささやき合う。
「まだやってるわよ、あの2人」
「朝からヘンよねぇ」
「新太の方はまぁいつも通りだけど。アンジーまでなんて」
天原杏樹と中林新太。どうも午前中の彼女らの様子がおかしい、とクラスの誰もが感じていた。
難しい顔をして、ずっと考え込んで。席が隣同士な上に幼馴染の2人ということもあって、当初クラスメイトたちは散々突き回した。『夫婦喧嘩か』とか、『どっちかが浮気したのか』とか。まぁこの年代の子どもらにありがちな揶揄だ。
しかし2人はなんともそっけなく、『そういうんじゃないから』とか、『まぁ色々あってね』とか、実につまらない返答をするばかりであった。
だからクラスメイトらもとっくにイジるのをやめて、今では若干気味悪がっている始末である。そもそも揶揄というのは、その対象がむきになって否定したり怒ったりという反応を見せるから面白いのだし。
「あのさぁ」
杏樹は行儀悪く椅子の上で胡坐をかきながら、隣の新太に声をかけた。新太の方も似たようなモンで、上履きのかかと部分を踏みつぶしながら激しく貧乏ゆすりをしていた。
「なに?」
「妄想全開で話すんだけど。ひょっとして、“力”をバラまいてるのって黒金生徒会長じゃぁないの」
ずっと考えていたことだ。
“力”の発生源がもしも第一中の誰かだとしたら、“力”を人に与えることでどのような利益があるのかを。つまりは動機だ。
そして昨日の一件で、もしやと1つの可能性にたどり着いたのだ。
「……どうして、そう思うんだ」
新太が、若干億劫そうにこちらを見た。そんなまさか。あの人に限って、ありえない。なんて頭から否定されるかと思ったが、聞く気はあるらしい。
「会長って、二宮さんのことが好きでしょ。たぶん。いや、間違いなく」
「あー。昨日、そんなこと言ってたね」
昨日の玄関口での出来事を見て確信したのだ。会長は二宮さんに好意を寄せていて、石山とは恋敵の関係にある。イジメ云々はその一端に違いない。
帰りの道すがら、そのことを新太にも解説してやったのだが、コイツはまったく人の気持ちを理解できないヤツなのでヒジョ―に苦労した。
「つまり、二宮さんをモノにするための裏工作よ。“力”をいろんな人に使わせることで、彼女の心をつかもうとしたの!」
「なんだか回りくどく思えるけれど。じゃぁ、江田島先輩のときはなぜ?」
「そりゃぁモチロン、谷崎先輩を始末させるためでしょ!」
杏樹は自信たっぷりに言った。
江田島先輩は、手から炎を出すというトンデモなく破壊的な“力”を発現させられていた。となれば、答えは容易に想像がつく。
「あの浮気男、女子と見れば片っ端から手ぇ出そうとしてたでしょ? きっと大切な二宮さんにまでちょっかい出されそうになって、それで頭にきたんだわ!」
「動機としては分かるけれど、迂遠だな。それなら自分の“力”で直接排除した方が早い。それに下手をすれば、暴走した江田島先輩に自分たちまで巻き込まれるリスクがあるし」
「えぇ? そうかなぁ。私は絶対そうだと思うんだけど」
「じゃぁ、和谷先輩のときはなぜ?」
「そ、そりゃぁモチロン、二宮先輩を思い通りに操ってもらうためでしょ!」
杏樹は多少の自信をもって言った。
和谷は未来を見通す占い屋をしていたが、実際は他人を言葉で意のままに操るというトンデモなく都合のいい“力”を発現させられていた。となれば、答えはなんとなく想像がつく。
「二宮さんにさぁ、催眠術みたいにして暗示をかけるのよ。あなたは黒金会長のことを好きになる~……ってなカンジで」
「やはり迂遠だ。それなら会長自身が二宮さんを“力”で操ったほうが早い」
「う……そうかなぁ。私はいい考えだと思うんだけど」
「じゃぁ、東雲先輩……もとい、幽霊が大量発生したときはなぜ?」
「そりゃぁ……モチロン、あれよ。ホラ、あれ」
杏樹は自信なさげに口ごもった。
あの幽霊退治の件は本当に大変だった。定期的に駆除されていたはずの幽霊たちがドバーっと現れて、あわや大惨事となるところだったのだ。もしも東雲先輩が上手くやっていなかったら、大勢の生徒たちが巻き込まれて……
「あ! あれよ、吊り橋効果ってヤツでしょ!」
「吊り橋……?」
「そそ! 恐怖や不安でドキドキするような状況だと、恋に落ちやすくなるのよ」
母さんから借りた昔のラブコメマンガに載ってたヤツ! きっとそうに違いない! ……たぶん。
「ほら、二宮さんと2人一緒にいるところを幽霊に襲われればドキドキして……恋に落ちやすくなるでしょ」
「アンジー、それは……」
「や、やっぱりダメ……かな?」
「あのときの幽霊たちはかなりの数だった。全校生徒に危険がおよぶ可能性だってあったんだ。危機的状況の創出にしたって、学校生活が破綻する規模の事件を起こしたら恋愛もなにもあったもんじゃぁない」
「お、おっしゃる通りです」
というか、自分でも途中から物凄くバカバカしく思ってた。
そもそもあれって、東雲先輩が担当していた幽霊駆除の仕事をずっと放置したことが原因なんだろうし。
「う~ん。会長がアヤシイと思うんだけどなぁ。石山って人をイジメてたのも、“力”で人を操ってたんだと……」
「だからアンジー。それは違うって言っただろう」
「ナニよ。いやに会長の肩をもつわね」
同じ生徒会の人間だからなのだろうか。新太は黒金会長の疑わしい言動を、『誤解』および『勘違い』で片づけようとしているのだ。当然、納得できるものではない。
「“力”のハナシを抜きにしたって動機は充分じゃぁないの。大好きな二宮さんを守りたくて、それで人を使って石山さんをイジメてるのよ」
「たしかに筋の通った言い分だけれど。でも、あの人に限ってはありえない。むしろ問題があるとしたら、たぶん石山さんの方だ」
「ナニよそれ。どういうこと?」
すると新太は、きまりが悪そうに目をそらした。
「……悪いけど、言う気にはなれない」
「はぁ? そこまで言っといて今さら」
「僕の口から言うべきではないんだ。分かってくれ」
これだ。カンジンなところではぐらかそうとして。いったいどんな事情があるというのだ? これではますます疑わしくなるだけではないか。
「あ~もう、ダメだわ。全然分かんない!」
「僕の方もだよ。結局、魔法陣が消えていたことについての結論が出ていない」
と、新太が嘆いた。
いや、こっちはあんたが話してくれないせいでもあるんですけどね。
「……そういえばその件、魔法屋さんに相談するんじゃぁなかったの?」
昨日の帰り道では、そんなことを言っていた。報告して指示を仰ぐとかなんとか。コイツ、魔法屋さんとのホットラインをもっているんだな。
しかし新太は、力なく首を振る。
「『引き続き調査しろ』だってさ。どうも過去数年間、似たようなことはあったらしい。そのたびに修復、つまり描き直してたんだって」
「描き直すって、魔法屋さんが?」
「まさか。僕らみたいに、こき使われている人間がだよ」
新太はため息をつくと、眼前のおにぎりをつかんだ。ラップの包みをはがし、大きな口を開けてかぶりつく。
あ。そういえばお弁当。全然食べてなかったな。
つられて杏樹も箸を取ると、新太が言った。
「そういうわけだから、アンジーも早くお昼を済ませてくれ」
「へ? なんでよ」
「もちろん魔法陣の修復に行くからだよ。アンジーも手伝ってくれるだろ」
「はぁ!? なんでよ」
「昨日、アンジーが自分で言ったじゃぁないか」
「うぐ……」
そういやそうだった。安請け合いしちゃったなぁ。なんかこう、胸の内に使命感みたいなのは芽生えてはいるんだけれど。会長たちの三角カンケーのせいで気もそぞろなんだよね。
「まさかアンジー、今さら嫌だなんて言うんじゃ」
新太が疑わし気に目を細める。
「い、言わないわよ! 女に二言はないんだから。でも私、魔法陣なんて描けないわよ」
「それは分かってる。だから見張りを頼みたいんだ」
「見張り? なんでよ」
「もちろん魔法陣を描いているところを他人に見られないためさ」
昼休み終了10分前。
杏樹と新太は大急ぎで昼食をかきこむと、さっそく魔法陣の修復にあたった。
ついでに宣伝用のポスターも貼ることにした。手ぶらのまま新太と2人で行動してたら絶対いらん誤解をされるし、いいカモフラージュになるだろう。
まず手始めに1階の空き教室へ向かう。昨日のイジメを目撃した現場だ。
入るなり新太は清掃用ロッカーに直行した。扉を開けて内側を確認する。
「本当だ。ない」
「でしょ。で、どー思う? 消されたカンジ?」
「……これも、なんとも言えないな」
スマホのライトで照らし出された扉の裏側には、魔法陣を構成していたであろう油性ペンの跡のようなものが見て取れた。
新太が昨日言った通りに、掃除用具がこすれて消えてしまった、と言われても納得できる。
だが誰かが意図的に消したと言われても、否定することもできない。
やっぱり、はっきりしたことは分からなかった。
「で、どうすんの」
「もちろん、これから描き直すさ。そういうわけで、アンジーも頼むよ」
「ハイハイ」
言われた通りに教室の扉の前に立ち、廊下を覗く。目立たないように教室内の電気はつけていない上に、今日は曇り空なので、廊下は暗くて見通しが悪い。
だがさすがに誰かが近づいてくれば気づくだろう。
「ねー新太。終わった?」
「まだ始めたばかりだよ」
「早くしてよね」
暖房もついていないので、じっとしているとちょっと肌寒い。しかたがないので腿上げトレーニングをする。
「アンジー、うるさいよ。気が散るから静かにしてくれ」
「あんたこそ。さっさと終わらせなさいよ……って、あれ?」
向こうの曲がり角から誰かが現れた。まっすぐにこちらへ向かって小走りに進んでくる。
学生服姿。男子だ。
ちょっと太めで、眼鏡をかけていて。
あれ。
あの人って……?
「新太、新太!」
慌てて新太のもとへすっ飛んでいく。まだ魔法陣は完成していないようだった。
「どうしたんだ、アンジー?」
「人が来たのよ。隠れないとっ」
幸いこの空き教室には、使われていない机や椅子が大量に運び込まれている。上手いことその中に潜り込めば、なんとか。
勢いよく扉が開かれる。
間一髪。杏樹と新太は、かためて置いてあった机の下で縮こまることで身を隠した。
息を殺して様子をうかがう。ヒーヒー、という甲高い気の抜けるような音が聞こえてきた。入ってきた男子が発しているのだ。鼻息だろうか?
いったい何をしにやってきたのか、その男子はふらふらと教室の中を歩き始めた。
マズイ。
杏樹たちの隠れている方へと近づいて……
「来たな、石山」
突然、教室の中が光で満たされた。
視界がぼやける中、なんとか教室の入口あたり。つまり、電灯のスイッチがあるあたり見つめる。
いた。誰か、立っている。
「くくくくっ黒金ぇ!?」
驚愕し、絶叫する男子。いや、ぽっちゃり眼鏡こと石山。
そして明かりをつけたのは黒金会長だった。岩みたいな顔をさらに引き締め、目をらんらんと輝かせている。
「残念だが、二宮は来ない」




