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第34話


 アノーマリー127-T-S

 種別:赤


 アノーマリー127-T-S(以下、127-T-S)は、127より提供された魔法陣である。

 127-T-Sは、それが描画された半径20m範囲内に発生したアノーマリー現象に対して、強い反応を示す。すなわち、アノーマリー現象の探知を行うことができる。

 魔法陣を構成するのは異界にて使用されている言語の1つであり、加筆・修正によっては電子機器と無線接続をすることも可能である。


 127の証言

 『はい毎度。これ、コピーして貼っとけばご利益あるから。スマホとかタブレットとかに接続したかったら、追加で10ドルね』



 2年A組教室に帰還した杏樹を出迎えたのは、強烈な匂いだった。

 魔法陣調査とついでの宣伝活動と、あと予期せぬハプニングのために疲れ切った脳みそをガツンと刺激する甘~い香り。

 そうだ、クッキー!

 それとマフィン!

 レイナたちが練習で作ってたんだ!


「あら、お帰りアンジー。遅かったわね」


 友人の女子が言った。休憩中なのか、椅子に腰かけてペットボトルのお茶を飲んでいる。他のクラスメイトたちも準備作業で疲弊したのか、思い思いにくつろいでいた。


「ただいま。レイナたちは?」

「調理器具を洗うって、家庭科室に」

「お! じゃぁやっぱりお菓子、焼き上がったのね!?」

「ほんの5分くらい前にね。そこの机の上にあるわよ」


 見れば教室の中央に机が4つほどかためてあって、その上に一枚の大皿が乗っていた。

 喜び勇んで突撃する杏樹。働き通しで小腹が空いてしまったのだ。試食を兼ねてのカロリー摂取といこうではないか。

 

「バニラとチョコチップとレーズン! どれにしようかな~……って?」 


 机の前まで来て愕然とする。

 不思議なことに皿の上には、無数のクッキーのかけらと、くしゃくしゃのペーパーカップが散らばっているだけだった。焼きたてのクッキーやマフィンなど何処にも見えない。

 立ち尽くしていると男子たちが集まってきた。杏樹と同じように皿を覗き込み、悲鳴を上げる。


「あー、なんだよ。もうなくなっちまった」

「俺、まだクッキー2枚しか食ってねーのに」

「レイナたちが取り過ぎなんだよ。味見だっつって、10個も20個も……」


 それを聞いた他のクラスメイトたちも、口々に文句を言い出した。やれ「男子が食べすぎなのよ」だの「女子の方こそ」だのと。

 その中にはただの1人も、『一口も食べられなかった』と嘆く者はいなかった。つまりは誰も、杏樹ほどの不満や怒りを抱えてなどいないということである。

 杏樹は深呼吸を1つして心を落ち着けると、教室内を見回して新太を探した。

 いた。隅の方に、見覚えのある猫耳型の寝ぐせの少年の後姿が。床の上に胡坐をかいて、頭をひねっている。

 近づいてみると、広げた校舎図を眺めていた。


「行ってきたわよ」


 沈んだ声で呼びかけると、新太は振り向きざま非難がましい視線を向けてきた。

 

「ずいぶん遅かったね、アンジー。僕の方は20分前に終了したよ」


 魔法陣の調査に時間がかかってしまったことに対し、この新太サマはご立腹であられるようだ。まぁ、たしかに待たせてしまったのは事実だ。だが杏樹はまったく謝罪する気にならなかった。

 コイツの口の端に、食べかすがこびりついているのに気を取られてしまっていたので。


「美味しかった?」


 杏樹は笑みを浮かべながら問うた。


「え? 何の話?」

「クッキー。あとマフィン。あそこの皿にあったやつ」

「ああ、食べたけど。それより……」

「美味しかった?」

「……いったい何なんだ? それよりも早く報告を」

「いーから。答えなさいよ。美味しかったの?」

「そ……」


 鈍い新太も、ここいらへんでよーやく杏樹の中で吹き荒れる嵐に気づいたらしい。

 顔を青くして、ちょっと間を置いてから答える。


「……美味しかった、です」

「ふーん。いくつ食べたの?」

「クッキーを3枚。マフィンを2つ」


 ぺしり、と軽く頭をひっぱたいてやる。

 新太は涙目になりながら抗議の悲鳴をあげた。


「痛い! よせよ、アンジー」

「うるさいわねっ。人が善意で手伝ってやったっていうのにねぎらいもせず! 自分はお菓子食べて! おまけに3つも!?」

「マフィンは2つだ」

「どーでもいーわよ、その程度の違い! 私なんて1つも食べられなかったのよ!? 私の分を確保しとくって思考はなかったの!?」

「それは本当に……申し訳なかった」

「ったく!」


 杏樹は舌打ちをしつつ新太の隣に腰を下ろした。


「そっちこそ、宣伝用のポスターはできてるの?」

「アンジーを待ってる間に印刷しておいたよ。ほら」


 新太が脇に置いてあったポスターの束を持ち上げる。きっちりカラーでのプリントだ。仕事が早い。

 というか、そもそもコイツが自分の仕事を忘れることの方が珍しいのだ。それだけ魔法陣の件が気になっていたのだろう。

 この第一中の平和を守るために、か。


「アンジーの方も報告してくれ。さあ」

「分かってるわよっ。えぇと……」


 それ以上突っかかる気にもならず、素直に校舎図を指さして報告する。


「3年教室は全部問題なし。ただ、ここの空き教室のだけがなかった」

「ここだけ? ふむ……」


 新太が校舎図にペンで×印をつける。魔法陣が消えていた場所を示しているらしい。となると、新太が調べてきた3階の方は。


「あれ。1年C組、なかったの?」

「そうなんだ。他の廊下や教室のはすべて問題なかったのに」

「ちなみに、どうやって調べさせてもらったの? 私、メチャクチャ苦労したんだけど……」

「簡単だよ。『生徒会の仕事です』って言っただけ」


 新太はこともなげに言った。便利なもんだな、生徒会の肩書って。ってかソレ、職権乱用じゃない?

 

「それよりも魔法陣のことだ。この結果を見て、アンジーはどう思う?」

「どうって……」

「アンジーも薄々気づいているだろう。この学校には、“力”を発生させる何かがある。“歪み”の元凶が」

「そりゃぁ、まぁね」


 自分で気づいたというよりは、このまえ探偵さんから『なにかが“いる”』と教えてもらっただけなのだが。

 ともあれ、この校舎図の分布を見たところで何らかの規則性があるとは到底思えなかった。

 なにせ魔法陣が消えた場所がてんでにバラバラなのだ。元凶が“ある”にしろ“いる”にしろ、今回の件とは直接的な関わりはなさそうではないか。

 早くも偶然の二文字でカタをつけたくなる杏樹だったが、しかし新太は推理を続ける。


「仮にその元凶が、意思をもつ何者かだと仮定して。その何者かは、何の目的で魔法陣を消すだろう? “力”を使うのに気づかれたくないからかな」

「それなら、もっとたくさんの魔法陣を消すはずでしょ」

「じゃぁ、たまたまこのいくつかの魔法陣を見つけられたってだけで、他のには気づかなかったというのは?」

「どれも清掃用ロッカーに描かれてるんだから、さすがに気づくでしょ」

「う~ん……」


 新太が腕を組み、膝を揺すりだした。あ、これ。イライラしてるときの仕草だ。こーゆーときのコイツって、かえって頭ん中こんがらがっちゃって空回りするんだよな。


「ちょっと落ち着きなさいよ」


 杏樹が見かねたように言った。


「魔法陣が消えたって、たかが2、3このことでしょ」

「そんな悠長なことは言っていられないんだ。西住にしずみ先輩のこともある。このままだと……」

「西住?」

「あ、いや……」

 

 西住。誰だっけ。最近、どっかでその名前を聞いたような……。

 記憶の糸を手繰ろうとしていると、教室の扉が開けられた。どやどやと入ってきたのはレイナたち調理グループだ。家庭科室での片付けが終わったらしい。


「あらアンジー、戻ってたの……って、なになに? 2人してなんの相談~?」


 こちらを見るなりレイナたちがニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる。

 やれやれ、いったいナニを勘違いしているのやら。たまたま新太と2人でいるってだけなのに。いちいち下世話なハナシにもっていこうとするのは関心しないぞ。


「別に、大したことなんて話してないわよ」 

「ああ。宣伝用のポスターを貼る場所について相談しているんだ。なるべく少ない枚数で済ませた方が、安く済むからね」


 前もってイイワケを考えていたのか、新太が台本を読んでいるみたいにスラスラと答えた。よくもまぁこんな自然にウソつけるものだ。感心してしまう。

 レイナたちはいかにもつまらなそうに「あっそ」と肩をすくめた。


「ほどほどにしときなさいよ。私たちはそろそろ帰るから」


 言われて時計を確認すると、5時を過ぎる頃だった。他のクラスメイトたちも、ぼちぼち下校の支度をはじめている。


「これ以上は考えても無駄だね。終わりにしよう」

「え、でも……」

「帰ろう。送るよ、アンジー」


 新太は校舎図をたたむと立ち上がった。

 なんかひっかかったが、時間が時間だ。杏樹も帰ることにした。更衣室でメイド服から制服に着替えると、鞄を担いで新太とともに玄関へ向かう。

 文化祭当日まであと2週間くらい。まだまだ余裕があるからか、この時刻まで残っている生徒はあまりいないようだった。

 人気のない廊下を2人で歩きながら、杏樹はふと思い出す。 


「ところでさ。魔法陣の調査をしてるときのことなんだけど」

「なに?」


 鞄の中から歴史年表を引っ張り出しながら、新太が生返事をする。また歩きながら勉強するつもりらしい。ホント、コイツって勉強オタクだよなー。

 杏樹は構わず続けた。


「イジメを見ちゃって」

「イジメ……まさかまた、東雲先輩が」

「いや、違う。今度は3年の男子でさ。それで……」

「何か特別気になることでも?」

「その。もしかすると、だけど。黒金くろがね会長が関わってるかもしれなくて」

「会長が? そんなまさか。あの人に限って、ありえない」

「私もそう思うんだけどさぁ」 


 だがあのときに見た会長の表情。そして意味深な言葉。どうも疑わしくっていけない。

 そうだ。明日、亜子先輩にも相談してみようっと。

 話しているうちに玄関に到着した。下駄箱から靴を取り出し、履き替える。


 ダァン!


 そのおり、大きな音がした。誰かが何かを力いっぱい叩いたようだ。

 即座に音源に向かって走り出す杏樹。3年生のスペースの方だ。新太も黙ってついてきた。出口側から回り込むと、下駄箱の陰から頭だけ出して、そーっと覗き込んでみる。


「あっ、あの人」

「え?」

「あの人よ、イジメられてた男子!」


 そこには2人の男女が立っていた。

 1人は件のイジメ被害者である、ぽっちゃり眼鏡の3年男子だ。今度はちゃんと2本足で立っている。

 そしてもう1人。ぽっちゃり眼鏡に挟まれる形で、下駄箱に背中を預けているショートボブの女子。小柄だけど、すごく美人な人だ。気弱そうな見た目の通り、ぽっちゃりメガネから逃れるようにして、小さな体をさらに縮こまらせている。

 

 ダァン!


 またしても大きな音。あのぽっちゃりメガネだ。左手を伸ばし、女子の背後の下駄箱。女子の顔のすぐ真横の位置を叩いている。まるで逃げ場を塞いでいるみたいだ。

 あれ? この構図、どっかで見たことあるような……。

 そう! たしか、“壁ドン”だ! 母さんから借りた昔のラブコメマンガに載ってたヤツ!


「どどどっどっ! どぉしてぇぇですかぁっ!? にっにっにっ二宮にのみやさんっ!」


 ぽっちゃりメガネが、緊張からか声を酷く震わせながら言った。


「ぼっぼっぼっ僕はぁっ! こっこっこっこっんなにっ! あっあっ貴女のこっことをぉっ!」


 ダァン!


 三度、ぽっちゃり眼鏡が壁、もとい下駄箱をドンと叩く。空き教室での怯えっぷりが嘘のようにアグレッシブな態度。一瞬、イジメ加害者の1人を問い詰めているのかと思ったが、どうも様子が違う。

 頬は真っ赤に染まっているが、怒りは見えない。むしろ感じ取れるのは執着めいた……。

 あ、これ。ピーンときた。

 このぽっちゃり眼鏡、きっとこの女子のことが。


「ご、ごめんなさい……」


 二宮と呼ばれた女子が消え入りそうな声で言った。恐怖と、それ以上の嫌悪で引きつった顔。

 残念だが、そりゃぁそうだろう。杏樹だって、同じ立場ならこんなのは願い下げだ。理由はイロイロあるが、端的に言って生理的にムリ。

 というかこの男、こんなにカワイイ娘と自分が釣り合うとでも思っているんだろうか? ちょっと自信過剰すぎやしないか。

 数秒前までは『イジメの被害者でかわいそう』なんて憐れんでいた男子を、今すぐにでもひっぱたいてやりたい衝動にかられる。

 だがその必要はなかった。


「おい、何やってる!? 石山っ!」

 

 現れたのは黒金会長だった。なんというタイミングだろうか。厳つい顔を怒りで染め上げ2人の間に割って入ると、二宮さんをかばうようにして石山とやらを突き飛ばす。


「ヒッ」


 石山何某は無様に尻もちをつくと、黒金会長を見上げた。浮かび上がる怒りと憎悪の色。しかし毅然とした表情で睨み返され、それも瞬時に萎えてしまう。


「ヒーーーーーーッ!!」

「あっ。おい待てっ……」


 またもやカサカサってな具合に四つん這いで逃げ出す石山。会長はそれを追いかけようと足を踏み出すが、すぐに思いとどまると振り返った。

 二宮さんの方へ向き直る。


「大丈夫だったか、二宮」


 穏やかな声で言うと、会長が片膝をついた。そしてそっと手を差し伸べる。

 しかし二宮さんはその手をとろうとはせず、さっと自分の右手を胸元に引き寄せた。そしてそっぽを向いて立ち上がる。

 黒金会長はしばし絶句し、ゆっくりと手を引っ込める。苦し気で、やるせない表情。

 あ、これ。ピーンときた。

 黒金会長って、きっと二宮さんのことが。


「二宮……」

「あ、ありがとうございましたっ」


 二宮さんはそれだけ言うと、床の鞄を拾って出口へ走り出した。つまり、杏樹たちのいる方だ。

 慌てて顔を引っ込める杏樹と新太。幸い、二宮さんは気づくことなくそのまま玄関を出て行ってしまう。

 そのまま隠れていると、会長も後に続いて出て行った。肩を落として、よろよろと。


「アンジー」


 黒金会長がいなくなったのを見計らい、新太が口を開いた。


「イジメの被害者というのは、さっきの眼鏡の?」

「そう。あの、ちょい太めの人。なんだけど……」

「そうか」


 新太は納得したようにうなずいた。


「なら問題ない。イジメではないよ」


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