第33話
アノーマリー127―T群
種別:赤
アノーマリー127-T群(以下、127-T)は、127から機関へ提供されたアノーマリー技術群である。これらは機関の職員が127との契約によって入手したものも含む。
127―Tは、機関がアノーマリー現象を調査、確保、収容、もしくは無効化する目的でのみ使用が許される。
127-Tの目的外での使用は127の怒りを買うことに繋がり、ひいては人類社会へ危機をもたらす行為となる。
127の証言
「これで■■■■探すの手伝ってちょうだい。使用料金は一律5ドルね。あ、もし■■■■を軍事利用しようなんて組織とか国とかが出てきたら、問答無用で滅ぼすからヨロシク」
魔法屋さんがらみの仕事ということで気を引き締めたが、事情を聞いてみると大したことはなかった。
「魔法陣が機能しているかを確認したいんだ」
スマホに一枚の画像を映し出しながら、新太が言った。
魔法陣。以前の幽霊退治のときに使ったやつだ。でもこっちはもっと単純な模様だった。
「この魔法陣は、アクティブ・センサーみたいなものでね。学校中に隠してあるんだ」
「あくてぃぶ・せんさーって?」
「防犯装置に近い。この世のものではない、つまり“力”に反応するようになってるんだ」
ハナシによれば、その防犯装置にひっかかると、新太のスマホに通知がいくような仕組みになっているらしい。今までにコイツが事件を早期発見できていたのは、そういうワケのようだ。
杏樹はスマホに映るヘンな模様を見つめながら問うた。
「それは分かったけど。この魔法陣? のナニを確認すればいいのよ」
「ちょっと見てくれ」
新太がすぐ脇の清掃用具入れのロッカーを指さす。
「扉の裏側。隅のところ」
「んん~? 別になにもないけど」
「そう、ないんだよ。おかしいんだ。ここにこの魔法陣が描いてあったはずなのに。消えてしまっている」
言われてみればちょっとヘンだ。その角っこの部分だけが他と比べてわずかにキレイになっているように見える。まるで拭きとったみたいに。
「まさか、誰かが消した?」
「まだなんとも言えない。何かの偶然で……例えばこのモップが何度もこすれて消えたのかも」
新太がロッカーの中のモップをつかんでみせる。たしかに取り出すときに、細糸の部分が扉の隅っこに引っかかりそうだ。
「まあ、ありそうって言えばありそうね。魔法陣ってコレだけ?」
「違うってば。学校中の清掃用ロッカーに配置してるんだよ」
「……なんでそんなにロッカーにこだわるのよ」
「基本的にどこの教室にもあるからさ。それに掃除のときにしか使わないから、扉の裏側にちょっと落書きをしていても目立たないだろう」
そう言うと新太はロッカーの扉を閉めた。
その通りかもしれないが、学校中のロッカー全部にアヤシイ模様を描いている新太の姿を想像すると、幼馴染として情けなくなってくる。
「それで、他の魔法陣はどうだったの?」
「2年生の教室は全部確認したけど、問題はなかった」
「じゃあ、やっぱり偶然このロッカーのだけが消えてたってこと?」
「だから、まだなんとも言えないんだ。たまたま定期点検で見つけただけで、他のはまだ分からない」
「定期点検って……」
なにもこの忙しいときにと言いそうになるが、しかし安全管理の面から考えれば妥当であるのも事実だった。学校の煙感知器とか火災報知器とかだって定期的に検査をするもんだし。
それに杏樹だって“力”の恐ろしさはよく理解できている。魔法屋さんが言った通りに毎日のように事件が起こるのならば、備えは万全にしておくべきだ。
「まぁいいや。その魔法陣があるかどうかを調べればいいってだけね」
「本当にいいの? アンジーは接客担当だろ。練習しなくていいのかい」
「あんなのぶっつけ本番で充分よ。それに、こんなことでせっかくの文化祭にケチがついたらたまんないもんね」
「……ありがとう。助かるよ」
「どーいたしまして。その代わり、とっとと終わらせてポスター印刷しなさいよねっ」
新太と別れ、行動を開始する。杏樹は1階を担当することになった。
階段を下りると、まずは3年生教室だ。だが真正面から入って行って素直に『ロッカーの魔法陣を調べさせてください』だなんて言えるワケもない。
ちょっと考えてから、レイナの案に乗っかることにした。
「失礼しま~す! 2年A組のコスプレ喫茶、宣伝に来ました~!」
準備中の3年生教室に跳び込み、渾身の笑顔。
何しろ今の杏樹はメイド。それもただのメイドではなく、猫耳メイド(尻尾付き)だ。
その視覚的効果は抜群だったようで、先輩方が大喜びで集まってくる。
「キャー! かっわいい!」
「陸上部の杏樹ちゃんでしょ!? 似合ってる似合ってる!」
「写真撮りましょ! いいわよね!?」
とまあ、こんなカンジで大ウケだった。我がクラスの陰キャどもよ。君たちの見立ては正しかったぞ……!
しかし本当のねらいはここからだ。しばらく抱き人形になったり被写体になったりともみくちゃにされてから、頃合いを見て「ちょっと視察させてくださ~い」なんてしおらしくお願いする。すると先輩方は、「どうぞどうぞ」ってな具合で教室内を案内したりイロイロ説明したりしてくれるワケだ。
で、テキトーにハナシを合わせつつ隙を見てロッカーを確認する、という流れである。
少々時間はかかったが、これで3年A組からD組、すべての清掃用ロッカーを調べることができた。
代わりにナニか大事なものを失ったような気がしたが。
それでカンジンの魔法陣だが……いずれの教室にもきちんとあった。多少こすれて消えかかっているのはあったけど、特に問題はなさそうだ。
やっぱり偶然1つ消えただけだったんじゃぁないの?
「ふひー、ちかれた!」
最後の3年D組教室まで調査完了し、廊下に脱出。額に浮き出た汗をぬぐう。たっぷり1時間! たかがロッカーの扉を確認するだけで、エライ時間のかかりようだ。
それにしてもこのメイド服っての、スゴイ破壊力だなぁ。男子どころか女子まであんなにコーフンして。
人気者になったみたいでちょっと嬉しかったけど、腕組んだり手でハートマークつくったり、それを写真に撮られたりとサービスしっぱなしで疲労困憊だ。
本当のコスプレ喫茶ってのもこんなカンジなのかな? 将来お金に困ってバイトすることになっても、絶対に選択肢から除外しとこう。
「そろそろ戻ろうかな……」
新太に報告しなきゃだし、ポスターの印刷もしなきゃだし。
猫耳バンドを直しつつ階段へ向かう。しかし階段手前のT字路に差し掛かったところで、勢いよくかけてきた何者かと衝突してしまった。
「わぷっ」
「あらぁ」
思ったほどの衝撃はなかった。温かくやわらかいものがクッションになったのだ。
「まぁ、杏樹ちゃんじゃないのぉ!」
可愛らしい声と同時に頭をがっちりホールドされる。クッションがさらに強く顔に押し当てられ、鼻孔いっぱいに甘い匂いが広がった。
「あ、亜子センパイっ!?」
ぶつかった相手は、生徒会副会長の神田亜子先輩だった。
驚いたことに彼女もメイド服。そういえば先輩のクラスも喫茶店をやるんだっけ。杏樹たちみたいにコスプレ喫茶じゃないから、猫耳なんてつけてないけど。
「まぁまぁまぁ! こんな猫耳なんて付けちゃってぇ! え、しっぽもぉ!?」
杏樹を解放すると、亜子先輩は改めて杏樹の全身をなめるように見つめた。
「杏樹ちゃん、すっごく似合っててすっごくカワイイわねぇ! 食べちゃいたいくらい!」
「へへ……そ、そうスかね?」
恐らくは亜子先輩の心からの賞賛に対し、杏樹は卑屈っぽい笑みを浮かべた。
カワイイ。ま、そうでしょうね。
杏樹に対するカワイイってのは、ハムスターみたいな小動物を愛でる際に抱く感情とさほど変わらない。
だってホラ、この亜子先輩ときたらどうだ?
先輩ってば、すっごくスタイルがいいから。
同じ服着てたって、その。
“クッション”部分に差がありすぎて。
極めてナニか、平均的な女子中学生に対する侮辱を感じますねぇ……!
「どうしたの、杏樹ちゃん?」
「や。別に。何でも無いス」
露骨に目をそらすと、亜子先輩は不思議そうに小首をかしげた。メイド服でそんな仕草! 破壊力が高すぎる。
くそう。カワイイなぁこの人。
などと悶えていると、突然先輩は何かを思い出したように手を打った。
「それよりもねぇ、大変なのよぉ」
「タイヘン? ナニがですか」
「イジメよ! 間違いないの! 私、見ちゃったのよ!」
「い、イジメ!?」
いきなりとんでもない単語が飛び出してきた。
脳裏に浮かぶはくせ毛の女子生徒。新太の仕事仲間で、幽霊退治のときに共闘した東雲先輩だ。
まさか、また彼女がイジメの対象に?
「何処ですか!?」
「えぇ? あ、あっちの空き教室……」
亜子先輩が、つい今しがた自分が走ってきた方向を指さす。それを確認すると、杏樹はお礼も言わずに走り出した。
廊下をちょっと進んで、トイレの前を通り過ぎた先。普段は使わない机や椅子なんかが片づけてある空き教室だ。
ものの数秒で到着。
扉のガラス部分から教室の中を覗き込む。
いた!
3年生の女子たちが5人。女子たちの陰にかくれてよく見えないが、取り囲まれるている人物も。
『いい加減にしなさいよっ』
『あんたのせいでさぁ、みんなが迷惑してるの。分かる?』
『ほんっとう、生理的にムリ! 死んでくれない!?』
口々に罵詈雑言を浴びせかける女子たち。かなり興奮している。すぐに止めないと。
「ちょっと待ってくださいっ!」
勇気を振り絞り、扉を開けて中に跳び込む。わめいていた女子たちが驚いたようにこちらを見た。
「誰よあなた!?」
「誰だっていいでしょっ」
女子たちを押しのけ、包囲の真ん中へと躍り出る。すると恐怖と苦痛に歪んだ瞳が杏樹をとらえた。
「あれ?」
そこにへたり込んでいたのは東雲先輩ではなかった。小太りで、眼鏡をかけた男子生徒だ。こちらもたぶん3年生。半泣きになって、「ヒッヒッヒッ……」って小刻みに身体を震わせている。
なんか、ちょっと思ってたのとは違う状況だな……って、イヤイヤ! いずれにしても、やるべきことは変わらないではないか!
「こんな、よってたかって。イジメなんてダメでしょう!?」
杏樹は女子たちの方へ振り返ると、がばっと両腕を広げて訴えた。猫耳メイド姿っていうのがビミョーにカッコつかないが、この際しかたがない。
徹底抗戦の構えに、女子たちが色めき立つ。
「なによあなた。3年じゃぁないわね」
「たしか陸上部員のコよね。関係ないくせに首つっこまないでよ」
「出ていきなさいよっ。これは私たちの問題よっ」
「いいえっ! 見過ごせないんですっ!」
ほんの数週間ほど前まで、杏樹はイジメというものを知識としてしか知らなかった。
だが東雲先輩と幽霊のユースケの一件で、本質の一端を理解した。
イジメは、あれはダメだ。
人としての尊厳を踏みにじり。
人格を否定し。
精神を凌辱し。
命をすら奪う。
許されざる悪行だ。
知らぬ存ぜぬも見て見ぬ振りもできない。誰だって止めに入るでしょ? フツーは。
……と、表面上では息まいていても、内心では怖くてたまらなかった。
何せ相手は3年生だ。しかも5人。まともにやったら勝ち目なんてない。
あ、そうだ。スマホ。こういうときはとりあえず録音しとけばいいかな。
そろそろとポケットの中のスマホに手を伸ばす。
「ヒーーーーーーッ!!」
突然、背後の男子生徒が悲鳴を上げた。
そのあまりの声量に、杏樹はおろか先輩女子たちまでびくりと肩を震わせる。一体何事だ?
振り返ると、男子生徒が四つん這いになって教室の外へ逃げて行くところだった。いかにも『カサカサ』という擬音がぴったりなカンジの動き。ゴキブリ的なアレ。
「え、えぇ~? 逃げた? 1人で?」
呆然と呟く杏樹。助けに来たってのに、こりゃぁヒドイ。完全に敵地で孤立した敗残兵だ。
え? これ、この後どうなっちゃうの? ぶるりと背筋が震える。
イジメの対象が逃亡したいま、もはや女子たちの怒りの銃口の向かう先はただ1つ。杏樹だ。
つまり、こんどは杏樹が彼女らのイジメの対象に……
「あ~あ……逃げられちゃった」
しかし予想に反し、女子たちの反応はあっけらかんとしていた。
「今日こそとっちめてやるつもりだったのに」
「ったく。カンケーないくせに首つっこんでこないでよね」
「それとさぁ、イジメとか言いがかりはやめなさいよ」
「そそっ。こっちはさぁ、本気なのよ」
女子たちはぶつくさ文句を言うだけで杏樹をどうこうすることはなく、1人、また1人と出て行ってしまう。最後に取り残された杏樹は「あれぇ?」とマヌケな声を上げながら首をひねった。
今のって、イジメだよね? なのになんで先輩たち、あんなに堂々としてるの? なんで杏樹に対して無頓着なの?
東雲先輩をイジメていたケイコたちなんて、証人である杏樹―イジメの瞬間をスマホで撮っていた―を黙らせようとしたっていうのに。
なんとなく廊下に顔を出し、女子たちの姿を探す。
「あっ」
廊下の向こうで先輩女子たちが誰かと話している。あれは……黒金会長ではないか? 副会長からイジメ発生の報を受けて飛んできた? にしては、詰問しているような雰囲気ではない。
会長は女子たちとの会話に気を取られているのか、杏樹には一瞥すらよこさなかった。やがて話が終わったのか、また女子たちは行ってしまう。なんでそんな、あっさりと解放を……
黒金会長は例の厳めしい顔つきで女子たちを見送ると、ぼそりと呟いた。
「もっと上手くやればいいものを……」
杏樹は顔を引っ込め、大きく深呼吸した。
心臓の鼓動が激しいのは、今になって身体が恐怖に反応してきたからだろうか? たぶん、きっと、違うのだろう。
上手くやればいいものを。
その言葉は、誰の、なにに対してのものだろう?
黒金会長の、あの奇妙な態度はなんなのだろう? あの異様な目つきはなんなのだろう?
「あ、そうだ。魔法陣」
なんか、思考がぐちゃぐちゃでまとまらなかった。なんでもいいから気を紛らわせたかった。
ロッカーへ近づき扉を開く。扉の裏、角のところを確認。
「……ない」




