第27話
551実証実験 第38号
551能力者■■■・■■■■■■■と531-2クリント・ウェインとの対話
■■■■(現調査員304―2)と対話した531-2は、クリント・ウェインと名乗る西部開拓時代のテキサス州■■■■町の保安官の霊魂だった。
当霊魂は「長年野ざらしになっている自分の亡骸を葬って欲しい」と訴え、ある地点を指示した。
機関の調査員が指定された地点に向かったところ、成人男性の白骨死体を発見。現場の状況や遺留品が、当霊魂の証言と完全に一致した。
遺骨は調査員によって回収された後、精密検査にかけられた。結果、年代や死因から遺骨は当霊魂の生前の肉体であると認定された。
検査完了後、遺骨は同町の墓地に埋葬された。数時間後、霊魂は「感謝する」との言葉を最後に消滅した。
特例:機関はアノーマリー調査活動のため、保護観察下にある551能力者を上級調査員とし、その能力を使用することができる。
朝。人気のない視聴覚室。ユリは1人で最後の準備をしていた。
部屋中のカーテンを閉め切り、折り畳み式の長机を3脚ほど、バリケードのようにして入口扉のすぐ脇へ移動させる。電灯のスイッチがあるあたりだ。
壁の時計を一瞥して時間を確認。そろそろだ。
廊下の方から荒々しい足音が響いてくる。だいたい3人分くらい。
「来やがったな」
大きく深呼吸をしてから電灯を消す。暗闇の中、身をかがめて机の陰に隠れる。
不思議と恐怖感はなかった。決戦を前に興奮しているのか、このあいだ幽霊たちとの死闘で神経が麻痺してしまったのか。
どちらでもいい。
さあ来やがれ!
「東雲っ! 何処にいるのっ!?」
扉を開くなり、まず響いてきたのはケイコの怒鳴り声だった。あからさまに苛立った様子で室内に踏み込み、しつけのなってない犬のように唸る。ここに呼び出すために用意した“エサ”が、ちょっと刺激的過ぎたらしい。
すぐ後に、取り巻きのポニーテールとツインテールも入ってきた。同じく興奮状態。よしよし。
ユリは息を殺してアイフォンを構えた。
「暗くて見えないわ!」
「明かりつけてっ」
「ちょっとまってよ~」
スイッチがある扉の脇、つまりユリが隠れているに方向へ3人の注意が向いた。
今だ!
その瞬間、ユリは身を乗り出した。慣れた手つきでアイフォンの立体投影機能を起動。3人の眼前に映像を映し出す。
「ひっ!!」
ケイコたちが硬直する。
現れたのは、学生服の少年の映像だった。普通の第一中の男子生徒。
ただし、顔の部分だけが判別できない。まるでモザイクがかかっているかのように、ぐにゃりと歪んでいる。
「ゆ、幽霊!?」
ケイコがその場に尻もちをついた。ポニーとツインも悲鳴を上げながらそれに縋りつく。
「あはははっ! 引っかかった!」
その怖がりようがあんまり面白くって、ユリは思わず笑い出してしまった。
「し、東雲っ!? なんなのよこれは!?」
「幽霊なんかじゃねーよ。ほら」
明かりをつけてから手元のスマホを揺すって見せる。するとそれに合わせて、少年の映像も空中で激しく上下した。
中林のやつに頼んで撮影させてもらったものだ。で、顔の部分だけをちょちょっと加工した。落ち着いてみればすぐに分かるようなチープな出来だが……まあケイコたちはその限りではないだろう。
幽霊に襲われたあのあと、3人そろって魔法屋さんで“処置”を受けはずだが、恐怖の記憶は完全に消してもらえなかったようだ。
「いやぁ、面白いモン見せてもらったわ。あんた、意外とカワイイとこあるね」
「な……な……」
「まさか立体映像を幽霊と勘違いするなんてなー。あ、もしかしてパパから最新機種買って貰えなかったから、分かんなかった?」
そう言って手の中のアイフォンを振って見せると、ケイコはわなわなと震え出した。
「いつのまにそんなものっ……!」
「さあぁ、いつからかなぁ? 2、3日? 1週間? それともひょっとして、1カ月くらい前だったりして」
「隠し撮りなんてして。なんて卑怯なやつなの!?」
「3人がかりで暴力振るってくるやつに言われたかないね」
折りたたんだコピー用紙を上着のポケットから取り出し、開いて投げてやる。
画像だ。ユリと、それを両脇から押さえつけているポニーとツイン。そしてユリの正面に立ち、手を振り上げているケイコ。
ベストショットの1枚だ。最新型のカメラ性能だけあってブレもなく、顔までしっかり判別できる。
ケイコたちを呼び出すにあたっては、この画像にモザイク処理したものを下駄箱に大量に押し込んでやった。『視聴覚室で待つ』との一文を添えて。
「脅すつもり!?」
コピー用紙を拾い上げながら、ケイコがうめくように言う。
「別にそんなつもりはねーよ? たださ、お前たちなら欲しがるかなって思ってさ」
「まさか他にも……」
「ああ、もちろんもあるぜ。“この中”にな」
見せつけるように手の中のアイフォンをもてあそぶ。
途端にケイコたちの目が、まるで1週間ぶりに食料を発見した遭難者のような光を放った。
さあここからだ! ごくりとつばを飲み込み、口を開く。
「なんなら今から見せて……」
言い終わるよりも前にケイコが跳びかかってきた。アイフォンを奪い取ろうと両手を伸ばしてくる。
ユリは反射的に背中を向けると、抱きすくめるようにしてアイフォンをかばった。そのまま床に両ひざをついて身をかがめて丸くなる。
一瞬あっけにとられた表情になるケイコたちだったが、その程度では止まらない。
「このっ! クソ女っ! よくもっ! よくもっ!」
容赦なく降り注ぐ蹴りや踏みつけ。ケイコだけではなく、ポニーやツインも加わってきた。
奥歯を噛みしめ懸命に耐える。脇腹やこめかみのあたりを蹴飛ばされた際には小さく悲鳴を上げてしまうが、それでも我慢。
ユリは一切の抵抗を放棄し、ただひたすらに耐えた。
耐えて耐えて、耐え続けた。
「この! いい加減にしろっ!」
埒が明かないと判断したのか、ケイコがユリの髪を引っ掴んだ。ぶちぶちという嫌な音とともに、無理やりに頭を引っ張られる。
もう充分だろう。
ちら、とケイコたちの背後へ目くばせする。
「そこまでにしてください」
窓際の方から、いやに落ち着いた声が上がった。
ぎくり、とケイコたちが硬直したのが分かった。ユリを突き飛ばすようにして解放すると、慌てて振り向く。
そこには2人の男女がスマホを構えて立っていた。1人は中林だ。もう1人の女子は……天原だったっけ。
「な……あなたたちいつからそこに……ま、まさか今の」
「ええ。一部始終を録画しました」
中林の言葉に、ケイコがへなへなとその場に座り込んだ。
ポニーテールとツインテールの取り巻きたちが、スマホを奪い取ろうと今度は中林たちに跳びかかる。
しかし中林は素早くスマホの画面をタップした。
「もうクラウド上にアップしましたよ」
その一言に、同じく力なくくずおれる2人。
それを満足げに見届けてから、ユリはゆっくりと立ち上がった。もったいぶるようにして全身についたほこりをはたき落とすと、ケイコたちを睥睨する。
「さぁぁてと。さんざんやってくれたなぁ? えぇ、おい」
ぎくり、とケイコたちがこちらを振り向いた。
「中林のと、私が貯めに貯めた証拠の動画。もしネットにアップしたらどうなるかなぁ? いや、お前の大好きなパパに見せてやったら」
「うぅ……」
「“今度はお前のパパの方が”慰謝料払うことになっちまうな。それどころか、もう議員なんてやってられなくなるかも!」
「や、やめろ!」
一転してケイコが悲痛な表情になる。
だがこの程度ではまだまだ止まらない。いや、止まれない。
「“やめろ”だぁ? それが人にものを頼む態度かよ」
「……て……さい」
「あー? よく聞こえねぇなー」
「やめてください! お願いします!」
ケイコが両ひざをつき、床に手をついて頭を下げた。その姿にポニーやツイン、中林たちまでもが驚いた表情をする。
だが反対にユリは、会心の笑みを浮かべた。
土下座! こいつ、土下座しやがった!
勝利を確信すると同時に、ぞくり、と背筋に震えが走る。
暴れ狂う陶酔に近しい感覚。
ユーチューブの復讐系動画でインスタントに摂取してきたのとは比べ物にならない。高純度の快楽が全身を駆け巡るのを感じる。
最高だ。
スカッとする。
ザマァ見ろ。
これが報いだ……!
だがユリの中で、さらに邪悪な何かがわめきだす。『もっともっと』と、どす黒い欲望が思考を支配しようと幾本もの触手を伸ばす。
だめだ、足りない。
ユリはあえいだ。決して不快ではないが、しかし満ち足りない気分。
この程度で終わりか? いいや、そんなワケないだろう。
こいつらから受けた仕打ちを思い出せ。こいつらを打ちのめせ。こいつらを破滅させろ。こいつらだけじゃぁない。こいつらの家族もだ。みんなみんな……
『頼むよユリ』
不意に。曇り空を貫く一条の光のように、脳裏に浮かぶユースケの悲し気な顔。
『俺はもう、あいつらを赦してやることにした』
赦す。
赦す、か。
…
……
………
ユリは大きく息をついた。胸の内が静けさを取り戻す。なるほど、そうか。アイツはこんな気分だったんだな。
震えるケイコの背中を見つめながら言う。
「いい子にしてな」
「……え?」
恐る恐る、という感じでケイコが顔を上げた。わけがわからない、という表情だった。
「いい子にしてな、って言ったんだ。もう二度と、私に関わるな。もちろんあっちの中林たちにもだ。ずっと一生、誰かを傷つけるようなことはするな。そうすりゃぁ、イジメの証拠データは墓まで持って行ってやる」
「……」
「分かったか? 中林たちも。それでいいな?」
「ええ。先輩さえよければ、僕たちに異論はありません」
間髪入れずに中林がうなずき、一拍遅れて隣の女子がそれにならう。
「よし。それじゃ、とっとと失せな」
顎でしゃくるようにして扉を示す。
ケイコたちはしばらく困惑したようにお互いを見合わせ、ユリの様子をうかがっていた。
3人ともとても納得できていないような、というより安心できていないような様子。だがやがてふらふらと立ち上がると、小走りに教室から出て行ってしまう。
「助かったよ、中林。それにカノジョさんも」
ケイコたちがいなくなると、ユリは2人の方へ向き直り、口ばかりにねぎらった。すると女子の方が顔を赤くして「違いますよっ!」と叫んだ。
そういやこの子、結局魔法屋さんとこのバイトなのか確かめてなかったな。ま、それはまたの機会でいいか。
「もしやつらが懲りずに何かしてきたら……そん時ぁ遠慮しなくていーから」
「ええ。各種SNSにアップロードできるようにしておきます」
中林が真顔でうなずく。普通の人間ならためらうだろうけど、こいつはその限りではない。信用していいだろう。
中林たちを見送って1人になると、ユリはすぐそばの適当な席についた。
時間にして10分くらいのやり取りだったが、ひどく疲れ切っていた。だが心地の良い疲れだった。憑き物が落ちたような、というのだろうか。すごくすっきりしている。
これでもう、ケイコたちからのイジメも終わりだ。離れて行った友人たちが戻ってくるかは分からないが……それでも、今後の学校生活がだいぶマシになるのは間違いない。
背もたれにぐーっと身体をあずけ、天井を見上げる。
「見てたかユースケ? 私、上手くやっただろ」
誰もいない視聴覚室で、その呟きはすぐに消えてしまった。
『おう。ちょっと危なっかしかったけどな』
ひょい、と視界の端から見知った学生服の男子が現れる。
ユースケだ。
ユリは大きなため息をつくと、頭をかいた。
「つーかさ。お前、分かってたのか? 自分は消えないって」
『ああ、まあ確信はしてた。ちょっと怖かったけどな』
ユースケはそう言っていたずらっぽく笑った。
そう。
あのときユリが魔法陣を描いたことで、幽霊たちは消え去った。だがユースケはそのままだった。考えてみれば簡単なことだったのだ。
そもそも過去何度となくあの魔法陣を使われてきたはずなのに、ユースケの方は50年間変わらず存在していた。となればあの魔法陣の効果対象には、そもそもユースケが含まれていなかったということになる。
あの土壇場でユースケはそれに気づいていたのだ。
「ったく。だったら言えよな。おかげで私……」
『ああ、お前ほとんど泣いてたもんな。意外とカワイイとこあるよなー』
「う、うるせー!」
『ところでさ、ちょっといいか』
ユースケがユリの隣にどっかと腰を下ろした。
「なんだよ」
『いやさ。お前は本当に、あれで満足なのか?』
ユースケが探るような目でこちらを見る。
『もっと派手に報復することだってできただろ。何故しないんだ』
「ま、そうすることもできたんだけどさ」
実際、そうしてやろうとも思ってしまった。
ため込んだ証拠のデータを全部ネット上にぶちまけて。ケイコたちを、その家族もろともにどん底まで叩き落としてやりたいと。その気持ちを否定はできない。
ひょっとしたら、とユリは思った。
人間っていういのはそもそも、常に攻撃の対象を探しているのかもしれない。
それが自身より弱いものなら都合がいい。反撃をされることがないからだ。
そしてそれを攻撃できるだけの正当性があれば、なお都合がいい。こちらが非難されることがないからだ。
自身は絶対に安全な位置から、一方的に踏みつけてやる。『人をイジメるようなヤツに対して、復讐する』なんてのは、最高だろう。
でもそれって、はたして正当と言えるのか?
その復讐がイジメに対する量刑として適していると、誰がどうやって判断するのだ?
結局最終的には、加害者と被害者が入れかわるだけではないのか?
……ああ、もう。バカバカしい!
「もう復讐ならしたからさ。充分に」
『と言うと?』
「これからしばらくの間、ケイコたちはずっと怯え続けることになるからさ」
ユリに対して行ってきた仕打ちの非道さ、悪辣さについては、ケイコ自身がよく理解している。だからこそ、やすやすと赦されるなどとは思っていないだろう。
そして、だからこそ良いのだ。
ケイコは頭のいいやつだ。この先ずっと、この一件について忘れることはない。
高等部への進学。
帝大への入学、卒業。
そして就職に結婚。
そうした人生の節々で思い起こすことだろう。『この幸福な瞬間を、台無しにされるのではないか?』と怯えることだろう。
それが彼女の償いだ。せいぜいユリの怒りをかわないように、おとなしくいい子でいるがいい。
「どーだよユースケ。これが私なりのやりかただ」
『うん。ま、いいんじゃぁないか』
2人は顔を見合わせると、くすりと笑った。
書き貯めていたぶんが投稿し終わりましたので、しばらくペースをスローダウンします。




