第28話
アノーマリーについて捕捉
各アノーマリーは、その性質に応じて4色の属性が振り分けられる。これらは主にオリジナル・アノーマリーである01、02、03の性質を参照している。
各属性の説明は以下の通りである。
黒:人類社会に対して敵対的あるいは危険性を有する。
赤:人類社会に対して友好的あるいは有益である。
白:人類社会に対して敵対的ではないが、確保、収容が困難あるいは不可能である。
灰:判別中あるいは判別が不可能である。
久しぶりに新太とケンカした。
もとよりケンカなんてそういうモンだと思うが、きっかけはとにかく下らないことだった。
ただその日の新太は、いつもと少し様子が違っていた。
「あ~もう! 今月の予定狂っちゃった!」
「仕方がないだろう、アンジー。魔法屋さんは僕らの都合なんて気にしないんだから」
日曜の午後。天気は良好。気温は暑すぎず寒すぎず。
そんな絶好のお出かけ日和だというのに、杏樹は新太と2人で歌舞伎町を歩いていた。
今日は部活が休みだったので、午前中のうちにさっさと学校の課題を終えて、午後は何して遊ぼうかな~なんて思っていたのだが。新太のヤツからメールで、『魔法屋さんからの緊急の仕事だ』なんて呼び出されたのだ。『探偵に会いに行く』だって。なんじゃそら。
「そもそもさぁ、探偵ってナニよ。私たちの仕事と関係があるの?」
「そりゃぁ、あるに決まっているだろう。だから僕らが行くんだ」
「じゃあさぁ、なんで私たちが行かなきゃならないのよ?」
「他の仲間はみんな別の仕事をしているんだ。手が空いているのは僕らだけなんだってさ」
新宿駅から出ると、周辺は大勢の人でにぎわっていた。
このあたりには遊ぶ場所も多いから、休日を過ごす選択肢としてはアリなんだろう。でも杏樹としては、どうせなら原宿の方がいい。それにばっちりオシャレしてきたって、隣にいるのがこんな雑草の根っこみたいなヘアー・スタイルの陰キャじゃなぁ。
杏樹は胡散臭い目つきで新太に問うた。
「前も言ってたけどさ。魔法屋さんって、私たちの他の人にもイロイロやらせてるの?」
「ああ。正確な人数は僕も知らないけど。たまに協力することもあるよ」
「ふーん……」
この間の東雲先輩もそうだが、どうも第一中には杏樹たち以外にも、魔法屋さん関係で仕事をしている人間がいるらしい。
いったい魔法屋さんにはどんな目的があって、どれくらいの人をこき使っているのやら。
「他の仲間のこと、気になるのかい」
「ぜんっぜん。それよか重大な問題があるもん」
新太の問いに対し、ふてくされながら応じる。
「問題って?」
「お小遣いよ! 減らされちゃったの!」
「それはまたどうして」
「テストの結果見たでしょ? 私、100位圏内から落ちちゃって……」
「ああ。そういえばそうだったね」
第一中は伝統的に、定期テストや学力テストの度に結果を廊下に張り出している。
学年ごとに順位付けされた100名の名前がずらりと並ぶさまは実に圧巻で、上位10名ともなると校長が特別に、ぶっとい筆でデカデカと行書書きするという気合の入りようだ。
で、カンジンの杏樹は124位だったもんだから、当然圏外。前回はギリギリ95位だったのに大幅に成績ダウンだ。
これはマズイと思い、しばらく両親には結果を黙っていたのだが。今日の昼食中の雑談で話題に上ってしまい……白状せざるを得なくなってしまった。
「2割も減らされたのよ!? レイナたちと映画行ったり服買ったり! イロイロ計画してたのが台無しよ!」
「それは残念だったけど……と、こっちだ」
前を歩いていた新太が脇道へと入っていく。裏路地へ向かうルートだ。目に飛び込んでくる、いかがわしい店の看板。うんざりしながらついていく。
新太がこちらを振り返りながら言った。
「結果は受け入れるしかないよ。また次回のテストで挽回すればいいのさ」
「……嫌味? それ、嫌味で言ってるの?」
「別にそんなつもりは」
「へーへー。あんたはいいわよね。なにせ5位でしたもんね!」
杏樹は不機嫌さを隠そうともせずにうなった。
そう。なんと新太は5位だった。
杏樹たち2年生は総勢208名。その中で5位ってんだから、そりゃぁもうスゴイことだ。
そんな頭脳明晰でいらっしゃる新太サマが『また次、ガンバレ』みたいなことを軽~くおっしゃられたもんだから、それはもう杏樹はカチンときてしまった。
「私はねぇ。あんたと違って、部活で忙しいのよ。それに友達付き合いだってあるの。あんたみたいに勉強ばっかりしてられないのよ」
「それを言うなら僕にだって、生徒会の仕事がある。それに今みたいに魔法屋さんの仕事が……」
「それこそ私も一緒じゃない」
「む、そうか」
「そもそも私、あんたみたいに勉強が好きで好きでたまらないってわけじゃぁないのよ。陸上に比べて、モチベーションが上がんないのよね」
「僕は特別、勉強が好きというわけじゃぁないんだけど……」
「だってヒマさえあれば勉強ばっかりしてんじゃん。今だって、ホラ」
新太の手に握られているメモ帳を指さす。そこに描かれているのは目的地への地図などではなく、化学反応式だ。水素と酸素が反応して水ができるだのを、元素記号であらわしたヤツ。
コイツめ杏樹を案内しながら、それをパラパラめくって勉強しているのだ。
指摘すると新太は、心外とばかりに眉根を寄せた。
「たしかに勉強が好きな人はいるだろうけど、僕は違う。必要だと思っているからしているだけだ」
「何よ。将来のためってこと?」
「まあ……そんなところだ」
新太は何故だか口ごもり、意味深な視線を寄越した。
「何よ?」
「いや。別に。何も」
「……? じゃぁあんた、ご両親みたいに研究職に就きたいの?」
家族ぐるみの付き合いなので知っているが、新太のご両親は2人とも帝重―つまり帝國重工の研究部門で、いくつかのチームを率いている。そんな2人の影響を受けたと考えれば、今からガリガリ勉強しているのにも納得できた。
しかし新太は素早く首を横に振る。
「いいや違う。そういうんじゃぁない。確かに両親を尊敬しているけど、目標とはしていない」
「じゃぁ何よ」
「それは……」
うつむき黙りこくる新太。
学力テストに小遣い。それに急な呼び出しでイライラしていた杏樹は、新太のこのはっきりしない言動に完全に頭にきてしまった。
元よりここ最近はストレスになる要素が多すぎた。魔法屋さんがらみの異常な事件。命の危機すら覚えるトラブル。分からないこと、思い通りにならないことの連続だったのだ。
それで無意識のうちに新太をはけ口にしてしまったのかもしれない。
杏樹はことさらに厭味ったらしく言った。
「あーハイハイ。あんたはご立派ですよ。好きでもないお勉強を一生懸命ガンバレて。偉いですわね、ホントに!」
「どうしたんだアンジー。まさか、怒っているのか?」
新太が、今度は困ったように首をかしげる。
「いえいえ! べつにぜんっぜん、これっぽっちも怒ってなんかいませんわよ!」
「嘘だ。僕には分かる。何故だか知らないが君は……とても不機嫌だ」
「あーそう。お勉強のことだけかと思ったけど、それくらいの機微は分かるんだ。普段からそれくらい察し良くなって欲しいもんですけどねぇー」
裏通りとはいえ休日だ。少ないながらも人通りがある。それなのにこんなに大騒ぎしていれば嫌でも好奇の視線が注がれるものだ。
だがこのときの杏樹には、それを気にしている余裕がなかった。
そして、それがマズかった。
新太の表情が険しくなりつつあるのにも気づけなかったのだ。
「なんでそこまで言うんだ。僕はただ……」
「なによ、事実じゃぁない。エラっそうにあーだこーだ言うけど、あんた人の気持ちなんて全然考えられないじゃない」
「僕は……」
「はぁー? 言いたいことがあるんならはっきり言いなさいよ」
「僕は……! 僕は……!」
新太がこちらに向けた人差し指をぶんぶんと振るう。その瞬間、ハッとした。
長い付き合いだから分かっている。こいつのこの仕草。本気で頭にきているときのやつだ。
マズイ、と思った。
でも、もう遅かった。
「な、なによっ」
「怒っているんだ! とても不愉快だ!!」
言われるまでもない。そんなことは杏樹どころか、そこらの通行人にだって理解できている。それくらいに興奮した新太は突然、杏樹を押しのけるようにして元来た道を引き返した。
「ちょっと! ドコ行くのよ!?」
「クール・ダウンだ! 僕は落ち着く必要がある!」
「じゃあ探偵はどうすんの!?」
「き、君1人で行けばいい! 僕は、あ、後から行くんだ!」
ドスドスと荒々しく足を踏み鳴らし、新太は去って行った。
杏樹はしばし呆然とその場に立ち尽くしていたが、やがて周囲の憐みとも嘲りともつかない視線に気づく。
「ふん。なんだよ、あいつ」
居心地の悪さを誤魔化すように、ぷんすこ怒りながら歩き出す。新太の真似して足を踏み鳴らしながら。だがそんなやせ我慢じみた勢いはすぐに失せてしまった。
原因が自分にあることくらいは理解できていた。
ああまったくバカなことをした。まさか新太があんなに怒るだなんて。
とは言えあいつにだって問題はある。人の気持ちを察することができないのは事実だし、杏樹の意見をことごとく無視するし。
ああ、それとそうだ。こんなアブナイ場所にか弱い女子を1人置き去りにするだなんて。男としての自覚があるのか、まったく。
胸中で文句をたれながらトボトボと歩く。幸いなことに、目的地はすでにスマホの地図アプリに入力してあったので、杏樹1人でも迷うことはなかった。
10分足らずで1棟のビルに到着する。
雑居ビル、というのだろうか。看板を確認してみると、いくつものテナント名が並んでいる。この中のどれかのハズだが……はて。
「あれぇ? おかしいな」
『〇〇探偵事務所』みたいなのは見当たらない。ホントにこのビルなのか?
首をかしげてスマホを確認していると、そのビルの入口から1人の男が現れた。
30、いや40代くらいだろうか。不精髭にもじゃもじゃの髪。黒地に白のストライプが入ったスーツ。胸元をはだけた黒色のシャツからは強めのコロンの香り。
うわ、と杏樹は思わず顔をしかめた。
この辺でよく見るガラの悪そーなオジサンたち。たぶんヤクザ屋さんとかそっち系の人たちだな、と杏樹はあたりをつけた。しかしその男の足元を見て、「ん?」と目を細める。
男が履いているのは、スニーカーだった。しかも結構靴底がすり減っていて、汚れもヒドイ。杏樹が今までに履き潰してきたのと同じようなカンジだ。スーツの方はハイブランドなのに、とんでもないミスマッチではないか。
「あ?」
じろじろ見ていると、オジサンの方も杏樹に気づいた。薄い色のサングラスをずり下げながら、ねめつけてくる。
「お嬢ちゃん、なんでこんなとこ来てんの? 1人?」
鼻をつく口臭。タバコとコーヒーの臭いが混ざり合った、あのキッツイやつだ。反射的に後ずさりすると、オジサンの目が一気に胡散臭いものを見るそれになった。
「お前、まさか中学生か? ここでバイトしてんじゃぁねぇだろうな」
「な、なんの話ですか」
「コスプレ喫茶だよ。とぼけんな」
こ、こすぷれ喫茶……。そういやさっき看板に『ご主人様、おかえりなさいませ~』なんてテナント名が書いてあって、なんじゃこりゃって思ったが。このビルそんな店まで入ってたんだ。
マズイなぁ。ってかそもそも、なんでヤクザ屋さんがそんなこと気にするんだろうか。“ショバダイ”とか“ミカジメリョー”とかそういうやつ? ど、どうしよう……
今までに対峙してきた“力”のもち主に対するそれとは異なる恐怖を抱き、動けなくなってしまう杏樹。
「ちょっと話、聞かせてもらおうか。来な」
「ひ……」
固まって動けないでいると、オジサンが手を伸ばしてきた。あんまり怖くて身を固くする杏樹。
……が、直後にオジサンの方も硬直した。目を見開き、冷や汗をかいている。
「あ、アニキ。こりゃぁどうも……」
オジサンが口の端を引きつらせながら言った。
アニキ? アニキって、誰?
振り向くとすぐ背後に、また別の男が立っていた。
スラっとした背の高い青年だ。短く刈り上げた髪に、やや切れ長の目。一見して分かる、オジサンのそれとは異なる紺色の高級スーツに身を包んでいる。靴の方も、ピッカピカに磨かれた黒革だ。
間違いない、こっちもヤクザ屋さんだ。それもきっとインテリ・ヤクザって呼ばれるヤツ!
「オイ」
ナゾのお兄さんはオジサンに対し、不機嫌そうに言った。
「この俺が。いつ。テメェーみてぇーな息の臭ぇ男と盃交わしたってんだ? あ?」
「い、いや。それは」
「ヤクザじゃねぇーんだ。俺をアニキと呼ぶな。藤宮さんと呼べ」
意外なことにこの人たち、この見た目でヤクザじゃなかったらしい。口調はどこをとってもヤクザだけど。しかしいずれにしろ、両者の力関係は圧倒的なようだった。
オジサンが卑屈に笑いながら、ヘコヘコと頭を下げる。
「すんません藤宮さんっ! ですが、そのガキがですね……」
「ああ。そいつぁ俺の客だ」
「ええ!?」
これにはオジサンだけでなく、杏樹も驚いた。ではこのナゾのお兄さんが、魔法屋さんに頼まれていた探偵ということか?
「分かったら失せな。忙しいんでな」
お兄さんがオジサンに対し、うっとうしげにシッシッと手で払う仕草をする。
途端にオジサンが捨て犬のような表情になった。
「で、ですがアニキ。大事なお話が……」
「何べん言ったら分かるんだ、あぁ? 俺を! アニキと! 呼ぶな!」
「ヒ、ヒェ……」
メンチを切るって言うんだろうか。お兄さんがすんごい目つきになる。具体的には、杏樹のテスト結果を聞いた時の母さんよりもすごい。お腹にまで響いてきそうな恐ろしい声音も相まって、全身の筋肉が痙攣してしまったような感覚になる。
その威圧をもろに浴びたオジサンは、鯉のように口をパクパクさせると、すぐにその場から走り去ってしまった。あ、あのフォーム。かなりサマになってるなぁ……
杏樹もその後に続いて全力逃走したいところだったが、残念ながらそうはいかなかった。お兄さんに肩を抑えられてしまったのだ。
「悪かったな。あいつ、おっかなかったろ?」
「ひぃぇっ! しょ、しょんなことありませんっ!」
むしろ貴方の方がずっとコワかったです!
などと正直に言えるはずもなく、直立不動で応答する。
そんな杏樹の心境を知ってか知らずか、お兄さんは軽く笑いながらビルの中へ入って行った。と、扉を開けたところで振り向き、一言。
「上がんな、お嬢さん。俺に用があるんだろ」
逃げるなよ、と。
つまりそういうことのようだ。
次の投稿はたぶん土曜日頃になります。




