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第25話


アノーマリー531―2:反転したゴースト

 種別:灰

 アノーマリー531―2(以下、531―2)は、531と同じく実体を伴わない虚像であり、人間に近しい外見的特徴を有する。しかし531―2は531と異なり、アノーマリー551(以下、551)によってのみその存在を認識可能である。

 531-2は人類に対して敵対的ではなく、極めて理性的かつ意思の疎通が可能である。また531-2の人格、記憶は過去に死亡した人物と一致する。

 531-2は常人には認識できないというその特性上、当初は存在を疑問視されてきたが、551による数々の実証実験を経た結果、機関によって認定されるに運びとなった。



 杏樹が新太たちに追いついたのは、音楽室から廊下を少し進んだ先の行き止まりだった。

 新太は体力がないので、たったこれだけの距離を走っただけでもヒドイ息切れを起こしていたが、スマホを構えた腕はそのままだった。

 一見すると新太が1人で突っ立っているだけだが、スマホの画面を覗き込んでみるとはっきり分かる。

 幽霊のユースケだ。壁にもたれかかるようにしてうずくまっている。


『酷ぇなぁ。酷ぇよ』

 

 ユースケのうめきがスマホを通して聞こえてきた。とても苦しそうだった。


『最初っからユリは、俺を退治するために近づいてきたのか。……お前らも?』

「ええ。東雲先輩にその気がないようなら、僕が代行することになっています」

『そうか……』


 新太の言葉に、ユースケの表情が少しだけ和らいだ。

 たしかに東雲先輩がこの幽霊に近づいた本来の目的はそれだ。だが彼女は半年以上もそれを達成していない。どんな理由があってか、躊躇したからだ。

 その事実にユースケは、多少なりとも救われたことだろう。


「でも、実は少し迷っているんです」

『なんでだよ?』

「聞いていた幽霊の情報とユースケさんは、乖離しているように思えるからです」

「あ! それ、私も思った!」


 杏樹は大きくうなずいた。


『どういうことだ?』

「だってさー、こうして話が通じるし」

「そうです。なにより半年も一緒にいた東雲先輩が無事だなんて、明らかにおかしい」

『そんなこと言われてもな。俺、別にユリやお前らをどうこうするつもりなんてなかったし……』


 杏樹たちが魔法屋さんから聞いた話では、そもそも幽霊というのはまともに意思疎通ができない相手だそうだ。そして生きた人間を襲って生命力を奪い、サイアク殺してしまうのだとか。

 いつかの江田島先輩みたいな、とても危険な存在だ。そうでなければ、こうしてわざわざ探し出して退治しようだなんてするワケがない。

 だが目の前のユースケは、そのいずれにも当てはまらない。新太のスマホ越しでなければ認識できないという一点を除けば、フツーの中学生と同じようなもんだ。

 では、魔法屋さんからの依頼は間違いだったのか?

 3人でそろって首をかしげる。

 そのとき悲鳴が上がった。絹を裂くがごときそれは、まさしく女子生徒のもの!

 すぐ近くだ。というかこれは多分。


『今のなんだ? 音楽室の方みたいだったけど』

「ええ。恐らく……む!」


 新太のスマホから無機質なアラーム音が流れた。瞬間、新太の表情がこわばる。


「アンジー、行くぞ!」

「え? え?」

「彼じゃぁなかった! “こっち”が当たりだ!」

『お、おい!? どうしたんだよいったい!?』


 またも新太がスマホを構えたまま音楽室の方へ向かう。杏樹もそれに続いた。ユースケはどうしようか? との考えがよぎるが問題はなかった。スマホの画面にユースケの後姿が映っていたからだ。すでに追い越されていたらしい。

 意外に足が速いな、この人。

 

「さっきのアラーム! あれ、何なの? 前も聞いたけど」

「通知音だ! “この世にあるはずのない何か”を知らせてくれる!」


 つくづく、どーなっとるんだそのスマホは。


「それはつまり……」

「ユースケさんじゃぁなかった! 退治するべき幽霊は……」


 音楽室に突入する。

 床にへたり込んでいるのは東雲先輩。そしていつの間に現れたのか、彼女の両脇に縋りつくようにして縮こまっている女子生徒2名。ポニーテールとツインテールが特徴的で、名前は知らないが見た顔だ。おそらく杏樹たちと同じ2年生。 

 目を引くのはもう2人。教室の中央で向かい合うようにして立っている。

 1人は制服からして男子。こちらに背中を向けているので顔は見えない。その向かい側にいるのは、やはり同じ2年の……たしか、ケイコだったか。親が議員をやってるとかでスゲー偉そうなヤツ。なぜか立ったまま白目を剥いて、ガクガクと痙攣している。 

 その首に伸びるのは名も知らぬ男子生徒の両手。

 あれはまさか、首を絞めて……?


『お前、梅沢か?』


 突然、ユースケが呟く。

 すると男子生徒が反応した。くるりと、恐らくこちらの方を見る。

 恐らくというのは、はっきり断言できなかったからだ。

 なにせその男子生徒の顔ときたら、手振れしたときの写真のように目も鼻も口もぐちゃぐちゃで、まったく判別できなかったのだから。

 だが全身の鳥肌が教えてくれる。“あいつ”め、私たちをじっと見つめている……!

 

『いや松下? それとも竹田? ……なんでだよ、お前らは自殺なんてしなかっただろ……!?』


 何だか分からないヤツに向かって、ユースケはなおも語りかける。するとその“何か”が、パッと両手を放した。

 どさ、と床にケイコがくずおれる。びくんびくんと、陸に打ち上げられた魚のように小刻みに身体を弾ませ、口から泡を吹く。

 “何か”は、ぬるぬると気持ちの悪い動きをしながら杏樹たちの方へと向き直った。

 

「東雲先輩! これはまずい!」


 新太が焦燥も露わに叫んだ。


「肉眼ではっきり視認できる! 危険です!」


 新太が言い終わるよりも早く、ユースケがその“何か”に向かって突進した。体当たりをしながら床に押し倒すと、そのまま馬乗りになって押さえつける。


「アンジー! 今だ!」

「あっ、うん」


 新太に示され杏樹は我に返った。ケイコのもとへ駆け寄ると、脇を抱えるようにして引っ張り起こす。 

 恐怖を感じていたはずなのに、身体は問題なく動く。すでに何度か“この世のものではない力”と相対してきたからだ。

 むしろこの状況でも手伝ってくれない新太に対して怒りがわくが……こいつは非力だし、すぐにセクシュアルなんちゃらだのとイイワケするし、仕方がない。


「東雲先輩! そっちの2人も早く!」

「分かってる……! オラ、おめーら! とっとと立て!」

「ひぃぃっ」

「お、置いてかないで……」

「分かったから走れ!」

 

 東雲先輩がお尻を蹴飛ばすと、ポニーテールとツインテールの2人が泣き言をわめきながらも立ち上がった。そのまま一緒に音楽室を脱出する。

 

「駄目だ! そっちへは行けない!」


 ケイコを連れて教室棟へ向かおうとしたところで、新太に腕を引っ張られた。反対側の階段の方向を指し示される。


「はぁ!? なんでよ!?」

「“やつら”を引きつれて行くわけにはいかないだろう。目撃者も増やしたくない!」

「じゃぁ私たちだけでなんとかしなきゃいけないってこと!? ……ってか“やつら”って?」


 新太が、音楽室に向けて構えているスマホを指し示す。画面を見ると、見事なフォームでこちらへと疾走してくるユースケの姿が。その背後には、先ほどの“何か”が見える。

 1人ではない。2人、3人……。

 人間と同じ数え方で正しいのかは分からないが、とにかくぞろぞろと音楽室からあふれ出てくる。どいつもこいつもぬろぬろと気色の悪い動きをして。

 出来の悪いホラー映画のような光景に、「うひぇっ……!」と変な悲鳴が漏れた。新太に指示されるまま、特別棟の奥の階段へと走り出す。ケイコを抱えたままだが、とにかく全力だ。

 ポニーとツインも、顔をくしゃくしゃにしながらついてきた。


「アンジー。その子の様子は?」


 新太が並走しながらケイコを指さす。


「なんか、身体が冷たいカンジがする。心臓は動いてるみたいだけど」

「……まずいな。生体機能が低下しているんだ」

「あいつらのせいだよね? あれが幽霊なの?」

「ああ。あいつら、生きた人間から生命エネルギーを奪うんだ。このままだと大惨事になるぞ」

「うひぇっ……」


 つまりあの幽霊たちをとっとと退治しないと、杏樹たちも危険だということだ。それにこのケイコを魔法屋さんのところへ連れて行って“適切な処置”をしてもらわないと、サイアク死んでしまうかもしれない。


「先輩、分かっていますね?」


 新太が東雲先輩の方を向くと、珍しく怒気を孕んだ声で言った。


「貴女が今まで定期的に行ってきた退治を、半年間も怠ったことが原因だ。もう時間がない。いますぐに仕事の完遂を」

「……分ぁってるよ」 

「では退治はお任せします。僕も手順を教わっていますが、初回で上手くできる自信はない」

「ああ。今度こそ私がきっちりやる」


 幽霊を退治する。魔法屋さんが言うには、魔力的因子だか何だかによって引き起こされた不特定な記憶の集合を解くための術式をうんたらかんたら……とか。新太と一緒に説明は受けたが、よく分からんかった。


「でもどうやって? このコたち連れたままじゃぁ……」

 

 杏樹がたずねる。

 ケイコは目を覚ます気配がないし、他の2人は状況が理解できていない。あの幽霊たち、動きはだいぶ鈍いようだが、なんせ数が多い。退治の準備をしていたらすぐに全員取り囲まれてしまうだろう。


「そうだな。それなら」


 階段にたどり着いたところで、新太が言った。


「二手に別れよう」


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