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第24話


 アノーマリー531:ゴースト

 種別:黒

 アノーマリー531(以下、531)は、実体を伴わない虚像である。531は視覚および聴覚によって認識できるが、カメラなどを媒介するとその姿は視認不可能となる。また531は人間に近しい外見的特徴を有する。

 531は人間を含むあらゆる生物に対して極めて敵対的かつ攻撃的である。531が生物の存在を認識した場合、接近して接触しようとする。

 531の接触を受けた生物は、直ちに身体機能に悪影響を受ける。具体的には倦怠感、急激な循環器系の機能低下と、それに伴う意識の消失である。531による接触が連続で5分以上に達する場合、接触を受けた生物は死亡する。

 


「つまり、やましいことは何もないんだな?」


 下駄箱の前で上履きを引っかけながら新太が問うてきた。

 このバカに朝っぱらから叩き起こされたもんだから、今日はいつもよりだいぶ早めの登校だった。したがって周囲にはあまり生徒たちの姿は見えない。

 それでも杏樹は声を抑え気味にして答えた。


「やましいってナニよ。ただちょっと話してただけじゃない。ってか、あんたにカンケーないでしょ」

「そのおかげで時間をとられたんだ。僕には聞く権利がある」

「そんなのあんたの都合でしょ。ってか私はそれに付き合わされて、貴重な朝の睡眠時間を削られたのよ」

「7時半まで寝ているアンジーが悪い。アスリートなら生活習慣の構築なんて基本の……」

「あーはいはい! 私が悪うござんした!」


 うんざりだ。つい先ほど、校門のところで1年の男子とちょっと話をしただけでこの騒ぎ。

 やれ『今のは誰だ』だの『何を話していた』だの『いつからの付き合いなんだ』だのと。お前は私のお父さんか、と。

 

和泉いずみ君とは最近知り合ったのよ。別にやましいことなんてないっての」

「何故、1年生である彼とアンジーが知り合うんだ? 接点は?」

「向こうから声かけてきたのよ。かるい挨拶程度!」

「その具体的な会話内容について知りたいんだけど……」

「あーもう! それよか東雲しののめ先輩のとこ行くんでしょ!? そのために付き合わされてるんだよ、私!」

「む。そうだったな」


 新太はまだ納得していないようだったが、仕事をおろそかにするつもりはないようだった。杏樹に促され玄関から特別棟へと向かう。

 3年生に聞き込みをしたところ、東雲先輩は授業以外の時間をおおむね教室棟の外で過ごしているとのことだった。となれば、まずあたるべきは特別棟だ。

 授業とか生徒会とかの用事でもなければ、そうそうあそこに立ち入る生徒はいない。


「それでさ。会ったらどうすんの?」


 新太がスマホを取り出したのを見てたずねる。杏樹が持っているのより一・二世代前の型。それを使うと例のユースケとかいうやつ、つまり“人間ではないもの”の存在が分かるんだとか。

 どういう機能だ、そりゃ。私のにはついてないぞ。


「まずは仕事を完遂する意志があるかを確認する。前回はうやむやになってしまったけど」

「それで、先輩にその意志がなかったら……」

「僕が代行することになる。それが魔法屋さんからの依頼だ」


 新太がスマホの画面を見つめて軽くうなずく。どうやらその人間でないものの反応があったようだ。歩くスピードが早くなる。杏樹も慌ててそれに合わせた。

 杏樹が仕入れた情報によれば、東雲先輩はクラスどころか学年内で孤立している。教室を離れがちなのもそれが理由だ。そしてそんな状態の彼女なら、今もきっとユースケと一緒にいるだろう。だから手っ取り早く、そっちを探すことにしたのだ。

 階段の近くに差し掛かると、かすかに何かが聞こえてきた。興奮した女子の声だ。内容ははっきりしないが、誰かに向かってどなりつけているようなカンジ。

 当たりだ。

 間違いなく“いる”。

 階段を上り、声を頼りに音楽室の前にたどり着く。新太がカメラ・モードでスマホを構えて扉を開いた。


「っ!?」


 中にはやはり、東雲先輩がいた。ぎくりとした表情でこちらに視線を送ってくる。彼女1人だけ。他には誰の気配もない。しかし新太のスマホを通して、再度教室の中を見てみると。


『おっ。なんだよ、またお前らか』


 いた。

 画面の中には以前出会った、外見的特徴に乏しい男子生徒の姿が。こちらを見つめている。ご丁寧なことに声まで聞こえてきた。画面から目を放して教室の中を確認してみるが、東雲先輩以外は見えない。やはり彼は人間ではないく、幽霊だ。

 ……つくづくどうなってるんだ、このスマホは?

 

「おはようございます東雲先輩。それとユースケさん」 

「ども……」


 新太と2人で挨拶するが、東雲先輩の方は返事もせずに顔をそらしてしまった。かろうじてユースケだけが『おう、おはよう』とだけ返してくる。

 どうも揉めていたようだ。思春期の男女が2人でとなれば、おいそれと部外者が割って入るべきではないのだろうが。


「お取込み中だったみたいですね。またにしようか、新太」

「いや。駄目だ」


 やんわりと退場を促すが、空気の読めない新太はスマホを構えたまま、ずいと前へ進み出た。


「大至急、仕事についてお話ししたいんです」

「……今、そんな気分じゃない」

「先日もそんな調子でうやむやになってしまった。何度も催促されていたでしょう?」

「いーんだよ別に。少しぐらい遅れたって構やしない」

「駄目です。今。今すぐに、意志確認をさせていただきます」

「うるせーなお前。ヤクザの取り立てかよっ」


 振り向きざま、先輩がとんでもない目つきで睨みつけてきた。

 こ、コワイ……。初めて会ったときから思っていたけど、この人すっごくガラが悪い。第一中だと珍しいタイプだなぁ。


『まぁまぁ。ちょっと落ち着けよ』


 見かねたのか、ユースケが間に割って入ってきた。

 

『こないだもそんな話してたけどさ。幽霊探してるって? 俺のことだろ』

「はい。恐らく」

『いったいそりゃぁどうして……』

「ま、魔法屋さんから頼まれてたからですっ」


 新太が答えるよりも早く、杏樹は言った。

 たぶんこのユースケが聞きたいのは違う意味での“どうして”なのだと思うが。バカ正直に答えてしまったら絶対にメンドーなことになる。東雲先輩に話を聞くにしても、せめてユースケのいないところでだ。

 

『魔法屋ぁ? なんだそりゃ、ゲームの話か?』


 ユースケが胡散臭そうに眉根を寄せた。とても自然な反応だと杏樹は感じた。

 先日はちょっと顔を合わせた程度だったが、実際こうして話してみるとフツーの人だなと思う。理性的で、きちんと会話ができる。

 “新太から聞いていたの”とはズイブンと印象が違うようだ。


「ゲームとかじゃぁなくてですね。本当にいるんです。魔法屋さん」

『そういえば最近、占いやって小遣い稼ぎしてるやつがいたけど。そいつのことか?』

「いえ、そうではなくて。歌舞伎町にお店があって、そこで魔法を売っているんです。第一中では有名なはずですけど」

『あー。女子が話してるのを何度か聞いたことがあったかなぁ……』


 ユースケが首をひねった。


『それで結局、俺を見つけてどーしようってんだよ。捕まえて薬の材料にでもしようっての?』

「それは……」


 そのとき視界の端で、東雲先輩がかすかに首を振った。『余計なことを言うな』ということだろう。もちろん杏樹もそのつもりだった。

 しかしどう誤魔化したものかと考えあぐねているうちに、新太が反応してしまった。


「退治です」


 その言葉に東雲先輩と、そして画面の中のユースケの表情が引きつるのが見えた。


『た、退治? ははっ。なんだよそれ』

「分かりやすく言えば駆除です。殺処分……だと不適切ですね。もう生きていないわけですから」

『つまり、つまり。俺のことを消そうと』

「はい。それが東雲先輩が魔法屋さんから請け負っていた仕事でした」

『いやいやいや。冗談だろ? その魔法屋さんとかいうのも』

「事実です。先輩は過去に80件以上も、この第一中に発生した幽霊を駆除してきました。仲間内では一番です」

『……そうなのかよ、ユリ?』


 ユースケがさらに青ざめ、すがるように東雲先輩の方を見た。だが彼女は答えない。ユースケよりもさらに真っ青な顔で。さながら死人のように虚ろになって視線を逸らすのみ。

 嫌な予感が的中してしまった。

 東雲先輩がいつまでも幽霊であるユースケを退治できないでいる理由について、杏樹はなんとなくだが想像していた。そして実際に2人が一緒にいる場面を見て確信した。

 彼女はユースケを退治したくないのだ。


『嘘だろ……俺はお前のこと、友達だと思って……』


 突然ユースケが扉の方に向かって走り出した。つまり杏樹たちの立っている位置だ。慌てて跳び退ってから、『そもそも幽霊だからぶつかったりしないんじゃぁ?』などと間の抜けたことを考える。


「待て!」

 

 新太もスマホ片手に廊下を走り出した。追うつもりのようだ。杏樹もそれにならおうとして……そこでちらりと音楽室の方を見た。中では東雲先輩が力なくうなだれている。

 声をかけるべきかとも思ったが、やめておいた。

 



 ユリは呆然と立ち尽くしていた。

 すぐに追いかけるべきなのは分かっていた。しかしそれで、彼に何と言えばいいのだ? ユリが魔法屋さんから幽霊退治を依頼されていたのは事実だ。あの日も、ユースケと出会ったときもさっさと仕事をするつもりだった。

 でもできなかった。話してるうちにだんだん気が合ってきて。

 今はもう、ぜんぜん退治したくなんてない。この学校でただ1人、ユリを支えてくたユースケを、この手で滅ぼすなんて。

 それにそもそも彼は……


「あ、いたいた! クソせんぱ~い!」


 最悪なタイミングで最悪なやつらが現れた。音楽室の入口に、ケイコとその取り巻き2人が立っている。こっちを見るなり、あの上品な笑みを浮かべて近づいてきた。


「副会長の言った通りでしたね。『たぶん特別棟だろう』って」

「なーるほど。教室に姿が見えないと思ったら、こっちに逃げ込んでたんだ」


 ケイコはユリの眼前に立つと、気取った仕草で長い髪をかき上げた。そしてわざとらしく鼻をつまんで見せる。


「あ~クサいクサい! 朝から臭いますねぇ先輩」

「やっぱり親がアレだから。仕方がないんでしょうねぇ」

「お金のためならどんな男にも媚びて。本当に最低!」


 これまたいつものように始まる、聞くに堪えない悪辣な侮蔑。しかも母さんのことを……!

 許せなかったが、今はこいつらの相手をしている場合ではない。脇をすり抜けて出て行こうとする。

 だがそれにケイコが素早く反応した。腕をつかんで引き寄せられ、直後に肩を押される。バランスを崩したユリは、したたかに床に尻もちをついた。

 イジメの証拠をつかむ絶好のチャンスだったが、ポケットの中のスマホに手を伸ばす余裕はなかった。というよりユースケのことで気が動転していて、そこまで考えが至らなかった。

 

「くっ……!」


 すぐに立ち上がろうとするが、肩を踏みつけられて強制的に仰向けにさせられた。


「いい加減、出て行ってくれませんかぁ?」


 ケイコがすました顔を近づけながら言った。


「先輩みたいな人、この第一中には相応しくないと思うんですけど」

「好き勝手言いやがって!」

「事実でしょ? 自分の母親が“アレ”だなんて。私だったら恥ずかしくって、とても生きていられないですよ」


 相変わらずの笑顔から繰り出されるおぞましい言葉。恐怖を怒りが塗りつぶしていく。自分のことならまだ我慢できる。だが母さんを侮辱されるのは許せない。


「……はっ! 私が相応しくないってんなら、お前の方はどうなんだよ?」

 

 ユリは精一杯の虚勢をはりながら笑った。


「学力テストの結果が出たよな。私は5位だったぜ。お前は?」

「む……」

「たしか20位だったよなぁ? ま、おバカなお前にしちゃぁ頑張った方じゃぁねーのか」

「わ、私がバカですって!?」

「ちなみに私、1年生の頃から10位より下になったことないんだ。“恥ずかしくないのか?” ええ、おい!」


 ケイコの顔から笑みが消え、反対に羞恥による歪みが生じる。


「ふざけるなっ!」


 衝撃とともに世界が明滅する。遅れて顎のあたりに鈍痛。蹴られたようだ。くらくらしながらもケイコをキッと見据える。


「……なに? その目。被害者のつもり? 悪いのはお前らの方でしょっ」


 ぐいっと、ユリの肩を踏みつけてくる力が増した。


「お前らのせいで父さんが。父さんがどれだけ苦しんでるか分かってるの? それなのに平気な顔しやがって。お前らなんか……お前らなんかっ」


 ケイコが怒りも露わにわめく。

 テメーこそ被害者面すんな。そう言い返そうとしたとき。

 不意に妙な気配がした。

 そんな場合ではないというのに、ケイコたちから視線を外してそちらを見つめてしまう。

 音楽室の入口に誰かが立っていた。学生服を着た、男子だ。

 ユースケか、もしくは中林のやつが戻ってきたのか? 一瞬そう思ったが違った。

 そいつはそのどちらでもなかった。かといって別の生徒でもなかった。

 

 そしてなにより。

 

 人ではなかった。

 

「え……?」


 ユリの様子がおかしいことに気が付いたのか、ケイコたちもそろって背後の入口の方を見た。そして硬直する。

 

「な、な、な、なに? あなた……」


 ケイコが震えながら問いかける。しかしそいつは答えなかった。

 そいつには、そもそも顔がなかった。

 首から上の部分だけが、なぜかモザイクがかかったみたいにガサガサしていてまったく見えないのだ。目も口も鼻も、あるのかどうだか分からない。

 だけどはっきりと伝わってくる。

 今しがたユリが。そしてたぶん、ケイコが抱いていたのと同じ感情。怒りと、憎悪と、敵意だ。


 そいつはぬらりとこちらに近寄ってくると。


 目の前のケイコの首に向かって両手を伸ばした。


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