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修行2

次の日は王弟よりも早く起きて、衝立の裏で素早く身支度をした。朝食は寝室で王弟と共に取った。


「昨日の修行で何か成果はあったのか?」


「今のところは何も…。」


アンナは執務室では瞑想と祈祷以外は何もできないので、思い切って王弟に聞いてみた。


「暇な時間に執務室にある本を読んでもよろしいですか?」


すると王弟はギロリとアンナを睨んだ。


「暇な時間にだと?」


「は…はい。執務室でできる修行は限られていますので…。」


「…おまえは帝国の字が読めるのか?」


「…?一応読み書きはできますけど。算術も簡単なものであれば。」


王弟は何やら考えているようだった。しかし、アンナは仮にも神聖皇国の王女だというのに読み書きすらできないと王弟は思っていたのだろうか?確かに後宮にいる美姫達はあまり賢そうには見えなかったが…。


「読み書きができるのであれば俺の仕事を手伝え。うちは人手不足なんだ。」


「それはかまいませんけど…人手不足なのですか?」


「ああ。だれでも良いわけではないからな。簡単には人を増やせぬ。」


何やら人を増やせない事情があるようだが、アンナは深く聞く事は止めておいた。

執務室に行くと、昨日と同じ文官が既に仕事をしていた。


「デール、アンナ妃が仕事を手伝ってくれるそうだ。出来そうなやつを振り分けてくれ。」


「え!アンナ様がですか?」


デールは疑わしそうな眼付きでアンナを見た。アンドレアスの文官の名前はデールと言うらしい。


「修行の合間の空いた時間になりますけど…。」


デールはいくつかの書類を持ってアンナに近づいてきた。


「アンナ様、字は読めますか?」


王弟の家来たちにアンナは相当なバカだと思われているらしい…。アンナはムッとして「読めます!」と答えた。


デールは始めごく簡単な雑用をアンナに振っていたが、アンナが割と仕事ができると分かると、公式文書の清書や手紙の代筆、計算書のチェックなど、段々と重要な仕事も任せるようになってきた。


ちなみにレギンも読み書き算術が出来たので、否応なく王弟の仕事を手伝わされる羽目になった。


むしろ仕事の合間に修行をするような状態であったが、10日ほど経った頃、アンナは遂に周りの声を遮断することができるようになった。王弟から離れても大勢の声が聞こえたり、頭痛がするような事が無くなった。


「アンドレアス様!周りの声を遮断する事ができるようになりましたよ!」


アンナは執務室の隣の部屋で、王弟とレギンの三人で昼食を取っている時に王弟に報告した。満面の笑みのアンナに対し、王弟の反応は冷ややかだった。


「それがなんだ。元に戻っただけではないか。他に何かできる事が増えたのか?」


アンナは王弟が全く褒めてくれなかったことを不満に感じたが、気を取り直してレギンに尋ねた。


「レギン、遠視(とうみ)の御力を制御するための具体的な修行は何か無いのかしら?」


レギンは気まずそうに眼を逸らすと、


「女神の御力に関する事は全て秘匿されていまして、王族のみがご存じだったのです。」


「お前は御力について何も知らないくせに、御力を帝国に利用されるくらいならアンナ妃を殺すとか言っていたのか?」


王弟がバカにしたようにレギンに言った。


「アンナ様を殺すなんて言っていませんよ…。」


レギンは顔を伏せるとぼそぼそと反論した。よく見ると耳が若干赤くなっている。

アンナも正直レギンがあまり役に立たずがっかりしたが、気の毒なので黙っていた。


アンナはレギンと二人きりになると、念のためもう一度特別な修行について確認してみる事にした。


「レギン、本当は何か方法を知っているんじゃない?アンドレアス様の前だから言えなかったとか…。」


「すみません…。本当に何も知らないのです。もっと上位の神官であれば何か知っていたかもしれませんが、私はまだ下っ端でしたので…。」


レギンは年頃が同じというだけで兄と共に修行をしていたようだった。あまりにもレギンがションボリしてしまったので、アンナは慌てフォローした。


「別に責めている訳では無いのよ。きっと何か良い方法があるはずだから二人で考えましょうね。」


「はい!アンナ様。」


その日も午後から執務室で王弟の仕事を手伝いながらアンナは何気なくレギンに言った。


「そういえばもうアンドレアス様にくっついていなくても大丈夫になったのだから、そろそろ鍛錬を始めても良いかもしれないわね。」


すると‘鍛錬’の言葉に王弟が反応した。


「アンナ妃、鍛錬をするなら俺が付き合ってやろう。」


「アンドレアス様!単に仕事をサボる口実がほしいだけでは無いのですか?」


すかさずデールが王弟を諫めた。


「もう何日も外で訓練をしていないのだぞ。体が鈍ってしまうではないか。」


「そう言ってアンドレアス様が書類仕事を後回しにするので、仕事が溜まりに溜まっていたのですよ!」


「書類仕事が溜まってしまったのは南征のせいだろう。それに、戦後処理も重なって普段より仕事量が増えているではないか。」


二人はしばらく言い合いを続けていたが、アンナ妃とレギンの助力のおかげで最近は大分仕事が捗っていたこともあり、1時間だけという制約付きで王弟がアンナの鍛錬に付き合う事が許可されたようだ。


アンナは初めて王弟が住む離宮の裏庭に行った。裏庭は前庭よりも広かったが、植栽は最低限で、ガセボなどの装飾は一切なく、まるで軍の訓練場のようだった。大きい厩舎や弓の訓練場らしき射場も見られる。


王弟は広場の一角にアンナとレギンを連れてきた。王弟の隣にはいつの間にか衛兵の格好をした人物が付き添っている。


王弟は木刀をアンナとレギンに渡すと、「振ってみろ。」と言った。


アンナは木刀を両手で持って上段に構えたが、木刀が重いせいで手が震えた。そのまま下に振り下ろしたが、途中で止めるつもりの木刀は地面を叩いていた。


「そのまま続けろ。」


アンナは木刀を振り上げては地面を叩くという動作を5回ほど繰り返したところで力が尽き木刀を持ち上げられなくなった。そのまま肩で息をしていると、


「畑でも耕しているのか?」


王弟があきれたように言った。隣ではレギンがやはりへっぴり腰で木刀を振っており、衛兵に姿勢を注意されていた。


(レギンはお兄様と共に鍛錬をしていたはずなのでは?)


アンナは疑問に思った。


「剣は無理そうだな。」


王弟は早々に剣を教える事をあきらめ、次は弓を持ってこさせた。

射場に移動すると、王弟は矢筒を背負ってから弓を構え的に向かって連射をした。

弓は30mほど離れた的の中心に全て当たった。


アンナは思わず拍手をしてしまった。すると王弟はアンナの方をチラリと見て、「フンッ」と言っただけだったが、何となく嬉しそうに見えた。


弓術に関しても、アンナは弓に矢をつがえる事さえできなかったので、早々に諦めざるを得なかった。


「護身術だけ教えるのが現実的か…?」


「ヤニック、相手をしろ。」


王弟は独り言を言うと、側にいた衛兵に声を掛けた。

衛兵の名はヤニックと言うらしい。


王弟は腰に差していたナイフを抜いてヤニックに放ると、「来い。」とだけ言った。


ヤニックはジリジリと間合いを詰めてから、王弟に向けてナイフを素早く突き出した。

王弟は僅かに横に移動してナイフを避け、そのままヤニックがナイフを持つ腕を掴み背中で固定した。


「イテテ…。」


ヤニックは背を丸め痛そうに顔をしかめていた。

王弟はヤニックの手からナイフを奪いながら、「アンナ妃見ていたか?」と尋ねた。


アンナはもちろん見てはいたが、あまりにも動作が早すぎて何が起きたのかさっぱり分からなかった。


アンナが無言で頭を横に振ると、王弟は、


「しかたないな。もう一度やるからよく見ておけよ。」


そう言って、ヤニックの腕を離してナイフを渡した。


その後、ヤニックは様々な方法で王弟に向かってナイフを繰り出したが、全て一撃で阻止されてしまった。


それはしびれを切らしたデールが王弟を呼びに来るまで続いた。

今日はアップするのが少し遅くなりました。

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