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女神の御力1

アンナはヘレンと衛兵に連れられて地下牢へと向かった。


地下牢はアンナが思っていたほどひどい場所では無かった。鉄格子のついた木の扉の部屋は、石がむき出しの床と壁だったが、それほど狭くはなく、部屋の奥には簡素ながら清潔そうなベッドが置かれていた。ベッドの横には本棚付きの執務机さえあり、その上には水差しと木製のコップが伏せておかれていた。


ヘレンは「失礼します。」と言って、アンナの足首に金属製の足枷を嵌め、カギを掛けた。足枷はベッドの足まで鎖で繋がっていたが、長さはかなりあるので部屋の中であれば自由に動けそうだった。


その後ヘレンはアンナの両手を後ろ手に縛っている紐を解いた。


「アンナ様、痛いところは有りませんか?」


「特には・・・・。」


アンナは手首をさすりながら答えた。手首はヒモの跡が赤く残っていたが痛みは感じなかった。


「それではこれで失礼いたします。翌朝朝食をお持ちしますので今日はもうお休みください。扉の外に衛兵がおりますので何かあれば申し伝えください。」


侍女は軽く頭を下げると、そのまま地下牢から出て行った。

アンナは主人の暗殺を企てた罪人だというのに、ヘレンの態度は全く変わらなかった。


アンナはふらふらとベッドに近づき腰を下ろした。足枷から伸びた鎖が繋がっているベッドの足は床に固定されておりちょっとやそっとでは外れそうになかった。


アンナはそのままベッドに仰向けに倒れると両手で顔を覆った。


(疲れた…。今は何も考えたくないわ…。)


アンナはそのまま眠ってしまったようだった。


アンナは夢の中で真っ暗な暗闇に一人佇んでいた。すると天井からほのかな光の筋が現れ、徐々に明るくなると同時に、その光の中に人が立っているのがかすかに見えた。

アンナがじっと見つめていると、光の筋は弱まり、立っている人物がハッキリと見えるようになってきた。


「お兄様!」


光の中に立っているのは長兄のアリウスだった。


「お兄様!生きていらしたのですね!」


アンナは兄の元へ駆け寄ろうとした。

アリウスは右手を前に出して、アンナの動きを止めた。


「いや。私は最早この世の人間ではない。間もなく神の身許へと旅立たねばならぬ。」


「そんなの嫌です。お兄様…。私を置いて行かないで…。」


「アンナ。私には時間が無いのだ。だが、旅立つ前にどうしてもお前に渡さなければならないものがある。そのためこうしてこの世をさまよいお前を探していたのだ。ようやく見つける事ができた。」


アンナは兄に尋ねたいことが山ほどあったが、「時間が無い」という言葉に従い、黙って兄の言う事を聞く事にした。


「他国へと出されるお前には伝えていなかったが、我が神聖皇国の王であり神官長である王族は神の御力を代々引き継いできた。」


「神の御力…。」


「ああ。我が国建国の7柱の女神たちから授かった御力だ。父には豊穣の御力があった。」


「豊穣…。それで我が国は他国が不作であえいでいる時も常に豊作だったのでしょうか?」


「そうだ。神の御力を受け継ぐことができるのは、当世で一人のみだ。父はお年を召され神の御力を発揮する力も衰えてきたため、御力を神殿に返すことにした。そして、当世で最も才能があると認められた私が神の御力を受け継ぐことになったのだ。二年前のことだ。」


「私は神殿で儀式を行い、“遠視(とおみ)”の力を授かった。」


「遠視、ですか?」


「ああ。遠くにある事象を見、その声を聴く力だ。しかし私はまだこの力を使いこなせてはいなかった…。この力を発揮できておれば、易々と帝国の侵略を許すことは無かったであろう…。あの男は…皇帝はわれらを騙したのだ。親善に訪れると言っておきながら、歓迎の宴の場で王族を全て殺し、その後大軍で押し寄せあっという間に我が国を蹂躙したのだ…。」


アリウスは胸の前で拳を固く握り、眉間に深く皺を寄せて悔しげに言葉を発していた。


「今はその事は良い…時間がない…。神の御力を受け継いだ者が死ぬと、その御力は永遠に失われてしまうのだ。過去にも失われてしまった御力がある。だがこの姿では私は神殿に入ることができなかった。神殿に御力を返せなかったのだ。」


アリウスはジッとアンナを見つめた。


「おまえは神聖皇国最後の王族だ。お前にこの力を授ける。」


「そのような事が可能なのですか?」


「正直わからぬ。なんの修行も受けていない、しかも女のお前には過ぎた力だという事はわかっている。また、儀式を介さずに御力を授ける事ができるのかも不明だ。お前にはすまないと思っている。しかし、この御力を永遠に失う訳にはいかないのだ。王族の務めだと思って御力を受け取ってくれ。そして神殿に返してほしい…。」


王族の務めという言葉に、アンナは気が引きしまる思いがした。


「分かりました。お兄様そのお力を私にお授けください。何とか神々にそのお力をお返ししたいと思います。」


「よく言った妹よ。」


アリウスは光を帯びた姿でアンナの側までくると、右の手のひらをアンナの額へかざした。

アンナが目を瞑って待っていると、額が徐々に温かくなるような感じがしたが、他には何も変化は無かった。しばらくそのままでいると、アリウスがそっと手を下ろした。


「よかった。無事御力はお前に移ったようだ。御力を制御するには強靭な精神力が必要だ。おまえは精神力を鍛える修行をしなければならないだろう。」


修行と言われても何をすればよいのか分からず、アンナは途方に暮れた。しかし、それを聞き出す前に兄の姿は徐々に薄くなっていった。


「まって!お兄様、教えて貰いたいことがまだまだあるわ!」


「すまないアンナ。時間切れだ。『全ての教えは神殿にある』そう心得よ。」


最後にそう言うと兄の姿は消えた。


アンナは先ほどベッドの上に上半身を横たえたままの状態で目覚めた。


(今のは夢だったのかしら?それとも本当に死んだアリウス兄様が私の前に現れたのかしら?)


すると突然アンナの頭の中で、何百人もの人間が喚き散らしているような声が聞こえてきた。それと共に耐えられないような頭痛がアンナを襲った。


「ひっ…あああ…くっ苦しい…。」


アンナは耐えられず両手で頭を抱えて床にうずくまった。


「アンナ妃、どうされましたか?」

まだしばらく続きます。

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