復讐2
ノックの音でアンナは目が覚めた。いつの間にかベッドの上でウトウトしていたらしい。
急いで立ち上がって身づくろいをし、「どうぞ。」と答えた。
侍女頭のヘレンが入って来た。
「間もなく夕食ですので、こちらをお召ください。」
ヘレンが手渡したのは、アンナが今着ているドレスよりもゆったりとしたデザインのドレスで、肌触りから相当高級な事が分かった。
「こちらもよろしかったらどうぞ。」
衣装と共に持ってきた小さな小箱には、趣味の良いイヤリングやネックレス類が入っていた。
「お召替えのお手伝いを致します。」
「いえ一人で大丈夫よ。どこか着替えるところはあるかしら?」
「それではこちらをお使いください。」
入り口とは別のドアをヘレンが開けると、そこは正面に明り取りの小さい窓がある小部屋で、両側の壁に入って来たのと同じようなドアが二か所あった。
「こちらは浴室に繋がるドアで、こちらのドアの先は衣裳部屋となっております。この部屋でお着替えできます。脱いだものはそちらのかごに入れておいてください。」
「わかったわ。ありがとう」
「では隣のお部屋でお待ちしております。」
ヘレンはそう言うと小部屋から出て行った。
アンナはヘレンが着替えを手伝う事を無理強いしてこなかったことに安堵した。隠したナイフが見つかってしまっては今夜の計画が台無しである。
夕食の席は王弟殿下と二人だけだった。大きな長テーブルの両端に二人は座り、会話も無く黙々と食事は進んだ。
アンナは緊張のあまり全く味がしない料理を機械的に口に運んでいた。
王弟はさっさと食事を済ませ、「では後ほど。」とだけアンナに言うと、アンナの食事が終わるのも待たずに退出してしまった。
信じられないほど無礼な態度だが、アンナは気にならなかった。どうせ今夜一夜の付き合いである。
部屋に戻ると夜着が用意されており、ベッドはレースのカーテンで囲われていた。テーブルには寝前酒が用意されている。
「湯あみの用意ができております。お手伝い致しましょうか?」
「いえ。一人で大丈夫よ。用があったら呼ぶので下がっていて貰える?」
部屋と浴室には複数のランプが置かれ、丁度よく落ち着く明るさに保たれていた。
アンナは浴槽には入らず、用意されていたタオルを湯に浸して軽く体を拭いただけで夜着に着替えた。そして部屋にある鏡で夜着の上からナイフが透けていないことを念入りに確認した。
ベッドに腰かけて王弟の訪れを待つあいだ、アンナはどうしても震えてしまう両手を胸の前で組み、落ち着くよう深呼吸を繰り返していた。
しばらくするとノック音がして、アンナが返事をする前に扉が開き王弟が入って来た。
王弟は夜着ではなく、ディナーの時に着ていたシャツとスラックス姿だった。
アンナが立ち上がって挨拶をしようとするのを王弟は手で制し、スタスタとベッドに近づくと、アンナの背と膝裏に手を回し、軽々とベッドの中心に放り投げた。そしてベッドに腰かけて靴を脱ぐと、服を着たまま一言もしゃべらずアンナに覆いかぶさってきた。
アンナは何が起きているのか分からず呆然としていたが、王弟にナイフが見つかる前に事を成し遂げなければならないことを思い出し、下着の隠しからナイフを取り出し、王弟の横腹に突き刺そうとした。しかし、絶妙のタイミングで繰り出したと思われたアンナの攻撃は、易々と王弟の左手で防がれた。
王弟はアンナの顔を見つめたまま、ナイフを握るアンナの右手首を掴んでいた。あまりの痛さにアンナの手からナイフが落ちた。
「くっ!」
アンナは慌てて左手で落としたナイフを拾おうとしたが、左手の手首も掴まれると、両方の手首をひとくくりにされ頭の上で固定された。
「そんなに殺気を放っているようでは、暗殺などできぬぞ。」
王弟は片手でアンナの両手首をつかんだまま、空いている方の手でベッドの柱に付いていた組紐を抜き取ると、アンナの両手を後ろで縛った。アンナをベッドに座らせたまま、ベッドに落ちているナイフを拾うとつまらなそうに一瞥し、サイドテーブルに放り投げた。
「ずいぶんちゃちなナイフだな。あのようなもので刺されても深手にはならぬぞ。」
暗殺されかけたというのに余裕な態度を見せる王弟に更にアンナの憎悪は増した。
「さっさと私の事も殺して!お父様やお兄様のように!」
王弟は白けたようにアンナを見つめると、
「神聖皇国の事を言っているのであれば、おまえの父や兄達を殺したのは俺ではないぞ。」
「うそよ!あなたの軍が私の国を滅ぼして、父や兄達を殺したのでしょう!」
王弟はサイドテーブルに準備されていた寝前酒をグラスに注ぎ、部屋にあった椅子をベッド脇に持ってくると、その椅子に足を組んで座り、酒を一口飲んだ。
「無能な王族を持った神聖皇国の国民はあわれだな。」
「なんですって!」
「だれに何を吹き込まれたのか知らぬが、おまえも今日の式に参列していたのだから聞いていたであろう。俺はここ一年ほど蛮族たちを抑えるため南征していたのだ。この首都の北に位置する神聖皇国を滅ぼすためには身が二つ無いとできぬ。」
王弟はグラスをゆっくりと回し、中の酒が揺れるのを眺めながら言った。
「神聖皇国を滅ぼしたのは兄の軍だと聞いている。」
「え!皇帝の?」
「あの国は国防軍を持たぬし、おまえを人質に出して安心していたから、滅ぼすのは簡単だったであろうな。」
王弟はアンナの方を向くと馬鹿にしたように言った。
「兄の言うことを簡単に信じるお前も、無策な国交しかできぬお前の父や兄達も無能としか言いようがない。一番の被害者は国民らであろう。」
アンナは何とか言い返したかったが、何も言葉が出てこなかった。なぜたいして知りもしない皇帝の言葉をあんなに簡単に信じてしまったのだろうか?しかし、王弟が神聖皇国を滅ぼしていないという事も俄かには信じられなかった。
(私はいったい何を信じればいいの?)
「皇帝はなぜ私にあなたを暗殺させようとしたのでしょう?あなたは皇帝に恨まれているのですか?」
「ふん。兄の考えそうな事なら分かるさ。兄とてお前に俺が殺せるとは思っていまい。それに、まだ俺には利用価値があるからな。今俺に死なれては兄も困るであろう。」
「ではどうして?」
「むしろ兄は俺がお前を返り討ちにしてしまう事を期待しているのだ。今回の南征で俺は南の国境に接する領土をいくつか貰う約束になっているが、それらを俺にくれてやるのが惜しくなったのであろう。せっかく下賜した妃を俺が殺したとなれば、それを理由に約束を反故にできるからな。」
王弟はグラスを煽って空にすると、椅子から立ち上がってグラスをサイドテーブルに置いた。
「という訳で、俺はお前に死なれては困る。しかし、宮殿にいる時からお前の殺気は感じていたから、さっさと事を済ませたかった。」
そういうと王弟はサイドテーブルに置いてあった呼び鈴を鳴らした。
間もなく侍女のヘレンと衛兵らしき者が「失礼します。」と言って部屋に入って来た。
「アンナ妃を地下牢に入れておけ。自殺されないよう見張りをつけろ。」
明日も投稿しますのでよろしくお願いします。




