復讐1
1週間ほどして、王弟である将軍と面会する機会が設けられた。金陵殿には皇帝以外の男性は立ち入り禁止だったため、場所は表の王宮内の接見の間だった。
アンナは皇帝から送られた衣装に身を包み接見の間へと向かった。下着の隠しには侍女から渡された小さなナイフが入っていた。
アンナが接見の間に入ると、将軍らしき男が、少数の共をつれて既に待機していた。アンナは将軍とは距離を取り、入り口のすぐそばで待機することにした。
将軍は軍人らしく姿勢の良い立ち姿だった。背も高く、均等に筋肉のついた体を黒い軍服につつみ、肩には緋色のマントを掛けていた。後ろからでは顔は見えなかったが、肩まである紺色の髪を後ろで一つに結んでいた。この国の王族で紺色の髪は珍しいとアンナは思った。
「皇帝陛下が間もなく到着いたします。」
侍従の声に、アンナは前に進み出て、皇帝の椅子の前で両膝をついた。将軍も前に進み片膝を付き右手を胸にあてる騎士の最敬礼の所作を取った。アンナと将軍の間には3メートルほどの距離があった。将軍の共の者たちもアンナと将軍の後ろで片膝をついて待機しているようだ。
皇帝が入ってくる気配に、アンナは両手を交差して胸に当て頭を下げた。
「一同面をあげよ。」
従者の声に皆が顔を上げた。アンナはチラリと横を見て王弟殿下の顔を確かめた。驚いた事に将軍の顔は皇帝とは似ても似つかぬ美形であった。きりりとした眉と高く筋の通った鼻。やや釣り目の瞳は、髪と同じ月夜のような紺色だった。髭などは蓄えておらず、そのためか若く、20代前半に見える。
「アンドレアス、此度の南征みごとであった。これでようやく蛮族共もおとなしくなろう。」
「身に余るお言葉を賜り、恐悦至極に存じます。」
(将軍はアンドレアスと言うのね。)
アンナは仇の名前を胸に刻んだ。
「その方の今回の功績に報いるため、特別な褒美を用意したぞ。そなたも知っておろう、そこに控えるアンナ妃は、かの神聖皇国の唯一の王女である。その貴重な王女をそなたに下賜いたそう。」
「……。ありがたき幸せ。」
将軍はアンナの方を一目も見ずに淡々と答えた。
その後も将軍の功績を称える式次第は進んでいたが、アンナは今夜実行するであろう暗殺の事で頭がいっぱいで何も聞こえてこなかった。
「アンナ妃、ついてまいれ。」
気が付けば皇帝は既に退席しており、跪いているのはアンナだけだった。この時初めて将軍と目が合った。侵略を繰り返している凶暴な将軍のイメージはなく、ただただ冷めた目でアンナを見ていた。
「失礼いたしました…。」
アンナは急いで立ち上がると、一礼して将軍の後を追った。ミモザが付いてきてくれると言っていたが、アンナと共に罰せられるのは気の毒なので断った。そのため将軍の元へ行くのはアンナただ一人であった。
後ろのアンナを全く気遣う事のない早足に、必死で付いて行きながら、改めてこの男が父や兄たちの仇なのだと思い、アンナの胸に憎しみが湧いた。すると、将軍はピタリと足を止め後ろを振り返り、先ほどと同じ冷めた目でアンナを見つめた。
アンナは慌てて目を反らした。
すると王弟は「フンッ。」と鼻をならして、また何事も無かったかのようにスタスタと歩みを進めた。
将軍は王宮とは別に離宮を賜っているらしく、そこへは馬車での移動となった。
馬車にはアンナと将軍だけが乗り込んだ。将軍はアンナを一貫して無視し、ずっと窓から外を眺めていた。
馬車はその後何事も無く離宮についた。離宮の門には門番がおり、馬車を確認するとすぐに門を開けたので、馬車は少しスピードを緩めるだけで門を通過し離宮の前庭へと進んだ。
アンナも馬車の窓から前庭を眺めたが、前庭は思ったよりも狭く、小さな噴水があるだけで花壇すら無かった。後宮の四季折々で花が咲く煌びやかな庭や絢爛豪華な建物とは天と地の差だった。狭い前庭の先にある宮殿は、それなりの大きさではあるが、外観は質実剛健と言えば聞こえは良いが、言い方を変えれば質素で侘しいといった佇まいだった。
離宮のエントランス前では、侍従とみられる若い青年と侍女の二人だけが主人を出迎えていた。
王弟はアンナを無視して馬車を降りると、出迎えた二人に歩きながら指示を出し、そのまま離宮の奥へと消えてしまった。
どうしてよいのか分からずアンナが呆然と馬車に座っていると、侍女が近づいてきた。
「はじめましてアンナ様。侍女頭のヘレンです。お部屋に案内いたしますのでこちらへどうぞ。」
ヘレンは侍女頭にしては若く30代前半に見えた。
「よろしくおねがいします、ヘレン。」
アンナは馬車を降りてヘレンの案内に従った。
離宮の中は外観と違わず質素だった。よけいな飾りは一切無かったが、風の通りを計算して設計されているらしく涼しく快適だった。
アンナは二階の客間に案内された。
「夕食になりましたらお呼び致しますので、こちらでおくつろぎください。アンナ様のお荷物はそちらに置いてあります。」
その部屋はアンナが後宮で賜っていた房よりも広く、正面の大きく開いた窓にはレースのカーテンが風に煽られてたなびいていた。正面の窓の手前には天蓋付きのベッドが置かれ、天蓋を囲むカーテンは組紐で4つの柱にまとめられていた。アンナの荷物の入った小さな蓋付の木箱がベッドの脇に置かれていた。
しばらくすると別の侍女がティーセットの乗ったワゴンを押して入ってきて、客室のテーブルにセットすると、頭を下げて退出して行った。
「何か足りないものはございますか?」
「今のところ特に無いわ。」
「では、何か御用がございましたらこちらのベルをお使いください。」
テーブルの上には呼び鈴が置かれていた。
「ええ分かったわ。ありがとう。」
「それでは失礼いたします。」
ヘレンはお辞儀をすると部屋の扉を閉めて下がって行った。
侍女達はアンナに丁寧に接していたが、親しみというものが全く感じられなかった。
(多分私は使用人たちからは疎まれているのでしょうね…。)
それは無理もないことだと思った。皇帝の後宮にいたお下がりの妃で、何の後ろ盾もなく、色気もない者を貰って喜ぶ者はいまい。
アンナはベッドに腰かけると、そのまま上半身を後ろに倒して両手を挙げて伸びをした。
「ああ疲れた…。」
はしたない所作だがだれも見ていないので構うまい。憎い仇と二人だけの移動でアンナは思ったより緊張を強いられていたらしい。
下着の太もも部分にある隠しに入れたナイフをドレスの上からそっと撫でた。
この後は夕食を共にして、その後は初夜を迎えるのだろう…。アンナは今夜実行するであろう暗殺の手順を心に思い描いた。自分が人を殺すのだと思うと心底恐ろしく手が震えた。勇気を出すために、殺された父や兄達のことを必死で思い描いた。
しばらくは毎日投稿する予定です。
よろしくお願いします。




