女神の御力2
「アンナ妃、どうされましたか?」
アンナの呻き声に気づいた衛兵が、扉の鉄格子付きの窓から牢の中を覗いた。
倒れて呻いているアンナを見た衛兵は、仲間に応援を頼むと共に、扉の鍵を開けて中に入って来た。
「アンナ妃、大丈夫ですか?しっかりしてください!」
衛兵に肩を掴まれて揺すられたが、アンナはあまりの頭痛と頭の中で響き渡る声に気を取られ、衛兵が入って来たことも、声を掛けられている事も気づかなかった。
「アンナ妃…これはいったいどうしたのです?」
侍女のヘレンが呼ばれたらしく牢に入って来た。
「分かりません。いきなりこのように苦しまれて…。」
ヘレンはアンナの肩に手を掛け、顔を上向かせた。アンナの顔色は蒼白で、ひどい脂汗をかいていた。
「うう…痛い、苦しい、助けてお願い…。」
「仮病では無さそうね…。毒でも煽ったのかしら?医師呼んで。あとアンドレアス様にもこの事をご報告して。」
ヘレンは側に立つ衛兵に命じた。
アンドレアス王弟殿下が牢に入って来た時、アンナは気を失った状態でベッドに寝かされていた。側には医師が付き添い、アンナを診察していた。
「モレアス、アンナ妃の具合はどうだ?」
侍医のモレアスは診察の手を止め振り返った。
「殿下。今は脈も落ち着いており、単に気を失っているだけのようです。服毒した痕跡は見られません。」
王弟はかすかに安堵の息を吐いた。
「起こせ。」
侍医に肩をゆすぶられ、アンナは目をゆっくりと開けた。しばらく天井を眺めていたが、首を傾けてベッドの側に立つ侍医やヘレン、衛兵たちを順番にゆっくりと見ていった。その目が王弟を捕らえわずかに見開いた。
『どうしたと言うのだアンナ妃…狂言自殺でもしたつもりか?』
「そんな!狂言などでは有りません!本当に割れるように頭が痛くなって…。」
言っている途中で周りの者たちが不思議そうにアンナを見ていることに気づいた。
アンナは肘をベッドについて、上半身を持ち上げた。
『狂言では無いのであれば、あまりのショックで気でもふれたのか?』
「私は正常です!気がふれてなどいません!」
周りの人間がさらに驚きの目や、同情の目をしてアンナを見つめた。
「アンナ様?どうされたのですか?だれも何も言っていませんよ?」
「え?確かにアンドレアス様の声が聞こえました!」
アンドレアスは面白そうにニヤリと笑った。
「お前たち席を外せ。しばらく俺とアンナ妃二人きりにするのだ。」
周りの者たちはお辞儀をして牢を後にした。
アンナは上半身を起こし、王弟の方を向いてベッドに腰かけた。
王弟は腕を組んで立ったままアンナを見下ろしていた。
「アンナ妃。具合が悪くなる前に何かあったのか?」
アンナは本当の事を言って良いのかどうか悩んだが、黙っていても仕方が無いので正直に話すことにした。今は感じないが先ほどの症状は兄から受け継いだ神の御力のせいに違いない。この力を神殿に返すためにはこの男の協力は不可欠である。
一通り聞き終わると、王弟は手を顎に当て何か考えているようすだった。
「なるほど。神聖皇国が侵略を受けた際に、天変地異が起って敵を全滅させたと言われているが、王族がそのような力を持っていたのであれば、あながち嘘では無いのかもしれぬ。」
王弟は顎に手を添えたままアンナを見据えると、
「それでおまえはその力をどうしたいと言うのだ?」
「ですから今言ったように、この御力を神に、神殿にお返ししたいのです。」
「……神聖皇国最後の王族として、その御力を得てしたいことが、神殿に力を返す事だけだと言うのだな?」
王弟の軽蔑を含んだその言葉に、アンナはハッとした。
(王族として私がすべきこと…。最後の神聖皇国の王族として…。)
「いいえ、訂正します!私がしたいことは、…すべきことは、一人でも多くの皇国の国民を救う事です。」
王弟は目を細めてアンナを見た。その目にはかすかに温もりがあるように感じられた。
『アンナ妃、よく言った。』
王弟の口は開いていなかったが、アンナには王弟の声が聞こえた。
(これは心の声なのかしら…?遠視の御力の一つなの?)
「神聖皇国が今どのような状況か知っているのか?」
「…いいえ。教えてください。」
「多くの民が奴隷としてこの国に連れてこられている。また、残った民たちは散々略奪されたあげく重税を課せられているし、帝国の兵隊たちが好き勝手にしているせいで皆ひどく困窮しているようだな。」
アンナはそれを聞いてひどくショックを受けた。また復讐で頭がいっぱいになり、民たちの事まで考えが及ばなかったことに自己嫌悪した。
「……。民を救うためにはいったい私は何をすれば良いのでしょうか?」
「そんなのはおまえの考えるべきことだ。俺が考える事ではない。」
「それはそうですけど…。」
アンナは途方に暮れて王弟を見た。
「おまえのその御力とやらが俺にとって役立つと分かれば、お前を牢から出して側においてやる。牢に監禁されているだけよりも、皇国の民を救う機会は増えるだろう。」
それだけ言うと王弟は部屋を出て行こうとした。
アンナは、そんな王弟をただ見送ることしかできなかったが、王弟が扉に手を掛けたとたん、また頭の中の大声と、頭痛がぶり返してきた。
「ああ…あああ!い、痛い…。」
アンナは悲鳴をあげて寝台の上でうずくまった。
「アンナ妃、どうした?」
王弟が戻ってくると、声は止み、頭痛も消えた。アンナは恐々と王弟を見上げた。
「…今また頭の中に大勢がいるような声がして、頭痛がぶりかえしたのですが…あなたが側にきたら止みました…。」
「はあ?ふざけているのか?」
「本当です!ふざけてなどいません!」
王弟はしばらくアンナを睨んでいたが、あきらめたようにフッとため息をついた。
「俺には心の中は読めんからな。まあ、おまえがウソをつくのが下手だという事はわかる。」
「おい衛兵、アンナ妃の足かせのカギはあるか?」
王弟が扉に向かって声を掛けると、「はい、あります。」と、扉の側で控えていたらしい衛兵が答えながら小走りで入ってきた。
「足枷を外せ。」
「承知しました。」
アンナが右足を差し出すと衛兵はすばやく足枷を外した。
「アンナ妃、ついてまいれ。」
明日もアップする予定です。




