神聖皇国奪還作戦
「では今から神聖皇国奪還作戦について説明する。」
デールの宣言でその会議は始まった。帝国首都にある王弟の離宮執務室からは王弟とその配下である文官デールと副官のヤニックが参加し、神聖皇国の神殿執務室からはアンナと大司教のシュテファンが参加している。作戦を極秘裏に進めるため最小限のメンバーのみでの会議であった。
大きな鏡に離宮の執務室を映し、そこでの声はアンナが大司教に伝え、アンナと大司教の意見はアンナが御力を使って離宮へと運んだ。
「作戦の第一段階である、帝国にいる捕虜たちと皇国にいる帝国軍の交換交渉だが、ちょうど1週間後に重陽の宴が後宮で行われるので、その時を狙う。」
会議に参加した5人は、作戦の詳細について細かく話し合った。作戦ではアンナが天象の御力を使い、後宮にいる皇帝に女神の天罰を下し、これ以上天罰を受けたくなければ皇国から兵を撤退させ、帝国にいる捕虜や奴隷たちを返すように命じる予定だ。天罰を担当するアンナは責任重大であった。
「あらためて確認するが、現時点ではアンナ妃は表に出さず、あくまでも女神の天罰が帝国皇帝に下るという筋書きになる。天の声は大司教に担当して貰う。では各自、1週間後に向けて準備を進めてくれ。」
アンナはこの作戦のために何度も天罰を下す練習を重ねてきた。王弟たちは多少の犠牲はやむを得ないと考えているようだが、できれば後宮にいる罪の無い人たちは誰も傷つけずに事を運びたいと思っている。
作戦の決行を翌日に控え、アンナは心を落ち着かせるために聖遺物の部屋に籠っていた。
「アンナ様いよいよ明日には作戦決行ですね。成功を祈っています。」
「ドール。私が使う御力で誰かを傷つけてしまったらと思うととても怖いの。私って本当に甘いわよね。こんなで王族として神聖皇国を統治できるのかしら?」
アンナの目に涙が浮かんだ。
「アンナ様は本当にオクタビア様に似ておられます。姿形だけでなくそのお心までも。」
ドールが懐かしそうな眼をしてアンナを見つめた。
「オクタビア様も本当にお優しい方でした。」
「そういえばオクタビア様は愛を司っていたそうだけど、具体的にはどのような御力をお持ちだったの?」
「オクタビア様は人に愛する力を与えることができました。そしてだれからも愛されるお方でした。アンナ様もそうなのではないですか?」
「そんなことは無いわ。帝国の皇帝など私に見向きもしなかったもの。」
「それはアンナ様がその方に愛されたいと思っていなかったからなのでは?親しく付き合った人からは愛されているのではないですか?」
アンナは今までの人生を振り返ってみた。恋愛に関しては経験が無いので何とも言えないが、確かにアンナの身近な人たちは皆アンナに優しかった気がする。王弟でさえも最初は冷たかったが、今ではこうしてアンナの力になってくれている。ただし、王弟に関しては何の見返りもなくアンナに助力している訳ではないだろう。そんなに甘い人間ではないはずだ。
「私が愛されたいと思えば、その人は私を愛してくれるというの?」
「ええ。そうなると思いますよ。」
アンナは王弟の顔を思い浮かべた。
(アンドレアス様が私に愛を囁く姿など想像できないわね。所詮わたしはオクタビア様ではないのだから愛される御力なんて無いのよ…。)
いよいよ作戦を実行する日が来た。アンナは聖遺物の部屋で、天象の聖遺物の前に用意した二つの鏡の前に立っていた。鏡の一つには後宮に向かう皇帝の姿が映り、もう一方には皇国の神殿にいる大司教の姿が映っている。
皇帝は後宮の金陵殿に設えられた玉座に座った。両脇には皇帝の妃たちがそろって侍っている。
金陵殿の広間には重陽の儀を執り行う女官たちが控えており、開け放たれた金陵殿の正面と両側の扉からは、菊が美しく咲き誇った庭をのぞむことができた。
重陽の儀は滞りなく進み、広場ではそれぞれの妃達が順に舞を披露していた。
(そろそろ頃合いね…。)
アンナは天象の聖遺物に触れ、女神の御力を体に取り込んだ。その御力をアンナの気と融合させ体内での密度を高めていく。気が十分密度を増したところでアンナは後宮が映し出された鏡を見つめながら、その庭に雷が落ちるイメージをする。
すると、晴天だった後宮の上空がにわかに掻き曇りゴロゴロと稲光がし始めた。金陵殿に集った女官たちが驚いて解放された扉付近に集まり、心配そうに上空を眺める中、轟音と共に特大の雷が金陵殿の庭に落ちた。
雷が落ちた付近の菊は無残に焼け落ち、その場所は焼け焦げた地面が露わになった。
王宮のある帝国首都に雷が落ちるのは非常に稀なことなので、女官や妃達は悲鳴をあげてパニックになり、広間の中を逃げまどっていた。すると、いずこからか不思議な声が聞こえてきた。
「愚かなるアナストシア帝国の民たちよ、我の声が聞こえるか?」
金陵殿に集まった者たちは皆、突然空から聞こえてきた声に驚き、広間の隅に固まって震えていた。この声はアンナが大司教の声を風で運んだものだ。
「この雷は神聖皇国の守護神、聖なる7柱の女神たちの怒りだ。帝国が神聖皇国の民を苦しめている事を女神たちはお怒りである。」
姿は見えないのに空から聞こえてくる声に皆怯え、顔を青くして震えている。皇帝も玉座から立ち上がり、よろよろと扉に近づき空を見上げた。
「即刻帝国に連れて行かれた皇国の民たちを戻すのだ!皇国の民たちが一人残らず母国に帰るまで女神の怒りは収まらぬ。この雷は帝国の至る所に落ち続けるだろう…。」
その言葉を最後に空は元通り晴天となり、天の声は聞こえなくなった。
「ふう、なんとかうまくいったわ。」
アンナは安堵のあまり力が抜け、へなへなと床に座り込んだ。
「すばらしい!完璧でしたね!」
側で見ていたドールが近づいてきてアンナをねぎらった。
「欲を言えば、あの雷で皇帝を焼き殺してしまえばよかったのでは?」
「今はまだだめよ。帝国が混乱しすぎると捕虜や奴隷たちの返還交渉がスムーズに進まないもの。」
「確かに一理ありますね。それでこれからはどういったシナリオなのですか?」
「アンドレアス様が言うには、奴隷や捕虜の返還と言った面倒なことは自分に振られるだろうから、今はまだ皇帝に従っているふりをしながら皇国に駐留している帝国の兵たちと捕虜を交換する作業をアンドレアス様指揮の元進めるそうよ。取り敢えず私は捕虜たちが無事返還されるまで、あまり犠牲者が出ない場所に雷を落とし続けるように言われているわ。次は王宮の尖塔にしようかしら?」
王弟の予想通り、それから間もなくして御前会議が招集されたらしい。
王宮の会議の間には皇帝と、王弟であるアンドレアス将軍、元老院を構成する10名の大臣たちが出席していた。
「陛下…。陛下のお言葉を疑うわけではございませんが、女神の天罰など俄かには信じられませぬ。その天からの声を聴いたのは後宮にいる者たちだけなのですよね?」
元老の一人である財務大臣が尋ねた。
帝国は無宗教国家であるため、女神や天罰といった事を信じない者が多いのだ。
顔色の悪い皇帝は財務大臣を睨みつけると、
「余がウソをついているとでも申すのか?」
「そのような事は思っておりませんが、幻聴を聞くということもございますからな。早急に事を進めるのはいかがなものかと…。」
財務大臣の言葉が終わるか終わらないかという時、突然雷鳴がして会議の間のすぐ横の庭に雷が落ちた。
その雷でどこかが発火したらしく、衛兵たちが集まってきて消化をし始めた。
(アンナ妃、これは絶妙な場所とタイミングであったぞ。)
皇帝や大臣が蒼白になる中、一人王弟だけが不敵な笑みを浮かべていた。
その後の話し合いでは、皇国の捕虜と帝国の兵士の交換に反対する者はおらず、予想通り、アンドレアス将軍がその任にあたる事となった。
何とか今週は2回投稿できました。
もう少しなので頑張ります。




