聖遺物の部屋
「聖遺物が置かれている部屋はこちらになります。」
大司教の案内でアンナ達は聖遺物の部屋へと向かった。その部屋は礼拝堂の奥にあるとの事だった。
礼拝堂へ続く扉を開けると正面に祭壇が見えた。両側はステンドグラスを入れた大きな窓になっているはずだが、今は夜中なのであいにくその美麗な景観を見ることはできなかった。
礼拝堂の床には一面に細密な模様を入れた絨毯が敷かれており、数百人は入れるのではないかと思われる広さだった。
アンナ達一行は祭壇へと向かった。
祭壇の床は一段高くなっており、その上に演壇が置かれていた。礼祭日には司教たちや国王でもある神官長がここで説法を述べるのだ。
演壇の後ろの壁は7柱女神を模したレリーフになっていた。
大司教がそのレリーフの一部に触れると、その部分がスライドして開き、後ろに地下へと続く階段が現れた。
「どうぞこちらになります。足元に気を付けてお進みください。」
その階段は時々折り返しながらかなり下まで続いていた。優に三階分は下りたところで、小さな踊り場に着いた。踊り場の先の壁には、やはり女神のレリーフを刻まれた両開きの扉が一つだけあり、神殿の扉と同様金輪の取手が付いていた。
「この先が聖遺物を収めた部屋になります。しかし、ここまで来ていただいて申し訳ないのですが、この先は王族のみが入れる部屋となっております。口で言うだけでは信用して頂けないと思い、皆さんにも来ていただきました。」
「王族しか入れないとはどういうことだ?」
「百聞は一見にしかず…アンナ様、この取手に触れ中に入ってみてください。」
アンナは言われた通り、ドアの取手に触れた。すると先ほどと同様、金輪の取手が光を放ち、ドアが音もなく内側へと開いた。部屋の中は真っ暗で何も見えなかった。
「アンナ様、どうぞお進みください。」
大司教に言われ、アンナは恐る恐る部屋の中へと進んだ。すると何か透明な膜を通るような感覚を覚えた。後ろを振り向くと、王弟たちが何もない空間を拳で叩いて何か叫んでいる。
アンナは恐ろしくなって、一度その部屋から出た。
「アンナ妃、部屋へは入れたのか?その扉を通ったとたん姿が消えたぞ。後を追おうとしたのだが、透明な壁に阻まれて進めなかったのだ。」
「何か膜のようなものを通過して中に入れました。」
「その膜が結界になっています。王族しかその膜を通過できません。私もこの中へは入った事が無く、中がどうなっているのかは知らないのです。」
大司教の言葉に、王弟が苦々しそうな顔をした。
「しかたがない。アンナ妃一人で入って中の様子を確認してきてくれ。俺たちは先ほどの神官控室で待っている。あと3時間ほどで夜明けになるので遅くともそれまでには戻ってきてくれ。」
「分かりました。中を確認してきます。」
「私はこちらで待機しております。」
レギンは扉の前で待機していてくれるらしい。
アンナは再度扉の取手に触れた。先ほど同様取手が光り、扉が静かに開いた。
アンナが透明な膜をすり抜けて中に入ると、やはり先程と同じ暗闇だった。しばらく立っていると、周りの壁に取り付けられていたらしいランプが、ポッポッと一つずつ灯り、部屋が段々と明るくなってきた。
聖遺物の部屋はかなり広く、礼拝堂の半分くらいはありそうだった。天井もかなりの高さだ。
円形の部屋の壁には等間隔で女神像が立っており、その足元の台に聖遺物と思われるものが置かれていた。アンナが女神像を数えてみると全部で7体あった。
「この女神達が、皇国建国の7神なのね…。」
ふと正面を見ると、部屋のほぼ中央にも石像があった。その石像は一人の女神と足元に跪く狩人の青年を模していた。
「女神達から国を治めるように言い付かった王族の始祖は狩人だったそうだから、あの像はそれを模しているのかしら?」
アンナはその中央の像に近づいた。その像は明かりも無いのに浮かび上がって見えた。まるで像自体がかすかに発光しているようだった。
「この狩人が始祖の王だとすると、この女神は何番目の女神なのかしら?」
アンナが独り言を呟くと、
「そちらは8番目の女神である、オクタビア様ですよ。」
誰もいないと思っていたアンナは驚いて声のした方を振り向いた。
そこには中央の像と同じくほのかな光を帯びた中性的で若い人物が立っていた。服装は神官服のようだが、現在のデザインとは少し違う気がする。おかっぱの髪は銀髪で目もアンナと同じ緑だった。
「おや。私の事が見えるのですか?王族の姫よ。私の声と姿を見る事ができる王族が来るのは数百年ぶりでしょうか…。」
「あ、あなたはどなたですか?女神の眷属ですか?」
「ふむ。女神の眷属と言えなくもないですが、私は女神に作られた人形のようなものです。この部屋で王族が訪れた際に女神の御力の使い方について説明する案内人です。私のことはドールとお呼びください。王族の姫よ。」
「私はアンナと言います。よろしくおねがいします。」
アンナは慌ててお辞儀をすると、ドールも右手を胸に当て左手をやや後ろに廻す、皇国の古式挨拶をしてきた。
「今、この部屋に王族が来るのは数百年ぶりと言いましたか?少し前に私の兄や父が来ているはずなのですが…。」
「私の声を聴き、姿を見る事ができる王族が来るのが数百年ぶりと言ったのです。ある程度女神の力が強くないと私の事は見えないようですね。それに元々御力は女神の娘が受け継ぐべきもの。女性の方が御力を使う力が強いのです、しかし最近来る王族はみな男性ばかりでしたね。」
「そうなのですか?兄は女性の私には荷が重いような事を言っていましたが…。」
「いつの間にか真実が捻じ曲げられ、王位は男が継ぐものとなったようです。本来は王位は御力と共にオクタビア様の娘たちに受け継がれるべきものだったのですが…。」
「オクタビア様の娘?王族は始祖の王の子孫と聞いていますが…、女神の血が王族にも流れているのですか?」
「そうです。オクタビア様の血族しかこの神殿の扉を開けられませんし、この部屋に入る事もできません。」
「真実は建国神話とは違うようですね…。建国神話では7柱の女神達が地上に降り立ちこの国を作ったことになっています。そして一人の狩人の若者にこの国を治めるように命じ、女神の御力を授けたことになっています。そしてその人が始祖の王であり、私たち王族はその子孫だと習いました。」
「ふふ。そのようですね。実際はオクタビア様が狩人の若者と恋に落ち、天界ではなくこの地上で暮らすことになったのです。危険な地上での暮らしを心配した7人の姉女神達が国や身を守るようオクタビア様にそれぞれの御力の籠った遺物を送ったのです。」
呆然として二の句を告げないアンナをドールは懐かしそうに見つめていた。
「アンナ様はオクタビア様にとてもよく似ておられますね…。」
「ええ!私はあんなに美女ではありませんよ!」
アンナは中央の女神像と自分を見比べて言った。その女神像は豊かなバストを持ち、慈愛の微笑みを浮かべた絶世の美女だった。
「アンナ様はまだ恋をしていらっしゃらないのでしょう。オクタビア様は恋をしてから美しく変わられました。なにせ愛を司る女神ですからね。」
アンナは自分のほぼ膨らみのないバストを見ながら、とても信じられないと思った。多分ドールは女神愛が強すぎて目が眩んでいるのだろう。
ドールが話してくれた神聖皇国建国のいきさつは次のようなものだった。
次回は皇国の創生神話を掲載する予定です。




