神殿への旅3
翌日は帝国の兵に占拠されている皇国の町を通る事になった。
幸い王室御用達の通行証のおかげで、特にトラブルもなく町中に入ることができた。
アンナは出来るだけ外を見ないように言われていたので、馬車の奥に引っ込みおとなしくしていた。
しばらくすると馬車が往来で止まり動かなくなった。
「どうしたのでしょう?」
アンナの問いに、馬車の荷台から身を乗り出して前を見ていたレギンが答えた。
「道の往来で何かもめているようですね。」
「どうか勘弁してください、その麦は来年用の種もみなのです。それまで持って行かれたら来年の種まきすらできなくなってしまいます!」
「うるさい!全て徴収せよとのお達しなのだ!邪魔をするようなら切り捨てるぞ!」
「うう…そんな…種もみまで持っていかれたら、今死ななくてもやがて飢えて家族全員死んでしまいます。どうかご容赦ください…。」
「いいからどけ!」
アンナは咄嗟に馬車の荷台から飛び出しそうになったが、ミモザとレギンに抑えられて外に出る事ができなかった。
「ミモザ、レギン離して!あの人が殺されてしまうわ!」
「アンナ様が出て行かれてもどうにもなりませんよ。却って事態を悪くするだけです。」
アンナが何もできない自分が悔しく、両手を固く握りしめて耐えていると、外から王弟の声が聞こえてきた。
「おい!道の真ん中で何をしている!通れぬではないか。さっさとどけ!」
「なんだと!俺たちを帝国の兵と分かって言っているのか?」
「見ればわかる。こっちは帝国王室の命で来ている商人一行だ。王室の業務を邪魔するつもりか?だれの許しを得てその農民から穀物を取り上げているのだ?」
アンナが恐る恐る荷台から外を覗いてみると、王弟が帝国の兵士と皇国の農民の間に立ち、一触即発の状態になっていた。帝国の兵士は3人おり、王弟と向かい合っている一名以外は荷車に麦の詰まった麻袋を載せているところだった。
王弟と向かい合っている兵士は腰の刀に手を掛け、今にも抜きそうな雰囲気だったが、『帝国王室』と聞き、躊躇しているようだった。
他の二名の兵士も不穏な空気に気づいたのか、王弟の周りに集まって来た。
王弟は顔をスカーフで隠した状態で、両手を前で組み兵士たちを見下ろしていた。
兵士たちの目が王弟に向かっている隙をついて、デールが農民を助け起こし、アンナ達が乗っている荷台へと連れてきた。
その場で農民から事情を聞くと、デールは懐からサッと書面を取り出し、何やらサラサラと書き出した。そしてその農民を促してその書面にサインをさせた。
デールはその書面を持って、王弟と兵士たちがにらみ合っている所に近づいていった。
「俺たちは帝国第一騎士団、第6小隊の兵士だ。小隊長の命でこの町の農民から税を徴収している。王室の命で動いている商人の事など知らん!そっちこそ邪魔をするな!」
デールはいきり立つ兵士たちの一人の肩を軽くたたいた。
「これこれ、同じ帝国の人間同士、争うものではない。私は間違いなく帝国の国務大臣の命で皇国の作物の買い付けをしておるのだ。この書面を見て見よ。」
兵士たちは書面を覗き込んだが、あまり読み書きが得意ではないらしく、何が書かれているのか分かっていないようだった。しかし、帝国王室の印璽と農民のサイン、国務大臣のサインがあるのは理解したようだった。
「この農民とは麦の買い付け契約を既に結んでおる。それを横取りするとは帝国法に違反する行為だぞ。この事が国務大臣の耳に入れば、お前たちはただでは済まされんぞ。どうせ小隊長殿はお前たち下っ端に罪を着せて知らぬ存ぜぬだろうがな。そちらは税の徴収だそうだが正式な書面はあるのだろうな?」
デールの偉そうな態度と、富裕商人を思わせる風貌に兵士たちは萎縮してしまい、お互いの顔を見合って、気まずそうにしていた。
「すみません。俺たちそんな契約が既にされているなんて聞いてなくて…。帰って小隊長に確認してみます。」
「分かればよいのだ。帰る前にその荷車に積んだ麦は全て元に戻しておいておくれよ。」
兵士たちは従順にデールの指示に従い、麦の麻袋を元の場所に戻した。
兵士たちを見送るとデールと王弟は農民の元へ来た。
「帝国の兵士がまた来て、麦を持って行かれそうになったらこの書面を見せるのだぞ。帝国の王室御用達商人と既に契約済だと書かれておる。だが念のためあの麦は見つからない場所に隠しておいた方が良いな。」
「帝国の商人様…助けていただきありがとうございます。」
「あの麦以外に帝国の兵に持って行かれたものは無いのか?」
王弟が農民に聞いた。農民は悲しそうな顔でため息をつき言った。
「何もかも持って行かれました。あの種もみと冬を越すための必要最小限の食料以外は…。」
王弟は懐から巾着を出すと、金貨を数枚出して農民に渡した。
「持って行かれたものの対価はこれで足りるか?」
「十分です!頂いてよろしいのですか?」
王弟は無言でうなずくと更に3倍の金貨を農民に渡した。
「この金は他に被害にあった農民達に渡すのだ。帰りに寄って誰にいくら渡したか確認するから記録を取っておいてくれ。」
王弟はこの農民が貰った金貨を着服しないように言ったのだろう。
デールも懐から先ほどと同じような書面を数枚取り出し、他の農民にも使えるよう説明していた。
アンナ一行がその場を離れる時、農民は何度も頭を下げながらずっと見送っていた。
その後は特にトラブルもなくその日の野営地に到着した。アンナは出来るだけ町中を見ないようにはしていたが、ふとした瞬間に目に入る光景は、以前の皇国とは打って変わり、全体的にうらぶれていた。また、以前は決して見かけなかった孤児や物乞いの姿もあった。
食事もすみ、就寝時間になるとアンナは王弟が一人で見張りをしている時を見計らって話をしに行った。どうしても今日の事の礼を述べたかったのだ。
「隣に座ってもよろしいですか?」
「勝手に座ればいいだろう。」
アンナは王弟と少し離れた場所で、大き目の薪を椅子代わりにして腰かけた。
「アンドレアス様。今日は皇国の民を助けていただきありがとうございました。」
「別に助けた訳ではない。あの兵共が邪魔だっただけだ。それに、農民に金を渡したのは適正な価格で作物を購入するためだ。勝手に持って行くのは泥棒だからな。帝国は盗人の国ではない。」
「ふふ。」
「何を笑っている?気味が悪いからやめろ。」
王弟はアンナの方を見ずに、ひたすら焚火に小枝をくべて火を大きくしていた。
アンナはそんな王弟を見つめて、ついついにやけてしまう顔を必死で取り繕っていた。
(アンドレアス様の事がこんなに気になるなんて…私はアンドレアス様が好きなのかしら…。)
次はいよいよ神殿に到着する予定です。できれば今週中に続きを投稿したいですが、少し忙しいので無理かも知れません…。




