神殿への旅2
「少しお話してもよろしいでしょうか?」
アンナは王弟の隣に腰を下ろした。
「どうしたんだ?眠れないのか?」
「ええ。なんだか色々考えてしまって…。」
アンナは自分の不安を吐露しようかと思ったが、バカにされて終わりのような気がして躊躇していた。
「アンドレアス様は神の御力を得たら何をしたいのですか?」
アンナは思ってもいなかった事が口をついてしまい自分でも驚いた。しかし、いい機会なので王弟の考えている事を知りたいと思った。
「そうだな。今は思案中としか言えんな。正確な情報が無ければどのように使うかも考えられんからな。」
意外にも王弟はアンナの質問に真面目に答えてくれた。
「アンドレアス様は次期皇帝になりたいのですか?」
「俺が皇帝に?考えた事も無かったな。」
アンナはその答えを聞き意外に感じた。皇帝とはうまくいっていないようだし、てっきり時期皇帝の座を狙っていると思っていたのだ。
「でも、今の皇帝には後継ぎがいませんから、あなたが王位継承権第1位なのですよね。」
「形式上はそうなるな…。」
そう言う王弟の表情は皮肉な笑みが浮かんでいた。形式上とはどう言う意味なのだろうか?
王弟は焚火に枝を足しながらぽつりと言った。
「俺の母は奴隷出身だからな。」
「え!まさかそんな事あり得ませんわ…。」
王弟はアンナ妃を見つめ、ニヤリと笑った。
「確かに。この帝国では父親の身分がいくら高くても、奴隷から生まれた子は奴隷だからな。」
それから王弟は自分の出生についてポツリポツリと話し出した。
王弟の母は帝国に滅ぼされてしまった、海運国のカサオオ商業国家出身らしい。カサオオ国は王政国家ではなく、大きな商家出身の10人の元帥が持ち回りで国を治めていた。このアナストシア帝国がある大陸の隣には大洋を挟んで別の大陸があるのだが、そこへ船で移動できる唯一の港があるのがカサオオ国だった。カサオオ国は小さいながらも隣の大陸との貿易で栄えていた。
「俺が生まれる前の出来事だが、3年連続でこの大陸が冷害や干ばつに襲われたことがあっただろう?大規模な飢饉が帝国を襲った時期だ。」
「ええ。皇国にいるときに近代史として習いましたわ。皇国は女神の御力で不作を免れましたから、周辺国へ食料を分け与えたと聞いています。」
「ああ。皇国はそうしたらしいな。カサオオ国はそれとは逆の事をしたのだ。隣の大陸から輸入した食料を売り渋りして価格を吊り上げようとした。そしてそれが帝国の怒りを買ったのだ。」
帝国はカサオオ国への侵略を決定した。飢えた兵や民たちは大挙してカサオオ国へ攻め入り、そしてあっという間にカサオオ国は滅んだ。
「『カサオオ国一夜の悲劇』として有名ですわよね。なぜ裕福なカサオオ国がそんなに短期間で滅ぼされてしまったのでしょう?」
「実際には一夜ではないがな。短期間で滅んでしまったのは事実だ。カサオオ国は防衛を傭兵に頼っていたのだが、帝国が攻めて来たときその傭兵達が真っ先に逃げ出したらしいぞ。しかもただ逃げるのではなく略奪しつつ逃走したとか…。」
「そうだったのですね…。」
「俺の母は元帥を輩出する大きな商家の娘だったが、奴隷として帝国に連れてこられた。先の皇帝が、俺の父だが、その娘に一目惚れしたらしい。父は母を後宮に入れたかったが、さすがに奴隷を後宮に入れる訳にはいかなかったので、母を帝国の貴族の養子にしてから後宮に入れたのだ。」
「俺は今では王位継承権を持つ唯一の王弟だが、俺が奴隷の子だと言うのは周知の事実だからな。俺を皇帝にしたいと本気で考えている貴族は誰もいるまい。」
いつも傲岸不遜な態度の王弟の意外な出生にアンナは驚いたが、何と言って良いか分からなかった。
「そのような同情めいた眼で見るな。俺が今まで死なずに生き延びて来られたのは、奴隷の子だからと言うのもあるのだ。」
「どういう事ですか?」
「前皇帝の時代、今の皇帝は第三皇子だったのは知っているか?」
「いいえ知りませんでした。てっきり第一皇子だったと思っていました…。」
「前皇帝が病床に伏した際、だれもが当時皇太子であった第一皇子が後を継ぐものと信じて疑わなかった。しかし、その後まもなく、第一皇子と第二皇子が次々に亡くなったのだ。」
「そんな事があったのですね。」
「当時は第二皇子が王位欲しさに第一皇子を暗殺し、その陰謀に気づいた第一皇子側も反撃したため両者共倒れになったと言われていた。」
王弟は焚火に枝をくべる手を止め、アンナの方をジッと見つめた。
「だが、俺はその説を信じてはいない。全て当時第三皇子であった兄の陰謀だと思っている。なぜなら、兄が皇帝の座に就いた後も、有力な後援者を持つ王位継承者たちが次々に亡くなっていったからな。俺は母親の事もあり、だれも俺が王位に就くとは思っていない皇子だったので暗殺を免れたのだと思う。その後は、足をすくわれぬよう、降りかかる火の粉を払うのに必死で今まで生きてきた。」
「フッ。なにをそんな泣きそうな顔をしているのだ?お前には関係のない話だろう。兄の唯一の誤算は、いつまで経っても後継者が生まれないことだろうな。あれだけ妃がいて子供ができないのだから、原因は兄にあるのだろう。」
王弟はまた焚火の方を向き、両手を焚火に当てた。
「今までは生き延びる事が目標だったが、確かにこのままではまずいかもしれぬ。自分の将来の展望ついて考える時が来ているのだろう。」
その後二人は無言で焚火を眺めていたが、レギンがテントから出てきて見張りの交代を申し出たのを機に、アンナも馬車に戻って眠る事にした。
アンナは王弟の話を聞き、王弟の力になりたいという気持ちを強くした。
(分かっているわ…。私が真っ先にしなければならないのは皇国の民を救う事なのよ…。)
少し短めですが、何とか今週2回目の投稿が出来ました。週2ペースで投稿できればと思います。




