神殿への旅1
そうこうしているうちに神殿へと旅立つ日がやって来た。
その前日には王弟が一個連隊を引き連れて南領への視察へと旅立ったので、アンナは自室の窓からその出立を見送った。
王弟は立派な黒毛の馬に跨り、皮鎧を着て腰には長剣を帯びていた。日差しを避けるためかスカーフで頭と顔を覆っており、目の部分だけを出していたので表情は良く見えなかった。
一方、神殿へ旅立つアンナは商人の娘という設定だったので、商人の旅装をし、帝国では珍しい銀髪を隠すために王弟と同様、頭と顔をスカーフで覆っていた。
アンナは一緒に神殿に行く事になっているミモザと共にヘレンに連れられて離宮の裏口を出た。しばらく行くと目立たない場所に馬車が停められていた。馬車の前にはレギンの姿もあった。レギンは商人の召使いという役どころに見合う服装をしていた。
馬車の陰に更に二人の男性がいるようだった。その二人が王弟の選んだ付き添い人だろう。アンナが挨拶をしようと側に行くと、二人も気づいて馬車の陰から出てきた。
二人の内の一人は文官のデールで、アンナの父役である商人の格好をしていた。
もう一人の姿を見てアンナは驚いた。
「アンドレアス様!なぜここにいらっしゃるのですか?南領へ視察に行かれたのではないのですか?」
「昨日視察に出発したのは俺の身代わりだ。神聖皇国は今のところ兄の管轄下だからな。万が一にも俺が皇国にいる事がバレると非常にまずい事態になる。だから、俺が南領に視察にいっている事になっている間に皇国へ行くのだ。俺は商人の護衛という役どころだ。」
アンナは開いた口が塞がらなかった。仮にも帝国の将軍で、現皇帝の唯一の弟でもあるアンドレアス殿下が、こんな少人数での隠密旅に同行することが許されるのであろうか?
「王弟殿下ともあろうお方が、このような行動をして良いのですか?」
アンナがヘレンとデールに問い質すと、
「将軍は一度言い出すと聞きませんから。」
「ええ。もう慣れっこです。」
二人は諦め口調で答えた。
「おい、デール。俺の事を将軍と呼ぶなと言ったであろう!アンドレと呼べ。」
「それなら将軍も私のことを旦那様と呼んで下さいよ。」
まだ納得できずにいるアンナの元へ王弟は近づいてきた。
「何を呆けている?南領の視察よりも、神殿で神の御力について調べる方が面白そうだからな。今回の旅の成果はお前にかかっているのだぞ。分かっているのか?」
「い、言われなくても分かっています!」
アンナは王弟の前から素早く逃げ出して、ミモザと共に後ろから馬車に乗った。後からレギンも荷台に乗り込んで、踏み板を格納した。
アンナはなぜか頬がポカポカしてきたので両手で顔を覆った。王弟と一緒に旅ができる事にジワジワと喜びが湧いてくる。
(だめよアンナ!この旅は遊びでは無いのだから喜んでいる場合では無いのよ!)
アンナは深呼吸をして落ち着こうとした。
(アンナ様は責任重大さに思い至って緊張されているのね…。私たちは出来るだけアンナ様をお助けしなければね。)
ミモザとレギンは顔を見合わせて頷きあった。
馬車は幌付きで、荷台の半分ほどを野宿のためのテントや料理器具、着替えなどの荷物が埋めている。神聖皇国に入ってからの数日間は野宿する予定になっているのだ。荷台の両側には板が付いており、簡易的な椅子になっていた。
今回は神聖皇国へ小麦などの食料の買い出しに行く設定なので商品は積んでいない。馬車を引く馬は四頭で手綱はデールが握り、その横に護衛姿の王弟が剣を佩いた姿で座った。
帝国内の移動は順調だった。アンナは3年前に帝国に来てからほぼ初めての外出だったので、街道からの景色や街並みを楽しんだ。
特にトラブルや盗賊に出会う事も無かったため、護衛に扮した王弟は暇そうにしていた。
この旅ではデールの優秀さを再確認する事になった。旅程を組んだのもデールだったが、宿との交渉、部屋の割り振り等々、全て効率よくテキパキとこなしていた。ミモザとレギンへの指示も的確で二人を遊ばせておく事がなかった。
就寝前に王弟の部屋に集まり翌日の打合せをするのだが、その時に王弟は南領に視察に行っている部下と定時連絡も行っていた。ちなみに王弟の身代わりで南領に行ったのは鍛錬でいつも王弟に同行していたヤニックだった。ヤニックは王弟の副官との事だった。前もって時間を決めて報告する事になっているらしく、アンナが決まった時間に鏡にヤニックを映すと、ヤニックが報告事項をつらつらと独り言のように話すので、それをアンナが王弟に伝えていた。
「南領への視察も順調なようだな。こちらの言葉を伝えられると更に便利なのだがな…。」
王弟がもの言いたげな目でアンナを見たので、アンナは目をそらした。
「…神殿に何かヒントがあるといいですね。」
打合せも終わりアンナ達が自室に引き上げようとすると、王弟はアンナを呼び止めた。
「アンナ妃、明日からはいよいよ神聖皇国の領地に入る。分かっていると思うが、何を見ても無視しろよ。間違っても助けようなどとは思うな。」
王弟は真剣な眼差しでアンナを見た。正直アンナは困っていたり虐げられている皇国の民を見て動じない自信は無かった。しかし、隠密行動をしている以上、目立った行動は許されない事も理解している。
「かしこまりました。できるだけ何も見ず、何もしないようにします…。」
「できるだけでは困る。絶対に何もするなよ!」
王弟に念を押されてアンナ達は部屋に戻った。
幸い翌日は神聖皇国に入ってからも田舎のせいか人通りもほとんどなく、アンナが心を痛めるような事には出くわさなかった。
一番近い町まで行こうと思えば行けたのだが、その町には帝国軍が駐留しているとの情報があったので、安全を考えて町に入る手前で野宿をすることになった。
馬車の荷台はアンナとミモザが使い、テントを一つ張ってそちらは3人の男性陣が使う事にした。3人で使うには狭いテントだが、常に一人は見張りで外にいるので問題ないらしい。
ここでもデールは非常に優秀だった。前日に調達した食材を使って、スープと串焼きを作っている。串焼きも単なる塩味ではなく。香草を使ってバラエティーを持たせていた。
さすがにパンは焼き立てとはいかなかったが、石で作った竈で温め直してあり、フンワリしていた。
「デールさんは何でもできるのですね。」
「お褒め頂いて恐縮です。私は文官ですので本来書類仕事ができればそれで十分なはずなのですが、アンドレアス様に付き合って行動しているうちに、何でもやらざるを得なくなってしまったのです。家族からは器用貧乏とバカにされています…。」
デールが不本意そうに答えた。
一同は早めに就寝したが、アンナはなかなか眠ることができなかった。明日はいよいよ神聖皇国の町を通ることになる。虐げられているという民の事も気になるし、神殿で何か成果を得る事ができるかどうかも不安だった。だれかに心情を吐露したくて馬車の荷台からテントの方を覗くと、王弟が見張りらしく焚火の前に座っていた
何とか連続して投稿できました。明日は多分無理だと思います。




