マタジ かわいいよ マタジ
そのネコはオスなのかメスなのか分からなかった。
どうやって生殖するんだろう。
あ、待てよ、この世界の生物って、神様の身体から分かたれたものだから生殖の概念が無いのか?
いや、違うな、始祖神はガリオーンを産んでいる。ということは、そういうことは可能なはず。
まあ、今はいいか。
よく見れば尻尾が二つに分かれている。こんな妖怪いたな、と思いだす。
このネコは賢いやつだ。
こちらが喋りかけると、耳をピンと立てて聞き入ってくれる。しばらくすると飽きたのか寝てしまうのだが。
ペンが空中をふわふわと漂うのが気になるらしく、時折跳びあがってはちょっかいをかけている。ペンが、羽根が欠けたと嘆いているが、違いがよくわからない。
お腹がすくと狩りに出て、ネズミを捕ってくる。ごめん、そんな大きいネズミを誇らしげに持ってこられても食べられないよ。
移動にもちゃんとついて来る。大きい体のくせに俊敏で、ちょこまかと足元をすり抜けようとするので、時々蹴ってしまう。あ、ごめんて。
名前はとても悩んだ。いろんな名前を思いついては消して、思いついては消した。
結局、男らしい顔をする時があるのと、二又の尻尾が揺れているのを見て「マタジ」と名付けた。
マタジ、と呼んでやると、嬉しそうに二本の尻尾が揺れた。
マタジ、可愛いよ、マタジ。
「あーあー、もう名前まで。完全に情が移ってどうにもならんやつじゃないかー」
「うっさいな。ねー、またじ、あいつ口うるさいですねー」
「にゃぉ」
「んもぉー、困ったお人」
寝そべりながらマタジを撫でつつ、ふと思い出したように聞いた。
「そういえばさ、ペンは名前ってあるの?」
神様にも名前を付けた。
ネコにも名前を付けた。
じゃあ、ペンはどうなんだろう。
元の持ち主が付けた名前とか、あるんだろうか。
「お、ひっさしぶりに興味持ってくれはりましたなぁ、感激!」
「え、そうかなぁ、ごめんごめん」
言われてみれば、ここしばらく創世の書を開いていないのだから、文字を書くというペンの役割も果たされていないのも当たり前だ。
自分のアイデンティティだろう“文字を書くこと”が出来ないのは、もしかしてとてもつらいのかもしれない。
ごめんね、そのうちやる気が出たら書くからね。
「で、名前はどうなのよ」
「あー、名前? いや、もう生まれてこのかた、ペンだからなぁ、固有名称なんて無いよ」
つまり、名前は在って無いようなもの、ということか。
せっかく意思があって、めんどくさ、いや、面白いキャラも付いているというのに、固有の名称が無いのは寂しい。
「ね、ね! 僕が付けてあげようか!」
「え? ええー、いや、神様とか見ていると、トリッシュのネーミングセンスってなんかこう、ちょっと独特というか」
「よし、決まり! なににしよっかなー。ペン太郎とかぺんぺんとかぁ、いや、もうこのさいゲロシャブとか思い切ったのも良いかなぁ」
「あ、まって、独特って言ったの謝りますからちょっと真面目に考えて下さいよ!?」
そわそわと漂うペンに向かってマタジが跳びつくのを尻目に、またも頭をフル回転させる。
(ペン、ペン立て、ペンギン、いやもうペンからいっそ離れるか? ……いや、やっぱりペンはペンだもの、ペンは残したい。ペン、ペンかぁ……ペンドラゴ……いやこれはかっこよすぎるし、どっかの王様になっちゃう)
段々とペンという字が頭に浮かびすぎて、それが何だったのか認識が薄れてくる。なんだっけこの現象、ゲシュペンスト崩壊? いや、違う。
そういう時を超えて、ついにその瞬間はやってくる。
「ペンドリッチ」
「へっ?」
「ペンドリッチ! ペンドリッチって響き、良くない?!」
「おお! それ、どういう意味が?!」
「意味はない、響きだけで考えた」
空中のペンが、あからさまにガクッとうなだれた。
しかし、気を取り直したのか、ペンドリッチという響きを繰り返すようにつぶやく。
「ペンドリッチ……ふむ、ふむふむ、いや、案外悪くないかもしれない!」
「でしょ?! じゃあ今日から君はペンドリッチだ!」
びしぃっと、ペンを指さして命名する。
すると、ペンがぶるぶるっと震えて突然ものすごい勢いで空中を飛び回り始めた。
「ペェェンドリッチ! ああ、みんな聞いてくれ! 世界よ認めてくれ! 俺の名前はペンドリッチって言うんだ!!」
ペンドリッチは空へと飛び上がり、しばらく姿が見えなくなった。
その日の夕方には戻ってきたが、しばらくテンションが高くてうざかった。
●〇●
ペンドリッチとマタジとトリッシュ。
一本と一頭と一人の奇妙な生活はしばらく続いた。具体的には、半年ほどだろうか。
旅にも飽きてきたので、今度は家を作ることにした。
とはいっても、道具はない。
神様、多分“大地の神ガフラム”辺りに頼れば便利な道具をいくつも作ってくれると思うのだけど、何となくそれはズルい気がして、結局平原のど真ん中にある大きな岩の割れ目で暮らすことになった。
細い木を折ってベッドを作ったり、岩を転がしてきて机にしたり、抜き取った草を干してマタジの寝床を作ってやったりした。
服も少しだけ進化した。
木の皮と葉っぱを合わせただけのものから、機の繊維を使ったものになったのだ。
なんだか、少し肌寒く感じるようになってきた。どうしてだろう。
そんな生活を振り返って思う。
ああ、原始人だ、これ。
せっかく世界を創って、やっていることは原始的な生活とは。
最低限、文化的な生活はしたい。特に、お風呂とか。
というか、このまま本を書くことをしなかったら、この世界どうなるんだろう。
人は僕だけ。
ということは、僕が死んで、マタジもいなくなれば、神の楽園となるわけか。
まあ、それも悪くは無いのかもしれない。
だけれども、急転直下、スローすぎるスローライフ生活は、唐突に終わりを迎えることとなる。
一頭の来訪者によって。




