お世話するから飼ってもいいでしょ?
次の日も、快晴だった。
というか、雲らしいものもない。まさか、そこまで考えて書かないといけないのかな。
今の“創世の書”の設定で、どんな自然現象が起きて、どんなことが起こらないのか、その基準も何もかもが分からない。
台風は起きたりするんだろうか。
雷は? そうなると、雷神とかもつくったほうがいいのだろうか?
まだまだ検証することは多い。
それから、自分の体のこともいろいろ気付かされる。
まず、どれだけ歩いても疲れない。
走っても息切れしない。
そして、体感として一日に百キロ以上の距離を走れるほど足は速いし、自分の背丈を超えるほどの大岩も軽々と持ち上げられた。
これ、神の恩寵の影響か。
別に自分から望んで得た力ではないが、とても便利だ。
神様たちと、あのタキシードの男に感謝はしておこう。
その代り、試練が怖いが。
まあ、こちらはどうしようもない。軽めで頼む、軽めで。
そして、この世界に来て三日目のことだ。
“夜”の記述以降、創世の書に書き込みはしていない。
ただひたすら、出来立ての世界を楽しんだ。
思い切り跳びあがって周囲を見渡す。空と、大地と、遠くに海みたいなものも見える。
その景色は美しいと思った。
森の中では、花の蜜を吸う虫たちを見つけた。どれも、元の世界のものによく似ていたが、妙に大きかった。
海かと思って泳ぎに行った場所は、実際は川のようだ。水は塩っ辛く無かった。
この大地は凹凸が少ない。確か受肉する前に見た限りでは、大地は丸くなくてお盆のように広がっていて、その上に海らしい水たまりがいくらかあるように見えた。
水の中から急に大きな龍が現れた。ドラグリアが創った生命だろう。
龍は随分と人懐っこくて、一緒に泳いで遊んだ。
動物は全く見つからない。そりゃあそうだ、まだ動物作って無いもの。
食事は専ら果実を探した。
いきなり目の前に果実が転がり出てくることは無くなったが、それでも少し探せば果実は簡単に見つかる。
飢えることは無かったが、少しだけハンバーガーが恋しくなった。
サバイバル生活自体は嫌いじゃあない。
年の離れた従兄に連れられてよくキャンプに行ってはいろいろと教えを請うたものだ。
だが、1か月ほどが経ち、流石にその生活にも飽きが見えていたころ、ふと思いついた。
変化が無い。
いや、それ以上に――
寂しい。
ペンは確かに話せるのだけど、そうじゃなくて、何かこう、温もりが欲しいのだ。
ああ、相棒が欲しい。
人はまだ早い。
物事には順番がある。
そう、まずは、動物だ。
それも、かわいいのが良い。
もう獣の神は居るのだから、動物くらい作ってもいい頃だろう。
早速本を開き、空中をフラフラしていたペンをとっ捕まえる。
「んおっ、びっくりしたー。え、何か書くの? そうか、ようやく前向きになったかー」
「ペットを貰う」
「ぺっ……えっ? ペット?」
「かわいい奴貰う」
「えっ、ちょっと、考えもなしに始めようとしてない?!」
そんなことは無い。だって創世の書は万能だから。これくらいのお願いならきっと聞いてくれる。
そう、ちょっと獣を一匹生み出すくらいだからなんてことはない、はず。
『トリッシュは獣の神エピランパに、我が道行きを照らし、暗き夜に寄り添い、荒む心を癒し、苦難を共にするものを授けたまえと願った。すぐさまに願いは叶えられた』
書き終わるや否や、まばゆい光が視界を覆った。
目がくらむが、決して嫌な光ではなかった。
やがて光が小さくなると、同時に虚空から一匹の茶色い塊が空へ放り出された。
「うわっ」
「にゃっ」
「な、なんだなんだ?!」
僕の声に驚いたそいつは、僕の胸へと降りる前に空中でくるりと跳ねて着地すると、警戒心をあらわにこちらを伺ってきた。前身の毛が逆立っている。
ネコのようなトラのようなライオンのような動物だった。背丈は大きい。僕の腰くらいの高さがあるだろうか。全身を茶色い長い毛に覆われ、くりくりとした目を一生懸命釣り上げて僕を睨んでいる。体や毛並みはトラやライオンのようだが、可愛らしい顔つきはネコのそれだ。
子供の頃にこんな大きさの猫がいればいいのになぁ、と思っていたこともあったが、実際目の間にすると何というか、妙な威圧感がある。
まあ、そりゃそうだ、小さめの虎を目の前にしているようなものだろう。虎よりは小さくて見た目も可愛らしいが。
「うわ、動物だぁ! ネコ? これネコ?」
ペンもテンションが上がったようだ。というか、ネコを知ってるのか。
しばらく見つめあったが、僕からじりっとにじり寄ると、警戒をするが逃げはしない。
おそるおそる手を差し出すと、鼻先を近づけて指をくんくんと嗅いできた。
か、かわいい!
そのまま、手に顔をこすりつけるようにして、甘えて来たではないか。
「かわいいぃぃよぉぉぉぉ!!」
その後の記憶は、あまりない。
ペンが言うには、人のものとは思えぬほど蕩けきった顔で猫を撫でくり、抱き上げ、遊び倒し、最後にはさすがに嫌気がさしたような顔の猫を抱きしめたまま眠ったという。
「飼う」
「えっ?」
「この子、飼う」
「ま、まじですか? いや、別に止めはしないけど、創世の方はどうするの」
「今すぐに書かなくてもいいでしょ! ここまで頑張って書いたんだからしばらくはこのこと遊ぶ!」
暴論である。
そもそも、そんなに頑張って書いてはいないし、ここ最近はずーっと旅ばかりで最後に本を開いたのがいつだかも思い出せない。
しかし、猫の魅力の前ではすべてが無意味である。
こうして、僕と猫のゆるふわスローライフが始まったのだ。
「いや、いやいやいや、ちょっと待って、このペンをいないことにしてない?! ねぇ、ちょっと?! おーい!!」




