怪奇短編「焼け爛れた男 」
友達のI君のお話。
ここ豊橋には結構多いラブホテル。その中でも静岡との県境になる多米トンネル近辺には、幾つかの古いホテルが今でも元気に営業中。
その元気なホテル群は、I君曰く「十中八九出る」というほどの優良物件。
このI君と言う子は非常に鋭く、あまりに色んなものを引き寄せる性質なために部屋には握り拳大の水晶が幾つも置いてあるほど。
それは綺麗な明るい薄紫色をした水晶で、岩のようにごつごつした形をしていた。手に持ってみるとずっしりとした質感を感じる一品でありました。
で、この多米(ため、と読みます)の山沿いに建つとあるホテル。
つい最近になって営業をやめたようですが、この建物にI君が当時の彼女と立ち寄った時のこと。
その晩遅く、彼女の異様なうめき声で目を覚ましたI君は、様子を見るために彼女の肩をゆすりました。おい、どうした!?と呼びかけて、I君は恐怖と驚きのあまり体が動かなくなってしまいました。
悪趣味な古いホテルのその部屋は、ベッドの周りが鏡張りになっていて、その薄暗い部屋をうつした鏡の中に、明らかに一つ、あり得ないものが紛れ込んでいたのです。
それは焼け爛れてずたずたになった人間の腕のようなものでした。
先端は斜めに削られたように細長くなっており、そこから物干し竿のように長い前腕と肘、そして二の腕が見えていました。I君に背を向けてうめく彼女を見下ろすように、天井からぐいと突き出した腕を彼は長い事見つめていたそうです。
漸く体が動くと同時にI君は枕元のスイッチをぶっ叩いて部屋の灯りを点けました。すると天井の腕は跡形もなく消え、代わりにベッドの上にぼとん、と何かが落ちてきました。
それはうめく彼女の顔をかすめ、薄汚れた赤いじゅうたんの上に転がって、すっかり錆びて赤茶けた刃先をI君に向けていました。
柄の部分が焼け焦げて、ハッキリそれと判る程血糊で錆びつくした出刃包丁でした。
I君は思わず彼女に覆い被さり、その肩を抱いて二度驚きます。
彼女の体温は恐ろしいほど高く、鼓動は早鐘のように高鳴っていました。
ヤバい!!
明け方、なんとかホテルを脱出して自宅に辿り着いて彼女を寝かせようとベッドのシーツをめくったI君。
ベッドの上には柄の部分が焼け焦げて、ハッキリそれと判る程血糊で錆びつくした出刃包丁。
パーーーン!
という何かが張り裂けるような音を頭の遠くで聞きながら、I君はその場で気絶してしまいました。
目が覚めるとその日の昼前でした。
彼女はすっかり起きていて、彼に気が付くと話し始めました。昨夜見た、怖い夢の話を。
夢の中で目を覚ますと真っ暗な部屋に全身焼け爛れた男が立っていて、彼女を猛烈に睨みながら聞き取れないほど低く遅い声で何かをぶつぶつ呻いている。
目を覚まそうと必死でもがくけど、焼け爛れた男はじりじりと歩き、倒れ、今度は這いつくばって迫ってくる。
そして、まだ何かを呻いている。
とうとう彼女の目の前までやってきた男は目と鼻と唇が焼け落ちていて、右腕の肩から先がなかった。呻き声はやがて彼女の頭の中で溜まっていき、ぐるぐる反響しながら、徐々に雲が晴れるように、聞き取れるようになってしまった。
「熱い、苦しい、痛い…。」
そうして焼け爛れた男が残った左腕で彼女を掴もうとした瞬間、パーーーン!という大きな音がして目が覚めた。
するとI君の自宅に居て、床で彼が寝ていたので苦労してマットレスに寝かせて、自分はベッドで眠ったのだそうです。
ひどい夢を見たせいか、沈み込むように眠りにつけたとか。
I君は三度驚きます。
夢の中であの焼け爛れた男が呻いていた言葉は、ホテルでの彼女のうめき声と一致するからです。
そして、気絶するI君と入れ替わりに覚醒した彼女が聞いたという、あの
パーーーン!
という炸裂音の正体。それは…。
あっ!
窓際に置いてあった大きな水晶が無い。
綺麗な、真ん丸で小ぶりなメロンほどの大きさの水晶玉が無くなっている。
そしてその代わりに部屋中に散らばった、大小さまざまな水晶の欠片たち。
私がI君の部屋で見た拳大の水晶は、その時に飛び散った欠片の一つ、いちばん大きなそれだったのです。
中にはインクが染みたように真っ黒になってしまったものや、粉々になってしまったのかとうとう見つからなかった部位もあるとかで。
結局あの悪夢と焼け爛れた男の正体が何だったのかはわからない。
もしかしたら、今もどこか古い部屋の片隅で、次の獲物を待っているのかもしれない。
それとも、もう誰かを捕まえて餌食にしたのかも。あの残された、焼け爛れた左腕で。




