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怪奇短編「ウーのこと。」

ウーという男の話。

私が港で自動車の積み下ろし作業の仕事に就いていたころ、同じ寄場に居たTさんと言う方が教えてくれた話。


そのTさんの地元は愛知県でも山がちなS市で、その中でも結構な山際にあった。

TさんはそこからS市の中心街にある高校に通い出し、街中に住む友達が何人か出来た。その友達が、ある日みんなにこう言った。

「ウーの奴を見に行こう!」

ウー?怪獣か?

訝しがるTさんたちを尻目に、街っこたちは賛同するもの、やんわりと拒絶するものと様々な反応を見せた。


結局、Tさんたち数名の初見組と、友達(Kさんとします)の街っこが二人、ウーのもとへ向かう事になりました。ウーとはいったい何者なのか。面倒だとか言うならまだしも、拒絶する奴までいるのはどういう事なのか。


Kさんは道すがらTさんたちに講釈を始めました。


ウーというのは(限りなく蔑称に近い)通称で、本当の名前は分らない。

ただKさんの近所にある大きなお屋敷の離れに何年も隔離されていて、その離れにも頑丈な格子が嵌められている。生垣の隙間から見えるその格子の向こうに、痩せ細って髭と髪の毛がぐしゃぐしゃになった中年の男が居て、外から声をかけると格子をぶち破らんばかりに怒り狂って「ううーーーーーーー!!!」と激しく唸るのでこう呼ばれるのだという。


風のうわさではウーはお屋敷の跡取り息子で真面目な人だったが、結婚して子供も生まれ順調だったある日に突然狂い出して自分の子供を食べてしまったのだという。だけど何故だか施設などには入れられず、お屋敷の離れに閉じ込められているのだ。


おいおい待て待て、そんな奴なら施設どころか逮捕だろう。

Tさんはそう反論しましたが、Kさん曰く喰い付いたのが自分の子供で、かつ死ぬほどの怪我ではなかった事、狂ってしまい離婚する際にそれは莫大な慰謝料を払って口止めした事などの噂話があるそうで。


事の真相はともかく、ウーと言う男が実在するのは確かなので、先ずは実際に・・・と趣味の悪いことを言っていたら、間もなくお屋敷に辿り着きました。

門前には少し砂が吹き溜まっていましたが、それでも太く艶々した木でつくられた門構え、黒光りする瓦屋根と大きな飾りなどを見て成る程立派なお屋敷だと思ったそうです。


そこはS市の中心街を走る旧道から少し奥まったところにあって、すぐ近くには東三河地域では名の知れた川が流れていました。最近では旧道と呼ばれるこの道も、バイパスが開通する10年ぐらい前までは市のメインストリートでした。その目抜き通りから少し離れた閑静な住宅街にそびえるお屋敷。本当にこんな所に、気の狂ってしまった哀れな男が居るのだろうか。


Tさんは興味半分、不安半分でKさんの後に続きました。

お屋敷の正面からぐるっと回り込んで、いったん川沿いの土手下を歩きます。

すると鬱蒼とした小さな森を抜けて草叢をかき分けた先に目の高さほどの生垣があり、Kさんはしゃがみこんでその枝葉の隙間から仲の様子をうかがいました。

「うーん…あっ、いたいた!!」

上機嫌のKさんが顔を少し赤らめて手招きし、Tさんに覗くように促します。


生垣の太い枝と細長い葉っぱ越しに覗くと、そこには旅館にありそうな立派な離れがありました。少し古びていますが黒々とした瓦屋根と頑丈そうな土壁、そして窓には太い格子。


ん?格子?


「おい、ほんとに閉じ込められとるじゃん。」

「ほうだよ、狂っとるもん」

Kさんは事もなげに言います。

「あっ!」

Tさんが再び離れに目をやった時、それは確かに居ました。


痩せ細って髭と髪の毛がぼうぼうに伸びた男。

血走った目をTさんに突き刺すように向けて、骨のような手を格子にしっかりと喰い込ませ

「うううーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

「うーーーーーーーーーーー!!!!!」

と猛烈な唸り声を上げました。

「逃げろ!」

Kさんはそう叫ぶと弾けるように走り出し、Tさんたちも慌てて後に続きました。


「その年の冬にさ、事件があって」

時は流れて豊橋港の寄場の長椅子。煙草を吹かすTさんが私に聞かせた、哀れな狂人の末路とは。


それは愛知県には珍しく大雪の降った夜。

突然、閑静な住宅街に響き渡った破壊音と、あの唸り声。

何事かと飛び出した近所のおばさんが、薄いぼろきれだけを身にまとった狂人が吹雪の中を走り去ってゆくのを目撃しました。慌てて人を呼び、警察と家人に知らせに走ったものの・・・お屋敷の中は無残に荒れ果てており、もぬけの殻。玄関には鍵もかかっておらず家の中には金目のもの一つ残っていなかったとか。


なんと後で判明した事実によると、このお屋敷の主たちは少なくとも夏前には夜逃げをしており行方不明。この男はそれ以来ずっと放置されていたのだという事に・・・。離れの中を覗いてみると、襖や畳、障子紙に至るまで口に入りそうな物は全て毟り剥がされていたという。


いよいよ限界を迎えた狂人は雄たけびをあげ、痛んだ格子をぶち破って何処ともなく出奔してしまった。

折からの大雪で地面に着いた足跡はとうに埋もれ、警察と消防団の捜索も虚しく。

ついに彼は見つからなかったのだという。


それが今から7年ほど前のお話。

半年以上もほったらかしにされ、座敷の中で狂気と共に閉じ込められた彼は、一体何処へ消えたのだろう。なんとも後味の悪い結末でありました。

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